日々記 観劇別館

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『ペール・ギュント』感想(2017.12.10マチネ)

キャスト:
ペール・ギュント浦井健治 オーセ=マルシア ソールヴェイ=趣里 万里紗 莉奈 梅村綾子 辻田暁 岡崎さつき 浅野雅博 石橋徹郎 碓井将大 古河耕史 いわいのふ健 今津雅晴 チョウ・ヨンホ キム・デジン イ・ファジョン キム・ボムジン ソ・ドンオ ユン・ダギョン

世田谷パブリックシアターで上演中の『ペール・ギュント』を観に行ってまいりました。
グリーグの『ペール・ギュント』は昔義務教育の音楽の時間に聴いたなあ、主人公は流浪の生涯を送って、その途中でお母さんが亡くなって、最後は恋人に看取られて、杖に緑の芽が生えて罪が赦されるのよね、と思ってましたがよく考えたら最後の「杖に緑の芽」は『タンホイザー』のオチだったと後から気づきました(^_^;)。
だってどちらも美女を放置するさすらい人の物語じゃないか! と言うのは言い訳に過ぎませんが、自分の脳内で絶妙に2つの物語がミックスされていたようです。

かような程度のイメージしか『ペール・ギュント』には抱いていなかったので、今回の公演を観て、まさか主人公の性格がこんなにも人でなしで、こんなにも辛辣で冷徹な視点で描かれていたなんて! と大変驚かされました。

自分はついお芝居の登場人物に共感できる箇所を探してしまうのですが、浦井くん演じる主人公のペールはなかなかに共感しづらい人物です。ここにいる今の自分ではない違う自分を常に探し続ける一方で、トロールの王様に言われた「己に満足する」という言葉を忘れずにいます。それでいて、いくら身から出た錆で故郷に留まれない事情があるとは言え、老いた母親や純粋な恋人を置き去りにして、世界を股に浮き沈み人生を送り続けるという矛盾だらけの人物なので、観ていてこの人物に肩入れするのは難しいものがあります。

終盤でペールは、ボタン職人を名乗る謎の人物(死神の一種?)から善人でも罪人でもどちらでもない中庸の人間として、柄杓の中でその他大勢として煮溶かしてボタンに鋳造してしまうぞ、と宣告されて激しく動揺します。そして何とか自分が善人・悪人のいずれかであることを証明しようと、必死にあがき続けるのです。
多くの人間はどこかで「自分だけは普通ではなく特別」と思い込みがちなのでこれは本当痛烈な皮肉だな、と恐れ入りましたが、ペールについては正直、
「おお、あんなに神様と恋人をひたむきに信じて待ち続けている女性を放置してふらふらしているような男は、さっさと溶かされてしまえ」
と思いました。

ただ、ペールというのは他方で、どんなに酒池肉林に溺れ爛れた生活や堕落し環境に押し流されているかのような生活を送ろうと、常に理性的に自らのファンタジックな運命に対峙し続けているという、不思議な魅力を持った人間でもあります。見た目は獣のようなトロール達の内面が「さほど人間と変わらない」ことを見抜いていますし。こういう人が「中庸」だったら、ほとんどの人間は間違いなく「その他大勢」であるどころか、もしかしたらボタンにすらなれないのではないでしょうか。そんなことを考えました。

なおこの作品の演出は、ファンタジックで少々下世話で露悪的な*1世界観でありつつ、徹底的に綺麗事や中途半端な救済が排除された造りになっていたと思います。こういう演出手法が好みか? と問われると、首を縦に振ることはできません。演出家の頭の良さ加減が前面に押し出されていて、同時に観る側にもある程度の鑑賞眼と知性を要求するような、それでいてどぎつく賑やかに攻めてくる演出は、観ていて結構疲れてしまうのです。
キャストに関しては、ペールとオーセ(ペールの母)とソールヴェイ(ペールの恋人)の3人のキャストを除いては複数の役を演じており、しかもどの役も物語上等しく重みづけがなされていました。日韓両国のメンバーともにハイレベルであったと思います。好みは別として、上記のような少し捻りの入った世界観を、肉体、精神をフル稼働させてアートとして体現できる役者さんばかりで、圧倒されました。

今回のような演目は、観る側も精神を研ぎ澄まさなければついていけないところがありますので、リピートするにはなかなかしんどそうですが、たまに観ると観劇後にくたびれながらも心が引き締まる気持ちになりますので、あくまで「たまに」なら、こういう演目も良いかも、と思っているところです。

*1:ちなみに下ネタのほか、女性のトップレスシーンも複数あり。