日々記 観劇別館

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『家族モドキ』東京千穐楽感想(2023.08.13 13:00開演)

キャスト:
高梨次郎=山口祐一郎 木下渉=浦井健治 高梨民子=大塚千弘 木下園江=保坂知寿

『家族モドキ』のシアタークリエ千穐楽を見届けてまいりました。地方公演のチケットは確保していないので、今回がマイ楽になります。

以下、核心となるキーワードを避けた上で、物語の展開に触れていますので、未見の方はご注意ください。

1幕では、改めて渉くんの存在の貴重さと浦井くんの好演とを深く認識しました。

というのも、この演目の脚本には役者さんが遊びを入れられる余白が意外と少ないという印象です。また、登場人物についても、次郎さんは物語を中心で回す役割ですし、民ちゃんは2幕途中までは何かと戦い続けていますし、園江さんも複雑な役どころすぎて崩すことが許されていません。かれらの中では渉くんだけが、全く課題を抱えていないわけではないものの、堂々と自分のことは全く棚上げして他の3人の感情を受け止められる唯一の人物であったりします。

というわけで、数少ない遊べる余白と見受けられる、1幕の渉くんと次郎さんとの掛け合いの行間において、浦井くんが許される範囲でほんの少し大仰な仕草や、くるくると変わる表情を見せてくれていました。更に東京千穐楽ということもあってか、いつもよりややそれらが拡幅されていたように思います。そのおかげで、観客としても息継ぎができて、とてもありがたかったです。

2幕の次郎さんと園江さんとの対話から子守歌までの場面では、次郎さんが涙をこらえているように見えました。絶望のどん底に突き落とされても、生きてさえいれば新たな人生を始められる。生きていたからこそ新しい命にも出会える。それに、これは相手も生きていればになりますが、自らの過ちで失いかけていた人間関係も取り戻すチャンスが与えられる(ただし取り戻せるとは限りませんが)。そんな事実を噛みしめて受け入れているような表情であったと思います。急速に意地が解けて近づいていく父娘の心と、静かな覚悟とともに離れていく園江さんの背中との対比が切ないです。

観た方の間で物議を醸しているあの結末の次郎さんの行動は……今日もやはり観客としては納得できていないままです。
ただ、次郎さんがああいう行動に出た理由について、「あの人の望み」の体裁を借りた彼自身の心からの望みとして、今やかけがえのない人と「擬き」ではない本物の家族になりたかったからだと仮定すると、まあわからなくもないかな、と思えるようにはなりました。この物語の主役は観客ではなくあくまで次郎さんなので、彼がそうしたいと思うならまあ仕方がないですよね、という方向に気持ちが傾きかけてもいます。

しかし、以前の感想でも書いたとおり、主役が望んでいるというだけなので、裁量権は若い2人にあると思っています。天使がある人の隣で天使として生きること自体が罪であったとしても、天使自身が罪を承知の上で相手の命尽きるまでその生き方を貫くのであれば、それでも良いのではないでしょうか。

また、疑似家族で十分思い合えているのにあえて形式を必要とする理由もわからないですし、逆に今ある家族を、何もそのタイミングで、頼み込んでまで解体させるようなことをしなくても良いのでは? と決して腑に落ちていないことには変わりありません。

そして、東京千穐楽にあたり、もし自分が園江さんと同じ立場だったら? と、じっくり考えてみました。あのような状況で愛する人に迷惑はかけ続けたくない、と思う気持ちは一緒ですが、あそこまで徹底的に断ち切る試みができるかはわからないです。逆に、関係を断ち切るなら相手に裏切られた時だと思いますが、互いに愛情がある状態で縁切りをするのは相当に意思が強くないと難しそうですね。

色々ともやっと思いを巡らせつつも、この演目はこれで見納めです。カーテンコールでは東京千穐楽ということでキャスト全員からご挨拶がありました。祐一郎さんにまずは浦井健治さんから、と言われてはいはーい、と手を挙げて飛び出した浦井くんがとてもかわいらしかったのですが、あまりにもかわいすぎて肝心の挨拶の中身を覚えていません😅

千弘さんは休演なしで東京楽を迎えられたことへの喜びをお話ししていました。

知寿さんは、通常の舞台のお仕事の稽古場には「がんばりスイッチ」を入れて臨みますが(決してそのことが悪いとかではなく、それが普通であるとの補足あり)、今回、こんなにがんばりスイッチの要らなかった稽古場はない、とのお話でした。恐らくその立役者と思われる祐一郎さん、どれだけ場をほぐしまくってるのでしょうか……。

最後に祐一郎さんがいつもの「夢のようなひとときを過ごせておじいちゃんは幸せでした」で締めていました。

この演目を再演してほしいか、もしくは同じような結末でもやもや考えさせられるストプレシリーズを続けてほしいかと言うと、正直なところ考えてしまいます。また、現実問題として、割引チケットが乱発された上に千穐楽でもクリエのBox席などに空席があり、満員御礼の札は出ていませんでした。いずれも手練れである今回のキャスト4人を擁するのであれば、例えば変にテーマ性や社会性を追求しなくても、小粒でも味わい深い音楽劇などもぜひ考えていただきたい、と思います。

これはエックスと名乗る元Twitterにも書きましたが、例の年明けの座長コンサートは、お歌が聴けるのも、今回の『家族モドキ』のキャストを含む往年の共演者との絡みが見られるのも、どちらもとてもうれしいので、チケ取りは頑張るつもりでいます。

ただ、ファンとしては、座長さんがミュージカルにおいて一軍登録は辛うじて残しつつも最前線の重要な試合へのレギュラー登板からはことごとく外されている上、中途半端に名球界入りと言うか殿堂入りさせられているような現状が、どうも微妙に納得できずにいます。ストプレでの台詞の聞き取りやすさと声の良さも十分堪能していますが、そろそろ、グランドミュージカルでなくても、主役でなくても見せ場があれば全然良いので、もっと音楽が、歌が前面に打ち出された舞台を観てみたいところです。