日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

2019年観劇振り返り

2019年ももうじき暮れようとしておりますので、今年1年の観劇を振り返りたいと思います。

今年の観劇リストは次のとおりです。

観劇は計17回。例によりほとんどが山口さんまたは浦井くんの出演作(『笑う男』はダブル!)でしたが、2月の『パリのアメリカ人』と12月の『ロカビリー☆ジャック』のみ例外です。

『パリのアメリカ人』は何年ぶりかの劇団四季でした。ストーリー的には若干もやっとする内容でしたが、舞台上のパリの風景の鮮やかさとバレエの美しさが印象に残る舞台でした。

『ロカビリー☆ジャック』は本当に馬鹿馬鹿しくて、でも観た後の爽快感がたまらないラブコメだったと思います。もう1回ぐらいリピートしても良かったかも知れません。

 以下、なるべく時系列順に。

レベッカ』は全ての「わたし(Ich)」を観ていて、千弘Ichの成長の細やかさ、平野Ichの臆病さに秘めた強さ、そして桜井Ichの守りたい健気さにそれぞれ惹かれました。もっと観ておけば良かった、と思ったのは平野Ichでしょうか。

ミセス・ダンヴァースについては、涼風ダニーには再演時にあまり良い印象を持っていなかったのですが、今回はレベッカと一体化し過ぎている姿の恐ろしさと、一角が崩れた時の脆さとの二面性とが心に残っています。しかし、知寿ダニーに漂っていた「魔性の女と関わりを持ったが故に普通の人間に芽生えてしまった狂気と妄執」についても捨てがたいところです。

なお、ここまで書くのが照れくさくて書いていませんでしたが、無論山口マキシムのスタイリッシュな上流紳士ぶりと、人間としての弱さ、優しさ、全部まとめて今も愛おしくてたまらないのでした。

『笑う男』。日本初演に当たり、日本向けに脚本や演出にかなり手を加えていたとは聞いていますが、それでもどこかすっきりしない感じの残る演目でした。

とは言え、曲は良いですし、山口ウルシュスと浦井グウィンプレンの義理の父子のデュエット「幸せになる権利」を聴けただけでも、劇場に通い、北九州遠征までした甲斐はあったと思います。ウルシュス父さんの一見ぶっきらぼうで無神経にも聞こえる言葉の裏に込められた、養い子達への太くて深い愛情が良いのです。

『HEDWIG』。ラストでの救済に救われた一方で、「実のところどのような立ち位置で観れば良かったのか?」とか「また、この世に生を受けた身体の性別や服装で違和感なく生きておりロックスピリットにも乏しい自分は、本当にこの物語を堪能できたと言えるのだろうか?」とか余計なことを考えてしまい、肝を今ひとつ掴みきれなかった演目でもあります。ただ、ロックやLGBTを重要なモチーフとはしていますが、物語の大きいテーマはもっと広い意味での人間を抑えつけるあらゆるくびきからの救済と解放であったと解釈しています。

ビッグ・フィッシュ』。初演よりもミニマムな12名出演版による、若干初演からカットされた場面もある再演でしたが、幻想的でありながら地に足のついた感があり品格のある演出は、変わらないどころかブラッシュアップされていて安堵しました。やはり観た後に温かい気持ちになることができて好きな演目です。

そして『ダンス・オブ・ヴァンパイア』。こちらについてはこれを書いている今も今期の上演が継続中です。舞台は生もの、まだもっと現在の圧倒的な存在感の山口伯爵で観たい、と抑えがたい欲望を抱えながら、いずれは主演役者の世代交代も覚悟して観劇に臨んでいます。年明けに大阪公演を見届ける予定です。

明けて2020年は前述したTdV大阪遠征のほか、『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』、『天保十二年のシェイクスピア』、『アナスタシア』のチケットを確保済みです。

山口さん出演作は6月に日本版初演の『ヘアスプレー』、12月に新作『オトコ・フタリ』の上演が予告されています。前者は「え? 新しい劇場の座席、微妙なの!?」、後者は「全く新作なの? これから執筆されるの?」とそれぞれドキドキ要素もありますが、どちらもぜひ観に行きたいところです。

観劇は自分や家族や肉親の体調、そして余暇に割ける時間の確保という条件が整ってこそ実現できる贅沢な趣味なので、2020年もその辺りがぜひ息災でありますよう願いつつ、2019年を見送りたいと思います。皆さまも良いお年をお迎えください。

 

 

『ロカビリー☆ジャック』感想(2019.12.7 17:00開演)

キャスト:
ジャック・テイラー=屋良朝幸 ビル・マックロー=海宝直人 ルーシー・ジョーンズ=昆夏美 テッド・ロス=青柳塁斗 魔女=岡千絵 サマンサ・ロッシ=平野綾 悪魔=吉野圭吾

シアタークリエにて上演中のミュージカル『ロカビリー☆ジャック』を観てまいりました。

物語の時代背景は1950年代末期から1960年代初期。ロカビリーに魅せられてミシシッピの田舎からラスベガスに乗り込んだジャックと、彼を慕い崇拝する弟分ビル。しかしジャックの音楽活動は、歌で愛を語れないという致命的欠点のため鳴かず飛ばずで、腐って酒色に溺れるばかり。ついにプロモーターのサマンサと彼女の部下テッドにも見放され、マネージャーたるビルにも置き去りにされると知り、絶望のあまり命を断とうとしたジャックの前に悪魔と称する男が現れ、成功を約束するのと引き換えに、ジャックが「愛」を獲得すると同時に「命」とともに頂戴する契約を結ぶ。1年後、ミュージシャンとして見違えるように成長したジャックとビルはニューヨークで栄光への階段を駆け上り始めていたが、そこへジャック達を何とか蹴落そうとするサマンサ達のスカウトした美少女歌手ルーシーが現れ……。というのが大まかなあらすじです。

この演目、2幕の展開をネタバレすると面白さが半減すると思われますので、その辺りは寸止めにしますが、最後まで観て「これ、完膚なきまでにハッピーなラブコメ!」「あまり細かいことを深く考えてはいけない」と思いました。

開演後は、まずキャストの皆さま、特に屋良ジャック、昆ルーシー、実は個人的に初見だった海宝ビル、そして最早東宝ミュージカルを背負う屋台骨になりつつある平野サマンサの迫力ある歌とダンスに引き込まれました。

屋良ジャックは、一見無鉄砲で自堕落ですが実は繊細で漢気と秘めた優しさのある青年にぴったりはまっていました。このおとぎ話の中で自らの葛藤に立ち向かい束縛を断ち切っていく過程を、リアルに演じていたと思います。

昆ルーシーは、序盤のぽっちゃりさんで口下手な女の子ぶりが一途で愛らしくも不器用で、そっと抱き締め保護したくなる印象を与えており、あれは確かに魔女も何とかしたくなる! と納得の仕上がりでした。一方でラストシーンの後が最も気がかりな人物でもあります。魔女も「彼女なら大丈夫」と見込んでのあの契約だったのだろうとは思いますが……。うん、やはり細かい点は気にしないことにします!

海宝ビルは評判通りの美声と爽やかな美貌が光っていました。赤ちゃんの頃からジャックの歌を子守唄代わりに育ったビルが、ジャックを兄貴分として以上の崇拝を込めてわんこのように慕う気持ちが伝わってきて(わんこは別にいましたが)、好演だったと思います。ただ、今回は準主役ということで仕方ないと分かってはいますが、海宝さんの実績に比べて若干、役が不足していた印象は否めません。

それから平野サマンサ。裏社会の大物の娘という権力を傘に着て、主人公チームを何とか妨害すべく悪事を働きますが心底悪になりきれない複雑な人物で、あれは部下のテッドが気の毒過ぎるなあ、と考えながら観ていました。性格はほぼジャイアンですが、良くも悪くもここぞと言う時は自分に正直に行動する彼女を憎めない存在にしているのは、平野さんの演技力あってこそと思います。

……しかし何よりも衝撃的だったのは、吉野圭吾さん演じる「悪魔」です。某仮面の怪人のパロディのような音楽に合わせて登場し、Y字バランスが決めポーズのこの「悪魔」。バックダンサーを従えて妖艶かつ激しいダンスを繰り広げるだけで、あっという間に場をかっさらって行きました。

なお「悪魔」の詳しい人物像についてはネタバレになるので書けませんが、2幕では彼の全く異なる一面が明らかになります。こちらの彼は妖艶と言うよりは、極めて可愛らしく、そしてヘタレ。1作品で圭吾さんの魅力が2つ堪能できて大変お得になっております。そしてどのような姿でも、圭吾さんの妖しい美しさは健在。今年初めの『レベッカ』で拝見した時よりだいぶスリムになられたような気がするのは気のせいでしょうか?

また、この演目にはジャックとビル、サマンサとテッド等数々のペアが登場しますが、中でも昆ルーシーと岡魔女のペアは、観ていて『デスノート』のミサとレムを連想しました。彼女らのたどった運命こそミサとレムとは全く異なりますが、恐らくは契約により果たされる約束の旨味以上に、少女を救いたいという思いが強かったという点に相通ずるものを覚えております。そしてそれは、前述した昆ルーシーの一途さと、岡魔女の長く生きた人生の大先輩としての、妖しくも温かい心意気漂う人物像あってこその印象であると思っています。

 

この演目、「なぜここで盆回し演出をパロる?」とか、「あれではテッドが全く報われないのでは?」とか、「結局あの悪魔ダンサーズは悪魔さんの専属でラストでも一緒に成り上がったのだろうか?」とか、ツッコミ所がないわけではないのですが、やっぱり忙しくて心がギスギスしがちな年の瀬ぐらいは笑って頭を空っぽにしてハッピーな気持ちになりたいし、たまにはこういうのも良いよね! と受け止めている次第です。今のところリピートする予定はありませんが、再見するときっと新たな発見があるような気がしています。

 

 

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』帝劇千穐楽感想(2019.11.27 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=東啓介 サラ=桜井玲香 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=佐藤洋介

ダンス・オブ・ヴァンパイア』の帝劇千穐楽、舞踏会に参加してまいりました。

平日無理やりお休みをいただいて、当日も予定が目白押しでしたが、どうにか開演ぎりぎりに劇城に滑り込むことができました。

座席は1階補助席のすぐ後ろのA席最前列(S列サブセン)。通路際なので、伯爵ほかキャストが舞台から捌けていく時や一周回って舞台に戻るさまを大いに堪能できて、たまにヴァンパイアさんが目の前を駆け抜けて行くのも楽しめる、なかなか美味しいお席でした。

東京千穐楽と言うことでキャストの皆さまの演技も通常よりも若干アドリブやお遊びが入り気味に。例えばレベッカさんは教授のソロで登場する謎の妖精さん方にあんた達誰? と突っ込む時に「どこの事務所? 後で私の部屋まで来て!」などと言っていましたが、いつもは「事務所の力?」ぐらいしか言っていなかったような……。ただTdVは今期4回しか観ていないので、もし他の日にも見られたアドリブでしたらすみません。

あと、台詞は一字一句変えなかったにもかかわらず笑わせてくれたのが伯爵と教授の1幕クライマックスでの掛け合いです。教授が伯爵のモノマネで笑い声をたてた時に伯爵が露骨にしかめっ面をしてみたり、教授が名刺をパタパタさせるのを伯爵がしばし指で弄んだ後でおもむろにむしり取ってみたり、伯爵が「私は夜型なので、昼間は、何もできません」と口にする時に歌舞伎の女形の幽霊のような震え声を出してみたりしていました。

また、これは前から同じようにしていたか記憶が曖昧ですが、伯爵が「夢は、成長すれば叶うはず」の後で少しだけ背の高い東アルフをやや見上げ気味にしながら(「見上げ」は山口さんにはレアなシチュエーションです!)向き合い、一瞬手を伸ばして掌で胸元に触れてから、おでこをつついていました。あれは人間であるアルフの体温と若い鼓動に懐かしさを覚えたのかも? というのは単なる私の妄想に過ぎません。

強烈だったのはクコール。2幕の朝の場面でアルフに悲鳴を上げられてブチ切れ、お玉でポットからお湯をすくってアルフにかけまくった末に、自らポットのお湯を頭の上からぶちまけて「熱いっ!」「イヤーッ!!」と叫んで駆け去っていきました。その後も何事もなかったように雑事をこなし、騒々しいヴァンパイアカップルの棺を軽く投げ飛ばすたくましいクコール。しかしラストではあんなことに……😢。初演以来実は毎回TdVを観るたびに、あの後伯爵城の雑事はどうなるのだろう、と気になって仕方ありません。

なお、TdV名物「クコール劇場」は、千穐楽仕様で「蛍の光」の生オケ演奏とともにクコールが静かにお掃除を進め、最後に「クコール劇場千穐楽」、裏返して「名古屋に続く」のプラカードを掲げて去っていく、という内容でした。帝劇でのクコール劇場についてはTogetterで、観劇した皆さまの関連ツイートがまとめられているようなので、御園座公演も同じようにまとめが作られることを期待しています。

それから、この演目毎回恒例のアドリブと言えば、やはり2幕の教授とアルフの霊廟での二人芝居でしょう。千穐楽の東アルフは、教授が遭難しかけて助けを求めた際になぜか棺の陰に隠れて教授に「上から見えてるぞ!」と突っ込まれてみたり、屁理屈をこねたりしたあげく、上によじ登って教授に手が届きそうになった瞬間に、教授から「ひとりでやれ!」と言い渡され、「え? ここまで来たのに!」と文句を言いながら再度階下に降りていました。そして、失敗して教授に罵倒されるとやはり「でもできない!」と床に転がるなどして逆ギレする東アルフなのでした。

それにしても、改めて観ると、あの「魔法使い」(東アルフ談)の姿勢であの長い場面の掛け合いをこなす禅さんはやはり偉大だと思います。

ここまで書いていて気づいたのですが、そう言えばサラにはお遊びが全くないですね。多分、物語の軸となる役柄なので、動きの中に遊びを入れる余地もなく、そうすることを許されていないのだとは思いますが。

サラの動きについてもう1つ。2幕クライマックスで追い詰められた時、桜井サラが一瞬だけ、抵抗して伯爵のもとに駆け寄ろうとするそぶりを見せていて、「あれ? 今までも抵抗していたっけ?」と疑問だったのですが、きっと過去のサラ達も同じようにしていたのに私の視界に入っていなかっただけだと思われます。

というわけでアドリブ(的な何か)ばかりに触れてしまいましたが、東京千穐楽ということもあってか、全体に熱気に包まれた公演でした。

伯爵の我こそがお前が待ちわびた天使とうそぶきつつのサラ誘惑はより力強く、桜井サラはひたすら綺麗で愛らしく、そして東アルフは素直な一方、結構な駄々っ子で、でもサラにはまっすぐな本物の思いを手向けていました。

初日の頃はどこかに試行錯誤感のあった植原ヘルベルトも、すっかりTdVワールドに溶け込み、波打ち際の戯れをアルフに仕掛けてしまう、可愛いけれどちょっぴりコミュ障で暴走がちな息子さんをカーテンコールまで演じきっていました。

そして、1幕から2幕前半までひたすらコメディタッチで突っ走るTdVを一気に引き締めてくれるのが、やはり「抑えがたき欲望」です。千穐楽の伯爵は、佐藤影伯爵とともに、天使でも悪魔でも、そして人間でもない端境に、虚無と渇望と諦観と達観とを全部抱えて立っている存在であるように感じられました。ただただ、あの劇場全体を包む歌声にひれ伏すばかりで、伯爵様、貴方のどこが「虚しい存在」なんですか!? と問いたい気持ちです。

自分の筆力の乏しさが恨めしくなってきましたので、本編の感想はひとまずここまでにします。

カーテンコールでは、恒例の客席参加ダンスの前に伯爵から、

「さあ、諸君……。ディナーの時間だァ……。」

の口調で、

「さあ、諸君……。舞踏会の時間だァ……。」

のコールがありました。

しかも、続けて、

「一度やってみたかった……。」

の一言付き。これはテンションが上がらない方が無理というものです。

そして、狂乱の宴が終わったその後には、もう一つ大きなプレゼントが。

伯爵がセンターに全キャストを集結させたかと思うと、おもむろに両手で「ハート」の形を作り、それをふうっと客席に吹きかけて、投げキス拡散! 客席にヴァンパイアウイルスならぬ「LOVE❤️」が蔓延する状態になっていました。

もちろん、「LOVE❤️」をしっかり受け止めさせていただきました。伯爵様、ありがとう!

そしてもう一つ、千穐楽当日に、来年12月に山口さんと浦井くん、そして知寿さんが出演する舞台『オトコフタリ』が上演予定との情報が! これでまた、あと1年生きていく理由ができました。でもまずその前に、TdVの公演が無事大阪大楽まで挙行されること、そして『ヘアスプレー』の製作発表及び上演を待ちたいと思います。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』感想(2019.11.23 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=相葉裕樹 サラ=桜井玲香 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=佐藤洋介

今期3回目、2週間ぶりのTdV観劇のため、帝国劇城に出向いてまいりました。初・桜井サラ及び佐藤影伯爵です。

まず、桜井サラについては何となくか細いイメージを事前に抱いていましたが、実際には箱入り娘で何も知らないがゆえの強さが際立つサラに仕上がっていました。沙也加サラが自分の若さと美貌が武器になることを伯爵に教えられる前から自覚して振る舞っているように見えるのに対し、自らの武器を無自覚に駆使しておりしかもそれが受け入れられて当たり前と思っている怖さが、桜井サラにはあります。歌声は線の細い所も見受けられましたが、かなり善戦していると思いました。

また、佐藤影伯爵。ダンスにどこか端正な香りがして、疾風のごとき開次影伯爵よりもだいぶ人外感が薄いような印象を受けました。ちょっと例えが難しいのですが、開次影伯爵が、彼が泣き叫んで暴れようとするのを抑えながら伯爵が内面に密かに飼い慣らしており、時に抑え切れずに解き放たれ、永遠にもがき苦しむ魔性だとすれば、佐藤影伯爵はかつては人間であったかも知れない伯爵の心の奥底に普段はひっそり黙って棲息している存在であり、時々自らの宿命を呪って慟哭するのを黙って伯爵が見つめているようなイメージを抱いています。全く違う個性を持った存在でありながら、それぞれに伯爵の影として見事にシンクロしている点に妙味を覚えました。

以下、他に印象に残ったことを綴ってまいります。

初日以来の相葉アルフ。初日にはまだ微妙に個性が薄い感じでしたが、だいぶ彼の色が出たアルフになっていました。

「彼の色」とはすなわち、学問はそこそこいけて(多分教授にもある程度評価されていて)彼自身もその自覚を持っていますが、どうしようもなくトンチキ、というものであると思っています。ちなみに2幕の霊廟の場面はTdVの公演が進むごとに、遭難しかけた教授と救出を試みるアルフの掛け合いのアドリブバリエーションが増えていくのがお約束になっていますが、今回は教授に「お前はジャンプしかできないのか?」と言われた相葉アルフは「実は僕は超能力も研究しているんです。超能力で助けます」と言って突如瞑想を始めた挙げ句に「あと2時間かかります」とほざき、結局教授に「ひとりでやれ!」と言われる流れになっていました。まさに「スットコドッコイの役立たず!」(誉めてます)。

それから、植原ヘルベルト。彼も、2週間前と比べかなり「長いこと友達との出会いが少なすぎたのと生来の純情おバカゆえに、愛があらぬ方向に暴走するが、父親には意外と甘やかされている美貌のドラ息子」な雰囲気を生成していました。

ドラ息子さん、1幕の初登場場面では伯爵から「我が息子も、嬉しいでしょう」と優しく歌いかけられた瞬間に、両手を胸の前で握り締めて「きゅん❤️」というポーズをしていました😊。

2幕での相葉アルフとの場面では、お風呂場で片足だけ素肌を見せて脚線美を披露。更に浜辺で戯れるカップルのようにパシャパシャとお水の掛け合いを試み、教授に逆襲された後もなぜかパシャパシャして反撃を試みていました。植原ヘルベルトはビジュアルを初代ヘルベルト寄りに仕上げているので、どうしても初代と比べられがちな所があり気の毒ではありますが、このままいい感じで彼の存在感を確立できれば良いと思います。

そして、上記のアルフやヘルベルトのチャレンジを果敢に受けて立つ、禅教授。フィナーレ直前まで芝居を回していくとても重要な役どころです。恐らくアルフに次いで他の登場人物との絡みが多いのではないでしょうか。あの妖精さんまで召還するマッドぶりも人間くさい俗物ぶりもひっくるめて愛すべき人物ですが、今期公演ではラストのあれがどうも遺影に見えてしまいまして……。最終的に教授がどうなったのかは知らない方が幸せなのでしょうか?

アドリブが充実していたと言えばシャガールパパ。劇中、マグダ襲撃直後の台詞によれば、日頃ガーリックを摂取していたからまだ人間の心が残っていたらしいです。でも2幕ではすっかりマグダとともに雑魚ヴァンパイア化していました。それにしてもヴァンパイア化したマグダのあの見た目はやはり怖いです😰。

最後に、祐一郎伯爵。初日の頃に比べてメイクが薄めになるのと反比例して、お芝居は全体に濃く、メリハリが増していると感じました。例えば1幕でのサラを誘う場面! あれだけ力強く熱烈に煽りまくりながら誘惑されたら、大抵の恋に恋する娘さんは落ちて当たり前だと思います。

あと1幕の教授とアルフの入城時に「ようこそ……こんな出会いを待ち続けた♪」と伯爵が歌う声が、尋常でなく人外感に溢れていて背筋がぞくぞくしました。

「抑えがたき欲望」では佐藤影伯爵との組み合わせは初見でしたが、前述のとおり伯爵が心の奥底に押し込めている無声の慟哭、そして深い悲しみと諦念が2人で1人の伯爵により描き出されていました。

自分が山口さんの舞台を見始めた十数年前は、人外感溢れる超然とした役どころが多かったのですが、最近は人間味の強い役どころを演じることが増えてきていたので、実のところクロロック伯爵のように前者に該当する山口さんを観るのは久しぶりのことです。そのためか、伯爵の超越者的な面が人間性に裏打ちされることにより、一層魅力的に見えて仕方ありません。

 

なお幕間のクコール劇場は、今回はまずクコールから、勤労感謝の日に働く自分への応援お手伝いありがとう、のお礼の言葉が。そしておもむろに流れだした「僕こそ音楽」(『モーツァルト!』)のインストルメンタルにのせて、クコールが白いカツラを被り目隠しをしておもちゃのピアノっぽい何かをガシャガシャと弾き、「このままのクコールを、愛してほしい~♪」と朗々と歌い上げるというものでした。TdVでは普段はせっかくの駒田さんの美声が聴けずもったいないので、たまにこういうネタがあると嬉しいてすね。

カーテンコールはヘルちゃんの振付指導ありのもので、赤いハンカチを忘れず持ち歩いていて正解でした。

次にTdVを観るのは帝劇楽の予定です。どうか無事にお城に行って見届けられますように。

 

『ビッグ・フィッシュ』感想(2019.11.18 12:00開演)

キャスト:
エドワード・ブルーム=川平慈英 ウィル・ブルーム=浦井健治 サンドラ・ブルーム=霧矢大夢 ジョセフィーン・ブルーム=夢咲ねね ドン・プライス=藤井隆 魔女=JKim カール=深見元基 ヤング・ウィル=佐田 照 ザッキー・プライス=東山光明 人魚=小林由佳 ジェニー・ヒル鈴木蘭々 エーモス・キャロウェイ=ROLLY

シアタークリエにてミュージカル『ビッグ・フィッシュ』(おけぴ観劇会)を観てまいりました。

2017年に日生劇場で上演された演目の再演ですが、今回は“12 Chairs Version”ということで、キャスト12名のみでの上演版でした。パンフレットの演出家白井晃さんのコメントによれば、初演のキャストは22名とのこと。10名少ないキャストで、しかもキャパシティも小さい劇場で上演。初演にて、日生劇場の広い舞台を惜しみなく使った水辺の風景や、空を泳ぐ光り輝く「ビッグ・フィッシュ」がとても印象に残っていたので、今回はイメージががらりと変わるかも? と思っていましたが、さにあらず、今回もため息の出るような美しさと癒やしに満ちた空間が出現していました。

この演目は、2年前の初演観劇時の感想にも書いたとおり、父エドワードを演じる慈英さんのペーソス溢れる歌声とポジティブな持ち味の活かされた役どころ、そして息子ウィルを演じる浦井くんの抑制をきかせつつ真摯さと温かさに満ちた演技と歌声とがなくてはならないものです。

今回、この2人のデュエット曲が新たに追加されていました。初演にはあった西部劇にまつわる冒険話の場面が今回はなかったので、恐らくデュエットと差し替えになったと思われます。この曲追加により、父子がそれぞれに対し抱く葛藤と思いとがより深く伝わるようになっていたと思います。

そして、ウィルの母サンドラと妻ジョセフィーン、真相解明へのキーとなる人物であるジェニー、といった女性達のそれぞれのエドワードへの向き合い方が印象に残りました。自分が何一つ父親のことを知らぬ、と動揺し葛藤するウィルに対し、彼女らはそれぞれに揺るぎない愛情と信頼をエドワードに向けると同時にウィルの心をも支えるのです。

サンドラは今回ソロ曲も追加されています。初演から続くエドワードのサンドラへの強いリスペクトに加え、サンドラがエドワードに寄せる思いもより深く伝わってくるようになりました。

ジェニーの物語は……やはり切ないです。ただ、1人ではありますが決して孤独ではなく、心にかけがえのない温かな光を抱く、彼女自身が宝石のような存在で、エドワードもウィルも救ってくれてありがとう! と心から思いました。

なお物語の展開上、どうしてもサンドラとジェニーに注目しがちで、ジョセフィーンに関しては、初演時はさほど気にならなかったのですが、実は彼女の役どころも非常に重要だったのではないかと、今回気がつきました。彼女は職業がケーブルテレビのニュースキャスターということで、職業柄、すぐ目の前に見えるものだけが全てではなく、相手と向き合い掘り下げることにより真実は見えるのだと身をもって知っていたのだと思います。そんな彼女だからこそ、義父に向き合って信じ、夫と義父との和解に向けて後押しできたのではないでしょうか。ねねさんの浦井くんとの息もぴったり合っていたと感じました。

それから、2幕の例の水没場面ですが、重ねてはいけないと思いつつ、どうしても8年前に3.11のニュース映像で繰り返し見たあの風景とだぶってしまい、ジェニーを初めとするエドワードの故郷の人々への思いも重なり、泣きそうになりました。新天地に移転しても、人々の心の中に残る故郷の風景や故郷での掛け替えのない思い出があればそこを新たな故郷として生きていける、というこの場面に込められたメッセージは、クライマックスでエドワードが愛する家族とともに最期に見たであろう幸せな光景につながっていると思います。

つながる思い、つながる命……。今回もまた、この演目を観て癒やされ、心が洗われた気持ちになりました。ミュージカルになじみのない人にもぜひ観ていただきたい舞台です。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』感想(2019.11.9 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=東啓介 サラ=神田沙也加 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=森山開次

今期2回目のTdV観劇に行ってまいりました。

ちなみに当日、有楽町駅から帝劇までの道沿いに警察車両が多数並んでいたので「あれ? 即位祝賀パレードは明日だったよね? 前日からこんなに警備してるなんて大変!」と思いながら通り過ぎたのですが、それが国民祭典の警備だったことは夜帰宅してから知りました😅。そもそも国民祭典が9日に開催されることすら知らず、そう言えばそんなイベントもあったっけ、な体たらくで。いや、今週本業が超多忙でしたもので(完全に言い訳)。

閑話休題TdV、アルフレート以外は初日と同キャストでの観劇でした。

東くんは他の舞台も含めて全くの初見でした。この舞台では当該公演のアルフが毎回開演前の諸注意アナウンスを務めますが、東アルフ、その語り口が、声は渋い低音で格好良いものの、あまりにも真面目過ぎてツッコミ所も愛敬も皆無。なので、心の中でチコちゃん風に「つまんねーヤツだなー」と呟いていましたが……。

ごめんなさい。東アルフ、声量たっぷりで張りのある歌声で、しかも演技の間合いも絶妙でおバカキャラを作り込んでいて、予想以上に良かったです。

あと、東アルフ、とにかく背が高い! 公称187cm。186cmの伯爵と対面した時に顔が真正面にあるアルフは初めてだと思います。

あんなに背が高かったら2幕の霊廟で教授が立ち往生した時に手が届いて救出できてしまうのでは? と心配していましたが、そこはなんと、

「教授が『優秀な助手アルフレートよ、助けてください』と言ってくれたら助けます!」

とか何とか理屈をこねて助けに行かず、当然教授もそんな条件を飲むわけがないので、結局「ひとりでやれ!」と命じられるという展開になっていました。

また、身長差30cm以上の東アルフと沙也加サラ。ラストのあれ、どうするのかな?と思ってたら、沙也加サラがジャンプして飛びついてガブッと行っていました。身長差萌えの人にはたまらない場面だったのではないでしょうか。

東アルフ、ソロの「サラ」も表情豊かに歌い上げており、とても初帝劇とは思えないほど好演していました。将来が期待できそうな若手の1人だと思います。

以下、心に引っかかった箇所をストーリー順に。

1幕、アルフとサラのデュエット「初めてだから」の時の夜這いシーンでのマグダ。4演目までの彼女は気分じゃないけど渋々、な感じでしたが、今期の千弘マグダは「んもー、しょうがないわねぇ」みたいな感じに見えました。何だかんだでシャガールを結構憎からず思っているらしき、可愛らしいマグダなのです。

そして翌朝の場面で、教授だけでなくシャガールも頭のてっぺんに絆創膏を貼ってたことに今期2回目観劇にして初めて気づいたという😅。教授の頭の絆創膏はアルフもしくは教授自身が貼ったのだとずっと思っていましたが、前夜に教授が殴られた後、部屋から出てきたマグダが教授の傷を覗き込むような仕草をしていたので、今回はもしかしたらマグダが貼ったのかも? と思っています。

伯爵のお風呂場侵入。家が割れて、立ち去った後には何事もなかったように元に戻っていますが、相変わらずどうやって入ったのか分からない所が素敵。伯爵ボイスの甘い囁きと力強い牽引との呼吸は今回も迫力満点、サラが手もなく籠絡されるには十分すぎました。

サラの出奔前の妄想ダンス。開次影伯爵、失礼ながら実はそんなに身体が柔らかくないと思うのですが、やはり彼のダンスの疾走感と闇のエネルギーには引き込まれます。

伯爵城入城場面。伯爵を挑発するように名刺をプルプルさせる教授から、今回も伯爵は元気に名刺をもぎ取っていました。

1幕終盤クライマックスの伯爵がアルフを教え諭す(たらしこむとも言う)場面。時に父親のような人生の大先輩、時に悪徳へと誘う者、時に真理へと導く伝道師、という感じでころころ変わる豊かな表情、そしてロングトーンを、「驚異的だ……」とM!のコロレド猊下のごとく堪能していました。

幕間のお楽しみ、クコール劇場。客席の掛け声に軽妙に答えつつ職務に励むクコールさんのお掃除道具が従来のうちわからモップに変わったのを見て「これも、流行りの働き方改革?」と考えていました。ちなみに今回のクコールさんはおもむろにマントを脱ぎ床に置いたと思ったら、マントの中から靴を出現させていました。一見やっつけ仕事っぽく見せかけてさり気なく小さな驚きを見せてくれるのが良いですね。

2幕序盤。沙也加サラ、鼻にかかった甘え声で歌うのが可愛いなあ、でも芯には骨太なものが見える神田沙也加という役者さんとしては、いつまでこのカワイイ小娘路線でやっていくのかなあ、と大きなお世話なことを考えつつ、伯爵が現れるとすっかりそちらに頭が切り替わっておりました。

「夜を感じろ」。よく見ると夢アルフは最後に果敢に影伯爵に立ち向かってはいるものの、決着が着く前に夜明け、と申しますか恐らくはアルフが手にする十字架に象徴される信仰に助けられていて、決してアルフ自身が勝ったわけではないのですね。

教授を知識欲という名の沼に引きずり込む図書室の場面。今回のセット変更については大体いい感じだと思っているのですが、図書室だけは若干不満があります。もちろん何百年も生きている伯爵のお城なら背表紙の茶色い古びた本ばかりで当然ですし、4演目の時のように大型本を踏み台代わりにしなくなったのは良いのですが、もう少し教授が本務を忘れて没頭するだけの説得力のある棚作りをしていただきたかったです。個人的には「大型本が踏み台に!」の問題はあったものの、前回公演までの、教授の言葉通り哲学書からパンフレット類までの幅広い蔵書構成であることが一目見ただけで察せられる書架が結構好きでした。

植原ヘルベルト。ビジュアルが初演寄りなのでどうしても比べられがちのようですが、もっと彼の色ではっちゃけてもらって大丈夫だと思います。東アルフと禅教授がいい感じに受けて楽しいドタバタになっていました。

お城の階上での伯爵登場。あれ、伯爵に紗がかかっていますが、一体どこにいるんでしょうね。もしかしてイメージビジョン投影? 伯爵ボイス全方位攻撃は、2階の方がスピーカーが近くて迫力があったと感じました(今回は1階前方下手サブセンにて鑑賞)。

「抑えがたき欲望」。今回もショーストップが起きていた伯爵と影伯爵の好演もあって、伯爵に籠絡されるサラや、ぎりぎり踏みとどまりながら揺らいでいたアルフの気持ちが、今回はとてもよくわかる気がしました。

墓場に眠るヒラのヴァンパイア達は人間に対しひたすら恨みを抱き下剋上を望んでいるイメージでしたが、伯爵は人間を欲望を満たす獲物として眺め下ろし支配を狙うと同時に人間を憐れみ愛おしんでいるという印象を強く受けました。しかもこの大ボス、人たらしときています。本当に一筋縄ではいかないお方です。だからこそ、敵方である教授は「くだらん!」と一蹴せざるを得ないのでしょう。

舞踏会。センターで堂々と熱唱しながらの伯爵の入場から、クライマックスに至るまでの一連のシーンはいつも目を離さず観てしまうわけでして。何度観ても、あの華やかでサスペンスなシーンがいつも崩れず、ぶれずに展開するのは凄いことだと思っています。

カーテンコールは、スペシャルの日ではないから普通の手拍子で終わるのかな? と思っていたら、しっかりヘルベルトの振付講座付きで客席参加になっていました。すぐ前の席にかなりご年輩の男性(おじいちゃん)がいらして、ヘルベルトの客席スタンディングコールに従い立っていたのでちょっと心配でしたが、しっかり振付をこなしていたのでほっとしました。むしろ私自身の方が振付が怪しい……。

と言うわけで、今回はめちゃめちゃ楽しむことができました。次回のTdV観劇はもう少し先になりますので、それまで桜井サラはしばらくお預けです。その前に『ビッグ・フィッシュ』クリエ版を見届ける予定です。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』帝劇初日感想(2019.11.5 18:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=相葉裕樹 サラ=神田沙也加 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=森山開次

2019年版『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(以下「TdV」)の帝国劇城(TdVの場合はやはり「劇場」ではなくこの字ですね)初日を観てまいりました。

以下、Twitterの方にも書いたことの引き写しになりますが、感想です。

初日ということもあってか、キャストの皆様は全体的に手堅い感じで演じていらしたように感じられました。緊張ゆえでしょうか、サラとアルフのデュエット「初めてだから」では終わり近くで2人とも声がやや上ずっていたように聞こえました。

今回は舞台美術が全面的に見直し、とのことで、演出も変えられていました。その代わりダンスの振り付けの追加や大幅な変更はあまりなかったように見受けられます。

舞台美術の変更の例は、前半で主な舞台になるシャガールの宿屋のセット。以前は確か平屋建てだったと思いますが、何と3階建て(あるいはロフト付き2階建て)に変更されました。舞台上に高低差を作る演出は最近の帝劇的トレンドなのでしょうか。

また、1幕の伯爵とサラのお風呂場シーンにも大幅な変更が。私、従来の登場方法を13年前の初演で初めて見た時、辺り憚らず爆笑した覚えがありますが、今回は客席のあちこちで笑いが起きていました。うーん、あれは理屈に合わない……。

他にも教授のオペラ風ソロの場面などいくつか演出変更箇所があるので、劇城に行かれる方はチェックしてみてください。特に教授については4年前の前回公演よりも学究的でストイックなキャラクターになるとのことでしたが、その分演出上で傍若無人ぶり(KYとも言う)が強調されているなど、そこかしこに色づけが加えられています。

以下は役者さんの感想を初役の方を中心に簡単に。

相葉アルフ。現役アンジョルラスということで、お歌は上手くて歌声も力強いです。アルフレートとしては少しだけオツムと人生経験の足りない感じを軽妙に演じていましたが、個人の色が出るのはまだこれから、な感じです。

初代サラ、大塚千弘さんのマグダ。前半が実に小悪魔な感じで可愛らしくて、何ならいつでもサラに復帰してくれて良いのよ、と言いたくなるぐらいでしたが、後半では一変。恐らくサラとの違いを際立たせるためだと推測しますが、何もあそこまでホラーな佇まいにならなくても……。せめてエンディングやカテコでは可愛いマグダに戻って欲しいのになあ、と思いながら見ていました。

植原ヘルベルト。お笑い要素よりもビジュアル系要素の強いヘルちゃんは久しぶりになります。初演の吉野圭吾さんは最早レジェンドなので別格ですが、植原ヘルも見た目をかなり妖艶に作り込んでいて、すらりと美しかったです。

そして。4年ぶりの再会となった山口伯爵!

伯爵は実に華麗でなまめかしく、歌声の張りも抜群でした。13年前の初演時から、再演を重ねるごとに若返り、美しさが増しているようにお見受けします。

また、「抑えがたき欲望」での、森山影伯爵のダンスとのシンクロが、今までになく素晴らしかったと思います。この場面ではもちろん、山口伯爵と森山影伯爵は互いにアクションを交わし合うわけではないので、「息の合った演技」という言い方が適切なのかは分かりませんが、まさに2人が一体となって、クロロック伯爵という異形の者の複雑な内面世界を舞台上に見事に体現していました。

森山影伯爵をはじめとするダンサーズの振り付け等には大きい変更なし、と書きましたが、文字通りヴァンパイアたちのダンスがTdVの世界観の重要な一翼を担っていて、前回公演までの積み重ねでダンスはある程度完成されているのであえていじる必要もない、ということなのかも知れません。

しかし、カーテンコールでの客席用振り付けは、多分毎回見直しが加えられています。事前に公式動画でも拡散された振り付けは今回も、客席側での真似のしやすさと、長時間の観劇で固まった身体を動かすことの心地よさとを両立させたものになっており、存分に楽しむことができました。このために、動画でも使われていた真っ赤なハンカチを手作りして(布地を切って糊で貼っただけですが)持参した甲斐がありました!

次回の観劇は9日昼の予定。サラと影伯爵は今回と一緒で、アルフレートだけが異なります。東さんはほかの演目も含めて全く初見なので楽しみにしています。

初日前から休演者が出ているハードな演目ですが、どうぞカンパニーの皆さまが帝劇千穐楽、そして地方公演を経て1月の大阪大千穐楽まで無事に完走されますよう、お祈り申し上げております。

 

『HEDWIG AND THE ANGRY INCH』初日感想(2019.8.31 13:00開演)

キャスト:
ヘドウィグ=浦井健治 イツァーク=アヴちゃん(女王蜂)
BAND-THE ANGRY INCH:
Guitar=DURAN Bass=YUTARO Drums=楠瀬タクヤ Guitar=大橋英之 Keyboard=大塚茜

 今回、『HEDWIG AND THE ANGRY INCH』(以下、『HEDWIG』)という演目も、EXシアター六本木というハコも全く初めてでした。ついでに、ライブハウスという空間も、そして客席に普通のミュージカルファンと思しき大人しい客層と、尖ったロックファッションで決めた客層とが混じり合っている状況も初めてでしたので、「ミュージカルプリンス浦井くんの最新主演舞台」といういつもの感じと、普段の自分とは異質なテリトリーに紛れ込んでしまったアウェー感とで微妙にお尻が落ち着かない感触を味わいながら開演時間を迎えました。

……という話はどうでも良いので、以下、感想にまいります。初っ端からラストシーンに言及しますので、未見の方はご注意ください。

 

今回、まるっきり初見のHEDWIGをラストまで見終えて真っ先に抱いた印象は、
「え? もしかして、ヘドウィグの探していた『カタワレ』ってイツァークだった??」
というものでした。

もちろんラストのあれは、「ヘドウィグの不全感、そしてイツァークの抑圧からの解放の結果」と理解しているので、別にあの2人が互いに「カタワレ」だったわけではないと思うのですが、一瞬、「2人が魂の救済と解放により融合し完全体になった?」という印象を受けたのです。そう思わせられるほどにラストシーンのアヴちゃんは実に神々しく美しくありました。

 美しいと言えば浦井ヘドウィグも、舞台に登場した時から妖艶な美人さんでした。どんなに際どい台詞を口にしても露悪的な所がなく、終演後にロック系ファッションの女性客の方が「今まで見てきた中で一番上品なヘドウィグだった」と語る声が聞こえてきました。

私、HEDWIGという演目について、映画も過去の舞台上演も未見ではありましたが、
「性転換手術に失敗し、自らの不完全さに苦しみながら愛を求めてグロテスクに生きるトランスジェンダーの物語」
と最初は思っておりました。ところが浦井くんのヘドウィグにはグロテスク成分は薄めです。ヘドウィグとしてそれがベストなのかは分かりませんが(私的には演者それぞれのヘドウィグがあっていいと思う)、それ故に、 ヘドウィグの最初の結婚について、無論愛情がなかったとは言わないまでも、打算の要素が強かったという面が強く打ち出されていたように感じられました。あの時代に「東側」から「西側」に脱出するというのはかなりハードルが高かった筈ですので。

自由になるために危険な手術にトライした筈なのに逆に新たな傷と呪縛が生まれただけで、しかも愛が彼女の心を満たすことはなく、ひたすらに過去への呪縛と執着を繰り返すばかり。想像するだに恐ろしいです😢。

また、この物語のタイトルロールはヘドウィグなのですが、ヘドウィグという月の光の生み出す影と闇を象徴するような存在であるイツァークも、相当に難しい役だと思います。ヘドウィグと良く似た境遇でありながら、いえ、良く似ているがために理不尽な抑圧を受け、自由のためにそれに耐えざるを得ない鬱屈と矛盾とを抱えた人物。演じるアヴちゃんの、舞台上の全ての闇を支配するかのような昏く鋭い眼差しと、揺れ動く心情を体現するかのように聖なる女声と太い男声とを自在に行き来する激しい歌声とが、強烈なコントラストで心に残像を残しています。

そして、ヘドウィグの想い人であるトミー。彼がいなければ絶対この物語は成立しない癖に、彼女にかなりのむごい仕打ちをもたらした彼の内面については、ぎりぎりまで観客には伝えられないのがとてももどかしいです。

 

HEDWIGという演目については、正直なところあまりきちんと消化できているわけではありません。

ただ、LGBTというマイノリティ、多様性などのカテゴリに位置づけられるコミュニティ、あるいはドラァグクイーンの華やかな装い、そしてロックの激しいリズムに五感を奪われがちですし、また、それらの要素なくしては成立し得ない演目でもありますが、演目に込められたメッセージは極めて普遍的なものとして受け止めました。
人間が心に抱えたまま囚われているコンプレックスや不全感の象徴である「怒りの1インチ」について、
「『怒りの1インチ』なんて関係ない、そんなものを超越して愛しているよ」
と言ってくれる誰かが1人でもいてくれさえすれば、人間の魂は救われ解放されるのに、現実にいざ誰かが「それ」に向き合うとなかなか「関係ない」とは言えないのが人間のもどかしさであり、シビアな現実です。しかし、だからこそ「怒りの1インチ」を乗り越えていく、あるいは受け容れていくことは、無数の1インチの当事者にとっても、そしてそれに向き合う者にとっても恒久的かつ普遍的な人類の課題であると思います。

……ということをHEDWIGという演目からつい大真面目につらつらと考えてしまいました。もっと頭を空っぽにしてヘドウィグに、そしてイツァークに共鳴できれば良いのですが、どうもすぐ考え込んでしまってダメですね。

 

『笑う男』北九州大千穐楽感想(2019.5.26 12:00開演)

キャスト:
ウィンプレン=浦井健治 デア=夢咲ねね ジョシアナ公爵=朝夏まなと デヴィット・ディリー・ムーア卿=宮原浩暢 フェドロ=石川禅 ウルシュス=山口祐一郎 リトル・グウィンプレン=豊島青空

 

 『笑う男』大千穐楽を見届けに、北九州市まで1泊2日で飛んでまいりました。

小倉のソレイユホールはパイプオルガンも設置されている立派な会場で、音響も結構良かったです。

慌ただしい滞在でしたので、観光らしいことは着いた日の夜に少し門司港を見物に行ったのと、翌日開演前に小倉織のお店に出向いたぐらいでしたが、小倉も歴史ある城下町ということで、また改めてゆっくり観光で訪れたいと思います。

なお小倉織のお店があまりにも楽しくて盛り上がってしまったために気づいたら開演時刻が迫っており、ランチを食べ損ねてしまいました。ただ、前日夜更かしもしていたため、満腹だと確実に観劇中に睡魔に襲われていたと思うので、結果的には良かったような気がします。

前置きはこれくらいにして、『笑う男』本編の感想にまいります。

演出は、舞台装置の動きが、例えば日生では物理的に舞台に沈んでいた難破船が沈まずに紗幕でフェイドアウトするなど若干変わっていたところはありましたが、場面のカットや台詞の追加などは多分なかったと思います。この演目、展開の分かりにくさが囁かれていたという印象を受けており、もしかしたらその辺りを変えてくるかも? と考えていましたので、少し意外でしたが、既に初日の時点でいじれるところはいじり尽くしてしまっていた、ということなのかも知れません。

なお私自身は、『笑う男』について裏話の語られた某トークショーの内容をTwitterのフォロワーさんのご厚意で知ることができましたが、まあ、演出家さんも役者さんもかなり手を尽くしていたようで、相当に大変だったのだと思います。

役者さんの感想にまいりますと、まずリトル・グウィンプレン、大千穐楽にしてようやく嵐史くん以外のキャストにお目にかかることができました。青空くんは嵐史くんよりやや儚げなイメージでした。そしてソプラノが綺麗。

ウルシュス座長は1幕の一座公演の場でとにかく拍手を煽る煽る! 変なタイミングで絡んできたデヴィットもいじるいじる! 客席も、ノリノリで拍手しまくっていました。大千穐楽という場の効果もありますが、福岡の皆さまは特にノリが良かったように思います。そんなこんなで満を持して登場する青年グウィンプレンとデア。舞台で演技する2人を明子姉ちゃんのように陰から見守るウルシュスの表情が、心配しつつも誇らしげで良いのです。

1幕の一座公演の場面ではグウィンプレンとデヴィットの激しい殺陣があります。2幕でもグウィンプレンとの殺陣をこなす宮原さんは、殺陣を浦井くんに教わったとカーテンコールのご挨拶で語られていましたが、実際、元々は歌の人なのにかなり頑張ったなあ、と思いました。

ところでこの一座公演のグウィンプレンとデアの歌と台詞、多分天才ウルシュス座長の筆になるものと想像しています。顔は醜くとも心の美しさがあれば良い、というのはもちろんデアの本音でもありますが、恐らく「自分以外は敵だ」とか「おまえは貴族のように生まれながらに幸せになる権利は持たないのだから、その裂けた口を売り物にここで生きるのだ」とか口では義理の息子に言い聞かせ続けたウルシュスの本音でもあるわけで。

にもかかわらずグウィンプレンは「デアは目が見えず自分の醜さを見たことがないからそう思うだけ」と考えており(※)、「その醜い顔こそが私を満たしてくれる」と言ってくれたジョシアナに心がぐらついてしまう、という展開はやはりどうしようもなく悲しいものがあります。ただ、ジョシアナも結局自分のことしか考えていないんですよね。

※これ、そんなわけないでしょ、と言ってあげたいですが、『ファントム』という別世界の別作品での醜いファントムに対するクリスティーヌの酷い仕打ちも知っているので、観ていてもにょってしまうのでした。

今回観ていて惹きつけられたのは、やはり主演たる浦井グウィンプレンでしょうか。今までに観たどの回のグウィンプレンよりも、熱く燃えさかっていたと思います。特に2幕の国会演説から貴族社会への決別を決めて咆哮するグウィンプレンの情熱と怒りには鬼気迫るものがありました。

あとフェドロ。冷静な表情とは裏腹すぎる野心を抱えた彼は、最後までミステリアスを貫いていました。

そして祐一郎ウルシュス。愛する息子の本心に気づいて懸命に止めようとするさまにも、傷ついた愛娘を膝枕して優しく温かい歌声で包み込む姿にも、そして最後に愛する子供たちが去って行くのをなすすべもなく見守るしかない哀しい表情にも。ただひたすら客席から共鳴するばかりでした。やはり劇場に関係なく発揮される祐一郎さんの空間支配力は伊達ではないです。

カーテンコールのご挨拶は浦井くんの仕切りで、宮原さん、朝夏さん、夢咲さん、禅さん、祐一郎さんの順に行われました。なぜに浦井くんのMCは天真爛漫さの中にもあんなにドキドキ感があるのでしょうか。

宮原さんは、殺陣のある役も悪役も初めての経験だったそうで、先述のとおり殺陣を浦井くんに教わったほか、役作りで禅さんや祐一郎さんに助けられたということを述べていました。殺陣の練習で頑張って休んでいると祐さんが声をかけてくれて……という話にその場面を想像してほっこり。

朝夏さんからは自分なりにジョシアナを演じられた、という手応えのある言葉が。また、夢咲さんはカンパニーの皆の温かさに助けられた、というようなことを述べていたと思います。

禅さんは、演出の上田さんから、本来は貴族でない者がジョシアナのように高貴な立場の人物に仕えることはあり得ない、と言われたことを踏まえ、フェドロについては頑張って役作りを行った、特に頑張ったのは「膝を曲げずに床に落ちたチョーカーを拾うこと」である、と実演してみせていました。それから浦井くんとはかつて父と子として共演した、と頭を下げ合い、「これからただならぬ関係に……(注:『ヘアスプレー』のことと思われます)」と祐一郎さんと互いに頭を下げ合って会場の笑いをさらっていました。

祐一郎さんのご挨拶は「もう思い残すことはございません。ありがとうございました」というシンプルなもの。シンプルな分。やり切った! な思いを感じ取りました。

まだまだ書き足りない気がしますが、ひとまず以上、大千穐楽の感想とレポートでした。

 

『笑う男』感想(2019.4.21 13:00開演)

キャスト:
ウィンプレン=浦井健治 デア=夢咲ねね ジョシアナ公爵=朝夏まなと デヴィット・ディリー・ムーア卿=宮原浩暢 フェドロ=石川禅 ウルシュス=山口祐一郎 リトル・グウィンプレン=下之園嵐史

今回は『笑う男』e+貸切公演。日生劇場ではこれで見納めになります。
ちなみに偶然にも日生で観た3回ともデアと子グウィンプレンが一緒でした。ねねさんのデアについては事前に分かっていましたが、子役さんまで揃うのは私的になかなか珍しいです。

この作品、原作と舞台、そして舞台のベースになったらしい2012年の映画版とは少しずつ話の内容が異なるらしく。元の脚本に由来すると思われる展開の分かりづらさについては演出家も役者も噛み砕いて伝える努力を講じていただいているようですが、微妙にややこしい部分をはしょり過ぎて逆に観客にあまりにも多くの推測を強いるのは、商業作品としてはちょっとどうなのかと思わないでもありません。

また、原作を読破された方の感想や英語版ウィキペディアの“The Man Who Laughs”の項目を参照した限りでは、舞台で完全な悪役になっているデヴィットは原作では少なくとも悪人ではなく、どちらかと言えば原作での加害者に人生を振り回された立場の人物のようです。ちょっと舞台では悪役を背負わされ過ぎていて気の毒な気がします。

しかしそういう印象にもかかわらず、舞台のエピローグではすっかりウルシュスに気持ちがシンクロしてしまっており、「こんなのってないよ!」と心が震えていたりするのですから不思議です。

ウルシュスの子供たちに向けられた不器用だが大きな愛。グウィンプレンが運命に翻弄された末にたどり着く愛。デアの天使ぶりと想い人に向けられた雛鳥のように信じきった愛。公演を重ねてそれぞれに深化していたと思います。

アンサンブルの皆さまも含めたカンパニーの雰囲気の温かさも随所から伝わってきて良いです。例えばウルシュス一座の女性芸人たちが総出で歌うナンバー「涙は流して」や、最後の若い2人と父親との顛末を見届けることになるラストシーンにそうした優しい雰囲気がにじみ出ていました。冷静に考えるとあのラストシーン、「止めろよ」と思わないでもないですが、原作ではウルシュスが気を失っている隙に……ということなので(一座は解散済み)、実際には一瞬の出来事だったのだと理解しています。

それから今回、3回目の観劇にして初めてジョシアナに深く共感できました。ジョシアナは演じる朝夏まなとさんの舞台映えする男前な見た目と歌声、そして強気な立ち居振る舞いもあって、最初はあまり思い入れを抱けなかったのですが、今回、2幕終盤のソロで今までになく彼女の哀れさが伝わってきて良かったです。

ジョシアナが一見強気の姿勢の陰で取り憑かれていたコンプレックス、焦燥感、渇望、そして自身が真実に求めていたものが何かに気づいた時には手遅れであった悲劇。この辺り、グウィンプレンと共通点がたくさんある一方、決定的な違いがあると思っています。

すなわちグウィンプレンは「欲しいものは既に手にしていたのに、真実から目をそらしていた人」。対するジョシアナは「全てを手にしているようでいて、その実何一つ持っていなかったことに、気づかなかった人」。グウィンプレンは真実の愛に気づいた後に束の間ではあっても幸福を味わうことができましたが、ジョシアナにはそれが許されなかった。2人が迎えた結末はいずれも決してハッピーとは言えないものでしたが、ジョシアナの方がより救われない感があるのは、その辺に理由があるのでしょうか。

なおこの公演はe+貸切公演だったので、終演後に浦井くんの舞台挨拶がありました。

「このカンパニーだからこそ、演出家が上田さんだからこそ、そしてウルシュスが祐さんだからこそ、素敵な舞台になっています」

というようなことを言っていたと思います。「祐さんだからこそ」の直後に山口さんがくるくる回りながらお辞儀をしていて大変にかわいらしかったです。そして浦井くん、後から慌てて「禅さんも!」と付け加えていました😊。

次にこの演目を観るのは北九州の予定です。もう一度ぐらい日生劇場で観たかった気もしますが、1ヶ月後、恐らく劇場が変われば演出も良い意味で変わるでしょうし、カンパニーの皆さまもより深化されているものと思われますので、期待してその日を待ちたいと思います。