日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『天保十二年のシェイクスピア』感想(2020.2.16 12:30開演)

キャスト:
佐渡の三世次=高橋一生 きじるしの王次=浦井健治 お光/おさち=唯月ふうか 鰤の十兵衛=辻萬長 お文=樹里咲穂 お里=土井ケイト よだれ牛の紋太/蝮の九郎治=阿部裕 小見川の花平=玉置孝匡 尾瀬の幕平衛=章平 佐吉=木内健人 浮舟太夫/お冬=熊谷彩春 清滝の老婆/飯炊きのおこま婆=梅沢昌代 隊長=木場勝己

日生劇場にて、祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』を観てまいりました。

井上ひさしさんの戯曲は本当に饒舌過ぎるくらいに台詞の情報量が多く、しかも無駄がない! 更に、晩年の達観したような作品とは異なり、1960年代から70年代の作品はとにかく猥雑で凄惨、下ネタもどんどん繰り出され(いわゆる「エロ・グロ・ナンセンス」)、息つく間もない展開でした。

元々の上演時間は4時間(!)で、再演のたびにカットや改稿が行われてきたようですが、音楽も再演ごとに異なる作曲家が新たに作り直しているのは、ミュージカルではなく「音楽劇」であるがゆえでしょうか。

今回の上演版の演出は蜷川さんに演出助手として師事されていた藤田俊太郎さん。善人悪人を問わず登場人物が次々に命を落としていく血まみれな物語でありながら、端正さとどこかに温かみの保たれた舞台であったと思います。

とは言え、主に1幕において、舞台上でほの暗い日本家屋が、人の血しぶきを浴び、欲望を飲み込みながら次々に組み変わっていく様子は、暗がりに息づく生き物のようにも見えました。あるいはあの舞台装置は、人々に疎まれる姿形と裏腹な弁舌で人の心を操り、望み通りの栄誉を手にしながらも、本当に愛されたい者たちからは拒まれる、必死の詐欺師三世次の哀れの象徴だったのかも知れません。

また、2幕で打って変わって開放感溢れる華やかな場面において、最大の惨劇が展開されるのが凄まじいのです。

音楽は宮川彬良さん。ハードな展開の中、楽曲に通底する明朗さに救われた感がありました。

三世次と王次については、事前インタビューでは2人が同じ場面に登場することはない、と言う話でしたが、厳密には直接絡むことがないというだけで、同じ場面には存在していました。まあ、あの2人が差しで会話すると濃すぎるのでちょうど良い案配ではあります。

一生さんは舞台で見たのは初めてでした。映像の世界でも大活躍している方ですが、やっぱり本拠地は舞台の人なんだなあ、と実感。声にも肉体にもポテンシャルがあり、板の上から劇場中に強烈な存在感が響き渡っていました。そして色気もあり。

このように舞台人ならではの存在感を放っていたのは浦井くんも、そして井上作品でおなじみの大ベテラン、木場さん、辻さん、梅沢さんらも同様です。特に語り部でもある木場さん。口上からあっという間に観客を世界に引き込んでいく語り口、居ずまいとともにさすがです。

あと実は今回、かなり前方の座席で見ていたところ、浦井くんのおみ足の美しさに感動! つるつるしてますね……。また、結構客席降りのある作品なので、目の前をキャストが行き交って楽しかったです。ただ、舞台両袖上に場面名や歌の字幕が出ていたんですが、前方席過ぎてほとんど見えず。また、クライマックスが舞台上方で展開されるのですが、そちらもあまり見えませんでした。

今回、e+の貸切公演ということで、カーテンコールにて一生さんと浦井くんのご挨拶がありました。浦井くんのご挨拶の内容は、人が皆あっけなく死ぬ物語の中で三世次だけが生き延びてて、でも醜い三世次が(必死に生きようとする姿が)最後には美しく見えて、生きることは大変だけど素晴らしいと思った、というものでした。この言葉、観劇から日が経つほどに、じわじわと心に染みてきています。ハイレベルな作品にどんどん起用されて場数を踏みステップアップしているのに、今もなおこういう繊細で温かい言葉を真っ直ぐに口にできる浦井くん。どうかいつまでもそのままの彼でいられますように。