日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『モーツァルト!』帝劇初日感想(2021.4.8 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=木下晴香 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=涼風真世 セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=阿部裕 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=松井工 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=鶴岡蘭楠(かなん)

 

お久しぶりです。

今年初のリアル観劇ということで、2018年以来3年ぶりに再演されている『モーツァルト!』(以下、『M!』)の帝劇初日を観てまいりました。

実は本業であまりに色々ありすぎた上に、最近軽く眼に不調が起きて眼科にかかる羽目になるなどの出来事もあり、劇場入りしてもあまりテンションが上がらず困っていたのですが、開演してしばらくして猊下が朗々と美声を響かせてマントを翻した瞬間に、自分の中のゲージが爆上がりしたのが分かりました。そこからはもうスムーズにM!の世界に入り込むことができたので、猊下ありがとう! という心持ちでした。

ただ、猊下、今回かなりメイクが濃いめだったような……。初日だからでしょうか。

今回は舞台装置のデザインが全体にピアノと五線譜を基調としていてなかなか面白いです。M!の舞台装置はいつも割と空間の使い方が大胆なのですが、そもそもお話の展開自体、一見前の場面からそのまま続いているイメージなのに実は数年経っているなど、時空を大胆に超えた作りなので、まあちょうど良いのかな、と解釈しています。

あと、キャスト全員、1人も歌唱力が危うい人がいない! アルコ伯爵は名バイプレイヤー阿部さんで、低音の魅力で聴かせてくれますし、遠山シカネーダーも初演の時より、踊りだけでなく歌も存在感を増しているという印象です。

さて、初日ではありましたが、今の演出になってからの再演ということもあり、育三郎ヴォルフを始めとして、キャストの皆さま、極めて安定感抜群でした。

前回から3年が経ち、自分が年をとったせいなのか、だんだんヴォルフ本人よりも、彼にそれぞれの形で翻弄される周囲の人々のことが気になるようになっています。

特に今回注目したのは木下コンスタンツェです。前回上演時になぜかM!のチケットが非常に取りづらく、結局彼女のコンスを観る機会がなかったため、今回が実は初見でした。あの強欲一家の中でひとりだけ地味でおとなしく(今風に言えば陰キャ)、浮き上がって馴染めずに孤独をかこつ雰囲気がとても良く出ていると思います。そして歌声も良し。

コンスタンツェというキャラクターについては、憐れみは覚えてもそんなに同情したことはなかったのですが、木下コンスに関しては、「ああ、あの独りぼっちだった女の子がやっと心から信じられる伴侶を見つけたのに、こんな結末になってかわいそうに」と心から同情しました。信じようとしていたのに、大人になったヴォルフが歩き出す時には「ひとり」であって、傍らの妻の存在は見えていない、というのはコンスにとっては相当にあんまりな顛末だと思うのです。

それから父親レオポルトについては、ある意味ヴォルフにとって「老害」であり、ヴォルフの精神を追い込んだ張本人でもありますが、彼の苦悩を見つめながらなぜか今年2021年1~3月にかけて放送された宮藤官九郎さん(クドカン)脚本のドラマ『俺の家の話』を思い出していました。

かのドラマには能楽師の宗家の老いた父親と、父親を介護しながら後継者を目指すかつて勘当されたプロレスラーの息子との関係が綴られていましたが、最終回に父親が、既にこの世の者ではない息子に対し、生前の彼を一度もほめなかった理由を「ほめるとそこで終わってしまうから」と語りかける場面がありました。もしかしたらレオポルトだって心の奥底では息子をほめたかったかも知れないのに、いざとなると息子の欠点ばかりに向き合って罵倒することしかできないとは、何て悲しいことだろう、と考えずにはいられませんでした。

姉ナンネールも弟ヴォルフに対して極めて複雑な思いを抱きますが、結局のところは弟への深い愛情は変わらず。和音さんのナンネールは控えめで、歌い方もひたすら穏やかに優しくありながら芯の強い雰囲気も自然に醸し出されているのが良いですね。

そして猊下

2018年からの追加曲「破滅への道」、今回公演では前回の「どけどけー! コロレド猊下のお通りだー!」よりは登場に唐突感は薄かったですが、

猊下よ、なぜ、こんな民衆が革命気分で盛り上がってる危険な往来へわざわざ馬車で乗りつける?」

という最大の謎は解けません😅。

それはともかくこの曲、改めて聴くとヴォルフの行く末を心底憂いてひたすらに心配している内容なので、ここまで深い愛情を抱いているのに本人には全く伝わらないのか、と思うと悲しい気持ちでいっぱいになります。

猊下、ある意味、親としての愛情が激しいあまりに息子の望むものが見えなくなってしまっているレオポルトパパよりも、よほど冷静にヴォルフの本質を見抜いているようにも見えて、実は主君としてはとても慧眼な人なのではないかと思うのですが、彼の雇用管理手法はヴォルフという奔放な天才とはあまりにも噛み合わなさすぎるので、最後まですれ違ってばかり。こんなに報われない片想いがあって良いのでしょうか。

そうそう、忘れるところでした。ヴァルトシュテッテン男爵夫人。

今回、涼風さんの凛と美しい(本当に綺麗!)夫人を観て、男爵夫人がいかにM!の物語世界に観客を誘い引き込むための重要な役割を果たしているかを実感しました。そして、いかに心からヴォルフの才能を愛し、彼の心の奥底に住まい続ける存在であるかについても。彼女は思いやり深い支援者であると同時に、ヴォルフの才能を利用し社交界で権勢を誇る強かさを持ち合わせてもいるわけですが、それでも「束縛せずに見守る」という一点においてヴォルフの信頼は揺るぎません。色々な意味で、猊下とは対照的だと感じ、猊下により一層の哀愁を覚えた次第です。

最後に、主演たる育三郎ヴォルフについても書き留めておきます。

2018年の時と同様、彼のヴォルフについては精神的には「大人」という印象を覚えました。その大人である筈のヴォルフが、物語の後半で自分の分身としてごく自然に共存してきたアマデに振り回され疲弊していくさまは、なかなか衝撃的です。

ごく個人的には、最初に観た中川ヴォルフのすり込みのせいなのか、ヴォルフには「いつまでも社会性のない少年」的雰囲気がある方が好みと思ってきましたが、今回、精神的には大人なのに社会性を司る何かが根本的に破綻している育三郎ヴォルフも悪くない、と思うようになりました。育三郎ヴォルフも再演を重ねるごとに確実に磨き上げられていると感じております。

カーテンコールでは、初日ということで、育三郎さんからご挨拶がありました。コロナ禍の中でぶじに初日の幕が上がったことのありがたさや、スタッフや劇場への来場者への感謝の言葉に続けて、このような状況下なので毎日が千穐楽と思って演じていること、そしてコロナ禍でそれぞれに戦い続けているであろう観客への思いなどが語られました。育三郎さんを始めとするキャストの皆様の覚悟の深さが込められたメッセージとして受け止めています。フィナーレの「影を逃れて」で時々瞳を閉じながら歌い上げていた猊下の心の内は、生き急ぐヴォルフを止められなかった悲しみであったのか、それとも初日を無事に終えようとすることへの深い感慨であったのか……と、答えのない思いをひたすら巡らせるばかりです。

 

ところで。

夜21時を過ぎた東京を久々に歩きましたが、いわゆる「まん防」前夜につき、本当に食事できる場所がなく、電車で正味1時間強の道のりを空腹を抱えながら帰りました。自宅でコンビニに残っていたお弁当を貪り食いながら、これもエンタメ界を観客の立場で支えるに当たって求められる覚悟と試練の一つなのか、と改めて身に染みて考えました。次回は開演前にきちんと食べておきたいと思います。