日々記 観劇別館

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『ラグタイム』感想(2023.09.24 12:45開演)

キャスト:
ターテ=石丸幹二 コールハウス・ウォーカー・Jr=井上芳雄 マザー=安蘭けい ファーザー=川口竜也 ヤンガーブラザー=東啓介 サラ=遥海 イヴリン・ネズビット=綺咲愛里 エマ・ゴールドマン=土井ケイト ハリー・フーディーニ=舘形比呂一 ヘンリー・フォード&グランドファーザー=畠中洋 ブッカー・T・ワシントン=EXILE NESMITH リトルボーイ=大槻英翔 リトルガール=嘉村咲良 リトルコールハウス=平山正剛

日生劇場で上演中のミュージカル『ラグタイム』を、おけぴ観劇会半館貸切公演(残りの半館はチケットぴあ貸切)で観てまいりました。

物語の舞台は20世紀初頭のアメリカ。裕福な白人の一家と、近所で働く黒人メイドサラとその婚約者でピアニストでやはり黒人のコールハウス、そして妻を亡くしラトビアから一人娘とともに移民してきたユダヤ人の貧しい切り絵師「ターテ」(本名ではなくラトビア語の『父さん』の意)の3組の家族のドラマを、最初は並行で描き、やがて彼らの人生が交錯し、予想もしなかった運命へと突き進んでいくさまを、心地良い「ラグタイム」の調べとともに描いていきます。

何の予備知識もなくこの舞台を観たので、実は当初は、
「人々に苦難が発生するものの、何だかんだで音楽に救われる物語」
だと思っていましたが、実際の内容はそうではなかったです。

コールハウスは、彼の不誠実が原因で別れたサラとの復縁の過程で白人一家との縁が生まれ、一度は彼の奏でるラグタイムの調べを通じて、人種や身分の垣根なく心を交わすことが叶いますが、人種差別主義者から極めて理不尽かつ悪質な侮辱を受けたことをきっかけに、彼やサラの運命が狂い始めます。

最終的にコールハウスは雪辱を果たすべく、音楽の道を捨てて違う道に走ってしまうわけですが、移民して生活苦にあえぎながらも芸術家として生きることを諦めずにブラッシュアップしていったターテとの対比になっていて、劇中の音楽はこんなにも耳に心地良くて心にしみるのに、コールハウスを音楽は救ってくれなかったんだな、と思うと、非常に心が痛かったです。ラストシーンでは恐らく神様はコールハウスもサラも祝福してくれているだろうと思いますが、残念ながら仏教徒な私の心は未だに成仏できずにおります。

また、この作品には様々な「断絶」が描かれています。異なる人種や宗教、身分間の断絶ばかりでなく、家族間の断絶も含まれています。

例えば、白人一家の「おかあさん(マザー)」は確固たる正義感と敬虔さに基づいて、サラ母子を保護しますが、古典的な価値観(当時としては当たり前のもの)を持つ「おとうさん(ファーザー)」が自分の思いを理解してくれることを、端から諦めています。だからなのか、彼女の意思は言葉を尽くすよりも、一度これと決めたら揺るがない行動で示されることが多いです。

ただ、「おかあさん」の弟(ヤンガーブラザー)の行動を見ていると、やっぱり考えるより先に結論を出して暴走しまくっているので、どちらかと言えば社会的抑圧というよりはそういう血筋のような気がします。

個人的には古き良き時代の絵に描いたような夫であり父親である「おとうさん」に、演じる川口さんの絶妙な役作りもあって肩入れして見ていました。家族の変化にも時代の変化にもついて行けないままおろおろと必死で古い価値観にしがみつき、やっと家族の変化の根源であるコールハウスと対話して、妻や義弟が守り抜こうとしてた本質を理解できたと思ったら、過去に自分が信じてきた価値観に背中から突き落とされて、さりとて妻とも元サヤには収まれず、失意のまま生涯を終えたであろう「おとうさん」……。心から同情します。

ところでこのミュージカルのキャストは皆さん歌ウマなので安心して聴いていられました。

特に、遥海サラ。私、「命をあげるよ」みたいな「母は強し」の過度なアピールはそんなに好きではないのですが、サラという人物は「母だから強い」というよりは、内縁の夫や子供への愛情をひたむきに信じることで強くあろうとしているのが、彼女の人種やら国籍やらあらゆる垣根を取っ払ったような豊かな歌声から伝わってきて、とても良かったです。そういうサラだからこそ、1幕最後で彼女が見舞われた悲劇はより一層ショッキングでした。またその1幕ラストでの彼女の友人(演:塚本直さん)の悲鳴のような歌声が強烈なのです。ありがとう、遥海さんと塚本さんの名前を教えてくれたおけぴ観劇会マップ!

井上くんは正直声質や歌い方がラグタイムに100%しっくり合っているわけではないのですが(失礼)、逆に無理に合わせず、コールハウスという複雑な葛藤を抱えた役どころを確かな解釈で攻略していることに好感が持てました。

安蘭おかあさんは……変わらずお歌も姿も美しかったです。意思の強さとほんの少しだけ弱さを持ったおかあさんにぴったりはまっていたと思います。今回の役名は「マザー」で、「おかあさん」と呼ばれるようになる前の彼女の姿は全く出てきませんが、彼女がいかに偏見のない眼を持って育つことができたのかはちょっぴり知りたいところです。

東くんの弟くんは最初に登場した時の印象は「でかい」でしたが(すみません)、彼は身長だけでなく声量もたっぷりあるので聴かせどころではしっかり歌を聴かせてくれました。弟くんは、こういう子を「バカな子ほどかわいい」と言うんだろうな、と思いながら眺めていました。未だに最初に何であの魔性の女にあれだけ入れあげたのかが良く分かりませんが、まあ、バカな子だからだろうな、と思っています。エンディングで紹介されたその後の人生に最も納得がいった人物の1人です。

そして石丸さん! 1幕の幼い娘(かわいい!)を抱えて貧困に喘ぐ移民ターテが、苦しみの中で自らの芸術の才を活かす糸口を見出し、2幕で再登場し、更にエンディングを迎えた時に心から「良かったね」と祝福を送りたい気持ちになれたのは、石丸ターテがしっかりと見せてくれた誠実さと必死さとアートへの愛ゆえだと思いました。

ところで「おけぴ観劇会・チケットぴあ貸切公演」だったので、カーテンコールでは井上くんと安蘭さんと石丸さんのご挨拶がありました。安蘭さんは、前回は「チケットぴあ・おけぴ観劇会貸切公演」という並び順であったというお話をされており、腰にピシッと手を当てたポーズで決めていましたが、実はあれが何だったのか良く分かっておりません。井上くんは貸切公演の名前の並び順をやはりネタにしつつも、若干ブラックにまとめてくれていました。石丸さんは「良い話をした後に最後に宣伝で落とす」と井上くんに突っ込まれていましたが、おかげでその「良い話」の内容が思い出せません😅

今回、ラストで救いこそありますが、どうも今ひとつ成仏してくれない心に軽い葛藤を覚えながら劇場を後にしたわけですが、今年の残り2か月、その後の観劇予定がないことに気がついてしまいました。これを観劇納めにはせず、今年のうちにどこかで成仏させたいところです。