日々記 観劇別館

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『ブロードウェイと銃弾』感想(2018.2.17マチネ)

キャスト:デビッド=浦井健治 チーチ=城田優 オリーブ=平野綾 イーデン=保坂知寿 エレン=愛加あゆ ニック=ブラザートム ワーナー=鈴木壮麻 ヘレン=前田美波里 ジュリアン=加治将樹 シェルドン=青山航士

日生劇場で上演中のミュージカル『ブロードウェイと銃弾』を観てまいりました。映画版は観たことがないので、ストーリーへの予備知識なしでの観劇でした。以下、2幕の重要な展開に関するネタバレは回避しますが、それ以外の軽いネタバレはあるかも知れませんので、ご容赦ください。

福田雄一さんの演出は好みが分かれそうですし、作品によっては、この笑いは観客をわざといたたまれなく(または寒く)するためにやってるんだろうか? と疑いたくなる時もありますが、少なくとも私は時折爆笑し、時折ぞっとしながら最後まで面白く観ることができました。
これはオリジナルの舞台にあったものなのかどうか分かりませんが、マシンガンの音と共に弾痕として表示されるメインタイトルとか、「チーチださん? いや、トートさん?」などの台詞のお遊び*1とか、そして終盤の回り舞台での追いかけっことか、ちょっとした味付けが楽しいのです。

歌の上手いメインキャストが揃っているミュージカルはやはり良いですね。
ただ、知寿さんと壮麻さん、特に知寿さんは、それぞれに見せ場こそあるものの、かなりもったいない使われ方をしていると思いました。もっとも、劇場で買った雑誌『fabulous stage』の福田さんインタビューによれば知寿さんは既に福田ファミリー扱いのようなので、厚い信頼あっての起用と思われます。
また、ニック親分を演じていたブラザートムさんは若干他のキャストと方向性が違うかも? と観る前は思っていましたが、実際には全くそんなことはなかったです。やや歌詞が聴き取りづらい箇所こそありましたが。この物語の諸悪の根源であり、最も冷酷な登場人物でありながら、どこか憎めないトムさんのニックなのでした。

浦井くんの脚本家デビッドは、表情と言い立ち居振る舞いと言い、期待どおりに仕上がっていました。
デビッドは芸術への妥協を良しとしないかなり面倒くさそうな馬鹿強情でありつつ、純粋な性格であるがゆえに周囲に振り回され引きずられてしまうのですが、どんなにダメで情けない行動を取っても一貫して「それでも人間についても芸術についても、それらの素晴らしさを信じている、愛すべき善人」として舞台に居続けるのは、決して脚本や演出の力だけでなく、演じる浦井くんの力があってこそと思いました。
愛加あゆさんとのカップルも、作中では途中で微妙な展開になりますが息が合っていて良い雰囲気です。愛加エレン、特に2幕のソロでは相当際どい歌詞がありますが、堂々と歌い上げていて好感が持てました。

城田くんは器用さや容貌の良さを前面に出した役どころよりは、今回の副主人公であるギャングのチーチのようなストイックに攻める、スケベでないむっつり系の役どころの方がしっくりくるように思います。なので個人的にはオリーブのモノマネとかはなくても良いぐらいです。
なお、モノマネ自体は、実に特徴を捉えていてそっくりで笑わせてもらいました。

平野オリーブはとにかく存在感が強烈でした。お下劣もおバカもどんとこいな感じで、アニメ声できゃんきゃんと歌い踊り、喋りまくって前半の笑いを独占していました。
オリーブにもう少しだけ頭脳があって、あの色気と押しの強さと強烈な個性がプラスに働きさえすればもっとましな人生が待っていたと思うのですが、それらが全部マイナスに働いてしまったためにあらぬ方面から悲劇が訪れてしまったのは、何とも皮肉なことです。

美波里さんのヘレン。実はチラシなどのあらすじで見た時にはもっとイヤな感じのキャラクターだと想像していましたが、全くそうではなく、むしろ逆でした。
もちろん彼女は精神的な問題を山ほど抱えていて、デビッドもずるずるとそれに巻き込まれてしまうわけですが。自分は付き合った男性達の人間性ではなく芸術の才能を愛してきた(デビッドはその才能に該当しないから本当の恋ではなかった)と言いつつ、多分本当は花を贈ってくれた相手の人間性に惹かれていたに違いない、と匂わせてくれる、意外と切ない役どころでした。

以下は物語全体を通しての感想です。

芸術家仲間との小さなコミュニティでプライドだけは高く頑なに生きてきたデビッドは、思いもかけず魑魅魍魎が跋扈する華やかな世界に身を投じた結果、チーチとの一連の出来事を通して、誰も望まなかった大変皮肉な形で、芸術家に時に求められる非情さと、平凡であるからこそのささやかな幸せとを悟ることになりました。

では、チーチの才能あってこその自分であったと率直に彼をリスペクトするデビッドが、おとなしく舞台から距離を置いた普通の世界に帰れたか? については疑問です。
あの生存競争が厳しい一方で作品を作り上げる愉しさにも満ちた世界からは、結局離れられないようにも思えてなりません。

また、この物語には、良いお芝居はもちろん良い脚本や演出あってのものだが、決して脚本家や演出家だけの作品ではなく、役者、舞台スタッフら皆で作り上げるものということを忘れるな、という痛烈な戒めが込められていると受け止めています。
恐らく脚本家や演出家は、時に大変エゴイスティックで非情であり、作品の成立に本気で邪魔な役者に殺意を抱くこともあるに違いない、と想像しています。しかしそこで「それはダメだ」と踏みとどまるひとかけらの良心を忘れないことが、結局は人の心を掴む舞台に結び付く筈であると、クリエイターではない一観客としては信じたいところなのです。

*1:これはさすがに日本版のみと思いますが(^_^;)。