日本初演のミュージカル『ある男』を、池袋のBrilliaホールで観てまいりました。
この演目は、オケピが客席側にはないので、舞台と客席との距離は結構近いです。今回の座席は前から10列目でしたので、生声も聞こえてきました。
物語は、戸籍のすり替えによる別人へのなりすましという裏社会が関わる犯罪がキーになっているので、原作未読民としてはもっとおどろおどろしい展開と勝手に思っていましたが、全くそんなことはなく、心にしみ入るヒューマンドラマとして作られていました。
一方で、戸籍のロンダリングというのは裏社会を潤わせることにも繋がる結構な犯罪で、だからこそ小見浦も罪人として収監されているわけです。Xがそこまでのことをしなければならなかった動機は十分過ぎるぐらいわかりましたが、果たして大祐は本当にそこまでする必要があったのかは最後までどうにも納得できませんでした。だからこそ「後悔している」という台詞があるのだとは思いますが……。
全体の構成としては、個人的に1幕は後半で多少の中だるみ感を覚えました。もちろん、女性陣(香織と里枝)の美しいデュエットや、城戸とX、追う者と追われる者とがカッコ良く決めるナンバーなど、見所・聴き所は散りばめられていましたが、結局、重要人物の一人である筈の大祐の消息もビジュアルイメージも1幕では観客に提示されないので、どこか雲を掴まされているような、と申しますか、置いてきぼりにされたような心情に陥ってしまいました。1幕のエンディング、浦井・小池ペアが目の前で歌い踊っているというこの上ない状況で「眠い」と思ったのは初めてです。
しかし、その分(?)2幕では全ての真相が怒濤の勢いで回収され、登場人物たちとともに心を覆っていたもやが晴れて心洗われるような心境に至ることができました。軽く調べたところ、特に城戸の結末は原作よりも未来への希望を感じさせるものに変更されているようなので、そこは「変えてくれてありがとう」という心持ちです。
音楽は、割と複雑なメロディーの曲が多くて後から思い出して口ずさめる感じではないものの、良かったと思います。個人的には見せ場を盛り上げる感じのナンバーよりは、登場人物の心境に寄り添うナンバーの方に魅力を感じました。
ここからは、キャストの印象にも少しずつ触れておきます。
浦井くん演じる城戸は……大変申し訳ありませんが、佇まいがあまり弁護士には見えません。但し、依頼に真摯に向き合う凜とした表情はとても良かったので、あのきっちりしていないカジュアルなジャケットなどの見た目に引きずられた所があるのは否めないです。
とは言え、この物語では、その職業に見えるかどうかよりは、事件の登場人物の真相究明に強く引き込まれてしまう彼の内面の方が重要なので、「まあ、いいことにしよう」と思いながら観ていました。
城戸という男は、在日朝鮮人から帰化した(両親の国籍は恐らくそのまま)という事情もあって「今の自分は本来の自分とは違う」的な思いが拭い去れておらず、その影響で最愛の筈の妻子にもどこか真剣に向き合えていません。前年の震災(このお話の舞台は2012年)でも、城戸は仕事とは言え家族より依頼人を優先したために、ひっそりと知念さん演じる妻の香織が不満を燻らせていることにも気づかず、ひたすら自分自身に対して葛藤し続けています。
浦井くんは、そんなもやもや男の翳りも、謎の多い案件にのめり込む情熱も、そしてのめり込むと周りが何も見えなくなる「家庭を持ってはいけない人」の典型のような欠点も、何のてらいもなく舞台上でぽろぽろとさらけ出していきます。あの自然体はなかなか出せるものではない、というのは彼の舞台を20年近くゆるゆると見届けてきた人間の贔屓目でしょうか。
そんな城戸の所属事務所に訪れ、「長く音信不通だった実弟の大祐の訃報が届き、彼の妻と名乗る里枝の家を訪問し、仏壇の遺影を見たら弟とは全くの別人だった」ことを告げる上原さんの恭一。彼はかなり自己中であり「差別主義者」(美涼談)でもありますが、「どこにでもいるちょっと強引で嫌な人」でもあります。しかし、昨今SNSにはびこる大衆迎合主義の台頭などと比べると彼は全然普通に見えるので、それはそれで怖いものがあります。
城戸は以前に離婚調停の依頼人でもあった里枝のもとへ大祐の元カノだった美涼とともに赴き、Xの正体と大祐(本物)の行方を突き止めようとします。しかし、2人について調べるほどに、城戸はアイデンティティを見失いかけていた自分と彼らをシンクロさせてしまい、徐々に家族との約束を度々すっぽかすほどにのめり込み、取り残された妻の香織は不信と孤独を深めていき……というのが1幕までの展開でした。
この1幕で里枝が登場した時、あまりにも、どこから見ても片田舎の幸薄そうな生活にくたびれた女性だったため、実は素で演じているキャストがわからずに戸惑いました。なんならこんな元宝塚の娘役さん、いたかしら? ぐらいに思ったぐらいでして。幕間にキャスト表を確認して、「ああ、ソニンちゃん、貴方でしたか!」とようやく腑に落ちた次第です。
このソニン里枝が、愛児の死、離縁、そして「夫」の疑惑と幸薄さを漂わせながらも静かに前を向き続けようとする健気さ、「夫」や子供たちへの愛の深さに根ざした意思の強さが滲み出ていて、大変に良かったです。小池さんのXとも息が合っていたと思いますし、何より「夫に欺かれた」と嘆くよりも息子(前夫の子)の「(戸籍が偽りでも)お父さんはお父さんだ」という言葉を全肯定する強さと、2幕で全ての真相が明らかになった後の迷わず未来へと歩む力強い歌声とに、こちらも励まされたような気持ちになりました。
『ある男』には里枝の他に、香織、美涼の2人の女性が登場しますが、いずれも関わる男性に大なり小なり何らかの形で人生を翻弄されている人たちです。
香織は他の2人に比べると背負っているものは決して重くありませんが、その分観客との心理的な距離は近いように感じられました。心に壁を造り立入を許してくれない上に、あそこまで周りが全く見えないわ約束は複数回すっぽかして反省もしないわな夫がいたら、そりゃ普通はああなりますよね、と思います。知念さんが引きの演技で香織という人物像を堅実に作り上げていました。それにしても城戸には全く同情できないのだけど、やっぱり許しちゃうのかな? 許しちゃうんだろうな……。
もう1人の女性、濱めぐさんの美涼は、「ああ、いい女だなあ」という印象です。何でこんないい女を振り切って逃げたんだ、大祐! という疑問はありますが、同時に安易に復縁するなどの展開でなくて良かったと思いました。徹頭徹尾弱いところを見せない女性で、2幕のソロナンバーでもしっかりと地面を踏みしめていますが、実は一見触れたら折れそうな里枝の方が強い柳の枝なのかも? とも考えています。
その美涼の元カレであった大祐。上川一哉さんは『ケイン&アベル』のジョージ(アベルの盟友)でも観ていましたが、あまりにもイメージがかけ離れていたので観劇中は全く結びつかず……。大祐は1幕には回想も含めて出番がなく、その後の展開もXの方に重点が置かれており、結局大祐の人物像があまり深掘りされないまま2幕まで来てしまったため、そこはもう少し何とかして欲しかったように思います。一応ソロナンバーはあるものの、役どころの立ち位置が微妙なので、せっかくの上川さんの持ち腐れという印象です。
それから、御大、鹿賀さん。これ、二役にする必要あった? とは思いましたが、二役に全く違和感はありませんでした。小見浦はいかがわしさの塊のような人物で関西弁話者、小菅は善意と誠実が服を着ているような人物で標準語話者という大きい違いはありますが、どちらも舞台に登場した瞬間に空気がさっと変わります。それでいて悪目立ちしないのはさすがだと思います。
最後に、小池さんの「X」。『砂の器』を連想しましたが、あちらとは異なり「X」の場合は野心や才能の実現のための「なりすまし」ではなく、元の自分から解放されて初めて「何でもないけど幸せ」な時間を手に入れられた人です。観ていて大祐を「何もそこまでしなくても……」と思ったのに対し、「X」に関しては「生き延びるために、よくぞそこまでやりました!」な印象を受けました。
多分、「X」が最終的に選択した手段以外にも、例えば別人の顔に整形するとか、元の家族から受け継いだもの全てを棄てるなり封印するなりするとか、彼が「別人」になる選択肢はあったと思うのですね。でも彼はそうしなかった。元の人生の属性にあれほど苦しめられて解放されたかったにもかかわらず、完全には棄てきれなかった。上手く言えないのですが、人生は平凡な日々を送っている者には思いも寄らないほど難儀なのかも知れない、と考えさせられております。ただ、「X」に取ってあの選択がベストであったことだけは確実なので、彼の魂が末永い愛に包まれて救済されているならそれで良いと思います。
『ある男』、東京公演は自分が観たのが前々楽でして、既に翌日8月17日に千穐楽を迎えています。今後は広島、愛知、福岡、大阪とツアー公演となるようです。初演ということで前述のように練れていない所もなくはないですが、お話としては面白いですし、ストプレではなくミュージカルとして作られた意味がある作品と思いますので、興味のある方はぜひどうぞ。