日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『ナイツ・テイル』感想(2021.10.10 12:30開演)

キャスト:
アーサイト=堂本光一 パラモン=井上芳雄 エミーリア=音月桂 牢番の娘=上白石萌音 ヒポリタ=島田歌穂 シーシアス=岸祐二 ジェロルド=大澄賢也

初演時に気になりつつも「どうせジャニーズが絡むしチケットも取りづらいだろう」と決めつけて何となく観劇を見送っていた『ナイツ・テイル』。

初演の好評を聞いて、ではちょっと観てみようか、と今回初めて帝劇公演を観てまいりました。

自分が初見で基本設定を掴むのに精一杯で気持ちに余裕がなかったせいもあり、舞台上に初っ端から登場する人間の数、背景説明、音楽……とにかく情報量が多くて追いかけるのが大変で、設定を理解するまで少し時間がかかりましたが、このお芝居において、騎士物語は劇中劇であり、常にステージ上の観客(という役を演じる人々)により見守られながら進行します。

主人公はテーベの騎士で従兄弟同士のパラモンとアーサイト。伯父でもある王の命に従い心ならずも侵略戦争に身を投じながら良きライバルとして友情を誓い合っていたが、敵国アテネの大公シーシアスに伯父が倒され、共に捕虜として獄に繋がれた時、獄窓から見えたシーシアスの妹エミーリア姫にほぼ同時に一目惚れしてしまう。不本意ながら恋敵となった2人は、やがて決闘する運命に、というのが物語の骨子です。

……と、このように書くと一見悲劇にも見えますが、実際は人情喜劇であり、ちょっぴり風刺も利かせた大人の寓話でした。

「プライドと固定観念に囚われた男たちに女たちが振り回されながら、最後は知恵を尽くして彼らの固定観念をひっくり返し、ハッピーエンドに導く」

というストーリーは、これって女性を持ち上げすぎなのでは? と多少感じる一方で、男性陣が主人公2人も、そしてシーシアスも、演じる役者さん方の好演もあってそれぞれ愚かしいながら魅力的な人物として生きていたので、そこはしっかりバランスが取れていたと思います。

そう言えばこれの原作ってどんな話なんだっけ? と、後からシェイクスピアの『二人の貴公子』のあらすじをさっとWikipediaで確認しました。
……ええと、このお話、面白いの? というのが率直な感想です。一応喜劇に分類されるようですが、一部登場人物(アーサイトとか牢番の娘とか)に全く救いがない上に、現代の価値観に照らすと色々とキツそうなので、ミュージカルは完全なハッピーエンドに翻案して正解だったと思います。

音楽ですが、実は主人公2人のナンバーよりも牢番の娘のソロや女性三重唱の方が印象に残っていたりします。やはり「騎士物語」というタイトルの一方で、物語の重要なテーマとして女性がどう行動するかに重きが置かれているためでしょうか。もちろん、パラモンやアーサイトの歌もしっかり光っていたとは思うのですが……。

ダンスは女性アンサンブルでたまに振りが揃ってなくて、それでいいの? と思う瞬間はありましたが(うわ、偉そう)、全体的には大澄さんを中心に群舞が綺麗に決まっていました。後述しますが光一くんや萌音さんら主役級がしっかり踊って好演していたと思います。

役者さんの感想も一言ずつ記しておきます。

堂本光一くんは今回初めて見ましたが、ダンスで見せる動きのキレがやはり群を抜いていました。加えて、長年帝劇で座長を務め、演出もこなしているだけあって、舞台への居方が半端なく自然なのです。

井上くんは「一見軽薄で口が悪いが、実は心優しく情に厚い貴公子」という役どころがここまで似合うか! と思いました。

なおアーサイトとパラモン、ポスターなどのビジュアルでは結構華麗に決まっていましたが、実際のお芝居では格好良さよりも「おバカ」にスポットが当たっているので注意が必要です。でもおバカの貴公子2人がわちゃわちゃしているのは楽しいですね。

エミーリアの音月桂さん。華奢であまり長身ではなく(堂本くんよりやや小さいぐらい)、そんなに元男役なイメージがありません。エミーリアという役は2人の貴公子に惚れ込まれる割に、ヒポリタや牢番の娘に比べるとやや影が薄い印象を受けましたが、癖のない綺麗な歌声で好演されていました。

牢番の娘、上白石萌音さん。初恋のために大胆不敵な行動に走った結果、運命の悪戯に翻弄され、一時正気を失う目に遭う少女。

何年か前に東宝芸能コンサートで映画『舞妓はレディ』の主題歌を披露していたのを観て、その頃から歌の上手さは知っていましたが、2幕で披露していた大公に奉納するダンスも綺麗で驚かされました。調べたら小学一年生からミュージカルスクールでレッスンを受けていたとのことで、納得です。

牢番の娘さん(本名があるのに失念)はエミーリアとのやり取りを見ると単に純粋なだけではなく、植物などの知識も深く聡明な娘であることが分かりますが、そんな娘があれほど恋に翻弄されてしまうわけで。……恋って怖いですね😓。

アマゾネスの女王、ヒポリタは島田歌穂さん。故国に妹姫たちを残し、戦で負けた相手シーシアス大公に嫁がされるというかなりハードな立場のお后様なのですが、少しもめげることなく自分を駆け引きの道具に使うことすら厭わず、ついには夫のプライドを保ったまま固定観念をひっくり返すことに成功する女性。私がこの演目の中で最も好きな登場人物を選ぶならば間違いなく彼女です。

実はヒポリタの終盤のどんでん返しについては「え、そんな都合の良い展開ってあり!?」と一瞬だけ思いましたが、岸さん演じるシーシアスの、建て前を重んじて女性の意思は二の次にしがちな一方で根っこは人情に厚く善良、という人柄が序盤から随所で示されていたので、まあ、彼ならば皆がハッピーになる道を選ぶだろう、と納得しています。

ちなみにシーシアスは開演前の注意アナウンスも担当しています。本編を観る前はなぜこのお方が? と思っていましたが、なんとも愛すべき大公だったので納得! です。

最後に大澄さんですが、1幕の序盤の独裁的な君主と、舞踊団のダンスの師匠とを演じているのが同じ方だと最初分からなかった自分……。それほどまで両者の雰囲気は全く異なっていました。今回はリピート予定はありませんけれど、再度観る機会があるならばじっくりこの二役を観察したいところです。

ちなみに今回の上演中、埼玉のJR変電所火災で鉄道が止まるハプニングが発生し、幕間でニュースを知り、迂回路を必死に検索するなどしていたところ、カーテンコールでも光一くんが言及し、客席の皆の帰りの足を気遣ってくれていました。私の乗る路線はたまたま早めに復旧したので迂回路も使わずに帰宅できましたが、恐らく当日観ていた方でお家に帰り着くのが遅くなった人もいらしただろうと気になっております。

 

『王家の紋章』帝劇千穐楽感想(2021.08.28 13:00開演)

キャスト:
メンフィス=海宝直人 キャロル=木下晴香 イズミル=大貫勇輔 アイシス朝夏まなと ライアン=植原卓也 ミタムン=綺咲愛里 ナフテラ=出雲綾 ルカ=前山剛久 ウナス=大隅勇太 イムホテップ=山口祐一郎

王家の紋章』の帝劇千穐楽を見届けてまいりました。

昨今の状況下、博多座の『レ・ミゼラブル』、明治座の『エニシング・ゴーズ』とCOVID-19感染による公演中止を余儀なくされるミュージカル演目が続出する中、『王家』が無事東京の千穐楽を迎えられたことにただ安堵しております。

今期の『王家』観劇で最初で最後の海宝メンフィス。残りのキャストは前回(8月14日夜)と同じでした。

海宝メンフィスについてですが、1幕で台詞を発した瞬間から「俺はやるぜ、俺はやるぜ」という感じで血気盛んでした。
浦井メンフィスは正義感に溢れるも青臭くて未熟な少年王の雰囲気が強く漂っていましたが、海宝メンフィスは声質もやや太めで青臭さが薄い分、即位してやる気満々、熱血漢の王様というイメージです。

役者さんの実年齢は海宝くんは33歳、浦井くんは今月めでたく不惑に、と浦井くんの方が年長なのですが😅。改めて、役作りと実年齢は全く関係ないのだと実感しています。

なお他の演目で観た機会が少ないこともあり、勝手に海宝メンフィスは「歌の人」と思い込んでいましたが、歌だけでなくアクションもしっかりとこなされていました。

 

次に海宝メンフィスと晴香キャロル、そして朝夏アイシスとの相性について。

まず晴香キャロルはどちらかと言えば熱く苦難に立ち向かうイメージなので、海宝メンフィスとのカップルはかなりパッションが濃いめでした。

個人的に沙也加キャロルは熱いというよりはじたばたともがきながら苦難を乗り越えていく印象がありました。今回は海宝メンフィスとの組み合わせで観る機会はありませんでしたが、多分晴香キャロルとは異なる様相でまた見応えがあったのではないかと想像しています。

それから、朝夏アイシスアイシスは計り知れないほどの情念の炎を心に燃やし続けている人ですが、新妻アイシスの炎の色が黒だとすれば朝夏アイシスのそれは紅蓮であると思いました。朝夏アイシス、どちらかといえばアイシスの持ち前の情の熱さを前面に出していて、それが海宝メンフィスの熱さとうまく溶け合っていたように感じられました。

恐らく、海宝メンフィスは新妻アイシスの暗い情念ともいい感じのコントラストを出してくれるのではないかと想像していますが、今回この2人の組み合わせが観られなかったのは残念です。

アイシスの曲は「これを音を外さずに歌えるなんて偉い!」と驚かされるフレーズもあって、これ、初演の濱田めぐみさんに当て書きされたのでは? と思ったりもしましたが、それを舞台上で(恐らくは山のような影の努力を経て)さらりと美しく歌いこなす朝夏アイシスも新妻アイシスも本当に素晴らしいと思います。

長くなりましたので、そろそろ宰相イムホテップ様についても語っておきます。

今回のイムホテップ様は久々に再会した主君に対して、
「メンフィスっ……(ためまくる)……おぉーーーっ!」
と雄叫びをあげながらハイタッチする? と思わせておいて、寸止めでしっかりとソーシャルディスタンスを保っていました。あまりに「ため」が長すぎたのでまさか主君を呼び捨て!? と一瞬心に緊張が走りましたが、ちゃんと尊称を付けてくれたので良かったです。そして笑いが走る客席。

でもやはりイムホテップ様が登場すると、もちろん劇場を包み込む歌声の力は健在ですが、それだけでなく台詞のみの場面でもぎゅっと引き締まるのを感じました。例えば2幕半ばで「聡明なアイシス様も恋をすればかくも愚かに……」と嘆く場面や、王宮がキャロル奪還のためのヒッタイト攻めに沸き立つ中でただひとりヒッタイトとの戦争に反対する場面がそれに当たります。

ちなみに初演の時は、アイシス様の執着を嘆く場面に該当する箇所に、近親結婚は王家の血を弱らせているのでこれからは王室の未来のためにも避けるべき、とイムホテップ様が語り、その後アイシスとの掛け合いで歌う場面があった記憶があります。今の初演からかなり整理された演出においてもヒッタイト兵の拷問場面を見守る場面などから、彼のただの優しく賢い老人ではないシビアな一面を垣間見ることはできますが、彼の国の安泰と繁栄を願う強い思いが伝わるのがキャロル奪還後の祝婚歌のソロのみというのは少し残念に思います。

他のキャストの皆様については、大貫イズミルがやや声が荒れて喉がお疲れ気味のように見えました。幸い博多座初日まで1週間ありますので、少しでもお休みできると良いのですが。

大貫イズミルは、2幕でキャロルがエジプト兵たちの死を見て嘆く姿を何とも切ない表情で見つめていて、しかしその後に思いを振り切るようにキャロルにあえて冷たいあしらいをして、でも瞳はどこか寂しげ、という演技が印象に残りました。プライドの影から優しさの光が見える感じが良いのです。

前回の感想でも「2幕がつまらない」と思っていた件を書きましたが、1幕はメリハリが多く展開もジェットコースターなのに対し、2幕はストーリーがシンプル、台詞よりも歌やダンスで登場人物の心境を説明して繋いでいく展開が多いのでそう感じるのかな、と今回改めて考えました。

今回改めて、1幕でキャロルがメンフィスの人間性に惹かれた上で、2幕の人生経験があってこそ現代の愛情深い(深すぎるとも言う)兄のもとに帰らずに古代に残って生きると決意する流れが明確に示されていると感じられて、荻田先生、2幕を「つまんね」とか「いらね」とか思ってすみません、という心持ちでいっぱいになりました。

終盤でイズミルが「今は退こう!」と退場し、イムホテップ様の温かくも力強い祝婚歌に心が優しく包み込まれ、若い2人の決意表明のデュエットで迎えるエンディング。いつもここでほっとさせられる一方で、「そして波乱万丈のキャロルの人生はまだまだ続く……」と必ず心の中でぼそっと呟いてしまうのです。そして観ている私たちの人生も同じ……。

無事東京での千穐楽を迎えた『王家』。カーテンコールでは晴香キャロル、朝夏アイシス、大貫イズミル、山口イムホテップ、そして海宝メンフィスからそれぞれにご挨拶がありました。

ご挨拶は動画でも公開されているので仔細は省きますが、大貫さんの「公演を通してたくさんの幸せをもらった」という一言、朝夏さんの「劇場に来ない選択をされた皆様」への心遣いの一言が印象に残りました。

なお、祐一郎さんのご挨拶ではまず、
「地球の裏側、劇場後方のカメラの向こうにいるリーヴァイさんに拍手を送りましょう!」
という呼びかけがなされ、カメラの向こう側に向けて、満場の拍手が送られました。その後、
「1日も早く日常が取り戻せますように」
というメッセージで締めくくられていました。

『王家』の公演はまだ博多の地で続く予定ですが、遠征も叶わぬ情勢下、私の今季の『王家』はこれで終わりです。これで今年は舞台での祐一郎さんには会えないのか、という寂しさを噛み締めつつも、今は帝劇公演の無事完走を祝うと同時に博多座公演が無事予定の日時に大千穐楽を迎えられるよう心から祈りたいと思います。

 

『王家の紋章』感想(2021.08.14 18:00開演)

キャスト:
メンフィス=浦井健治 キャロル=木下晴香 イズミル=大貫勇輔 アイシス朝夏まなと ライアン=植原卓也 ミタムン=綺咲愛里 ナフテラ=出雲綾 ルカ=前山剛久 ウナス=大隅勇太 イムホテップ=山口祐一郎

今期公演2回目の『王家の紋章』を観てまいりました。

何事にも万全ということはありませんが、出先での手洗いとアルコール消毒はこまめに実施し、帰宅後は速やかにうがい、洗顔、鼻洗浄、歯磨き、入浴を行っています。

今回は晴香キャロル・朝夏アイシス・大貫イズミルが初見でした。前山さんもルカ役を観るのは初めてです。
まず、晴香キャロル。綺麗に抜ける歌声が魅力的です。
私的には1幕のキャロルの最初のソロはアイドル声ではなく普通に歌って欲しい派なので、晴香キャロルの歌い方の方が好みだったりします。
また、古代と現代を行き来する過程でのキャロルがだんだん古代にいる方が自然になっていく変化は比較的沙也加キャロルの方が分かりやすいのですが、晴香キャロルは良い意味で終始キャロルの人物像がぶれないので、「私はやっぱり未来の人間だから歴史を変えてはいけないのにああ……」のようにうだうだと悩み始めてもなぜかウザいとは感じられず、逆に「うんうん、このキャロルなら仕方ないよね」と思わせられたのは不思議です。
次に朝夏アイシス。浦井メンフィスと相性が良いという印象を受けました。多分、朝夏姉と浦井弟、2人とも自分が受け継いだ血筋と役割を一個も疑わず極めて純粋に信じていることを前面に打ち出しているからだと思います。王様は強靭で時に冷酷であって当たり前。異母姉弟で結婚するのも幼い頃から信じてきた一本の道を素直に歩もうとしているだけ。
新妻アイシスを観た時は弟への執着と弟を奪おうとする者への嫉妬を強烈に感じたのですが、朝夏アイシスにはそうした負の感情はあまり見えなくて、「自分が信じてきた道を妨害しかき乱すものは許さず排除する」という意志とプライドの方が強く感じられました。浦井メンフィスも、これまで素直に信じてきた「当たり前」が通用しないキャロルという存在に揺さぶりをかけられ愛と信頼を教えられながらも、自身が王の役割と信じて歩む一本道から全く外れることはないので、ああ、この2人は本当に姉弟なんだなあ、としみじみ思った次第です。
そして大貫イズミル。これまで彼を唯一観たのがミュージカル『ロミオ&ジュリエット』の「死」で、歌声を聴いたのは今回が初めてでしたので、大変失礼にも「きちんと歌える人なんだ」というのが第一印象でした。そして意外に目力が強い。
なお大貫イズミル、歴代の中では最も野心が薄めで温厚篤実なイズミルだと感じられました。これまでのイズミルはエジプト攻めに当たって野心やプライドがばりばり、妹も何だかんだで偵察に送り出した手駒の一つなので彼女の死はただの口実に過ぎないイメージが強かったですが、大貫イズミルは妹の理不尽な死への憤りが最大の動機であり、むしろ野心の方が付け足しなのでは? という印象です。篤実な王子様だからこそキャロルの美しさと鼻っ柱の強さとにあっさりほだされてしまったのではないか? と想像しています。

そして前山ルカ。前山さん、ウナスの時も思いましたが、表情、特に視線の演技が印象的な役者さんです。お声も良く通りますので、この先も役に恵まれればもっと舞台で見る機会が増えるのではないかと期待しています。

ところで、おまえはこの演目を何回観てるんだ? というツッコミを覚悟の上で申しますと、2幕後半でキャロルが「自分の居場所は自分で選ぶ」という趣旨の歌詞を歌っているのを聴いて「ああ、これもまた、女性の自我の確立を強く推してくるウィーン・ミュージカルなんだ」と思いました。正確には脚本が荻田さん、音楽がリーヴァイさんなので半国産、半ウィーン産ですが。

あと、同じく2幕のセチの戦死の場面で彼が舟のオールの十字架にかかったような形になっているのを、これまではあまり深く考えたことがなかったのですが、これ、エジプト兵たちがキャロルを神の娘と信じ言わば殉教者として斃れていく事実を、恐らくクリスチャンであるキャロル自身が目撃することにより、彼女が神の娘を演じて生きる覚悟を促す役割を果たしているのでは? と気づいて目から鱗が落ちました。

これまで、人間ドラマの山場がたくさんある1幕はともかく、2幕はイズミルのソロは長いわ、逆に宰相様の出番や台詞は初演からどんどん削られるわであまり面白いと思ったことがありませんでしたが、今更ながら「なんだ、実は2幕も面白いんじゃないか!」と思い始めています。

ちなみにイズミルのソロが長い理由については、最近は「宝塚で言えば二番手スターの役どころだから見せ場が必要」と解釈しています。メンフィスとキャロルがトップスター、イズミルアイシスが二番手スター、ライアンとミタムンが三番手スター、イムホテップとナフテラは専科特別出演、という感じで。原作の主役はあくまでキャロルだと思いますが、舞台上の主役(ポスターでトップクレジット、カーテンコールでは最後に登場)はメンフィスという所も宝塚感が強いですよね。

そうそう、浦井メンフィスや、山口イムホテップ宰相様について書けていませんでした。

実はメンフィスというキャラクターへの愛がそんなに強くないので今ひとつ熱を入れて書きづらい所があったりするのです。ただ、浦井メンフィスはそうした理屈抜きでいつも「見た目もアクションも衣装も綺麗だなあ」と思いながら見惚れています。今回の衣装はマントがよりふんわり軽やかに広がるよう改良されているほか、1幕よりも2幕の衣装の方が太ももの絶対領域がやや広めなのも良いですね😊。凛と素直でたっぷりと響き渡る歌声もまた心地良くて……。

宰相様は観るたびに、この方は生まれた時から慈しみ向き合ってきた少年王と本当に相思相愛なんだなあ、とほっこりしています。激情家のメンフィスの知的好奇心や探究心が旺盛な一面はきっと宰相様が育んだのですよね。諸国漫遊……ではなく歴訪の旅から戻った時に必要以上にえっちらおっちらしながら船から降りる様子と、その後で包容力満載に歌い上げる姿、そしてメンフィスといつかは両手でハイタッチするんじゃないかという勢いで再会を喜び合うさまとのそれぞれのギャップの激しさもまた魅力であります。

浦井くんは今回の公演中にお誕生日を迎えてオーバーフォーティーになりました。宰相様の中の方もかなりの年齢不詳系ですが、浦井くんも実年齢を知ると衝撃が走る系の1人だと思いながら、メンフィスと宰相様がきゃわきゃわする様子を眺めて癒されておりました。

次回『王家〜』を観るのは帝劇千穐楽なので、浦井メンフィスは今回が見納めになります。海宝メンフィスがどのように魅せてくれるのか? こればかりは舞台レポートをいくら読んでも生舞台を観ない限りは体感できないので、帝劇公演が無事に千穐楽まで走り続けられるように心から祈っております。

 

『王家の紋章』帝劇初日感想(2021.08.05 18:00開演)

キャスト:
メンフィス=浦井健治 キャロル=神田沙也加 イズミル平方元基 アイシス新妻聖子 ライアン=植原卓也 ミタムン=綺咲愛里 ナフテラ=出雲綾 ルカ=岡宮来夢 ウナス=前山剛久 イムホテップ=山口祐一郎

止まる気配の全く見えない重大な感染症の流行、そして猛暑。外出に決意が必要な毎日が続く中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

迷いつつも『王家の紋章』再々演の帝劇初日を観てまいりましたのでレポートいたします。

『王家~』は演目として大好きか? と問われると決してそうではないのですが、実は5年前の8月、病気で休んでいた仕事に3ヶ月ぶりに復帰し、直後にひとりで杖を突いて帝劇に出向き観劇したのが初演のこの作品の初日でした。5年後のほぼ同じ時期、同じ帝劇で同じ作品をだいぶ元気になった状態で観るのはやはり感慨深いものがありました。

 

初めに主なキャストの印象から。

まずは初演・再演ではキャロルを演じていた新妻聖子さんのアイシス。1幕はのっけから新妻アイシスに度肝を抜かれました。歌唱力もさることながら、存在感が際だっており、時にはヒロインよりも輝いている? と思ったほどで。アイシスの妄執の恐ろしさだけでなく、裏返しの可愛らしさも発揮されていると感じられました。

沙也加キャロルは、現代の場面と古代エジプトの場面とで表情が全く違っていて、古代にいる時の方がより生き生きしているように見えました。ベースの声質はアニメ声と言うかアイドル声なので、たまにそれが耳についたり歌詞が聞き取りづらかったりする時もありますが、正統派に歌うべき所ではしっかりと聴かせてくれていたのはさすがです。

植原ライアン。上の2人と同じく、今回からのキャストです。前回までの伊礼彼方さんに比べるとだいぶ線が細い印象でした。まだ少し、妹の運命に振り回されつつも強い意志の持ち主である筈のライアン兄さんのキャラクターが安定していないようにも見えました。今後の変化に期待。

平方イズミルは、これまでよりもぐっとプリンスらしい気品とプライドが増していたように思いました。でもやはり、どの時点でキャロルへの感情が復讐のための手駒以上の感情に変わったかが分からない……。ただこれは役者さんではなく脚本や演出の問題だと思っています。

また、これも役者さんは悪くないのですが、初演の頃からずっと2幕のイズミルのソロは「長い、長すぎる!」と思っています。とは言え2幕では既に主人公カップルが成立していることもあり、1幕に比べるとどうしてもストーリーが薄いので、そこをイズミルの見せ場でたっぷり、という演出意図はまあ分からないでもありません。

浦井メンフィス。初演からのキャストでもおり、メンフィスという人物の気品も剛毅さも純粋さも、完全に全身に染みついているという印象を受けました。沙也加キャロルとの息もぴったりだったと思います。

そして山口イムホテップ=宰相様。……すみません、眉毛、過去の公演の時より薄くなりました?

宰相様の出番は本当に少ないです。『王家~』は再演を重ねる中で若いカップルの出会いから門出までの物語としてブラッシュアップされてきているので仕方ないのですが、再演で削られた出番は今回も削られたままでした。

それでも、宰相様の存在は心を癒します。今回、1幕でキャロルが未来へ帰りたいと騒ぎまくり「キャロルうぜえな」と思い始めた頃に登場した時、彼の美しい歌声と満面のチャーミングな笑顔で自分の黒く汚れた心が急速に浄化されていくのを体感しました。ソロナンバーが1幕と2幕とでそれぞれ1曲ずつしかないのは本当にもったいないと思います。

なお、他には前山ウナスがフレッシュで可愛かったことと、綺咲ミタムンの亡霊が焼け焦げていない代わりに血の涙を流して怖かったこととを書き添えておきます。

作品全体としては、物語展開自体は2017年の再演時とそんなに変わらないという印象を受けました。2幕に時々冗長に感じられた箇所があるので、もっとその辺は刈り込んでくれても良かったのよ、と思ったぐらいです。

ただ、舞台の演出はとても美しかったです。1幕序盤から鮮やかなナイルブルーの星空や河面をイメージしたビジュアルに圧倒され、そこにダンサーを従えたアイシスやメンフィスが颯爽と登場するので、瞬く間に現実世界からロマン溢れる古代エジプトの世界に引き込まれます。

1幕終盤から2幕序盤にかけてのキャロルの現代への送還と古代への帰還、そしてとこしえの愛を誓い合う大団円と言った重要な場面が、ナイルの悠久の流れと太陽の光に包み込まれるようなビジュアルで作られていて、その点は本当に良いと思います。

また、この作品のダンスシーンには実は結構見所が多いです。エジプトとヒッタイトとの戦いにキャロルを守るために一兵卒として身を投じ、ひっそりと命を落としていく少年セチ(かつてアマデや少年ルドルフを演じた坂口湧久くん!)のソロダンス、クライマックスの戦闘シーンでの群舞、ラストの祝福のバレエダンスなど、数々のダンスに心を惹きつけられました。

終演後のカーテンコールでは、初日ということで浦井くんからご挨拶がありました。スタッフや共演者、客席への感謝の念、そして客席にいらした原作者の細川智栄子先生へのリスペクト。……と来て、なぜか最後に突然「祐さん、ありがとうございます!」と祐一郎さんをリスペクトしていました。さて、彼に当日何があったのでしょうか。と言うかどれだけ祐一郎さん好きなの、浦井くん😅

次回はもし公演が予定通りであれば、8月14日に浦井メンフィス&木下晴香さんのキャロルで観る予定です。海宝直人さんのメンフィスは千穐楽までお預けなので、何とか東京公演がそれまで無事に続いていて欲しいと願っています。

 

『CLUB SEVEN ZERO III』感想(2021.06.12 13:00開演(B version))

キャスト:玉野和紀 吉野圭吾 東山義久 西村直人 大山真志 妃海風 凰稀かなめ

こんにちは。

GWの『モーツァルト!』帝劇観劇予定が帝劇千穐楽前倒しで潰れて以降の約1ヶ月半、思いがけず『モーツァルト!』の梅芸大千穐楽アーカイブ配信で観た以外にはほとんど舞台には触れずに過ごしておりました。気になる演目は多々あるものの、そのたびに上京が必要なことを考えると、どうしても足が遠のきがちです。

そのような現状ではありますが、「どうしても踊る吉野圭吾さんが観たい」という思いから、シアタークリエ6月公演『CLUB SEVEN ZERO III』(B ver.)のチケットを確保していましたので、しばらくぶりに上京しました。

CLUB SEVENは1幕はオープニングの全員歌唱にコントとレビュー、2幕はミニミュージカルと50音メドレー、そしてエンディングで再び全員歌唱、という構成になっています。

過去のブログを確認したところ、2017年5月にシアター1010で『CLUB SEVEN ZERO』を観て以来2回目の観劇でした。前回の感想を読み返すとひたすらキャストの全力疾走ぶりに圧倒されていたようですが、4年前のことなのでかなり記憶が怪しいです(汗)。まあ、その分新鮮な気持ちで鑑賞できたとは思います。

コントは今回もキャスト一丸となりとことんナンセンスを追求していて、それでいてこそばゆさや居たたまれなさのようなものはほとんどなく。このご時世にあまり声を出して笑っては……と躊躇いつつ、気づくと爆笑しまくっておりました。

特に地球防衛軍コント。
「なぜそこで全員マグロになる? しかもなぜ脱がせる?」
と思っていたら、コント終了後の凰稀さんと妃海さんのコメントによれば
「(アドリブシーンで)稽古場では男性陣が全員脱いでいて、本公演でも脱ぎ始めた」
そうです。なぜ……?

レビューはうって変わって大人の格好良さを追求しており、手練れの7人を観て、やはり生舞台は良い! と実感しました。いい大人たちがおバカにもシリアスにも真剣に取り組んでプロの仕事を見せてくれて、しかも本人たちが楽しそうなのがまた良いのです。

2幕のミニミュージカルは、とある王国のお家騒動の物語です。一人二役ヒロインなど7人それぞれに見せ場も多い上、最近には珍しく善玉役の吉野さんが美しく、溢れる人情味とスカッとする勧善懲悪が気持ちの良いお話でしたが、1つだけ疑問が。お姉様、結局どうして引退しちゃったんでしょう? 妹さん、思い人を譲られたとは言え、あれでは結構大変だし、思い人がしっかりしているとは言え、いくら何でも正体がバレると思うのですけれども。

ミニミュージカルの終了後に、7人のメンバーの自己紹介コーナーがありました。妃海さんの元気の源がニンニク、という話も面白かったですが、凰稀さんの元気の源がおうちのワンちゃんに頬ずりすること、という話で、すかさず吉野さんが横たわってすりすりを要求する(しかも2回も)絶妙さにまた爆笑しておりました。

ちなみに、開演前の話に戻りますと、ロビーに、
「6月がお誕生日の方はこのカードに名前と生年月日を書いて、こちらの箱に入れると良いことがあるかも知れません」
のようなメッセージとカードが置かれていました。私は実は6月生まれなので素直にカードを書いて提出しました。
再度自己紹介コーナーに話を戻しますと、このコーナーの最後に「良いこと」が発生します。だいたい事前の予想通りの中身ではあり、多少の気恥ずかしさこそありましたが、何だかんだで嬉しい気持ちになりました。

50音順メドレーは、今回も歌、笑い、ダンスともにキャストに高い技術と全力投球が求められる内容でした。

特に玉野さん。どう考えても吉野さんより年上の筈ですが、たまに息切れをネタにしつつも他の6人と一緒にあんなに激しく歌って踊りまくれるあの体力は一体何なのでしょう? すごすぎます。

なおメドレーでは、今回会場でも売られていた7色ペンライト(1,500円)で大いに盛り上がりました。どの曲でどの色のライトを使うか? について特に指定はありませんでしたが、1曲のみ色指定のある曲がありましたので、同じタイプのライトを持参可能であればそれを使った方が良いと思われます。

ということで、充実のショータイムはめちゃめちゃ楽しかったのですが、一つだけショーとは関係ない部分で心に引っかかったことがあります。
開演前や幕間に、劇場係員の方が繰り返し何度も、
感染症対策のため、客席での会話はお控えください」
と呼びかけていたにも関わらず、客席での会話を止めない方が少なからずいらっしゃいました。
久々にお友達と会われた方、また、今日の公演を楽しみに遠征でいらした方など、誰かと語り合わずにはいられない気持ちは、私もとてもよく分かります。今日はたまたま連れがおらず1人観劇でしたが、もし隣に家族や友人がいたら同じことをしていたかも知れません。でも、その空間に自分がいることが気になって仕方なかったのも確かです。
「分かる。でも、ちょっと控えて欲しい」
と何度も思いましたが、さすがに隣の人に直接それを言う度胸はありませんでした。

嫌ならそもそも観劇に来るな、おまえも同じ穴のムジナだ、という意見もあるとは思いますが、少し行動に気をつけるだけでも同じ空間にいる皆が気持ちよく観劇できるのならばぜひそうしたい、と改めて考えさせられた出来事でした。

 

『モーツァルト!』感想(2021.4.24 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=古川雄大 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=香寿たつき セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=鶴岡蘭楠(かなん)

 

今季『モーツァルト!』の帝劇公演について、悲しいことに、新型コロナウイルス感染症拡大による4月25日からの通算3回目の緊急事態宣言発令に伴い、4月28日以降の公演が打ち切られることが、本日(4月24日)に発表されました。

これを持ちまして、私の手持ちチケット残り2枚のうち、GW中の1枚(古川ヴォルフ・涼風男爵夫人)が紙切れと化すことになりました。残念ですが、この状況下では粛々と従うことしかできません。

というわけで、宣言発令前夜となる本日の夜公演のチケットが手元に残っていたことに感謝しながら上京し、予定より早いマイ楽観劇に臨みました。

今季最初で最後の古川ヴォルフは、2018年に観た時よりもだいぶ歌が良くなった印象です。声量も猊下や木下コンスとかなり拮抗していました。発声や歌詞の聞き取りやすさで言えば、正直育三郎ヴォルフに一日以上の長があると思いますが(古川さんファンの皆さまごめんなさい)、恐らくかなりヴォーカルを修練されたのではないかと想像しています。

また、個人的にヴォルフガングに抱いている三大イメージは「無分別」「青くさい」「音楽バカ(と言いますか純粋過ぎて音楽以外の全部が(略))」なのですが、古川ヴォルフの場合はこれらが全て備わっていると勝手に思っております。その三拍子揃っているがゆえにパパもナンネールも猊下もあれだけ古川ヴォルフを放っておけずに気を揉んでいるのだろうし、コンスタンツェも心惹かれたに違いない、と。

……すみません、育三郎ヴォルフの一見そつないようでいて、実は色々と破綻している、というキャラクターも別に嫌いではないのです。ただ単に、自分に取っては古川ヴォルフのキャラ付けの方が分かりやすかっただけなのかも知れません。

さて、本日もコロレド猊下は、ぴったりした黒手袋がお似合いで、アイメイクもばっちり、お声も艶々、大変麗しくていらっしゃいました。

1幕の登場シーンで、心なしかマントばっさばさが少なかったような気がしましたが、単に気のせいでしょうか?

馬車の場面では、2週間前に観た時よりも馬車の揺れがひどくなっていました😃。猊下、あそこまでアルコに壁ドン状態になったり、休憩後に再び馬車が走り出した時にひっくり返りそうになったりはしていなかったと思います。

「お取り込み中」の場面では、何度見てもガウンを着せてくれる側女のお姉さん方に接する態度に温かさはあれど、ちっともいやらしさがないのが不思議です。

2幕の「神よ、何故許される」で、ヴォルフという不条理の塊のような存在に対する愛憎半ばする感情をほとばしらせる猊下の表情と、劇場空間に響き渡る歌声とに「驚異的だ……」と浸りながらふと、
「そう言えば16年前の夏、M!の再演時に山口猊下に出会い、雷に打たれたかのような衝撃を受けて沼に落ちたからこそ、今もこうして観ていられる。あの時に出会っていて本当に良かった。神様と、あの時劇場に連れてきてくれた友人たちよ、ありがとう!」
という心持ちになりました。

「謎解きゲーム」での猊下は、夢の中でヴォルフに問いかけた後に下手に捌ける時、ほんの一瞬アマデの頭を撫でてから去っていくのが良いですね。

それから「破滅への道」。この曲の古川ヴォルフとのデュエットバージョンを聴くのは今季初めてでしたが、事前の予想以上にヴォルフの声量が猊下と拮抗していて驚きました。

なお、今回この曲を聴きながら、神の代弁者たる猊下の警告を拒絶したヴォルフは、この時点で猊下だけでなく神様とも決別したのでは? とふと頭をよぎりました。

肉親から深い愛を向けられながら、ボタンの掛け違いから決別に至ってしまったヴォルフ。神様(猊下)からの愛、そして後には妻からの愛とも決別することで、孤独になってしまったヴォルフ。作曲には人間ヴォルフが受け取る「愛」が不可欠だったが、今のヴォルフは独りぼっち。それに才能の化身アマデが神様からもらっていたであろう美しいメロディーも、もう当てにできないし、当てにしてはいけない。だから自分の力でレクイエムを書くしかなかったけれど、それはまさに破滅への道であった……。と、そのようなことをまた妄想してしまいました。

なおカーテンコールでの祐一郎猊下、市村パパのお出ましの際に片手で口元を押さえてしばらく「ぷぷっ」と笑いをこらえる仕草をしていたので、なぜ? と思っていましたが、同じ回を観ていた方のツイートなどを見ると、どうもパパが猊下のお出ましの時の歩き方か何かの真似をされていたらしいです。笑っちゃうの、珍しいな、と思いながら見ていました。他の公演だと祐一郎さんより先輩かつ格上の方がご一緒されることは少ないので、そういう意味でも貴重な瞬間だったと思います。

 

(2021.4.25追記)

観劇後に、昼公演の途中にキャストに帝劇千穐楽前倒し決定が知らされ、カーテンコールで育三郎さんが涙したらしいとの話を聞きました。

しかし夜公演は本当に拍子抜けするぐらい普通のカーテンコールだったのです。でも、古川さんの「ありがとうございました!」の一言にはきっと万感の思いがこもっていたのではないかと想像しています。

 

今季の帝劇公演、観劇3回目にしてマイ楽となってしまいました。

本日、香寿さんの男爵夫人の凛々しさと包み込むような温かさとが漂う歌声を聴いて、色っぽく強かな涼風さんでももう一度観てみたかった、と改めて思っています。

また、2018年よりもぐっと役にはまって華も増してきていて、観るたびに「役が役者さんを作るんだな、楽しみだな」と思っていた遠山シカネーダーも、もっと見届けたかったです。

また、悪役ではあるものの、実は彼女の存在は当時の女性の抑圧の産物でもあると考えると違った見方ができそうなセシリアママも。

木下コンスも今回の「ダンスはやめられない」は鬼気迫っていましたし、祐一郎猊下と阿部アルコの元バルジャン・ジャベールコンビもこれからもっと息の合った場面を見せてくれそうなのに。

もう本当に、こういう感染拡大状況なので、特に大手興行主である東宝さんが何も対応しないわけにはいかないのだと分かってはいても、初日から半月が経ち良い感じに役者さん方の演技に脂が乗ってきたこの時期の上演中止(正確には地方公演もあるので「中断」ですが)はかなり残念ではあります。地方公演を追いかけようにも、今は遠征もかなり難しい状況ですし、そもそもその地方公演が無事に開催されるのかも定かではありません。

最後に。東京の寄席が「寄席は社会生活の維持に必要な存在」として興行継続を決めたことも、東宝さんが即日ではなく数日の周知期間を設けた上での興行中止としたことも、そして、多くの興行主が宣言発令当日からの興行中止という苦渋の決断をしたことも、それぞれにそれぞれの事情を踏まえた上での決定事項なので、その決定は最大限に尊重して受け止めたいと思います。しんどい闇が明ける日が1日でも早く訪れるように願い、そのためにできることはしていこうと思うばかりです。

 

『モーツァルト!』感想(2021.4.11 12:30開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=香寿たつき セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=深町ようこ

この情勢下に県境を越えて上京することの是非に頭を悩ませながら、空き気味の電車で再び帝劇まで出向いてまいりました。

本日のキャストは、ヴォルフは初日と同様育三郎さん。男爵夫人は香寿たつきさん、アマデは深町ようこさんでした。

今季はあと2回観劇予定ですが、育三郎ヴォルフは本日で見納めになります。育三郎さんの声は帝劇の広い空間に響き渡り、木下コンスとのバランスもぴったり。また、猊下とのデュエットでも声量が拮抗していて心地よいです。

今回は2階席の前方列でしたので、高みから舞台全体を見渡せて良かったです。ただ、それは舞台後方から階段を昇ってくる役者さんが見切れるということでもありまして。例えば2幕後半でヴォルフがアマデにヘッドロックかけられた後で救いの女神のように現れる男爵夫人の幻影。2014年までの演出では上手上方に登場していたのが、2018年以降は普通に上手後方からえっちらおっちら階段を昇って現れるので、あまり幻影っぽくないのです……。それが演出家の狙いなのかも知れませんが。

キャストの中でも猊下は身分の高さを象徴するためか立ち位置が高いことが多いので、マント翻しも、揺れる馬車で豪快に足を上げる姿も、お姉様方とのお取り込みシーンも、オペラグラスでじっくりと堪能いたしました。初日の感想で、男爵夫人は観客を物語に引き込む重要な存在、と書きましたが、猊下もまた、「どこだ、モーツァルト!」の叫び一つでヴォルフたちとの関係性を印象づけ、観客に一発で物語世界を理解させてくれる強力な役割を果たしていると、本日改めて実感したところです。

今回、まだアマデについて語れていませんでした。アマデはヴォルフにとっては大事な分身でもある一方で恐ろしい存在でもありますが、時折見せる音楽の申し子としての仕草、例えばヴォルフが恋愛に悩みぶん投げた楽譜を慌てて拾い集めて抱きしめるなどのちょっとした仕草が本当に可愛らしくてときめきます。 今回のアマデは全員小学4~5年生の女の子。初日に観た蘭楠さんもようこさんも、そしてまだ出会えていない乃愛さんも、どうか無事完走できますように願っています。

以下、今回の公演というよりは登場人物に関する妄想交じりの考察となることをお許しください。

今季、やはりどうもヴォルフに優しくなれず、彼に振り回される周囲の人々の方にばかり心が寄ってしまいがちです。

と申しますか、彼を本気で庇護しようとぶつかるパパや猊下が、いずれも肝心の所が噛み合っていないがために敗れ去っていくさまを眺めるのが毎回結構辛かったりします。

特に猊下。恐らく、領主と臣下としての関係だけでなく、自分は神に仕える崇高な立場なので(生臭坊主ですが😓)、神が遣わした奇跡の子を責任を持って庇護するのが自身の役割であり、それゆえに奇跡の子の行動もきちんと管理すべき、自分が奇跡の才能を独占するのも神の思し召し、と本気で考えているように思われます。

なので多分、猊下は自分が神の意向を実現する者としてヴォルフに良かれと行動しているだけであって、そこに悪意はひとつもないのですよね。問題は奇跡の子自身の意思を完全に置き去りにして束縛するのは、現代の観点から見てかなりどうかというだけで……。子供の意思の件に関してはパパについても同じです。

そこへ行くと、男爵夫人はヴォルフの幼少のみぎりに一生分の信頼度を稼いでいるので、だいぶ得してるよなあ、と思うのです。

ただ、香寿さんの夫人には揺るぎない篤実さがあります。「星から降る金」ひとつを取っても、涼風夫人はヴォルフを引っ張り上げて背中をどんと押している印象がありますが、香寿夫人の場合は穏やかに、しかし懇々とヴォルフとその家族を諭しているというイメージです。きっと、香寿夫人は2幕の夜会も自分の社交のためというよりは、ヴォルフを売り込むためにわざわざ企画しているに違いない! と妄想しています。

涼風夫人も香寿夫人も、それぞれのたまらない魅力があって、それぞれに好きです。

なお、私がどうもヴォルフに優しくなれない理由としては、初日の感想にも書きましたが、やっぱり自分のことしか考えていないからかも知れません。

特に育三郎ヴォルフは初日感想にも書いたとおり、割とメンタルが大人なので、その分、魔笛執筆中の田舎の場面で、
「だから何でコンスタンツェに『あなたが愛しているのは自分の才能だけよ!』と言われた時に、たとえ図星でも『そんなこと言わせてごめんな』とか言って優しくしてやらないんだよ。嘘をつくのがいやでも言ってやれよ」
と心の中で胸ぐらを掴みまくっています。

とは言え、自分自身が芸術家にも、四六時中頭の中でメロディーが奏でられている絶対音感の持ち主にもなったことがないので、ヴォルフの本当の苦しみは生涯分かり得ないように思います。

……と、ぐだぐだ語るのはこの辺でやめにしておきます。なんだかんだ言ってもまたこの演目を観に行ってしまうのは、やはりヴォルフや彼を思う周囲の人々の姿を見て、人を愛することについて考えたいし、勇気づけられたいからかも知れません。

次回は4月24日、古川ヴォルフを今季初見の予定です。

 

 

『モーツァルト!』帝劇初日感想(2021.4.8 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=涼風真世 セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=鶴岡蘭楠(かなん)

 

お久しぶりです。

今年初のリアル観劇ということで、2018年以来3年ぶりに再演されている『モーツァルト!』(以下、『M!』)の帝劇初日を観てまいりました。

実は本業であまりに色々ありすぎた上に、最近軽く眼に不調が起きて眼科にかかる羽目になるなどの出来事もあり、劇場入りしてもあまりテンションが上がらず困っていたのですが、開演してしばらくして猊下が朗々と美声を響かせてマントを翻した瞬間に、自分の中のゲージが爆上がりしたのが分かりました。そこからはもうスムーズにM!の世界に入り込むことができたので、猊下ありがとう! という心持ちでした。

ただ、猊下、今回かなりメイクが濃いめだったような……。初日だからでしょうか。

今回は舞台装置のデザインが全体にピアノと五線譜を基調としていてなかなか面白いです。M!の舞台装置はいつも割と空間の使い方が大胆なのですが、そもそもお話の展開自体、一見前の場面からそのまま続いているイメージなのに実は数年経っているなど、時空を大胆に超えた作りなので、まあちょうど良いのかな、と解釈しています。

あと、キャスト全員、1人も歌唱力が危うい人がいない! アルコ伯爵は名バイプレイヤー阿部さんで、低音の魅力で聴かせてくれますし、遠山シカネーダーも初演の時より、踊りだけでなく歌も存在感を増しているという印象です。

さて、初日ではありましたが、今の演出になってからの再演ということもあり、育三郎ヴォルフを始めとして、キャストの皆さま、極めて安定感抜群でした。

前回から3年が経ち、自分が年をとったせいなのか、だんだんヴォルフ本人よりも、彼にそれぞれの形で翻弄される周囲の人々のことが気になるようになっています。

特に今回注目したのは木下コンスタンツェです。前回上演時になぜかM!のチケットが非常に取りづらく、結局彼女のコンスを観る機会がなかったため、今回が実は初見でした。あの強欲一家の中でひとりだけ地味でおとなしく(今風に言えば陰キャ)、浮き上がって馴染めずに孤独をかこつ雰囲気がとても良く出ていると思います。そして歌声も良し。

コンスタンツェというキャラクターについては、憐れみは覚えてもそんなに同情したことはなかったのですが、木下コンスに関しては、「ああ、あの独りぼっちだった女の子がやっと心から信じられる伴侶を見つけたのに、こんな結末になってかわいそうに」と心から同情しました。信じようとしていたのに、大人になったヴォルフが歩き出す時には「ひとり」であって、傍らの妻の存在は見えていない、というのはコンスにとっては相当にあんまりな顛末だと思うのです。

それから父親レオポルトについては、ある意味ヴォルフにとって「老害」であり、ヴォルフの精神を追い込んだ張本人でもありますが、彼の苦悩を見つめながらなぜか今年2021年1~3月にかけて放送された宮藤官九郎さん(クドカン)脚本のドラマ『俺の家の話』を思い出していました。

かのドラマには能楽師の宗家の老いた父親と、父親を介護しながら後継者を目指すかつて勘当されたプロレスラーの息子との関係が綴られていましたが、最終回に父親が、既にこの世の者ではない息子に対し、生前の彼を一度もほめなかった理由を「ほめるとそこで終わってしまうから」と語りかける場面がありました。もしかしたらレオポルトだって心の奥底では息子をほめたかったかも知れないのに、いざとなると息子の欠点ばかりに向き合って罵倒することしかできないとは、何て悲しいことだろう、と考えずにはいられませんでした。

姉ナンネールも弟ヴォルフに対して極めて複雑な思いを抱きますが、結局のところは弟への深い愛情は変わらず。和音さんのナンネールは控えめで、歌い方もひたすら穏やかに優しくありながら芯の強い雰囲気も自然に醸し出されているのが良いですね。

そして猊下

2018年からの追加曲「破滅への道」、今回公演では前回の「どけどけー! コロレド猊下のお通りだー!」よりは登場に唐突感は薄かったですが、

猊下よ、なぜ、こんな民衆が革命気分で盛り上がってる危険な往来へわざわざ馬車で乗りつける?」

という最大の謎は解けません😅。

それはともかくこの曲、改めて聴くとヴォルフの行く末を心底憂いてひたすらに心配している内容なので、ここまで深い愛情を抱いているのに本人には全く伝わらないのか、と思うと悲しい気持ちでいっぱいになります。

猊下、ある意味、親としての愛情が激しいあまりに息子の望むものが見えなくなってしまっているレオポルトパパよりも、よほど冷静にヴォルフの本質を見抜いているようにも見えて、実は主君としてはとても慧眼な人なのではないかと思うのですが、彼の雇用管理手法はヴォルフという奔放な天才とはあまりにも噛み合わなさすぎるので、最後まですれ違ってばかり。こんなに報われない片想いがあって良いのでしょうか。

そうそう、忘れるところでした。ヴァルトシュテッテン男爵夫人。

今回、涼風さんの凛と美しい(本当に綺麗!)夫人を観て、男爵夫人がいかにM!の物語世界に観客を誘い引き込むための重要な役割を果たしているかを実感しました。そして、いかに心からヴォルフの才能を愛し、彼の心の奥底に住まい続ける存在であるかについても。彼女は思いやり深い支援者であると同時に、ヴォルフの才能を利用し社交界で権勢を誇る強かさを持ち合わせてもいるわけですが、それでも「束縛せずに見守る」という一点においてヴォルフの信頼は揺るぎません。色々な意味で、猊下とは対照的だと感じ、猊下により一層の哀愁を覚えた次第です。

最後に、主演たる育三郎ヴォルフについても書き留めておきます。

2018年の時と同様、彼のヴォルフについては精神的には「大人」という印象を覚えました。その大人である筈のヴォルフが、物語の後半で自分の分身としてごく自然に共存してきたアマデに振り回され疲弊していくさまは、なかなか衝撃的です。

ごく個人的には、最初に観た中川ヴォルフのすり込みのせいなのか、ヴォルフには「いつまでも社会性のない少年」的雰囲気がある方が好みと思ってきましたが、今回、精神的には大人なのに社会性を司る何かが根本的に破綻している育三郎ヴォルフも悪くない、と思うようになりました。育三郎ヴォルフも再演を重ねるごとに確実に磨き上げられていると感じております。

カーテンコールでは、初日ということで、育三郎さんからご挨拶がありました。コロナ禍の中でぶじに初日の幕が上がったことのありがたさや、スタッフや劇場への来場者への感謝の言葉に続けて、このような状況下なので毎日が千穐楽と思って演じていること、そしてコロナ禍でそれぞれに戦い続けているであろう観客への思いなどが語られました。育三郎さんを始めとするキャストの皆様の覚悟の深さが込められたメッセージとして受け止めています。フィナーレの「影を逃れて」で時々瞳を閉じながら歌い上げていた猊下の心の内は、生き急ぐヴォルフを止められなかった悲しみであったのか、それとも初日を無事に終えようとすることへの深い感慨であったのか……と、答えのない思いをひたすら巡らせるばかりです。

 

ところで。

夜21時を過ぎた東京を久々に歩きましたが、いわゆる「まん防」前夜につき、本当に食事できる場所がなく、電車で正味1時間強の道のりを空腹を抱えながら帰りました。自宅でコンビニに残っていたお弁当を貪り食いながら、これもエンタメ界を観客の立場で支えるに当たって求められる覚悟と試練の一つなのか、と改めて身に染みて考えました。次回は開演前にきちんと食べておきたいと思います。

『ポーの一族』ライブ配信(PIA LIVE STREAM)視聴感想(2021.1.23 12:00開演)

キャスト:
エドガー・ポーツネル=明日海りお アラン・トワイライト=千葉雄大 フランク・ポーツネル男爵=小西遼生 ジャン・クリフォード=中村橋之助 シーラ・ポーツネル男爵夫人=夢咲ねね メリーベル綺咲愛里 大老ポー/オルコット大佐=福井晶一 老ハンナ/ブラヴァツキー=涼風真世 ジェイン=能條愛未 レイチェル=純矢ちとせ

相変わらず新型コロナウイルス感染症の流行が収まる気配がないどころか、続々と緊急事態宣言が発令され、じわじわと脅威が身近に迫りつつある2021年1月、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

このような状況ですので『オトコ・フタリ』の愛知県刈谷市での大千穐楽参戦もチケット発売前から諦め、自宅から見守る道を選んでおります。

そのような最中に1月11日から無事梅田芸術劇場で開幕した、ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』。

『ポー』は今から3年前、2018年3月に宝塚花組初演を映画館にてライブ・ビューイングで視聴しました(当時のブログ記事)。

2月3日からは東京公演も予定されていますし、本音では生でみりお様を拝みたい、しかしこの情勢では劇場に出向くのは躊躇われるし……と思っていた所、ありがたいことに梅芸公演の配信チケットが販売されましたので、自宅で視聴することにしました。

以下、若干加筆はしていますが、視聴しながら都度iPadでメモした内容に基づいた感想です。ネタバレありですのでご注意ください。

 

現代(と言っても原作の「ランプトンは語る」に相当する1960年代)の人々によりエドガーというバンパネラの少年に関する証言や記録が語られる序盤。このお芝居で展開されるエドガーの足跡や、彼が関わる主要な登場人物については大体この序盤で説明されるので、原作未読の観客にも分かりやすくなっている筈です。
この序盤を見て最初に抱いた衝撃は、主役たるエドガーや相手役であるアランに対してではなく、
「老ハンナが「老」じゃない! 颯爽としてカッコ良すぎる!」
というものでした。すみません、涼風さん、還暦とはとても思えない美しさで、しかも普段は基本寝ている相方の代理として、異形の一族の長老役を果たす女性の凜々しさが素敵すぎたので、つい……。
なお、老ハンナはエドガーとメリーベルの兄妹に「おばあちゃん」と呼ばれていますが、よくおとなしくおばあちゃん呼びさせていたものだと思います。

それはさておき。

福井さんの大老ポーも威厳と押し出したっぷりでした。厳めしさ加減では花組初演での一樹千尋さんもなかなか良い雰囲気を醸し出していましたが、それとタメを張る大ボスぶりを発揮していたという印象です。ちなみに大老ポーは1幕の村人襲撃で、老ハンナと異なり完全に消滅した証拠がないのですね。宝塚版の同じ場面ではどうだったか記憶が定かではありません。
ポーツネル男爵を演じる小西さんはマリウスの頃から見ているので、今やこんなに重要な脇を任されるようになったのね、と感慨深いです。声質も若い頃はどこか軽い感じで気になっていましたが、今は全くそんなことはなく聴きやすいです。
ねねさんシーラ。1幕のソロ曲が微妙に音域が合わない気がしました。他の場面では決してそんなことはなかったのですが。シーラという女性の清楚さと妖しさが同居するイメージにはぴったり合っていたと思います。

みりおさんエドガー。普通の人間の少年だった時、バンパネラになりたての時、その後のバンパネラとして老成した時。それぞれで違う表情を見せてくれていて凄いです。
綺咲さんのメリーベル、可憐。エヴァンズ家でエドガーと再会し、一族に加えられる瞬間や血を与えられる場面で2人の間に漂う妖しい雰囲気にどきどき。歌声も綺麗です。
橋之助さんのクリフォード医師。中の人が筋金入りのヅカファンということなので、もう毎日が夢の国なのではないかと想像しています。結末はあれですが。
1幕後半で満を侍して登場したアラン。花組上演時の柚香光さんの印象が強く、今回成人男性が演じて大丈夫? と大変失礼な心配をしていましたが、全くの杞憂でした。高慢でわがままで、無邪気で純粋で繊細な美少年アラン。歌はもう少し伸びしろがありそう、とも思いましたが、多分小池先生は慧眼なのでしょう。
しかし1幕の学校の場面でのあのエドガーの胴上げ……結構高く上がっているので落とさないかと緊張する一方で、エドガーの鳥のような身の軽さあってのことだろう、と感心していました。
1幕ラスト、完全にアランをターゲットとしてロックオンした瞬間のエドガーの妖しい微笑みビームに完全に撃ち抜かれました。
幕間に入ってからしばらくぼうっとしていましたが、はたと気がつき、これではいけない! と、とりあえずトイレに行って気を落ち着けるなどしていました。
そしてなぜかまた、幕間に涼風さんの七変化について思いを巡らせてしまった自分なのです。1幕後半から降霊術師のマダム・ブラヴァツキーとしても登場するのですが、これがまた妖怪度の高すぎるキャラクターでして。老ハンナもブラヴァツキーも、どちらもしっかり涼風色に染め上げていて、妖精度も妖怪度も高いと同時に凛とした佇まいを保っているのはさすがでした。

2幕。
リーベルの可憐さと儚さが序盤から炸裂します。この時はまだ普通の少年であるアランとのバランスがとても良い感じ。
降霊会でのブラヴァツキーの七変化はどんどんエスカレート。いかがわしい風味もあり、老ハンナの静かな威厳とは対照的なコミックリリーフ的役割も果たしていましたが、恐らくは本物の霊能力も有しており、終盤のポーツネル一家の運命について重要な鍵を握っているので、実は侮れない役どころなのでした。
エドガーとアランの対話。ロゼッティのペンダントは捨てない演出になっていたのはなぜでしょう。強烈に仲間を求めて暴走するエドガーと、聖句を口にして必死に抵抗するアラン。この場面での2人の心理合戦が見事で、目を奪われました。
二度目の降霊会での大老ポー召還について。福井さんは降霊会の参加者であるオルコット大佐と二役なので無理とは知りつつも、あれはやはり階上に、声だけでなく福井さん本人に現れてほしかった気がします。なお自分としては、あれは大老ポーが「霊として」降りた訳ではなく、人間界のどこかから降霊の場を借りてリモートで警告したのだろうと解釈しています。

今回心に少しばかり引っかかってきたのは、エドガーのアランに対する「しくじり」を受けてポーツネル男爵が語る、異端を排除しようとする人間の力。舞台では信仰を持つ人間への恐れとして描かれていますが、何となく今の世のコロナ感染にまつわる差別や忌避を連想しぞっとしました。
その後の、ホテルを訪ねてきたアランに対しメリーベルが発する言葉「アラン、私たちと遠くへ行く? 時を超えて遠くまで行く?」からの流れるようなエドガーの誘惑。この場面、原作で1人舞うメリーベルのイメージが採り入れられていてかなり好きです。メリーベルの「(アランには)まだ(人間界への)未練がある」とエドガーのきりきりと胸を締め付けられるような孤独に満ちた絶唱が胸に残っています。

そして運命の日。シーラ、どうしてあれほど大老ポーが言ったのに海に近づいてしまうのか。あと、クリフォード医師、見栄の切り方がやはりどことなく歌舞伎……。
リーベルをお迎えにくるのは老ハンナなのですね。シーラや男爵のお迎えは大老ポー。ここで老ハンナは天上から迎えにきていましたが、大老ポーは地上で「そら見たことか」と見届ける感じだったので、やはり老ハンナがいるのとは全く違う場所にいるのだと思いました。

しかし皆に置いてきぼりにされたエドガーは独り。究極の独りぼっち。アランのお母様(レイチェル)について、息子への執着を口にする一方、気持ちの端のどこかに息子の亡き夫に似た所を嫌悪する心理があることを匂わせる台詞や、息子を見捨てるような台詞が追加されており、追い詰められ絶望度が原作や宝塚版よりも強烈になっているアランとの旅を選んだのは抗いようのない必然の流れであったと思います。
エンディング。原作の『ポーの一族』の巻のラストページ同様にこの時代の2人で終わらせる脚本は秀逸だと思っています。その後の物語、特に最近の続編で明かされている、エドガーとアランがポーの村に入ることなく旅を続ける理由を知ってしまうと、非常に切ないですので……。

観る前は宝塚の幻想的で美しいイメージがあったので、男女混成版での上演にやや不安を抱いていましたが、終わってみると全くそのようなことはなく、これはこれで魅力的な上演版だ、と思います。特にアンサンブルについては、自分は男女混成版の力強さの方がむしろ好みです。また、今回のカンパニーには、演出が宝塚歌劇団所属でもある小池先生であったこともあり、意図的に女性プリンシパルキャストの大半が宝塚出身者となっていたので、それで初演のイメージからあまり逸脱しなかった所があるのかも知れません。

ところでカーテンコールでのみりおさんと千葉さんのトークタイム。あれはもしや「癒しタイム」なのでしょうか。
「もし『ポー』で他の役をやるならどれ?」という質問に対する千葉さんの答え「恐れ多いですがメリーベル」もなかなかでしたが、みりおさんの「シーラになって涼風さんにエナジーを送り込まれたい」と「マーゴットになってアランに人殺しー! と叫びたい」という答えを聞いてかなりのなごみエナジーが心に注入されました。

 

2020年観劇振り返り

昨年末に投稿した観劇振り返り記事に、次のような言葉を記していました。

観劇は自分や家族や肉親の体調、そして余暇に割ける時間の確保という条件が整ってこそ実現できる贅沢な趣味なので、2020年もその辺りがぜひ息災でありますよう願いつつ、2019年を見送りたいと思います。

これを書いた時には、よもや2020年に演劇の上演そのものが危機的な状況に陥るとは、想像すらしていませんでした。

2020年2月下旬頃から続くコロナ禍には終わりが見えず、しかしいつかは必ず終わるもの、と信じながら、気づけば10ヶ月が経ちつつあります。

2020年に一旦チケットを確保していたにもかかわらず、残念ながら中止となってしまった公演は次のとおりです。

  • アナスタシア(2020.3.15 12:30開演予定 東急シアターオーブ) ※該当日時公演中止
  • エスト・サイド・ストーリー Season 3(2020.4.18 17:30開演予定 IHI ステージアラウンド東京) ※Season 3 全公演中止
  • チェーザレ(2020.5.9 12:00開演予定 明治座) ※全公演中止 → 中川さんの明治座コンサートで一部楽曲を披露
  • ヘアスプレー(2020.6.14 13:00開演予定(初日)、2020.6.28 17:30開演予定(千穐楽) 東京建物 Brillia HALL) ※全公演中止
  • ジャージー・ボーイズ(2020.7.19 13:00開演予定 帝国劇場) ※全公演中止 → 日程短縮の上コンサート形式で公演実施

 

また、チケットを購入して観た公演は下記のとおりです。あえて、直接劇場に出向いたものと配信視聴とを並列で記載しました。ナウシカ歌舞伎は映画館で観ています。

  • ダンス・オブ・ヴァンパイア(2020.1.20 13:00開演(大千穐楽梅田芸術劇場
  • シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ(2020.1.26 17:00開演 シアタークリエ)
  • 新作歌舞伎 風の谷のナウシカ(前編)(2020.2.15上映(ディレイビューイング))
  • 天保十二年のシェイクスピア(2020.2.16 12:30開演 日生劇場
  • 新作歌舞伎 風の谷のナウシカ(後編)(2020.2.29上映(ディレイビューイング))
  • 中川晃教コンサート2020 feat.ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』(2020.7.12 12:00開演 明治座(Streaming+配信視聴))
  • ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』イン コンサート(2020.7.19 13:30開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • SHOW-ISMS(Version DRAMATICA/ROMANTICA)(2020.7.23 18:00開演 シアタークリエ(Streaming+配信視聴))
  • THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE(2020.8.22 18:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.17 13:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.18 13:00開演 帝国劇場)
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.18 17:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • オトコ・フタリ(2020.12.12 18:30開演 シアタークリエ)
  • オトコ・フタリ(2020.12.20 13:30開演 シアタークリエ)
  • オトコ・フタリ(2020.12.26 13:30開演 シアタークリエ)

 

このコロナ禍で演劇やコンサートの配信視聴が急速に定着した印象です。

特に中川さんは配信で大活躍されていたと思います。都外から劇場に出向くのをかなり躊躇していた時期のチェーザレ、JBのコンサート配信は嬉しい限りでした。

ちなみに、8月22日の帝劇コンサート(配信視聴)だけはこちらに感想を落としておりません。東宝オールスターキャスト(一部不在)の豪華な内容でしたが、なぜかこの時だけは身を入れて視聴することができず、このまま中途半端に感想を記しても役者さん方に失礼なように思われましたので……。

配信された公演でも、JBコンサート、SHOW-ISMSのように休演や無観客上演配信への急遽変更などがありました。そして、その後も他の演目で稽古場クラスタ感染発生に伴う公演中止、また、初日は開幕したものの複数キャスト感染による公演打ち切り、初日延期などの事案が続いている状況です。どうしても稽古場から大人数が参加するミュージカルに影響が生じがちなのは否定できません。

そのような情勢下、帝劇初のトークショー興行となった『My Story』や、ストプレとは言え豪華キャスト揃いの『オトコ・フタリ』が無事東京公演を完走したことに胸を撫で下ろしています。

今はどうか『オトコ・フタリ』のキャスト・スタッフの皆さまが何事もなく大千穐楽を迎えられますように、そして年明けに上演される数々の演目が無事に上演され、公演を完走できますようにと願うばかりです。

配信でも会うことが叶わなかった浦井トニーや祐一郎エドナママには、いつかどこかで会える日がくることを信じています。

もしかしたら、いつか新型コロナウイルスのワクチン接種が万人が受けられる段階まで普及した暁には「なぜこんなものをあんなに恐れていたのか」と口にすることができる日がくるのかも知れません。しかし現時点では感染して病状が悪化した場合のリスクがあまりにも大きすぎると想定されることから、まだまだ正しく怖がることを続ける必要があると考えています。

私には別の病気の副症状ではあったものの、以前に静脈血栓症の既往があります。現在は薬も服用せず、おおもとの病気も落ち着き、だいぶ体力も戻りつつありますが、そのような事情もあり、コロナ禍以前の観劇ペースに戻すことは、しばらくは難しそうに思われます。都内で感染者の増加が止まらない12月に、都外から公共交通機関を利用してクリエに3回通うのにも、随分と勇気が必要でした。

それでも2021年も、最小限のペースできっと劇場に足を運ぶことになると思います。心の中の元気を呼び覚ましてくれるエンターテインメントの拠点としての劇場の灯が点され続けることを心より願っています。

それでは、皆さま、良いお年をお迎えください。