メンフィス=海宝直人 キャロル=木下晴香 イズミル=大貫勇輔 アイシス=朝夏まなと ライアン=植原卓也 ミタムン=綺咲愛里 ナフテラ=出雲綾 ルカ=前山剛久 ウナス=大隅勇太 イムホテップ=山口祐一郎
昨今の状況下、博多座の『レ・ミゼラブル』、明治座の『エニシング・ゴーズ』とCOVID-19感染による公演中止を余儀なくされるミュージカル演目が続出する中、『王家』が無事東京の千穐楽を迎えられたことにただ安堵しております。
今期の『王家』観劇で最初で最後の海宝メンフィス。残りのキャストは前回(8月14日夜)と同じでした。
海宝メンフィスについてですが、1幕で台詞を発した瞬間から「俺はやるぜ、俺はやるぜ」という感じで血気盛んでした。
浦井メンフィスは正義感に溢れるも青臭くて未熟な少年王の雰囲気が強く漂っていましたが、海宝メンフィスは声質もやや太めで青臭さが薄い分、即位してやる気満々、熱血漢の王様というイメージです。
役者さんの実年齢は海宝くんは33歳、浦井くんは今月めでたく不惑に、と浦井くんの方が年長なのですが😅。改めて、役作りと実年齢は全く関係ないのだと実感しています。
なお他の演目で観た機会が少ないこともあり、勝手に海宝メンフィスは「歌の人」と思い込んでいましたが、歌だけでなくアクションもしっかりとこなされていました。
次に海宝メンフィスと晴香キャロル、そして朝夏アイシスとの相性について。
まず晴香キャロルはどちらかと言えば熱く苦難に立ち向かうイメージなので、海宝メンフィスとのカップルはかなりパッションが濃いめでした。
個人的に沙也加キャロルは熱いというよりはじたばたともがきながら苦難を乗り越えていく印象がありました。今回は海宝メンフィスとの組み合わせで観る機会はありませんでしたが、多分晴香キャロルとは異なる様相でまた見応えがあったのではないかと想像しています。
それから、朝夏アイシス。アイシスは計り知れないほどの情念の炎を心に燃やし続けている人ですが、新妻アイシスの炎の色が黒だとすれば朝夏アイシスのそれは紅蓮であると思いました。朝夏アイシス、どちらかといえばアイシスの持ち前の情の熱さを前面に出していて、それが海宝メンフィスの熱さとうまく溶け合っていたように感じられました。
恐らく、海宝メンフィスは新妻アイシスの暗い情念ともいい感じのコントラストを出してくれるのではないかと想像していますが、今回この2人の組み合わせが観られなかったのは残念です。
アイシスの曲は「これを音を外さずに歌えるなんて偉い!」と驚かされるフレーズもあって、これ、初演の濱田めぐみさんに当て書きされたのでは? と思ったりもしましたが、それを舞台上で(恐らくは山のような影の努力を経て)さらりと美しく歌いこなす朝夏アイシスも新妻アイシスも本当に素晴らしいと思います。
長くなりましたので、そろそろ宰相イムホテップ様についても語っておきます。
今回のイムホテップ様は久々に再会した主君に対して、
「メンフィスっ……(ためまくる)……おぉーーーっ!」
と雄叫びをあげながらハイタッチする? と思わせておいて、寸止めでしっかりとソーシャルディスタンスを保っていました。あまりに「ため」が長すぎたのでまさか主君を呼び捨て!? と一瞬心に緊張が走りましたが、ちゃんと尊称を付けてくれたので良かったです。そして笑いが走る客席。
でもやはりイムホテップ様が登場すると、もちろん劇場を包み込む歌声の力は健在ですが、それだけでなく台詞のみの場面でもぎゅっと引き締まるのを感じました。例えば2幕半ばで「聡明なアイシス様も恋をすればかくも愚かに……」と嘆く場面や、王宮がキャロル奪還のためのヒッタイト攻めに沸き立つ中でただひとりヒッタイトとの戦争に反対する場面がそれに当たります。
ちなみに初演の時は、アイシス様の執着を嘆く場面に該当する箇所に、近親結婚は王家の血を弱らせているのでこれからは王室の未来のためにも避けるべき、とイムホテップ様が語り、その後アイシスとの掛け合いで歌う場面があった記憶があります。今の初演からかなり整理された演出においてもヒッタイト兵の拷問場面を見守る場面などから、彼のただの優しく賢い老人ではないシビアな一面を垣間見ることはできますが、彼の国の安泰と繁栄を願う強い思いが伝わるのがキャロル奪還後の祝婚歌のソロのみというのは少し残念に思います。
他のキャストの皆様については、大貫イズミルがやや声が荒れて喉がお疲れ気味のように見えました。幸い博多座初日まで1週間ありますので、少しでもお休みできると良いのですが。
大貫イズミルは、2幕でキャロルがエジプト兵たちの死を見て嘆く姿を何とも切ない表情で見つめていて、しかしその後に思いを振り切るようにキャロルにあえて冷たいあしらいをして、でも瞳はどこか寂しげ、という演技が印象に残りました。プライドの影から優しさの光が見える感じが良いのです。
前回の感想でも「2幕がつまらない」と思っていた件を書きましたが、1幕はメリハリが多く展開もジェットコースターなのに対し、2幕はストーリーがシンプル、台詞よりも歌やダンスで登場人物の心境を説明して繋いでいく展開が多いのでそう感じるのかな、と今回改めて考えました。
今回改めて、1幕でキャロルがメンフィスの人間性に惹かれた上で、2幕の人生経験があってこそ現代の愛情深い(深すぎるとも言う)兄のもとに帰らずに古代に残って生きると決意する流れが明確に示されていると感じられて、荻田先生、2幕を「つまんね」とか「いらね」とか思ってすみません、という心持ちでいっぱいになりました。
終盤でイズミルが「今は退こう!」と退場し、イムホテップ様の温かくも力強い祝婚歌に心が優しく包み込まれ、若い2人の決意表明のデュエットで迎えるエンディング。いつもここでほっとさせられる一方で、「そして波乱万丈のキャロルの人生はまだまだ続く……」と必ず心の中でぼそっと呟いてしまうのです。そして観ている私たちの人生も同じ……。
無事東京での千穐楽を迎えた『王家』。カーテンコールでは晴香キャロル、朝夏アイシス、大貫イズミル、山口イムホテップ、そして海宝メンフィスからそれぞれにご挨拶がありました。
ご挨拶は動画でも公開されているので仔細は省きますが、大貫さんの「公演を通してたくさんの幸せをもらった」という一言、朝夏さんの「劇場に来ない選択をされた皆様」への心遣いの一言が印象に残りました。
なお、祐一郎さんのご挨拶ではまず、
「地球の裏側、劇場後方のカメラの向こうにいるリーヴァイさんに拍手を送りましょう!」
という呼びかけがなされ、カメラの向こう側に向けて、満場の拍手が送られました。その後、
「1日も早く日常が取り戻せますように」
というメッセージで締めくくられていました。
『王家』の公演はまだ博多の地で続く予定ですが、遠征も叶わぬ情勢下、私の今季の『王家』はこれで終わりです。これで今年は舞台での祐一郎さんには会えないのか、という寂しさを噛み締めつつも、今は帝劇公演の無事完走を祝うと同時に博多座公演が無事予定の日時に大千穐楽を迎えられるよう心から祈りたいと思います。