日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『モーツァルト!』感想(2021.4.24 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=古川雄大 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=香寿たつき セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=鶴岡蘭楠(かなん)

 

今季『モーツァルト!』の帝劇公演について、悲しいことに、新型コロナウイルス感染症拡大による4月25日からの通算3回目の緊急事態宣言発令に伴い、4月28日以降の公演が打ち切られることが、本日(4月24日)に発表されました。

これを持ちまして、私の手持ちチケット残り2枚のうち、GW中の1枚(古川ヴォルフ・涼風男爵夫人)が紙切れと化すことになりました。残念ですが、この状況下では粛々と従うことしかできません。

というわけで、宣言発令前夜となる本日の夜公演のチケットが手元に残っていたことに感謝しながら上京し、予定より早いマイ楽観劇に臨みました。

今季最初で最後の古川ヴォルフは、2018年に観た時よりもだいぶ歌が良くなった印象です。声量も猊下や木下コンスとかなり拮抗していました。発声や歌詞の聞き取りやすさで言えば、正直育三郎ヴォルフに一日以上の長があると思いますが(古川さんファンの皆さまごめんなさい)、恐らくかなりヴォーカルを修練されたのではないかと想像しています。

また、個人的にヴォルフガングに抱いている三大イメージは「無分別」「青くさい」「音楽バカ(と言いますか純粋過ぎて音楽以外の全部が(略))」なのですが、古川ヴォルフの場合はこれらが全て備わっていると勝手に思っております。その三拍子揃っているがゆえにパパもナンネールも猊下もあれだけ古川ヴォルフを放っておけずに気を揉んでいるのだろうし、コンスタンツェも心惹かれたに違いない、と。

……すみません、育三郎ヴォルフの一見そつないようでいて、実は色々と破綻している、というキャラクターも別に嫌いではないのです。ただ単に、自分に取っては古川ヴォルフのキャラ付けの方が分かりやすかっただけなのかも知れません。

さて、本日もコロレド猊下は、ぴったりした黒手袋がお似合いで、アイメイクもばっちり、お声も艶々、大変麗しくていらっしゃいました。

1幕の登場シーンで、心なしかマントばっさばさが少なかったような気がしましたが、単に気のせいでしょうか?

馬車の場面では、2週間前に観た時よりも馬車の揺れがひどくなっていました😃。猊下、あそこまでアルコに壁ドン状態になったり、休憩後に再び馬車が走り出した時にひっくり返りそうになったりはしていなかったと思います。

「お取り込み中」の場面では、何度見てもガウンを着せてくれる側女のお姉さん方に接する態度に温かさはあれど、ちっともいやらしさがないのが不思議です。

2幕の「神よ、何故許される」で、ヴォルフという不条理の塊のような存在に対する愛憎半ばする感情をほとばしらせる猊下の表情と、劇場空間に響き渡る歌声とに「驚異的だ……」と浸りながらふと、
「そう言えば16年前の夏、M!の再演時に山口猊下に出会い、雷に打たれたかのような衝撃を受けて沼に落ちたからこそ、今もこうして観ていられる。あの時に出会っていて本当に良かった。神様と、あの時劇場に連れてきてくれた友人たちよ、ありがとう!」
という心持ちになりました。

「謎解きゲーム」での猊下は、夢の中でヴォルフに問いかけた後に下手に捌ける時、ほんの一瞬アマデの頭を撫でてから去っていくのが良いですね。

それから「破滅への道」。この曲の古川ヴォルフとのデュエットバージョンを聴くのは今季初めてでしたが、事前の予想以上にヴォルフの声量が猊下と拮抗していて驚きました。

なお、今回この曲を聴きながら、神の代弁者たる猊下の警告を拒絶したヴォルフは、この時点で猊下だけでなく神様とも決別したのでは? とふと頭をよぎりました。

肉親から深い愛を向けられながら、ボタンの掛け違いから決別に至ってしまったヴォルフ。神様(猊下)からの愛、そして後には妻からの愛とも決別することで、孤独になってしまったヴォルフ。作曲には人間ヴォルフが受け取る「愛」が不可欠だったが、今のヴォルフは独りぼっち。それに才能の化身アマデが神様からもらっていたであろう美しいメロディーも、もう当てにできないし、当てにしてはいけない。だから自分の力でレクイエムを書くしかなかったけれど、それはまさに破滅への道であった……。と、そのようなことをまた妄想してしまいました。

なおカーテンコールでの祐一郎猊下、市村パパのお出ましの際に片手で口元を押さえてしばらく「ぷぷっ」と笑いをこらえる仕草をしていたので、なぜ? と思っていましたが、同じ回を観ていた方のツイートなどを見ると、どうもパパが猊下のお出ましの時の歩き方か何かの真似をされていたらしいです。笑っちゃうの、珍しいな、と思いながら見ていました。他の公演だと祐一郎さんより先輩かつ格上の方がご一緒されることは少ないので、そういう意味でも貴重な瞬間だったと思います。

 

(2021.4.25追記)

観劇後に、昼公演の途中にキャストに帝劇千穐楽前倒し決定が知らされ、カーテンコールで育三郎さんが涙したらしいとの話を聞きました。

しかし夜公演は本当に拍子抜けするぐらい普通のカーテンコールだったのです。でも、古川さんの「ありがとうございました!」の一言にはきっと万感の思いがこもっていたのではないかと想像しています。

 

今季の帝劇公演、観劇3回目にしてマイ楽となってしまいました。

本日、香寿さんの男爵夫人の凛々しさと包み込むような温かさとが漂う歌声を聴いて、色っぽく強かな涼風さんでももう一度観てみたかった、と改めて思っています。

また、2018年よりもぐっと役にはまって華も増してきていて、観るたびに「役が役者さんを作るんだな、楽しみだな」と思っていた遠山シカネーダーも、もっと見届けたかったです。

また、悪役ではあるものの、実は彼女の存在は当時の女性の抑圧の産物でもあると考えると違った見方ができそうなセシリアママも。

木下コンスも今回の「ダンスはやめられない」は鬼気迫っていましたし、祐一郎猊下と阿部アルコの元バルジャン・ジャベールコンビもこれからもっと息の合った場面を見せてくれそうなのに。

もう本当に、こういう感染拡大状況なので、特に大手興行主である東宝さんが何も対応しないわけにはいかないのだと分かってはいても、初日から半月が経ち良い感じに役者さん方の演技に脂が乗ってきたこの時期の上演中止(正確には地方公演もあるので「中断」ですが)はかなり残念ではあります。地方公演を追いかけようにも、今は遠征もかなり難しい状況ですし、そもそもその地方公演が無事に開催されるのかも定かではありません。

最後に。東京の寄席が「寄席は社会生活の維持に必要な存在」として興行継続を決めたことも、東宝さんが即日ではなく数日の周知期間を設けた上での興行中止としたことも、そして、多くの興行主が宣言発令当日からの興行中止という苦渋の決断をしたことも、それぞれにそれぞれの事情を踏まえた上での決定事項なので、その決定は最大限に尊重して受け止めたいと思います。しんどい闇が明ける日が1日でも早く訪れるように願い、そのためにできることはしていこうと思うばかりです。

 

『モーツァルト!』感想(2021.4.11 12:30開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=香寿たつき セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=深町ようこ

この情勢下に県境を越えて上京することの是非に頭を悩ませながら、空き気味の電車で再び帝劇まで出向いてまいりました。

本日のキャストは、ヴォルフは初日と同様育三郎さん。男爵夫人は香寿たつきさん、アマデは深町ようこさんでした。

今季はあと2回観劇予定ですが、育三郎ヴォルフは本日で見納めになります。育三郎さんの声は帝劇の広い空間に響き渡り、木下コンスとのバランスもぴったり。また、猊下とのデュエットでも声量が拮抗していて心地よいです。

今回は2階席の前方列でしたので、高みから舞台全体を見渡せて良かったです。ただ、それは舞台後方から階段を昇ってくる役者さんが見切れるということでもありまして。例えば2幕後半でヴォルフがアマデにヘッドロックかけられた後で救いの女神のように現れる男爵夫人の幻影。2014年までの演出では上手上方に登場していたのが、2018年以降は普通に上手後方からえっちらおっちら階段を昇って現れるので、あまり幻影っぽくないのです……。それが演出家の狙いなのかも知れませんが。

キャストの中でも猊下は身分の高さを象徴するためか立ち位置が高いことが多いので、マント翻しも、揺れる馬車で豪快に足を上げる姿も、お姉様方とのお取り込みシーンも、オペラグラスでじっくりと堪能いたしました。初日の感想で、男爵夫人は観客を物語に引き込む重要な存在、と書きましたが、猊下もまた、「どこだ、モーツァルト!」の叫び一つでヴォルフたちとの関係性を印象づけ、観客に一発で物語世界を理解させてくれる強力な役割を果たしていると、本日改めて実感したところです。

今回、まだアマデについて語れていませんでした。アマデはヴォルフにとっては大事な分身でもある一方で恐ろしい存在でもありますが、時折見せる音楽の申し子としての仕草、例えばヴォルフが恋愛に悩みぶん投げた楽譜を慌てて拾い集めて抱きしめるなどのちょっとした仕草が本当に可愛らしくてときめきます。 今回のアマデは全員小学4~5年生の女の子。初日に観た蘭楠さんもようこさんも、そしてまだ出会えていない乃愛さんも、どうか無事完走できますように願っています。

以下、今回の公演というよりは登場人物に関する妄想交じりの考察となることをお許しください。

今季、やはりどうもヴォルフに優しくなれず、彼に振り回される周囲の人々の方にばかり心が寄ってしまいがちです。

と申しますか、彼を本気で庇護しようとぶつかるパパや猊下が、いずれも肝心の所が噛み合っていないがために敗れ去っていくさまを眺めるのが毎回結構辛かったりします。

特に猊下。恐らく、領主と臣下としての関係だけでなく、自分は神に仕える崇高な立場なので(生臭坊主ですが😓)、神が遣わした奇跡の子を責任を持って庇護するのが自身の役割であり、それゆえに奇跡の子の行動もきちんと管理すべき、自分が奇跡の才能を独占するのも神の思し召し、と本気で考えているように思われます。

なので多分、猊下は自分が神の意向を実現する者としてヴォルフに良かれと行動しているだけであって、そこに悪意はひとつもないのですよね。問題は奇跡の子自身の意思を完全に置き去りにして束縛するのは、現代の観点から見てかなりどうかというだけで……。子供の意思の件に関してはパパについても同じです。

そこへ行くと、男爵夫人はヴォルフの幼少のみぎりに一生分の信頼度を稼いでいるので、だいぶ得してるよなあ、と思うのです。

ただ、香寿さんの夫人には揺るぎない篤実さがあります。「星から降る金」ひとつを取っても、涼風夫人はヴォルフを引っ張り上げて背中をどんと押している印象がありますが、香寿夫人の場合は穏やかに、しかし懇々とヴォルフとその家族を諭しているというイメージです。きっと、香寿夫人は2幕の夜会も自分の社交のためというよりは、ヴォルフを売り込むためにわざわざ企画しているに違いない! と妄想しています。

涼風夫人も香寿夫人も、それぞれのたまらない魅力があって、それぞれに好きです。

なお、私がどうもヴォルフに優しくなれない理由としては、初日の感想にも書きましたが、やっぱり自分のことしか考えていないからかも知れません。

特に育三郎ヴォルフは初日感想にも書いたとおり、割とメンタルが大人なので、その分、魔笛執筆中の田舎の場面で、
「だから何でコンスタンツェに『あなたが愛しているのは自分の才能だけよ!』と言われた時に、たとえ図星でも『そんなこと言わせてごめんな』とか言って優しくしてやらないんだよ。嘘をつくのがいやでも言ってやれよ」
と心の中で胸ぐらを掴みまくっています。

とは言え、自分自身が芸術家にも、四六時中頭の中でメロディーが奏でられている絶対音感の持ち主にもなったことがないので、ヴォルフの本当の苦しみは生涯分かり得ないように思います。

……と、ぐだぐだ語るのはこの辺でやめにしておきます。なんだかんだ言ってもまたこの演目を観に行ってしまうのは、やはりヴォルフや彼を思う周囲の人々の姿を見て、人を愛することについて考えたいし、勇気づけられたいからかも知れません。

次回は4月24日、古川ヴォルフを今季初見の予定です。

 

 

『モーツァルト!』帝劇初日感想(2021.4.8 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=涼風真世 セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=鶴岡蘭楠(かなん)

 

お久しぶりです。

今年初のリアル観劇ということで、2018年以来3年ぶりに再演されている『モーツァルト!』(以下、『M!』)の帝劇初日を観てまいりました。

実は本業であまりに色々ありすぎた上に、最近軽く眼に不調が起きて眼科にかかる羽目になるなどの出来事もあり、劇場入りしてもあまりテンションが上がらず困っていたのですが、開演してしばらくして猊下が朗々と美声を響かせてマントを翻した瞬間に、自分の中のゲージが爆上がりしたのが分かりました。そこからはもうスムーズにM!の世界に入り込むことができたので、猊下ありがとう! という心持ちでした。

ただ、猊下、今回かなりメイクが濃いめだったような……。初日だからでしょうか。

今回は舞台装置のデザインが全体にピアノと五線譜を基調としていてなかなか面白いです。M!の舞台装置はいつも割と空間の使い方が大胆なのですが、そもそもお話の展開自体、一見前の場面からそのまま続いているイメージなのに実は数年経っているなど、時空を大胆に超えた作りなので、まあちょうど良いのかな、と解釈しています。

あと、キャスト全員、1人も歌唱力が危うい人がいない! アルコ伯爵は名バイプレイヤー阿部さんで、低音の魅力で聴かせてくれますし、遠山シカネーダーも初演の時より、踊りだけでなく歌も存在感を増しているという印象です。

さて、初日ではありましたが、今の演出になってからの再演ということもあり、育三郎ヴォルフを始めとして、キャストの皆さま、極めて安定感抜群でした。

前回から3年が経ち、自分が年をとったせいなのか、だんだんヴォルフ本人よりも、彼にそれぞれの形で翻弄される周囲の人々のことが気になるようになっています。

特に今回注目したのは木下コンスタンツェです。前回上演時になぜかM!のチケットが非常に取りづらく、結局彼女のコンスを観る機会がなかったため、今回が実は初見でした。あの強欲一家の中でひとりだけ地味でおとなしく(今風に言えば陰キャ)、浮き上がって馴染めずに孤独をかこつ雰囲気がとても良く出ていると思います。そして歌声も良し。

コンスタンツェというキャラクターについては、憐れみは覚えてもそんなに同情したことはなかったのですが、木下コンスに関しては、「ああ、あの独りぼっちだった女の子がやっと心から信じられる伴侶を見つけたのに、こんな結末になってかわいそうに」と心から同情しました。信じようとしていたのに、大人になったヴォルフが歩き出す時には「ひとり」であって、傍らの妻の存在は見えていない、というのはコンスにとっては相当にあんまりな顛末だと思うのです。

それから父親レオポルトについては、ある意味ヴォルフにとって「老害」であり、ヴォルフの精神を追い込んだ張本人でもありますが、彼の苦悩を見つめながらなぜか今年2021年1~3月にかけて放送された宮藤官九郎さん(クドカン)脚本のドラマ『俺の家の話』を思い出していました。

かのドラマには能楽師の宗家の老いた父親と、父親を介護しながら後継者を目指すかつて勘当されたプロレスラーの息子との関係が綴られていましたが、最終回に父親が、既にこの世の者ではない息子に対し、生前の彼を一度もほめなかった理由を「ほめるとそこで終わってしまうから」と語りかける場面がありました。もしかしたらレオポルトだって心の奥底では息子をほめたかったかも知れないのに、いざとなると息子の欠点ばかりに向き合って罵倒することしかできないとは、何て悲しいことだろう、と考えずにはいられませんでした。

姉ナンネールも弟ヴォルフに対して極めて複雑な思いを抱きますが、結局のところは弟への深い愛情は変わらず。和音さんのナンネールは控えめで、歌い方もひたすら穏やかに優しくありながら芯の強い雰囲気も自然に醸し出されているのが良いですね。

そして猊下

2018年からの追加曲「破滅への道」、今回公演では前回の「どけどけー! コロレド猊下のお通りだー!」よりは登場に唐突感は薄かったですが、

猊下よ、なぜ、こんな民衆が革命気分で盛り上がってる危険な往来へわざわざ馬車で乗りつける?」

という最大の謎は解けません😅。

それはともかくこの曲、改めて聴くとヴォルフの行く末を心底憂いてひたすらに心配している内容なので、ここまで深い愛情を抱いているのに本人には全く伝わらないのか、と思うと悲しい気持ちでいっぱいになります。

猊下、ある意味、親としての愛情が激しいあまりに息子の望むものが見えなくなってしまっているレオポルトパパよりも、よほど冷静にヴォルフの本質を見抜いているようにも見えて、実は主君としてはとても慧眼な人なのではないかと思うのですが、彼の雇用管理手法はヴォルフという奔放な天才とはあまりにも噛み合わなさすぎるので、最後まですれ違ってばかり。こんなに報われない片想いがあって良いのでしょうか。

そうそう、忘れるところでした。ヴァルトシュテッテン男爵夫人。

今回、涼風さんの凛と美しい(本当に綺麗!)夫人を観て、男爵夫人がいかにM!の物語世界に観客を誘い引き込むための重要な役割を果たしているかを実感しました。そして、いかに心からヴォルフの才能を愛し、彼の心の奥底に住まい続ける存在であるかについても。彼女は思いやり深い支援者であると同時に、ヴォルフの才能を利用し社交界で権勢を誇る強かさを持ち合わせてもいるわけですが、それでも「束縛せずに見守る」という一点においてヴォルフの信頼は揺るぎません。色々な意味で、猊下とは対照的だと感じ、猊下により一層の哀愁を覚えた次第です。

最後に、主演たる育三郎ヴォルフについても書き留めておきます。

2018年の時と同様、彼のヴォルフについては精神的には「大人」という印象を覚えました。その大人である筈のヴォルフが、物語の後半で自分の分身としてごく自然に共存してきたアマデに振り回され疲弊していくさまは、なかなか衝撃的です。

ごく個人的には、最初に観た中川ヴォルフのすり込みのせいなのか、ヴォルフには「いつまでも社会性のない少年」的雰囲気がある方が好みと思ってきましたが、今回、精神的には大人なのに社会性を司る何かが根本的に破綻している育三郎ヴォルフも悪くない、と思うようになりました。育三郎ヴォルフも再演を重ねるごとに確実に磨き上げられていると感じております。

カーテンコールでは、初日ということで、育三郎さんからご挨拶がありました。コロナ禍の中でぶじに初日の幕が上がったことのありがたさや、スタッフや劇場への来場者への感謝の言葉に続けて、このような状況下なので毎日が千穐楽と思って演じていること、そしてコロナ禍でそれぞれに戦い続けているであろう観客への思いなどが語られました。育三郎さんを始めとするキャストの皆様の覚悟の深さが込められたメッセージとして受け止めています。フィナーレの「影を逃れて」で時々瞳を閉じながら歌い上げていた猊下の心の内は、生き急ぐヴォルフを止められなかった悲しみであったのか、それとも初日を無事に終えようとすることへの深い感慨であったのか……と、答えのない思いをひたすら巡らせるばかりです。

 

ところで。

夜21時を過ぎた東京を久々に歩きましたが、いわゆる「まん防」前夜につき、本当に食事できる場所がなく、電車で正味1時間強の道のりを空腹を抱えながら帰りました。自宅でコンビニに残っていたお弁当を貪り食いながら、これもエンタメ界を観客の立場で支えるに当たって求められる覚悟と試練の一つなのか、と改めて身に染みて考えました。次回は開演前にきちんと食べておきたいと思います。

『ポーの一族』ライブ配信(PIA LIVE STREAM)視聴感想(2021.1.23 12:00開演)

キャスト:
エドガー・ポーツネル=明日海りお アラン・トワイライト=千葉雄大 フランク・ポーツネル男爵=小西遼生 ジャン・クリフォード=中村橋之助 シーラ・ポーツネル男爵夫人=夢咲ねね メリーベル綺咲愛里 大老ポー/オルコット大佐=福井晶一 老ハンナ/ブラヴァツキー=涼風真世 ジェイン=能條愛未 レイチェル=純矢ちとせ

相変わらず新型コロナウイルス感染症の流行が収まる気配がないどころか、続々と緊急事態宣言が発令され、じわじわと脅威が身近に迫りつつある2021年1月、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

このような状況ですので『オトコ・フタリ』の愛知県刈谷市での大千穐楽参戦もチケット発売前から諦め、自宅から見守る道を選んでおります。

そのような最中に1月11日から無事梅田芸術劇場で開幕した、ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』。

『ポー』は今から3年前、2018年3月に宝塚花組初演を映画館にてライブ・ビューイングで視聴しました(当時のブログ記事)。

2月3日からは東京公演も予定されていますし、本音では生でみりお様を拝みたい、しかしこの情勢では劇場に出向くのは躊躇われるし……と思っていた所、ありがたいことに梅芸公演の配信チケットが販売されましたので、自宅で視聴することにしました。

以下、若干加筆はしていますが、視聴しながら都度iPadでメモした内容に基づいた感想です。ネタバレありですのでご注意ください。

 

現代(と言っても原作の「ランプトンは語る」に相当する1960年代)の人々によりエドガーというバンパネラの少年に関する証言や記録が語られる序盤。このお芝居で展開されるエドガーの足跡や、彼が関わる主要な登場人物については大体この序盤で説明されるので、原作未読の観客にも分かりやすくなっている筈です。
この序盤を見て最初に抱いた衝撃は、主役たるエドガーや相手役であるアランに対してではなく、
「老ハンナが「老」じゃない! 颯爽としてカッコ良すぎる!」
というものでした。すみません、涼風さん、還暦とはとても思えない美しさで、しかも普段は基本寝ている相方の代理として、異形の一族の長老役を果たす女性の凜々しさが素敵すぎたので、つい……。
なお、老ハンナはエドガーとメリーベルの兄妹に「おばあちゃん」と呼ばれていますが、よくおとなしくおばあちゃん呼びさせていたものだと思います。

それはさておき。

福井さんの大老ポーも威厳と押し出したっぷりでした。厳めしさ加減では花組初演での一樹千尋さんもなかなか良い雰囲気を醸し出していましたが、それとタメを張る大ボスぶりを発揮していたという印象です。ちなみに大老ポーは1幕の村人襲撃で、老ハンナと異なり完全に消滅した証拠がないのですね。宝塚版の同じ場面ではどうだったか記憶が定かではありません。
ポーツネル男爵を演じる小西さんはマリウスの頃から見ているので、今やこんなに重要な脇を任されるようになったのね、と感慨深いです。声質も若い頃はどこか軽い感じで気になっていましたが、今は全くそんなことはなく聴きやすいです。
ねねさんシーラ。1幕のソロ曲が微妙に音域が合わない気がしました。他の場面では決してそんなことはなかったのですが。シーラという女性の清楚さと妖しさが同居するイメージにはぴったり合っていたと思います。

みりおさんエドガー。普通の人間の少年だった時、バンパネラになりたての時、その後のバンパネラとして老成した時。それぞれで違う表情を見せてくれていて凄いです。
綺咲さんのメリーベル、可憐。エヴァンズ家でエドガーと再会し、一族に加えられる瞬間や血を与えられる場面で2人の間に漂う妖しい雰囲気にどきどき。歌声も綺麗です。
橋之助さんのクリフォード医師。中の人が筋金入りのヅカファンということなので、もう毎日が夢の国なのではないかと想像しています。結末はあれですが。
1幕後半で満を侍して登場したアラン。花組上演時の柚香光さんの印象が強く、今回成人男性が演じて大丈夫? と大変失礼な心配をしていましたが、全くの杞憂でした。高慢でわがままで、無邪気で純粋で繊細な美少年アラン。歌はもう少し伸びしろがありそう、とも思いましたが、多分小池先生は慧眼なのでしょう。
しかし1幕の学校の場面でのあのエドガーの胴上げ……結構高く上がっているので落とさないかと緊張する一方で、エドガーの鳥のような身の軽さあってのことだろう、と感心していました。
1幕ラスト、完全にアランをターゲットとしてロックオンした瞬間のエドガーの妖しい微笑みビームに完全に撃ち抜かれました。
幕間に入ってからしばらくぼうっとしていましたが、はたと気がつき、これではいけない! と、とりあえずトイレに行って気を落ち着けるなどしていました。
そしてなぜかまた、幕間に涼風さんの七変化について思いを巡らせてしまった自分なのです。1幕後半から降霊術師のマダム・ブラヴァツキーとしても登場するのですが、これがまた妖怪度の高すぎるキャラクターでして。老ハンナもブラヴァツキーも、どちらもしっかり涼風色に染め上げていて、妖精度も妖怪度も高いと同時に凛とした佇まいを保っているのはさすがでした。

2幕。
リーベルの可憐さと儚さが序盤から炸裂します。この時はまだ普通の少年であるアランとのバランスがとても良い感じ。
降霊会でのブラヴァツキーの七変化はどんどんエスカレート。いかがわしい風味もあり、老ハンナの静かな威厳とは対照的なコミックリリーフ的役割も果たしていましたが、恐らくは本物の霊能力も有しており、終盤のポーツネル一家の運命について重要な鍵を握っているので、実は侮れない役どころなのでした。
エドガーとアランの対話。ロゼッティのペンダントは捨てない演出になっていたのはなぜでしょう。強烈に仲間を求めて暴走するエドガーと、聖句を口にして必死に抵抗するアラン。この場面での2人の心理合戦が見事で、目を奪われました。
二度目の降霊会での大老ポー召還について。福井さんは降霊会の参加者であるオルコット大佐と二役なので無理とは知りつつも、あれはやはり階上に、声だけでなく福井さん本人に現れてほしかった気がします。なお自分としては、あれは大老ポーが「霊として」降りた訳ではなく、人間界のどこかから降霊の場を借りてリモートで警告したのだろうと解釈しています。

今回心に少しばかり引っかかってきたのは、エドガーのアランに対する「しくじり」を受けてポーツネル男爵が語る、異端を排除しようとする人間の力。舞台では信仰を持つ人間への恐れとして描かれていますが、何となく今の世のコロナ感染にまつわる差別や忌避を連想しぞっとしました。
その後の、ホテルを訪ねてきたアランに対しメリーベルが発する言葉「アラン、私たちと遠くへ行く? 時を超えて遠くまで行く?」からの流れるようなエドガーの誘惑。この場面、原作で1人舞うメリーベルのイメージが採り入れられていてかなり好きです。メリーベルの「(アランには)まだ(人間界への)未練がある」とエドガーのきりきりと胸を締め付けられるような孤独に満ちた絶唱が胸に残っています。

そして運命の日。シーラ、どうしてあれほど大老ポーが言ったのに海に近づいてしまうのか。あと、クリフォード医師、見栄の切り方がやはりどことなく歌舞伎……。
リーベルをお迎えにくるのは老ハンナなのですね。シーラや男爵のお迎えは大老ポー。ここで老ハンナは天上から迎えにきていましたが、大老ポーは地上で「そら見たことか」と見届ける感じだったので、やはり老ハンナがいるのとは全く違う場所にいるのだと思いました。

しかし皆に置いてきぼりにされたエドガーは独り。究極の独りぼっち。アランのお母様(レイチェル)について、息子への執着を口にする一方、気持ちの端のどこかに息子の亡き夫に似た所を嫌悪する心理があることを匂わせる台詞や、息子を見捨てるような台詞が追加されており、追い詰められ絶望度が原作や宝塚版よりも強烈になっているアランとの旅を選んだのは抗いようのない必然の流れであったと思います。
エンディング。原作の『ポーの一族』の巻のラストページ同様にこの時代の2人で終わらせる脚本は秀逸だと思っています。その後の物語、特に最近の続編で明かされている、エドガーとアランがポーの村に入ることなく旅を続ける理由を知ってしまうと、非常に切ないですので……。

観る前は宝塚の幻想的で美しいイメージがあったので、男女混成版での上演にやや不安を抱いていましたが、終わってみると全くそのようなことはなく、これはこれで魅力的な上演版だ、と思います。特にアンサンブルについては、自分は男女混成版の力強さの方がむしろ好みです。また、今回のカンパニーには、演出が宝塚歌劇団所属でもある小池先生であったこともあり、意図的に女性プリンシパルキャストの大半が宝塚出身者となっていたので、それで初演のイメージからあまり逸脱しなかった所があるのかも知れません。

ところでカーテンコールでのみりおさんと千葉さんのトークタイム。あれはもしや「癒しタイム」なのでしょうか。
「もし『ポー』で他の役をやるならどれ?」という質問に対する千葉さんの答え「恐れ多いですがメリーベル」もなかなかでしたが、みりおさんの「シーラになって涼風さんにエナジーを送り込まれたい」と「マーゴットになってアランに人殺しー! と叫びたい」という答えを聞いてかなりのなごみエナジーが心に注入されました。

 

2020年観劇振り返り

昨年末に投稿した観劇振り返り記事に、次のような言葉を記していました。

観劇は自分や家族や肉親の体調、そして余暇に割ける時間の確保という条件が整ってこそ実現できる贅沢な趣味なので、2020年もその辺りがぜひ息災でありますよう願いつつ、2019年を見送りたいと思います。

これを書いた時には、よもや2020年に演劇の上演そのものが危機的な状況に陥るとは、想像すらしていませんでした。

2020年2月下旬頃から続くコロナ禍には終わりが見えず、しかしいつかは必ず終わるもの、と信じながら、気づけば10ヶ月が経ちつつあります。

2020年に一旦チケットを確保していたにもかかわらず、残念ながら中止となってしまった公演は次のとおりです。

  • アナスタシア(2020.3.15 12:30開演予定 東急シアターオーブ) ※該当日時公演中止
  • エスト・サイド・ストーリー Season 3(2020.4.18 17:30開演予定 IHI ステージアラウンド東京) ※Season 3 全公演中止
  • チェーザレ(2020.5.9 12:00開演予定 明治座) ※全公演中止 → 中川さんの明治座コンサートで一部楽曲を披露
  • ヘアスプレー(2020.6.14 13:00開演予定(初日)、2020.6.28 17:30開演予定(千穐楽) 東京建物 Brillia HALL) ※全公演中止
  • ジャージー・ボーイズ(2020.7.19 13:00開演予定 帝国劇場) ※全公演中止 → 日程短縮の上コンサート形式で公演実施

 

また、チケットを購入して観た公演は下記のとおりです。あえて、直接劇場に出向いたものと配信視聴とを並列で記載しました。ナウシカ歌舞伎は映画館で観ています。

  • ダンス・オブ・ヴァンパイア(2020.1.20 13:00開演(大千穐楽梅田芸術劇場
  • シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ(2020.1.26 17:00開演 シアタークリエ)
  • 新作歌舞伎 風の谷のナウシカ(前編)(2020.2.15上映(ディレイビューイング))
  • 天保十二年のシェイクスピア(2020.2.16 12:30開演 日生劇場
  • 新作歌舞伎 風の谷のナウシカ(後編)(2020.2.29上映(ディレイビューイング))
  • 中川晃教コンサート2020 feat.ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』(2020.7.12 12:00開演 明治座(Streaming+配信視聴))
  • ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』イン コンサート(2020.7.19 13:30開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • SHOW-ISMS(Version DRAMATICA/ROMANTICA)(2020.7.23 18:00開演 シアタークリエ(Streaming+配信視聴))
  • THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE(2020.8.22 18:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.17 13:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.18 13:00開演 帝国劇場)
  • My Story―素敵な仲間たち―(2020.9.18 17:00開演 帝国劇場(Streaming+配信視聴))
  • オトコ・フタリ(2020.12.12 18:30開演 シアタークリエ)
  • オトコ・フタリ(2020.12.20 13:30開演 シアタークリエ)
  • オトコ・フタリ(2020.12.26 13:30開演 シアタークリエ)

 

このコロナ禍で演劇やコンサートの配信視聴が急速に定着した印象です。

特に中川さんは配信で大活躍されていたと思います。都外から劇場に出向くのをかなり躊躇していた時期のチェーザレ、JBのコンサート配信は嬉しい限りでした。

ちなみに、8月22日の帝劇コンサート(配信視聴)だけはこちらに感想を落としておりません。東宝オールスターキャスト(一部不在)の豪華な内容でしたが、なぜかこの時だけは身を入れて視聴することができず、このまま中途半端に感想を記しても役者さん方に失礼なように思われましたので……。

配信された公演でも、JBコンサート、SHOW-ISMSのように休演や無観客上演配信への急遽変更などがありました。そして、その後も他の演目で稽古場クラスタ感染発生に伴う公演中止、また、初日は開幕したものの複数キャスト感染による公演打ち切り、初日延期などの事案が続いている状況です。どうしても稽古場から大人数が参加するミュージカルに影響が生じがちなのは否定できません。

そのような情勢下、帝劇初のトークショー興行となった『My Story』や、ストプレとは言え豪華キャスト揃いの『オトコ・フタリ』が無事東京公演を完走したことに胸を撫で下ろしています。

今はどうか『オトコ・フタリ』のキャスト・スタッフの皆さまが何事もなく大千穐楽を迎えられますように、そして年明けに上演される数々の演目が無事に上演され、公演を完走できますようにと願うばかりです。

配信でも会うことが叶わなかった浦井トニーや祐一郎エドナママには、いつかどこかで会える日がくることを信じています。

もしかしたら、いつか新型コロナウイルスのワクチン接種が万人が受けられる段階まで普及した暁には「なぜこんなものをあんなに恐れていたのか」と口にすることができる日がくるのかも知れません。しかし現時点では感染して病状が悪化した場合のリスクがあまりにも大きすぎると想定されることから、まだまだ正しく怖がることを続ける必要があると考えています。

私には別の病気の副症状ではあったものの、以前に静脈血栓症の既往があります。現在は薬も服用せず、おおもとの病気も落ち着き、だいぶ体力も戻りつつありますが、そのような事情もあり、コロナ禍以前の観劇ペースに戻すことは、しばらくは難しそうに思われます。都内で感染者の増加が止まらない12月に、都外から公共交通機関を利用してクリエに3回通うのにも、随分と勇気が必要でした。

それでも2021年も、最小限のペースできっと劇場に足を運ぶことになると思います。心の中の元気を呼び覚ましてくれるエンターテインメントの拠点としての劇場の灯が点され続けることを心より願っています。

それでは、皆さま、良いお年をお迎えください。

 

 

 

『オトコ・フタリ』感想(2020.12.26 13:30開演)

キャスト:
禅定寺恭一郎=山口祐一郎 中村好子=保坂知寿 須藤冬馬=浦井健治 須藤由利子(声)=大塚千弘

観劇3回目にしてマイ楽の『オトコ・フタリ』を観てまいりました。

今回、前から5列目の下手通路寄りというかなり前方席でしたが、土曜マチネにも関わらずすぐ前(4列目)や5列目センター寄りの席が空いているなど、販売自粛の最前列席を差し引いても満席にはなっていなかった所に、厳しい現状を感じ取っています。

さて、前回観てから1週間も経っていないのに、冬馬くんの顔芸と恭一郎さんのリアクション芸が、かなり進化していました。特に1幕のシェリー酒ぶっかけシーンから、家政婦と闖入者の2人カラオケに恭一郎さん悶絶、に至るまでの流れの見事なこと! もっとも、流れがノリノリ過ぎたのか、当日ソワレでは冬馬くんがシェリー酒のグラスを破壊したらしいという情報もありましたが……。

彼らに好子さんを加えた3人の掛け合いがあくまでコメディであり、ぎりぎりコントになっていないのは、演じる皆様のぴったりの呼吸と技量あってこそと思います。

好子さんは1幕では内面の感情を抑制し、たまにうっかり内に秘めた本音が漏れ出たりしながら、雇い主である恭一郎さんと互いにはっきり物を申せるビジネス関係を強固に築いていることが見て取れます。彼女が冬馬くんの受け入れを巡り何度か恭一郎さんを説得する場面で、その都度恭一郎さんがキュッと内股になるのが個人的にはツボでして。あれは彼女への負い目を無意識に体現しているのかも知れない、と3回目にして思い至りました。

疑いなく、好子さんは「いい女」だと思うわけですが、実際の所彼女のいい女ぶりをお芝居を観ていない人に説明するのはなかなか難しいものがあります。しかし少なくとも劇中で冬馬くんの純粋な心には「(由利子さんの次に)いい女」として焼きつけられたのではないでしょうか。そして、きっと恭一郎さんの心にも。

なお、自分の頭の中には、好子さんが住み込んでいた6年の間にも、雇い主さんはその場限りの女性をあの邸に次々と連れ込んでいたのだろうか? というしょうもない疑問が浮かんでいます。ただ、もしあえて取っ替え引っ替え連れ込んで見せていたとすれば、それはちょっと闇が広がりすぎているので、あまり深く追求しない方が良さそうではありますが。

また、もう一つの疑問としては、
「恭一郎さんは冬馬くんの言うように、本当に好子さんほか女性の心理に鈍感だったのか?」
というのがあります。個人的には、少なくとも好子さんについては気づいていたが故に、分からないと嘯いたと解釈したいところです。しかし、仮にご縁のあった女性たちの心理についてもう少し敏感であったなら、そもそも悲劇は起きていなかった筈……。まあ、鈍感呼ばわりしている冬馬くん自身も大概唐変木に見受けられ、しかもその自覚は乏しそうなので、その点ではお互い様なのではないかと思います。

脱線しましたので、本編の感想に戻ります。

公演初日と比べてかなり受け止め方が変わったのは、2幕終盤近くのメールの場面です。初日はだいぶシリアス寄りの印象でしたが、本日はかなり「泣き笑い」要素が強まっていると感じました。

実はリピート観劇するほどに、メールの主の「贖罪のために○○○○行き」という振り幅の大きすぎる行動が疑問になり始めていたのですが、恭一郎さんと冬馬くんのメールを巡るボケツッコミの応酬が強化されたことにより、疑問が笑いのオブラートに包まれてぼかされたという印象です。メールの主の行動そのものよりは、メールを読んだ、邸に取り残された「オトコ・フタリ」の間に生まれる奇妙な絆もしくは連帯感の方が強調されるようになっていました。

今回、わずか3回ではありますがマイ楽ですので『オトコ・フタリ』を総括しますと、登場人物全員が何らかの形で大切なものを失う一方で、これまで各々が縛り付けられていた何かから解放され、それぞれ自分の中に元々あった大切な何かを取り戻す物語である、と思います。

かつて愛に向き合うことから逃げた男が、愛するがゆえに大切な人を自らの手元から解き放つ決断をし、真正面から愛と向き合い始める。終盤、一旦恭一郎さんが1人になった時に静かに口ずさんでいた、時々揺らぐあの歌声には、そんな男の心境が存分に込められていると感じました。

物理的に近い距離で互いを縛り合うことが愛ではない。愛に距離も性別も生物学的分類も関係ない。ある意味、何かと心や希望が壊されることがあまりにも多すぎた今年の観劇納めに最もふさわしい演目だったのかも知れません。

どうぞ、来年はもっと良い年でありますように。

 

『オトコ・フタリ』感想(2020.12.20 13:30開演)

キャスト:
禅定寺恭一郎=山口祐一郎 中村好子=保坂知寿 須藤冬馬=浦井健治 須藤由利子(声)=大塚千弘

先週の初日に続き、再びシアタークリエにて『オトコ・フタリ』を観てまいりました。

この演目、良くも悪くも登場人物が当て書き感満載なのに加えて、シリアスな場面もあるとは言え全体的には軽妙でさらっとした展開なので、賛否両論あるようです。私自身は、『貴婦人の訪問』のようにハードでドラマティックな社会派物語も、『レベッカ』のごとくスリルとサスペンスに満ちた物語も、そして『マディソン郡の橋』のような濃密な男女関係のドラマも好きですが、今回の『オトコ・フタリ』のようにライトで胃もたれしないお話もたまには良い、と考えています。

前回の観劇は2列の下手寄りという実質最前列でしたが、今回の座席は後方の下手ブロックでしたので、舞台全体を見渡すことができました。ひとつ大きい変更点は、2幕の恭一郎さんの大福粉吹きの場所が、初日の下手側からセンター奥側に変わったことでしょうか。初日に下手側で吹かれた粉は、あっという間に天井の換気口に吸い込まれていっていたので、客席への飛沫のリスクは低そうですが、確かにセンター奥側なら客席側に飛ぶ率はより低そうに思います。

さて、脚本の展開を知った上で1幕から観ると、恭一郎さんが1幕でいかに真実を語っていないかがよくわかりました。饒舌に語っているようでいて、肝心なことは巧妙に隠蔽されています。例えば「忘れるために記録する」のなら、忘れてはいけないことはどうするんだ? とか。また、好子さんは語ってすらいません。

真っ正直な言葉を語るのはトンマくんこと冬馬くんのみ。このお芝居では、欺き合って生きてきた男女の、砂糖菓子ならぬケーキと紅茶でできた仮初めの幸福を覆すには、冬馬くんの真っ直ぐさが極めて重要な役割を果たしている、と2回目にして実感しました。しかも彼のコメディリリーフぶりの素晴らしさ。客席にも笑いを呼んでいましたが、何度か他の2人も笑いを堪えていたようにお見受けします。

今回心に響いた台詞は、好子さんの
「彼は女を虜にする魅力……魔力を持っている。その寂しさに女は惹かれる」
でした。これはもちろん好子さんの恭一郎さん評なのですが、どう考えてもファン一般の、演じる方に対する評価でもあるわけでして。よく分かっていらっしゃる、とやはり思いました。しかし、いくら当て書きであっても、役者さんと役柄はやはり別人格ですので、そこは頭の中で「混ぜるな危険!」と肝に銘じたいと思います。

そう言えば初日の感想で『オトコ・フタリ』の音楽に触れることができていませんでしたが、劇伴の曲がとてもジャジーで大人の香りが漂っていて素敵でした。そして、挿入曲である「糸」と「Lemon」も。

多分しばらく「Lemon」を聴くと、劇中に直接姿は登場しなかった女性たちも含めてこの演目の映像がオーバーラップしそうです。ただ、挿入曲2曲がオリジナルではなく既存曲を使っているがゆえに、もしかしたら『オトコ・フタリ』のソフト化は難しいかも、と危惧しているところです。

早いもので上演期間は残り10日程度となりました。この情勢下でもあり、私が観に行くのは残り1回の予定ですが、引き続き、明日も、そして千穐楽まで無事に幕が上がることを祈っております。

 

『オトコ・フタリ』初日感想(2020.12.12 18:30開演)

キャスト:
禅定寺恭一郎=山口祐一郎 中村好子=保坂知寿 須藤冬馬=浦井健治 須藤由利子(声)=大塚千弘

シアタークリエにて『オトコ・フタリ』の初日を観てまいりました。

なお、観劇歴がここ15年程度なもので、祐一郎さんが純然たるストプレを演じるのを観るのはまるきり初めてです。

劇場にちゃんとしたお芝居を見に来るのは久しぶり、クリエは……思い出せなかったのでブログの過去記事を辿ったら、今年1月に観た井上くんの『シャボン玉とんだ、宇宙までとんだ』以来でした。

久々のクリエは、物販はパンフレットのみ、ほかのグッズはシャンテの書店で販売、ということでしたので開演前にそちらで調達。書店レジに透明袋入りパンフを持参するとカウンター下から新しい裸のパンフを出してくれました。

このほかに、客席は最前列の販売なし、地下客席階ロビーでの飲み物販売はカップ入りのものはなくペットボトル入りのお茶や水のみ、と、かなり感染防止策が取られています。劇場内の換気もしっかり行われている印象でした。

また、今回リピート客向けに幕間と終演後に1階の窓口でチケットスタンプラリー(チケットは観劇前のものでも可)が実施されていましたが、恐らくこれも地下のロビーに人が溜まらないようにするための対応と思われます。

ただ、私はラリーの列に並んでしまったので伝聞になってしまいますが、地下ロビーでは結構おしゃべりされている方もいらしたように聞いています。また、1階も初日で我々もスタッフさんもどちらも不慣れだったことや、スタンプラリーとリピチケの受付が同じ窓口だったこともあってか、1階も待機列でやや人は多くなっていました。これは恐らく次回は改善されるのではないかと期待しています。

 

さて、前置きが長くなりましたが、お芝居本編の感想にまいります。例により結末は記しませんが軽微なネタバレを含みますのでご注意ください。

物語の9割方が、著名かつ恋愛遍歴でも有名な抽象画家の禅定寺恭一郎の邸宅で展開されます。登場人物は恭一郎と、禅定寺邸住み込み歴6年、美味しい紅茶を淹れるのとケーキ作りの得意な家政婦中村好子、禅定寺邸に向かうと書き残して突然家を出た母親を探して押しかけてくる青年須藤冬馬の3人、そして声だけで、しかし一定の存在感を持って登場する由利子の計4人のみ。図らずもこのwithコロナの状況にはぴったりの少人数演目となっております。

また、舞台に登場する3人の役者さんへの当て書き感が半端ない演目でもあります。「どこが?」と問われても即答は難しいですが、役者さん方の持ち味はもちろん、プライベートなパーソナリティの魅力までも透かして見せてくれているような印象を受けています。

登場人物についてそれぞれ触れてまいりますと、まず、恭一郎さん。脚が……長いです。見慣れている筈なのに、ついまじまじと観察してしまいました。発声はやや低めで心地良い響きで、しかも台詞が聴き取りやすい。ああ、この語りを聴けるなんて幸せ! とすっかり浸っておりました。すみません、これは役の感想ではなく役者さんの感想ですね😅。

恭一郎さんは芸術家らしく偏屈ですが、どこか飄々とした風情もある不思議な男性です。女性にモテまくりで、お付き合いした相手の裸体画を交際記録簿代わりとしているようなお方ですが、後半では彼が心に封じてきた、重く切なく、取り返しのつかないがゆえに美しく、とても大切ないくつもの結晶が明らかにされます。そして観客は名実ともに、歩き始めた彼の心象風景に深く広がる星空へと誘われるのです。

冬馬くんは、全ての物語が動き出すきっかけを作る人物でありながら、彼自身には実は謎はほとんどありません。一方で彼なくしては物語が成立せず、ラストでは大いなる人間的成長を遂げます。あと、とにかく演じる浦井くんの顔芸が凄まじいです。

この冬馬くん(一部は好子さんとデュエット)がやや調子外れにがなりながら歌う中島みゆき「糸」や米津玄師「Lemon」(後者のタイトルは観劇後に知りました)の歌詞が、物語が進むほどに染みてまいります。

そして好子さん。事前取材等で男性2人の間の大きい「点」と呼ばれていましたが、実際に観てみて「そのとおり!」と膝を打ちました。色々な意味で、この人が物語のキーになっていて、この人のある行動があったからこそ、それぞれの理由で停滞し苦しんでいた男性2人は再び歩み始めます。タイトルはあくまで『オトコ・フタリ』で、ラストまでの展開もまさにそのとおりなのですが、多分、確実に、好子さんもどこかで新たな歩みを始めている筈です、きっと。

それから、声のみで登場の由利子さん。過酷すぎる経験をしたとは言え、ちょっと振れ幅が大きすぎるのでは、とは思いましたが、こういう人だからこそ冬馬くんが心を寄せたのだろう、と納得の人物像でした。

さて、この演目を総括しますと、「愛の水中花」(古くてすみません)の冒頭の歌詞です。「これも愛、あれも愛、多分愛、きっと愛」(重ねてすみません)。

休憩時間込みで2時間5分という決して長い上演時間ではありません。しかし、2人の男と1人の女(+もう1人の女)の身に起きた一連の出来事を通して、人間の様々な愛の形、そして本当に独りでは生きられない人間の宿命というものに触れることのできる物語だと思います。

また、「愛されるよりも愛する方が幸せ」という好子さんが残した言葉にも、思いを巡らせております。少しだけ、『マディソン郡の橋』のロバートの後半生を連想しました。

こんな時代だからこそ、会えなくても思い続けることは大事だと思いますし、できれば思うだけでなくきちんと愛を伝えられるのが一番だと個人的には考えています。しかし口にしないことで守られる愛もありますし、秘めたものをあえて口にすることで認めることのできる愛もある。色々あっていいじゃないか。と、初日のカーテンコールでキャスト3人がそれぞれコロナ禍に向き合って語られたメッセージを思い出しながら記させていただいた次第です。今回もお付き合いいただき誠にありがとうございました。

 

『My Story―素敵な仲間たち―』(Streaming+配信)視聴感想(2020.9.17 13:00開演/2020.9.18 17:00開演)

無事に帝劇にて見届けた9月18日昼の『My Story』。それ以外の3回分は、17日夜の回(ゲスト:加藤和樹さん、平方元基さん)を観るのはスケジュール上まず無理でしたが、残りの17日昼の回及び18日夜の回はどうにか配信で視聴することができましたので、それぞれ簡単に感想を記しておきます。


まずは17日昼の回(ゲスト:保坂知寿さん、浦井健治さん)から。
祐一郎さんはウェービーヘアに青いロングジャケット、白Tシャツというカジュアルなスタイルで登場。次回の舞台『オトコ・フタリ』の主人公の扮装だそうです。
初回なのでトークショーの筋を保つためのルールや台本に囚われすぎている? と感じた一方で、皆さま、特に祐一郎さんは囚われることを楽しんでいる印象もありました。観ている側としては、わちゃわちゃ感を味わいつつ、ハラハラドキドキしているうちにあっという間に時間がきてしまった感があります。
東宝での知寿さんとの初共演作でアクション満載だった(主にワイヤーアクションなど派手にやっていたのは知寿さんだったと記憶しますが)『パイレート・クイーン』の時は祐一郎さんが今よりも12kg太っていたという話や、10代の頃祐一郎さんがバンドをやっていて吉祥寺のディスコに(ダンスが目的ではなく、恐らく生歌・生演奏の仕事で)行った話なども貴重でしたが、お三方とも、やっぱりお芝居絡みのエピソードが面白かったと思います。
ほぼ新人だった知寿さんが『オンディーヌ』の代役を3日間で通し稽古をこなせるレベルまで仕上げた話。『エリザベート』で浦井ルドルフがあまりにもズボンのお尻を破くので、衣装さんがストレッチ生地を使うなどの対策をするも、やはり動きの激しい独立運動のシーンで裂けてしまった話。そして「好きなセリフは?」と訊かれた祐一郎さんが、好きなセリフを選んでしまうと次の舞台でもっといいセリフが出てきた時に「私のこと好きって言ったわよね?」と元のセリフに恨まれることが怖いという話、等々。どのエピソードも、それぞれお三方の個性と魅力に満ちていました。
あと、浦井くんは多分最初は「大先輩方の前だし、僕がしっかりしなくては」と心に言い聞かせて登壇したと思うのです。祐一郎さんのボケに余裕のツッコミを入れたり、好きなコーヒーの話で、祐一郎さんが「ホットとアイス両方注文して交互に飲む」という話から「僕は韓国に祐さんと『笑う男』を(仕事で)観に行った時に現地のコンビニで飲んで美味しかったコーヒーをお取り寄せしてます」というそれぞれのほっこりこだわりエピソードに持ち込んだりしたまではまだ普通でした。
しかし「僕、緊張しないんです」と語り、先輩お二人に驚愕された浦井くん、「萌える異性の仕草は?」で「髪をかき上げてふとかかとに触れる」という謎仕草にジェスチャー付きで言及した辺りから徐々に綻びが。「おすすめのストレッチ」では喉に良いという舌ストレッチで、ついに帝劇の舞台で可愛いベロ出し顔を披露する事態に😅(だがそこがいい)。
なお浦井くんの萌え仕草は、翌日夜のトークショー中川さん回では「靴ずれ?」の一言で片づけられておりました……。
『オトコ・フタリ』のビジュアルはこの日に初公開。祐一郎さん演じる主人公は抽象画家、知寿さんは彼の家に6年勤めるベテラン家政婦、彼らの生活に突如乱入する、母を探す青年に浦井くん。この設定だけでかなりわくわく感があります😊。どうか12月に何事もなく初日を迎えられるよう、ひたすら願っております。


続いて18日夜の回(ゲスト:中川晃教さん)。昼の回を観た後に少しだけ久々に再会した友人と語らい、とんぼ帰りでぎりぎり17時からPCの前に座ることができました。
昼の回では祐一郎さんが先に登場し、中川さんが後から呼ばれて出てきていましたが、夜の回では先に浴衣姿の中川さんが登場。呼ばれて現れた、紺の浴衣をまとった祐一郎さん。とても都や区の方からお風呂の優待券や無料健康診断の券が届く年齢とは思えない麗しさと2人の爽やかさに卒倒しそう……と思いましたが、今にして思えばまだそんなもので卒倒してはいけなかったです。
以前に中川さんが「祐さんとはソウルメイトなんです」と語っていたことがありましたが、「アッキー」「祐さん」と呼び合うお2人、その言葉は伊達ではなかった、と今回実感しました。例えば次のような会話。
ア「祐さんの足、かっこいいですね」
祐「うまいでしょ? こうやってのせてくれるから、20年続いている」
(クリコレでの「闇が広がる」の録音を聴きながら2人でソーシャルディスタンスダンスを踊った後に)
ア「声が良いですよね」
祐「そんなことアッキーに言われると死んじゃう❤️(略)こんなことを20年やってます」
……何なの君たち。どれだけ仲良しなの😅。しかも途中で白玉あずきとわらび餅が壇上でサービスされると大喜びしていますし。
もちろんただソウルメイトの溺愛だけではなく、とてもありがたいことに、舞台のよもやま話もたっぷり披露されていました。
祐一郎さんが若かりし頃、舞台の終演後にそのまま海へと繰り出してウィンドサーフィンに興じた結果、日焼けして身体にできた水疱が翌日の舞台で相手役をリフトした際にプチプチ潰れて「痛ーい♪」となった話。
中川さんの舞台にG(人類に忌み嫌われがちな4文字の脂ぎった昆虫)が出現した小騒動の話と、祐一郎さんが海亀研究者のお友達から「Gがいない空間には人類は生存できない」話を聴き「Gは友達」と心を入れ替えた話。
祐一郎さんが某劇団時代、ロンドンでのJCS公演の際にオケが客席の床板の下に潜ることになり、コンピュータに音楽を録音して流す筈が、本番でデータが飛んでしまい、床下から打楽器の音のみが響きストリングス系の音はほとんど聴こえない状況で歌う羽目になった話。
「M!」の際に中川ヴォルフが山口猊下にカツラを投げつけると猊下股間に百発百中であったために猊下が舞台裏で思わず「野球部?」と訊いた話(そして「あれは演出家がそうなるように仕向けたに違いない」となぜかその場にいない某先生に責任転嫁)……などなど。
また、中川さんが「祐さんのゲッセマネ(の園)を聴きたい」「スーパースターが聴きたい」と粘り強く水を向けており、それは無理じゃないかな? と思っていたのですが、何と英語で、ほんの30秒強ではあるもののゲッセマネの一節が! ありがとう、アッキー!
3.11の話も少しされていました。当時はお2人ともそれぞれ別々の稽古場にいらして(私の記憶によれば、確か祐一郎さんはレ・ミゼラブルのお稽古中だった筈)、中川さんはなぜか「これは絶対東北だ」という直感が働きそれが的中。ほかのメンバーが女性ばかりだったので自分が守らねば、と思っていたそうです。一方祐一郎さんは実は揺れ自体には生まれ故郷の鹿児島での桜島の噴火で慣れていたとか(東京は震度5だったと思いますが桜島の揺れはそんなにすごいのでしょうか?)。
……というような幅広い貴重なエピソードが一通り語られた後、最後に披露されたのは、「好きな異性の仕草は?」について。中川さんの回答は「女性の台所に立つ後ろ姿」。その心は? お母様が結婚して初めて台所に立つのにいきなりカレイの煮つけを作らされて、その結果、お父様が目撃したものは、大きな寸胴鍋の煮汁に泳ぐカレイの姿であった、というエピソードでした。これがシメの話で良いのか、という議論もあるかも知れませんが、この状況に遭遇した際のお父様のお母様に対する冷静で温かい対応と、それを語る中川さんの表情が嬉しそうで、また、聴き手の祐一郎さんの見守る眼差しもとても温かかったので、個人的には全く問題ないと感じています。

こうして2回分の感想を書いてみると、色々な意味でこんな機会はもう滅多にないだろう、と改めて思います。何度も本編中でも繰り返されていたように、コロナ禍がなければ生まれ得なかった企画ではありますが、コロナ禍による通常ではない状況、舞台芸能に対する逆風がまだまだ続きそうな中、つかの間の幸せな時間を堪能させていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
なお、以上2回を配信で観た際のその場の雰囲気やリアルな感想については、下記のTwilogの方がまとまっていると思うので、よろしければこちらもどうぞ。

 

『My Story―素敵な仲間たち―』感想(2020.09.18 13:00開演)

本年8月27日、「ミュージカルの帝王と仲間たちが繰り広げる、予測不能スペシャル・トークショー」が9月17~18日に開催されることが東宝から発表されました。しかも全回Streaming+配信あり。

本業のスケジュール上、17日夜の部は配信でも見るのが難しそうでしたが、それ以外は何とかなりそうと判断。結局18日昼の部の帝劇チケットが取れたため、2月19日に日生劇場に出向いて以来、7ヶ月ぶりに東京へ行ってきました。ちなみに帝劇はなんと昨年11月27日のTdV東京楽以来、ほぼ10ヶ月ぶりとなります。

配信では9月17日昼、9月18日夜も視聴していますが、取り急ぎ劇場に直接参加した18日昼のレポート+感想を落としておきます。

18日昼の部の祐一郎さんは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(BTTF)のテーマ曲に乗せて、舞台上方から本イベント公式のピーチ色のTシャツにジーンズで登場。アッキーこと中川さんは白い公式Tシャツで登場しました。

トークショートークタイム10分×7本勝負。一応質問用台本と、本番中に紹介する音源や映像・写真が定められており、各トークタイムの終了時刻が近づくと黄色いランプが点灯→点滅→赤ランプが点灯し、強制的に盆回しで椅子とテーブルのセットが入れ替わるという、帝劇の舞台設備を無駄遣い……ではなく有効活用した構成になっていました。この構成は一応全4回共通ですが、本日の祐一郎+アッキーの担当回では質問用台本が9割方無視され、ほぼフリートーク状態と化していました。

以下、順不同ですが、覚えている限りのトークの概要になります。音楽の先生の件や博多・札幌のどちらが好きか? の件など、別の回でも共通で触れられていたネタもいくつか含まれています。

  • Tシャツの裾を全部外に出している祐一郎さんと、お腹側だけ裾をしまって(「お腹が冷えるからね」とのジョーク付き)おしゃれに着こなしている中川さん。祐一郎さんの子供の時は裾を出さずにしまっておけ、と言われていた。
  • 今回も含め、公演前には必ずPCR検査を受けさせられている。PCR検査のために「よだれ」(唾液)を出す必要があるので、検査室には唾液が出やすくなるようレモンや梅干しの写真が貼ってある。祐一郎さんは検査に梅干しの現物を持参していたが、今日、中川さんからもっと良い方法がある、と教えられた。その方法とは「家を出る時から口の中によだれを溜めておく」。
  • 帝劇JBコンの舞台稽古後に陽性者が出たとスタッフから告げられ、明日はお風呂にでも入るしかないか、と思っていたら「配信やります!」という連絡がきて、無観客でやることになった。やはりこうしてお客様の反応があるのは良い。
  • 帝劇で11月に上演予定の『ビューティフル』。キスシーンがあるが、変わるかも知れない。でも中川さんはスイッチが入ると止まらなくなる。祐一郎さんも同じ。
  • 昨日の回でも映し出されていた、ヘアスプレーのママの型どり映像。「これいじめですか?」と中川さん。どんどんすごいことになる祐一郎さんのさまに対して中川さん「うわーっ」「ああっ」と素でリアクション。これをやってもらっている間は、耳に型どり材の音が響く。乾くのに一時間かかった、と祐一郎さん。
  • 祐一郎さんはこういう型どりをするのはこれで3回目だった(オペラ座の怪人とヘアスプレーと、あとは何だろう?(追記:恐らく幻の『美女と野獣』と思われます。))。昔は石膏で型どりしたので、まつげが剥がれてなくなってしまった。まつげがなくなると、お風呂で頭を洗う時にシャンプーが目に入ることを、その際に知った。
  • 場面転換の盆回しで時々即興でスキャットする中川さん(面白い!)。
  • JBで中川さんとフランキー・ヴァリ氏(本物)のツーショット。2人の背格好が似ている。ヴァリ役はあまり身長の高くない役者が演じるよう指定されている。東宝の方はぜひヴァリさんの役は中川にやってほしい、と言ってくれたが、役を演じるにはヴァリさんご本人に認めてもらわないといけないので、急遽オーディションで彼の曲を6曲続けて歌うことになり大変だった。しかしその結果、30代の代表作と言えるものができた。
  • このトークを受けて祐一郎さん、とある劇団にいらしたお若い頃(フォーシーズンズ! と中川さんからフォローあり)、先輩からお前が元気に演じているのが嬉しい、と言われたが、今になりその気持ちが分かる、とコメント。
  • 学生時代に「身の丈六尺は物の怪なり」と習い、自分のことか、と思い、そう言えば畳なども大体六尺以下の寸法で作られている、と理解した祐一郎さん。そして「物の怪」という言葉がぴんとこなかったらしく「もののけ姫?」とボケてみる中川さん。 ※どのタイミングでの会話か失念。ヴァリ役者の身長要件の話の辺り?
  • 中川さんの初帝劇は小学生の頃祖母や母と観た『ミス・サイゴン』だった。
  • 祐一郎さん、男子校の中学生の頃、学校唯一の女性の先生だった音楽の先生をクラスの皆でからかったら先生が教室から飛び出してしまい、剣道と柔道の先生に怒られ、皆で謝った。結局その先生は辞めてしまい、以降女性の先生がくることはなかった。
  • 札幌と博多のどちらが好き? という質問について。祐一郎さんは両方好き。なぜならラーメンがおいしいから。中川さんは札幌には公演ではご縁がない。
  • 祐一郎さんが札幌に公演で滞在中の冬、記録的な1日2.4mの大雪が降った。朝、劇団で宿舎として借り上げていたマンションから駐車場を眺めて「車がない」と思ったら、所々膨らみがあり、車が埋もれていた。これは公演はないと思っていたが、「上演する」との連絡があり驚いた。道路には雪がなく、除雪された雪が道の脇に高く積もっており、その上にバス停が載せられていた。そこに登ってバスを待ち、入ってくるバスの天井が見えた。バスは遅れたが無事会場入りできた。
  • 中川さんはファンクラブのトラベリング(ファンの集い的な親睦ツアー?)で釧路に行った時、タンチョウの親子が車の助手席側に見えて、目があったことがある。客席に「タンチョウと目があったことがある人ー?」と尋ねると1、2名から拍手。ファンクラブの旅行で後ろの車にいた人? と祐一郎さんが問いかけるもそれには反応なし。
  • 祐一郎さんと中川さんの「闇が広がる」デュエットの貴重な音源(クリコレ)。中川さんの声に包まれるのは気持ちいい、と祐一郎さん。感慨深げな中川さん。
  • 中川さんの代表作舞台写真は『SHIROH』、『M!』、『ビューティフル』、『ジャージー・ボーイズ』。主人公シローの磔刑など『ジーザス・クライスト・スーパースター』へのリスペクトが見られる『SHIROH』について、「ジーザス、祐さんと一緒!」との中川さんからのコメントあり。『SHIROH』では磔後にシローがアカペラソロで歌い始め、続けてコーラス、その後にオケの演奏が加わるという流れがあり、結構苦慮した模様。
  • M!の舞台写真。猊下のマントは元々八畳だったが動けないことが分かったので六畳に変更してもらった。中川さん、デビューのM!では本当に自由にやらせてもらい、祐一郎さんに大きな胸で受け止めてもらえてありがたかった、と中川さん。
  • M!のラストシーンについて。芝居が終わって劇場を出た時のお客の表情は大事、とジロドゥが言っているが、それを踏まえるとあのヴォルフとアマデの結末は観客にとってつらいものなので、変更すべきとの議論もあった、と祐一郎さん。 ※初めて知りました……。
  • 祐一郎さんの話。四谷第三小学校の頃、友人に囲碁の木谷先生のお弟子さんがいたが、他の子供と一緒に遊ぼうともせずひたすら囲碁の勉強に励み、のちに名人にまでなった。また、クンツェさんとリーヴァイさんは、かつてサラエボオリンピックが仲良く開催されたのに内戦がユーゴに起きてしまった頃、アメリカで作っていたポップスに見切りをつけてミュージカルを作り始めた。ちょうどそこ(クンツェ&リーヴァイ作品の産み出される時代)にアッキー(という才能ある人物)がいなければ、(アッキーはミュージカルはやらずに)まだ音楽100%でやっていたかも知れない。これは本当にすごいことだと思う。
  • 明日から中川さんはコンサートツアー。多くは休憩時間なしでの開催だが、会場によっては換気のために休憩時間を設ける所がある。
  • 四谷第三小学校の時に祐一郎さんが好きだった女の子とのエピソード。デートした後、学校で2人きりになって「好き」と言いたかったのにチャイムが鳴って用務員さんに声をかけられそこで終わってしまった。自分を中学から男子校に入れた親は賢明だったかも知れない。アッキーは男子校? と問いかけ、男子校です、と中川さん。昨日の2人(”アッキーが好きな“加藤和樹さんと、平方元基さん)は共学だったんだよー、と突如2人をうらやむ祐一郎さん。
  • 2人はたった一度しか共演していないのにこうしたご縁のある不思議。そしてこんなこと(コロナ禍)がなければこういう機会はなかっただろう、という話。 ※何か共演発表があったら良いな、とひっそり期待していましたが、特にありませんでした。

終演時は、中川さんだけセリから退場? と思いきや、2人でBTTFのテーマにのって手を取り合って舞台上方へと一緒に退場して行きました。

今回改めて、「祐一郎さんとアッキーが『ソウルメイト』というのは伊達ではなかったんだ!」と実感いたしました。息が合いすぎてリラックスしまくり、どこまでもフリーダムなトーク。止まらない舞台への愛と鋭い感性。きっと、お二人の心の中は同じ宇宙空間でつながっているに違いない、と確信しています。

そして、トークショーは最高に楽しくて、劇場にいる間は現実をしばしふわりと離れてまさに「夢のようなひととき」を過ごすことができましたが、やはり今度は舞台作品で役を演じるお二人を観てみたい、という気持ちになったのも確かです。まずは祐一郎さんと知寿さん、浦井くんの『オトコ・フタリ』が地方公演も含め全日程無事に上演されることを強く願うとともに、いつか祐一郎さんと中川さんの再共演が実現することも期待しています。