日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『SHOW-ISMS(Version DRAMATICA/ROMANTICA)』(Streaming+配信)感想(2020.7.23 18:00開演)

キャスト:
彩吹真央 JKim 知念里奈 新妻聖子 井上芳雄 美弥るりか 平方元基 夢咲ねね 樋口麻美 下村実生 今拓哉 保坂知寿

シアタークリエで7月20日から上演されている『SHOW-ISMS』。都外在住な上に地元で日常が完結している者としては、まだ公共交通機関に乗って利根川を越えて劇場に向かうのが精神的に辛いので、今回も配信で鑑賞することにしました。

私的に劇場に行くこと自体は全く抵抗がないのですが、東京に到着するまでの間に公共交通機関で移動することにまだ踏ん切りがつかずにいます。さりとて東京の複雑な道筋を迷わずに車で走れる運転技術も、空いている駐車場を探してさっくり入庫する技術も持ち合わせておらず。都内在住であればリスクと隣り合わせは当たり前、ともう少し腹を括れたかも知れない所を、こんなに躊躇していて、「家から劇場の玄関先に直通できるどこでもドアが欲しい!」と本気で考えている自分がいい加減アホらしくなってきてはいますが、まだしばらくは悩み続けると思います。

前置きが長くなりましたが、以下、ショーの感想です。

開演30分前から日替わりキャストによる配信があると言うので、家族が拵えてくれた夕食を早めにいただきながら観ていました。本日のキャストは、平方さんと夢咲さん→井上さんと演出家小林さん→再び平方さんと夢咲さん、でした。最初に平方さんが出てきた時の風体が頭にタオルを巻いたTシャツ姿、体格も若干筋肉が割増されたガテン系(この言葉ってまだ通用します?)だったので、「何で?」という大きい疑問符で頭が埋め尽くされ、内容はほとんど覚えておりません。なおガテン系の理由は『マトリョーシカ』の役柄の関係でした。

今回の本編プログラム(Aプログラム、と呼ばれていました)は前半が『DRAMATICA/ROMANTICA』のコンサート、中盤が『∞/ユイット』からの井上さんと彩吹さんのデュエット、後半が本来今年の新作として単独上演される予定だった『マトリョーシカ』から数曲披露するショー、という構成でした。公演日程後半の『マトリョーシカ』メインのプログラムが「Bプログラム」になるようです。

前半で知念さんの歌う「Cinema Italiano」をどこかで確かに聴いたことがある! と本ブログを検索したら、2014年1月のクリコレで披露されていました。これ、結構好きな曲です。あと『ルドルフ』から1曲歌う前に、この歌は今歌うと「ん?」と思う、というような発言をされていて、井上さんに「まあ、状況も変わりましたからね」と返されていました。なお問題の歌の内容は、若い娘に心惹かれる夫ルドルフに「私が妻よ!」と哀しく主張する正妃の歌で、ああ、それは確かに当時とは実生活での立場が変わったから、また違う気持ちになるんだろうな、と思いながら聴いていました。

新妻さん、ソロでの声量が凄かったです。配信でこれなら現地ではどれだけ響いてるんだ!? と圧倒されてしまいました。ご本人が「会場の換気が良いので外の雨音が聞こえる」と語られていましたが、多分この声なら雨音もかき消されたことでしょう……と思っていたら、井上さんが同趣旨のことを突っ込んでいました。

JKimさんも「私、確かにこの重厚な歌声を最近聴いた」と思ったら『ビッグ・フィッシュ』の魔女さんでした(なぜ忘れる)。「魔女役が多い」とご自身で仰ってましたがそうなのでしょうか。「動物役も多い」と言う話も出て「それは劇団的に……」と井上さんが返していました。JKimさんは劇団四季で『CATS』のグリザベラ役などを務めており、今回の公演でも情感たっぷりの「メモリー」を披露されていました。

そのJKimさんが、「今日この会場にいらした方は勇気のある方です!」と発言されていて、うんうん、そうだと思うよ、私はちょっと勇気が足りなかったけど、と思っていたら、井上さんがすかさず「配信の皆さんも、これポチると(申し込むと)4000円かー、と勇気が要りますよね!」とフォローを入れていました。JKimさんはこの情勢下に劇場に駆けつけられた方達への心からの感謝の言葉を発せられたものなので、そのことは何の邪心もなく素直に受け止めていますが、それと同時に井上さんのフォローの力量に感心せずにはいられませんでした。

この件に限らず、井上さん、冠番組のホストやその他の司会、トークゲストなどの経験を積んだためか、以前から高かったMC力がまた上がったように感じられました。今回の強力かつ個性的な女性陣(しかも家族を含む)を、軽妙にして時々ブラックなトークで見事に仕切り、その上プリンスぶりも遺憾なく発揮していたと思います。

なお新妻さんやJKimさんが強烈すぎて書き損ねていましたが、彩吹さんも安定のレベルで大活躍されていました。中盤の井上さんとのデュエットが美しかったです。

後半の『マトリョーシカ』ショーではキャスト(美弥さん、平方さん、夢咲さん、樋口さん、下村さん、今さん、知寿さん)が登場し、それぞれの配役について説明されていました。様々な事情を抱えて定時制高校に通う、シングルマザー、学習障害を抱える肉体労働の青年、中年ホームレス、貧困ゆえに無学の主婦など立場も年齢も異なる生徒達と、美弥さんの先生との物語であるとのことです。

元の脚本では3時間近くあった『マトリョーシカ』を今回のAプログラムでは4曲のショーに、Bプログラムでは80分程度のミュージカル・スケッチに再構成するそうで、それはなかなか大変な作業なのではないかと想像しています。

今回披露された楽曲は上記のとおりわずか4曲、ほんのさわりに過ぎないようですが、いずれも「例え短縮版であっても良いから、この美しい音楽とダンスに彩られた物語を見届けたい」と観客の心をかき立てる巧妙な作りになっていました。ううむ、これはBプログラムの配信も観るしかないでしょうか……?

公演のラストは前半・後半のキャスト全員によるゴージャスな合唱でした。終演後、配信で知寿さんら女性キャスト3名からのご挨拶もあって、2時間があっという間、満足感たっぷりのコンサートであったと思います。

なお、配信状況としては、わが家の環境(フレッツ光、室内ではWi-Fi)では途中で一瞬だけ映像が不安定になりましたが、あとは概ね問題なく視聴することができました。ただし配信時のチャット欄には「たびたび不安定になった」とのコメントも見受けられたので、各自の通信環境や居住地域の回線状況にも大きく左右されるのかも知れません。

 

「ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』イン コンサート」(Streaming+配信)感想(2020.7.19 13:30開演)

キャスト:
フランキー・ヴァリ中川晃教 トミー・デヴィート=藤岡正明尾上右近 ボブ・ゴーディオ=矢崎広東啓介 ニック・マッシ=spi/大山真志 ボブ・クルー=加藤潤一/法月康平 ノーム・ワックスマン=畠中洋 綿引さやか 小此木まり 遠藤瑠美子 大音智海 白石拓也 山野靖博 若松渓太

これまで、ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の日本版にはなかなか観劇のご縁がありませんでした。まず、2016年の初演、2018年の再演ではともにチケットが全く取れずに断念。今年2020年に帝劇で再々演の筈であった公演ではようやくチケット確保! と喜んだのもつかの間、コロナ禍のために公演中止に。

今回、コンサートver.で1幕物としての公演実施と、Streaming+での配信が決定したと聞き、前週の明治座コンサートに引き続きまたもや週末の時間を配信鑑賞に割いて良いのか? とぎりぎりまで悩んだ末、開演7分前になって本日の配信チケットを購入し、約1時間半ライブ視聴いたしました。

実は最初は8月に入ってから配信を観ようかとも考えていたのですが、諸事情により初日直前に4公演分の無観客開催が決まったことを知り、1日でも早く応援したい! と思ったのも本日鑑賞した動機の一つであったりします。

配信が始まって間もなく、一応節目節目でストーリーの説明や過去の公演の舞台映像は入るものの、そもそも「フォー・シーズンズ」の予備知識が0な上、正規上演版を全く観たことのない人間にはついていくのがなかなか厳しく感じられました。やむなくWikipediaに載っている1幕と2幕の粗筋を横目で見ながら鑑賞していましたが、途中で語り手が交替しながら語り継いでいくスタイルを、元々は同じ舞台に立つことがありえないダブルキャストに巧妙にやり取りさせながら踏襲しているのは上手い演出だと思いました(演出家は藤田俊太郎さん)。

実在のグループ「フォー・シーズンズ」の栄光と挫折に彩られた年代記を彼らの楽曲を使用して描くジュークボックス・ミュージカルという本作の性格上当然ではありますが、音楽はノリの良いロックンロールで大変に良かったです。

なおボーイズ・タウン・ギャングで聴き慣れていた「君の瞳に恋してる」のオリジナル歌手がフランキー・ヴァリだったことは今回初めて知りました。あと「ショートショーツ」は日本人としては「『タモリ倶楽部』のテーマ」として摺り込まれているもので、あの曲が流れるだけで脳内にギャルのお尻が乱舞し始めるのは困ったものです😅。

また、あまり品行方正とは言いがたいニュージャージーの若者達が結成したグループが、名声を得た後に男女の色恋沙汰や主人公の家庭崩壊、そしてメンバー間の才能の力関係や金銭問題でじわじわとグループ内の結束が壊れていく展開は、筋書きだけ見ると本来かなり生々しいと想像しますが、今回はコンサートver.のためその辺りがうまくマスキングされた面もあるのではないかと思います。もっともラストでは皆年月と年齢を重ねて丸くなっているので、決して後味は悪くないのです。

キャストについては、若手もベテランも全員歌唱力があり、高音域をしっかり出せる役者さん揃いです。実際の公演ではシングルキャストの中川さん以外のメインキャストがBLACKとGREENの2チームに分かれて交互出演する筈だったのが、コンサートver.では一堂に会して歌っています。配信で観た限りでは、自分の好みのキャストはBLACKとGREENにばらけていたので、これはこのカンパニーでの再演が実現したら両チームを観ないといけないのかな、などと考えながら観ていました。

しかしなんと言っても聴き所は中川さんのファルセットです。ヘッドフォン越しであっても心地よく響いてふわっと広がるあの歌声を聴けるだけでも、耳が幸せになれます。

コンサート終演時には、配信画面からチャットでキャストに盛大な拍手を何度も送りました。どうしても前回と同じような感想になってしまいますが、コンサートver.も十分楽しかったものの、この演目もやはりミュージカルの正式な公演でも観たい、という気持ちがかき立てられています。先週も書いたとおり配信はとてもありがたくその恩恵を受けていますが、いつか必ず劇場で直に観て応援したいと思います。

 

中川晃教コンサート2020 feat.ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』(Streaming+配信)感想(2020.7.12 12:00開演)

出演:
中川晃教
(ゲスト)横山だいすけ 山崎大輝 近藤頌利

2020年4月に明治座にて開幕予定だった、アッキーこと中川晃教さん主演のミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』。とても残念なことにコロナ禍のため上演中止になってしまいましたが、大変ありがたいことにe+の動画配信サービス「Streaming+」による有料配信が実施されることになり、本日昼の部をライブで鑑賞することができました。

家族にノートPCをテレビとスピーカーに繋がっているアンプに接続してもらい、テレビの真正面に陣取って約2時間(休憩なし)の視聴を敢行しました。事前の想定以上に配信音声も映像もクリアで安定していて良かったです。そして、中川さんの歌を聴くたびに言っている気がしますが、彼は本当に「天から授かった歌声」の持ち主だと常々考えていますので、たとえ会場で生歌を聴くには遠く及ばないとしても、その授かり物の歌声が配信でも損なわれずに聴けることをとても嬉しく思います。

前半が中川さんのオリジナルや主演ミュージカルなどの「持ち歌」ナンバー披露で、中盤にトークショーを挟み、後半に『チェーザレ』のナンバーを披露、という構成でした。

主演ミュージカルや音楽劇のナンバーは『モーツァルト!』と『SHIROH』と『銀河鉄道999』から1曲ずつ歌われていました。『モーツァルト!』と『SHIROH』については実際の劇中の台詞付きで歌っていたのが自分にとっては結構新鮮に感じられました。特に『SHIROH』の場合は中川さん自身が演じた「シロー」のほかに「お蜜」と「ゼンザ」(本編では秋山菜津子さんと泉見洋平さんが演じていました)の台詞も再現していたので一種奇妙な感じではありましたが、台詞がセットでないとシローの心境が分からないので、やはり必要だったのだろうと思います。また、台詞が挟まるだけで途端に音楽のステージに芝居空間が再現され、「シローが降りてきた!」と感じられるのは不思議なことです。

トークショーのゲストは『チェーザレ』にキャスティングされていた方々のうち、アンジェロ役の山崎大輝さんとドラギニャッツォ役の近藤頌利さんでした。お2人についてはじつはあまり存じ上げないのですが、トークのやり取りから見える中川さんとの関係性がそれぞれに心温まる感じ、好印象でしたので、このトークショー、願わくば実際に上演された本編を観た上で聴きたかったなあ、と口惜しさを覚えました。山崎さんが登場した際の中川さんとのソーシャルディスタンスを保ったエアハグにもグッとくるものがありました。

なおトークの内容はそんなに事細かには覚えていないのですが、確か山崎さんの発言の天然ぶりがいじられていた際に、中川さんが「僕も時々宇宙語を喋っているらしく通訳が必要」みたいなことを言っていたのを聞いて、ああ、多分フォローのつもりなんだろうけど、「そうだろうなあ」と納得してしまうのはなぜだろう? と余計なことを考えておりました。

後半の『チェーザレ』のナンバー披露では、ハインリッヒ7世役の横山だいすけさん(だいすけお兄さん)がゲストで登場。このハインリッヒ7世とチェーザレとの掛け合いのあるナンバーが、だいすけお兄さんの力強い歌声も相まって実に素晴らしく、ああ、これは劇場で生で観たかったし聴きたかった! と、トークショーの時以上に悔しくてたまらず、心の中で1人もがいてしまいました。

しかも歌唱後のトークによれば、実際にはこの場面に藤岡正明さん演じるダンテも出演する筈であったとのこと。更に改めてキャスト表を見ると、チェーザレの実父は別所哲也さんで、ライバルの父親は今拓哉さん、そして岡幸二郎さんも、と安定のベテラン勢。……いや、存じてはいましたが。改めて、やっぱりこれはフルバージョンで観ないと納得が行かない! と再認識した次第です。

小ネタとしては、なぜか本日の演奏担当のキーボードの方(お名前失念)が世界史にお詳しくていらして(音楽よりも歴史が好きかも知れない、と発言して中川さんに「それはダメでしょう」と突っ込まれていました😅)、教皇と皇帝との対立が続いていた中世ヨーロッパの事情についてとうとうと解説されていました。続きは夜の部で! と仰っていました。夜観る予定はありませんが、少し気になります。

コンサート終盤は、闘牛士をテーマにした(?)ちょっと男臭いナンバーと、アンコールとしてバラードがもう1曲披露されていました。コンサート終了時には、届かないと承知しつつ、画面の前で心から拍手を送らせていただきました。

7月12日現在、東京都民の方には申し訳ないのですが、都外在住者としてはまだまだ劇場に公共交通機関を使用して出向くには勇気が必要な状況が続いています。加えて劇場側でもソーシャルディスタンス維持のために、通常の半数の座席しか販売が行われないため、従来以上にチケットは入手しづらくなっていると推測されます。そのような状況下で、こうして自宅にて舞台を堪能することができるネット映像配信の技術にただ感謝するばかりです。恐らく様々な権利事情により、配信許諾が難しい演目もあると思われますが、このような観劇クラスタには厳しい情勢下、少しでもリモートで楽しめて舞台を応援できる機会が増えて欲しい、と願っております。

 

『WE MUST GO ON』

ご無沙汰しております。

今年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡がりという「流行」を飛び越した「災害」に伴い、2月末から演劇が次々に上演中止に見舞われています。

あっという間に事態は悪化し、私が3月以降に観に行く予定だった演目も次々に上演中止となりました。本業にもじわじわと様々な影響が出て心身ともにしんどさが増す状況下、これまでなら観劇で気持ちを奮い立たせてきたのにそれが叶わないという、なかなかに心が折れる日々が6月上旬現在もなお続いております。

そのような中、この演劇界の非常事態に最前線で直面している役者さんやスタッフの方々のインタビュー本の企画がクラウドファンディングで立ち上がっていることを、発起人のお一人でいらっしゃる平野祥恵さんのツイートで知りました。普段自分がクラウドファンディングに乗らせていただく際には、ある程度の資金を投じることもありかなり吟味あるいは逡巡しますが、この企画への投資は即決! でした。

そして先週、上記の経緯で制作された書籍『WE MUST GO ON』が手元に届けられました。石川禅井上芳雄、伊礼彼方、上口耕平、ソニン中川晃教……インタビューを受けられた役者さんのお名前や、「よくぞOKを!」というスタッフさん方のお名前を見ただけでもこの書籍を企画された皆さまのご尽力がしのばれます。詳述はいたしませんが、この辺りのご苦労は同封の小冊子でも紹介されていました。

個々のインタビューに関する細かい感想は省略しますが、事態がここまで深刻になる前の時期のインタビューも含まれているとは言え、役者、プロデューサー、振付家などの立場の別を問わず例外なく、意外な程に演劇界の、そして各々の活動の今後についてポジティブかつ強靭に向き合っていることに心を打たれました。

個人的には伊礼くんの初々しかった頃のルドルフを観ているので、現在二児の父親でもある彼が強かに逞しくショービズ界を泳ぎ渡ろうとしている姿に、勝手に姉のような心持ちになっています。

また、東宝で今回急遽上演が打ち切られた『天保十二年のシェイクスピア』の今村プロデューサーのインタビュー。元々東宝Twitterでレポートされたお稽古の様子からも天保カンパニーの一体感は伝わってきていましたが、千穐楽直前の上演打ち切り、無観客でのDVD・Blu-ray用映像収録という過酷な状況に直面したカンパニーの底力とエネルギーとが強烈に伝わってくる内容であったと思います。

この書籍を読み、 「日本のミュージカルは、演劇は、このままでは終わらないし、終わるわけがない」と確信しました。

エンターテインメントは、地震津波、火災や水害と言った他の災害とは全く性質の異なる感染症という災禍においては、最も不要不急で容易に折られる存在であることが、今回のCOVID-19で身にしみています。復活は簡単ではないかも知れませんが、演劇界にはぜひ乗り越えてもらいたいと願っています。また、自分自身においても、時に喝采を送り、たまに文句をたれつつもわくわくしていたあの日々が徐々にでも少しずつ取り戻せることを心待ちにしつつ、引き続き今日から生きていきたいと思っています。

 

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング感想(前編2020.2.15、後編2020.2.29上映)

キャスト:
(前編)
ナウシカ尾上菊之助 クシャナ中村七之助 ユパ=尾上松也 ミラルパ=坂東巳之助 アスベル/口上=尾上右近 ケチャ=中村米吉 ミト/トルメキアの将軍=市村橘太郎 クロトワ=片岡亀蔵 ジル=河原崎権十郎 城ババ=市村萬次郎 チャルカ=中村錦之助 マニ族僧正=中村又五郎
(後編)
ナウシカ尾上菊之助 クシャナ中村七之助 ユパ=尾上松也 セルム/墓の主の精=中村歌昇 ミラルパ/ナムリス=坂東巳之助 アスベル/オーマの精=尾上右近 道化=中村種之助 ケチャ=中村米吉 第三皇子/神官=中村吉之丞 上人=嵐橘三郎 クロトワ=片岡亀蔵 チャルカ=中村錦之助 ヴ王中村歌六

こんにちは。演劇界隈に新型コロナウイルス禍のため厳しい逆風が吹き荒れています。

自分が3月に観に行こうとチケットを確保していた『アナスタシア』の当該上演回も公演中止になってしまいました。その後東京公演は再開されましたがこれから取り直すことも難しく、大阪公演を追う余裕もなく……ということでどこか鬱屈した思いに囚われ続けています。

だからというわけでもありませんが、1ヶ月ほど前に近所のシネコンに観に行った歌舞伎版『風の谷のナウシカ』の感想を思い出し書きすることにいたしました。以下、お付き合いいただけましたら幸いです。

 

2019年12月に上演された歌舞伎版ナウシカ。これまで歌舞伎鑑賞にご縁が薄かったのと、昼夜通し狂言計6時間という長丁場に腰が引けたのとで、気になりつつも生の舞台を観る機会を逃していました。

そんな折、ちょうど近所のシネコンで前後編各3時間ずつに分けて上映があり、また、伝え聞く舞台の評判も良さそうでしたので、思い切って2回に渡り観に行くことにしました。

歌舞伎版ナウシカ、想像以上にあの世界を再現しており、予想以上にきちんと歌舞伎でした。キャラクターの装束は和装で、ナウシカレクイエム等の劇中音楽の演奏も和楽器ナウシカ王蟲の対話も日本舞踊。更に遠景に飛ぶ小さなメーヴェに乗るナウシカは子役。といった具合で、歌舞伎に詳しくない自分のような者でも分かるような歌舞伎の約束事は一通り守られていると感じました。

同時に、前編・後編ともに口上役や道化役による、物語世界のモチーフが描かれた緞帳を使った前口上であの瘴気に満ちた世界に観客を引き込む工夫がなされており、また、キャラクターの装束も原作のイメージを損なわないよう巧みにデザインされていたので、観ていて全く違和感を覚えませんでした。

主演を張る菊之助さんは開幕直後に負傷したため、立ち回り場面は大幅に減らされていたらしいですが、それでも主演としての見せ場はたっぷり確保されていたと思いますし、全く不満は感じませんでした。舞姿で披露された体幹の確かさと身体の柔らかさに驚愕! そして節目節目で登場するテトと交流する姿なども可憐でした。

なお、このテトのぬいぐるみが実にかわいらしかったです。黒衣さんの操演が見事だったのも大きいですが、後編にてナウシカの腕の中で悲劇的な最期を迎えた時には、涙が出そうになったぐらいです。あの世界が生き物の生存環境として過酷であるという現実を改めて突きつけられた瞬間でもありました。

そして、七之助さんのクシャナ殿下が舞台に最初に登場した瞬間、凄絶なまでの美しさにすっかり息を呑んでおりました。

七之助さんには失礼ながらごく最近まで、お若い頃のどこか振る舞いの危なっかしい印象しか抱いていなかったのですが、大河ドラマ『いだてん』で彼が演じた三遊亭圓生師匠のぞくぞくするような色気に仰天して以来、気になる役者さんの1人になっています。

七之助クシャナ、登場するだけでそのセリフ回し、居住まいから、ただの姫君ではなく、自ら危険を顧みず陣頭に立ち、多くの将兵の畏敬を集め、スパイであった筈のクロトワをも寝返らせるカリスマ性を持つ存在であることが、映像からもこれでもかと伝わってきていました。いずれ他の歌舞伎演目でもぜひ七之助さんを見てみたいです。

ほかにこの演目で気になった役者さんは、土鬼(ドルク)の皇弟ミラルパほかを演じた巳之助さん、そしてアスベルとオーマの精を演じた右近さんでしょうか。

ミラルパのイメージは原作とイコールではないのですが、超常的でただならぬ佇まいと威圧感が終始全身から漂っていたと思います。そしてミラルパをあっさり殺めた後登場する皇兄(ミラルパと二役)が顔はそっくり同じなのに超常性はすっかり消えて俗物感満載で。まだお若い筈なのにあの切り替えは見事! と拍手したくなりました。

右近さんのアスベルは男雛のように美しく、それでいて冒険小説のヒーローのような勇気と強さとを兼ね備えた少年に仕上がっていました。でも「森の人」ことセルム以上にはナウシカの心を強く惹きつけることはなく、何となくケチャと組むことが多くなりいつの間にかフェイドアウトしてしまう所は、まあ、アスベルだなあ、と。

右近さんは後編のクライマックスではオーマの精として朱塗りのメイクで登場。戦闘の舞が実に健気かつ華麗で、そう言えばこの方も菊之助さんや七之助さんと同様、六代目の系譜に名を連ねる役者さんであったなあ、と思いながら見入っておりました。

逆に「もう少し行けるんじゃないか?」と思ったのは松也さんのユパでした。何せユパなので無双の剣士だし、前編の大量の水が降り注ぐ中でのバトルシーンもアスベルとともに身体を張って立派にこなしていたし、何より後編では壮絶な最期を遂げるしで、見せ場は本当にたっぷりあるのですが……うーん、もう一振り何かのスパイスがあってもいいなあ、と思ってしまうのは何故でしょう。

最後になりますが、原作のナウシカが過去の人類の壮大なプロジェクトの礎となることを拒否してプロジェクト破壊の道を選ぶあのラストには、見届けた者の心にずしりと重いものを被せて放さない何かが備わっているとずっと思っておりました。しかし歌舞伎版の幕が下りた後には厳粛さと同時にどこか華やぎもあり、「これで良かったのだ」という気持ちにさせられたのは不思議です。これが、歌舞伎の力なのでしょうか。その「歌舞伎の力」を確かめるために、いずれ必ず歌舞伎の生舞台を観に行こう、と考えはじめています。今は、少しでも早いコロナウイルス禍の解消と、全ての劇場の、エンターテインメントの正常化を願うばかりです。 

『天保十二年のシェイクスピア』感想(2020.2.16 12:30開演)

キャスト:
佐渡の三世次=高橋一生 きじるしの王次=浦井健治 お光/おさち=唯月ふうか 鰤の十兵衛=辻萬長 お文=樹里咲穂 お里=土井ケイト よだれ牛の紋太/蝮の九郎治=阿部裕 小見川の花平=玉置孝匡 尾瀬の幕平衛=章平 佐吉=木内健人 浮舟太夫/お冬=熊谷彩春 清滝の老婆/飯炊きのおこま婆=梅沢昌代 隊長=木場勝己

日生劇場にて、祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』を観てまいりました。

井上ひさしさんの戯曲は本当に饒舌過ぎるくらいに台詞の情報量が多く、しかも無駄がない! 更に、晩年の達観したような作品とは異なり、1960年代から70年代の作品はとにかく猥雑で凄惨、下ネタもどんどん繰り出され(いわゆる「エロ・グロ・ナンセンス」)、息つく間もない展開でした。

元々の上演時間は4時間(!)で、再演のたびにカットや改稿が行われてきたようですが、音楽も再演ごとに異なる作曲家が新たに作り直しているのは、ミュージカルではなく「音楽劇」であるがゆえでしょうか。

今回の上演版の演出は蜷川さんに演出助手として師事されていた藤田俊太郎さん。善人悪人を問わず登場人物が次々に命を落としていく血まみれな物語でありながら、端正さとどこかに温かみの保たれた舞台であったと思います。

とは言え、主に1幕において、舞台上でほの暗い日本家屋が、人の血しぶきを浴び、欲望を飲み込みながら次々に組み変わっていく様子は、暗がりに息づく生き物のようにも見えました。あるいはあの舞台装置は、人々に疎まれる姿形と裏腹な弁舌で人の心を操り、望み通りの栄誉を手にしながらも、本当に愛されたい者たちからは拒まれる、必死の詐欺師三世次の哀れの象徴だったのかも知れません。

また、2幕で打って変わって開放感溢れる華やかな場面において、最大の惨劇が展開されるのが凄まじいのです。

音楽は宮川彬良さん。ハードな展開の中、楽曲に通底する明朗さに救われた感がありました。

三世次と王次については、事前インタビューでは2人が同じ場面に登場することはない、と言う話でしたが、厳密には直接絡むことがないというだけで、同じ場面には存在していました。まあ、あの2人が差しで会話すると濃すぎるのでちょうど良い案配ではあります。

一生さんは舞台で見たのは初めてでした。映像の世界でも大活躍している方ですが、やっぱり本拠地は舞台の人なんだなあ、と実感。声にも肉体にもポテンシャルがあり、板の上から劇場中に強烈な存在感が響き渡っていました。そして色気もあり。

このように舞台人ならではの存在感を放っていたのは浦井くんも、そして井上作品でおなじみの大ベテラン、木場さん、辻さん、梅沢さんらも同様です。特に語り部でもある木場さん。口上からあっという間に観客を世界に引き込んでいく語り口、居ずまいとともにさすがです。

あと実は今回、かなり前方の座席で見ていたところ、浦井くんのおみ足の美しさに感動! つるつるしてますね……。また、結構客席降りのある作品なので、目の前をキャストが行き交って楽しかったです。ただ、舞台両袖上に場面名や歌の字幕が出ていたんですが、前方席過ぎてほとんど見えず。また、クライマックスが舞台上方で展開されるのですが、そちらもあまり見えませんでした。

今回、e+の貸切公演ということで、カーテンコールにて一生さんと浦井くんのご挨拶がありました。浦井くんのご挨拶の内容は、人が皆あっけなく死ぬ物語の中で三世次だけが生き延びてて、でも醜い三世次が(必死に生きようとする姿が)最後には美しく見えて、生きることは大変だけど素晴らしいと思った、というものでした。この言葉、観劇から日が経つほどに、じわじわと心に染みてきています。ハイレベルな作品にどんどん起用されて場数を踏みステップアップしているのに、今もなおこういう繊細で温かい言葉を真っ直ぐに口にできる浦井くん。どうかいつまでもそのままの彼でいられますように。

 

『シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ』感想(2020.1.26 17:00開演)

キャスト:
三浦悠介=井上芳雄 折口佳代=咲妃みゆ テムキ/フジ=畠中洋 マスター=吉野圭吾 春江/ウメ=濱田めぐみ 早瀬/ゼス=上原理生 里美/レポーター=仙名彩世 ミラ=内藤大希 清水=藤咲みどり 久保=照井裕隆 ピア/キク=土居裕子


シアタークリエにて、ミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』を観てまいりました。

元々音楽座の作品であることだけは知っていたのですが、それ以外の予備知識はゼロの状態で、公式サイトの解説やキャストのコメントにもほとんど目を通さないまま観劇に臨みましたので、1988年に土居裕子さんをお佳代のオリジナルキャストとして初演されたこと、今回の出演者のうち音楽座出身のキャストが6名いらして(土居さん、畠中さん、吉野さん、濱田さん、藤咲さん、照井さん)、照井さんを除く5名の方がかつてこの作品に出演されていたことは全く存じませんでした。今回に限ってはもう少し予備知識を持って観た方が楽しめたと不勉強を悔やんでいます。

以下、結末には触れないようにしますが、内容に言及していますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。

親に捨てられた上にヤクザでスリの親玉でもある義父に育てられ、スリを生業として裏社会で生きてきたお佳代。気弱で貧しく不器用だが音楽の才能と周囲の人間に恵まれ、独学で学んだ作曲で身を立てようとしている「ゆう兄ちゃん」こと悠介。この2人が偶然出会ったことから物語は展開していきますが、実はお佳代には本人も自覚していないある秘密があり……というのがこの作品の基本の物語です。

物語の舞台は一応現代ではあるようですが、少なくとも前半は遊園地の迷路アトラクションや地上げ、黒電話といった、2020年にはレアと化している事物が登場しますので、恐らくこの作品が初演された頃、昭和末期のバブルの時代がモデルでしょう。ただ、SFファンタジーの要素の強いお話ですので、あまり具体的な時代を深く考える必要はないと思います。

ゆう兄ちゃんとお佳代、序盤では住む世界があまりに違いすぎて、本当見ていてイラッとするぐらいに噛み合わないのですが、逆にそれゆえに、そんな2人の心がお佳代の悲しい過去の告白等を経て次第に強く結びついていく様子を、ごく自然に受け入れることができました。そう言えばその告白の場では、観察者も含めて少々きわどい台詞のやり取りがありましたが、一見気丈なお佳代が心に抱えた闇を理解するために必須な場面とは言え、客席にいた小学生ぐらいのお子さんは大丈夫だったんだろうか? と要らぬ心配をしております。

この2人を吉野さん、濱田さん、土居さん、畠中さんらベテラン勢が脇に回り、役どころの上でも温かく見守りサポートしていくのが良かったです。

なお自分は途中まで、土居さんと畠中さんを個体識別できておりませんでした。これは下調べしなかったからではなく、単なるボケです😅。いくら皆様のコスチュームの事情があったとは言え、あんまりだろう、自分……。

ストーリー展開は結構何回か急展開やどんでん返しがあり、初見ゆえに緊張しながら見守りました。あまりにどきどきしすぎて、実はあまり楽曲の記憶がありません。しかしそのような中でも、ゆう兄ちゃんがとある事情で離れ離れになったお佳代にリモートで語りかける歌は本当に聴いていて切なくて、印象に残っています。また、ラストの合唱も素晴らしかったです。

最後の最後まで緊張感溢れる展開ではありましたが、トータルではちょっぴりユーモラスで大変にハートフルでハッピーな後味のミュージカルでした。タイトルだけの印象から悲恋を連想していたので、なおさらそう思いました。

お佳代の「ゆう兄ちゃん」呼びも良いですね。「ゆう」にこっそり「祐」の漢字を当てると妙に嬉しくなるのです(何を言っているのか)。

ただひとつ疑問が拭えないのですが、終盤の「10年待てますね?」は、あれ、10年待つ必要はあったんでしょうか? いや、ウラシマ効果で生まれた年の差の帳尻を合わせたかったのかも知れませんが、良い人達だけれどもポンコツな香りもするあの異星人さん達、もしまた何かのアクシデントできっちり時間通りに戻せなかったらどうするつもりだったんだろう? と考えると眠れなくなりそうです。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』大千穐楽感想(2020.1.20 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=東啓介 サラ=神田沙也加 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=森山開次

ダンス・オブ・ヴァンパイア』の大千穐楽を、友人の厚意により大阪は梅田芸術劇城にて無事見届けてまいりました。

何度観てもそのたびにストーリーが変わるなんてことはなく、いつ観ても楽しいけどカオスな内容だと思いながら観ているわけですが、舞台は一期一会、「次も同じキャストで上演され、また同じように観ることができる」とは決して思わないことにしています。特にTdVの日本版は、上演時期の旬の若手俳優をその都度起用してきたという以上に、山口祐一郎という稀代の(と、あえて言わせていただきます)ミュージカル俳優の輝きあってこその演目であると思うわけでして。

今回、久しぶりに、と言っても2ヶ月も経っていないのですが、色彩豊かに様々な顔を見せる伯爵ボイスーー例えばウィスパーボイス、人外感溢れるボイス、そして大人の男性の渋い低音ボイスーーにたちまち心を絡め取られてしまいました。声の持つ力だけで客席を取り込む空気を作り出し、舞台空間を支配できる唯一無二の方だと考えています。

山口さんよりも歌の技巧や演技に秀でた役者や、容姿に優れた役者は他にもいるかも知れません。また、今後の成長が期待される若手や伸び盛りの中堅どころの方もたくさん控えている筈です。しかしどうしても、日本で彼以外の誰かがクロロック伯爵を演じる姿を想像することができずにいます。あえて誰かが演じるならば、全く別物として一から再構築が必須な役だと思います。

……という印象は劇城では全て横に置き去り、ただ頭を空っぽにして、幸せな音とダンスのシャワーを受け止めていました。ああ、楽しかったなあ。

 

以下、感想とレポートが混在してしまいますが、順不同で記してまいります。

大楽にして初見だったのは、帝劇、御園座では休演されていた、サラの化身役ダンサーの花岡麻里名さん。少女っぽく愛らしい雰囲気を漂わせながら、清楚でしなやかでアクロバティックなダンスを見せてくれて好感が持てました。森山影伯爵との息もぴったりだったと思います。

その森山影伯爵。確かTdVに初出演した頃祐一郎ボイスを「彼の歌声は背中から響く」と評していて、あのダンスは難易度も高そうだけど、あの声を背中側で聴きながら踊れるっていいなあ、と羨んだことを、今回「抑えがたい欲望」のシンクロ度最高の伯爵様と影伯爵様を観ながら改めて思い出していました。

神田サラ。何だかんだでサラは彼女のはまり役、当たり役になったと思っています。特に今季、桜井サラが無垢ゆえに怖いもの知らずなイメージでしたので、それとの対比としても神田サラの好奇心いっぱいの天然小悪魔キャラは生き生きとTdVワールドで息づいていたと感じられました。

東アルフ、今回は霊廟でのアドリブが長かったです。箒に乗った魔法使い状態で助けを求める教授に「手を貸せ!」と言われて右手ですか、左手ですか、指だけですか、貸したら手がなくなるじゃないですか、等とごねていて、お前は「不良少女白書」(さだまさし作詩・作曲)か! と思いましたが、結局は教授に「ひとりでやれ」と申し渡され、できないと逆ギレしてました。実は歴代アルフで精神年齢は最年少ではないでしょうか。なお東アルフ、霊廟で上に上がってきてからも教授を助ける前にアドリブを仕掛けてましたが、教授、「もういい!」と弟子の手を借りず自力で復活していました😅。

禅教授。アルフのアドリブを活かしつつ、進行の手綱を握るのは本当大変に違いない、と特に今回強く思った次第です。見せ場では1幕のソロでの超音波ロングトーンをいつもより少し長めに決めて、ショーストップ。伯爵との対面シーンではいつもよりも余計に名刺をプルプル振り、それに応えて伯爵もいつもより力強く名刺を奪い取っていました。

植原ヘルベルト。今日は何だか声が宝塚の男役さんみたいに聞こえました。そしていつもよりたくさんの水でアルフと戯れていたような。凛々しいのに残念なイケメンくんです。なお教授に追い出された時の最後のアルフへの愛の叫びが印象的でした。父上とも随分良い関係が築けた様子で、教授一行のお出迎えでは背中で擦り合い、舞踏会では歓喜し合っていました。

駒田クコール。幕間のクコール劇場もついに千穐楽を迎えました。淡々とモップで掃除を済ませたクコールがぱっとプラカードを出すと「クコール劇場 大千穐楽」、裏返すと「再演希望」の文字が! 駒田さん、スペインからトランシルヴァニアに飛んでの連続登板お疲れ様でした。

コングシャガール。実はコングさんの歌声の伸びの良さ、結構好きだったりします。伯爵の寝間着が紫のスケスケ〜とか細かい笑いを入れつつ崩し過ぎず暴走しないのは、いつもさすがと感服していました。

阿知波レベッカ。1幕で芝居を締める役目を果たしているのは多分この方。ダブルキャストだったシーズンもありますが、私は阿知波さんのママがやはり良いです。

 

カーテンコールでは伯爵様から観客やスタッフへの温かくて深い謝意を示すご挨拶が。感謝しなければならないのはこちらの方です、と思いながら耳を傾けておりました。

伯爵様の「さあ諸君、舞踏会の時間だァ……」のコールを合図に、すっかり手慣れたヘルベルト先生の振付指導による客席参加のヴァンパイア・ダンスがスタート。クコールがことのほかノリノリでした!

そしてキャストの退場と呼び戻しが3回ぐらい繰り返された後だったでしょうか。幕が上がると何と伯爵様が1人きりで舞台のセンターに佇んでいました。一瞬だけですぐに他のキャストを呼び出していたとは言え、レアな瞬間だったと思います。

今季のTdV、素晴らしい内容の大楽まで見届けることもできて、本当に大満足、悔いはない! という気持ちでいっぱいですが、一方でクコール劇場のプラカードに深ーく同意してしまう抑えがたい欲望に満ちた自分もいて、その辺りは結構複雑です。しかし、今年はあと4ヶ月半待てば教授と伯爵様がパパとママになって戻って来るわけで。少し先ですが、その間に気持ちを切り替えゆっくりと次のステージを心待ちにしたいと思います。

 

2019年観劇振り返り

2019年ももうじき暮れようとしておりますので、今年1年の観劇を振り返りたいと思います。

今年の観劇リストは次のとおりです。

観劇は計17回。例によりほとんどが山口さんまたは浦井くんの出演作(『笑う男』はダブル!)でしたが、2月の『パリのアメリカ人』と12月の『ロカビリー☆ジャック』のみ例外です。

『パリのアメリカ人』は何年ぶりかの劇団四季でした。ストーリー的には若干もやっとする内容でしたが、舞台上のパリの風景の鮮やかさとバレエの美しさが印象に残る舞台でした。

『ロカビリー☆ジャック』は本当に馬鹿馬鹿しくて、でも観た後の爽快感がたまらないラブコメだったと思います。もう1回ぐらいリピートしても良かったかも知れません。

 以下、なるべく時系列順に。

レベッカ』は全ての「わたし(Ich)」を観ていて、千弘Ichの成長の細やかさ、平野Ichの臆病さに秘めた強さ、そして桜井Ichの守りたい健気さにそれぞれ惹かれました。もっと観ておけば良かった、と思ったのは平野Ichでしょうか。

ミセス・ダンヴァースについては、涼風ダニーには再演時にあまり良い印象を持っていなかったのですが、今回はレベッカと一体化し過ぎている姿の恐ろしさと、一角が崩れた時の脆さとの二面性とが心に残っています。しかし、知寿ダニーに漂っていた「魔性の女と関わりを持ったが故に普通の人間に芽生えてしまった狂気と妄執」についても捨てがたいところです。

なお、ここまで書くのが照れくさくて書いていませんでしたが、無論山口マキシムのスタイリッシュな上流紳士ぶりと、人間としての弱さ、優しさ、全部まとめて今も愛おしくてたまらないのでした。

『笑う男』。日本初演に当たり、日本向けに脚本や演出にかなり手を加えていたとは聞いていますが、それでもどこかすっきりしない感じの残る演目でした。

とは言え、曲は良いですし、山口ウルシュスと浦井グウィンプレンの義理の父子のデュエット「幸せになる権利」を聴けただけでも、劇場に通い、北九州遠征までした甲斐はあったと思います。ウルシュス父さんの一見ぶっきらぼうで無神経にも聞こえる言葉の裏に込められた、養い子達への太くて深い愛情が良いのです。

『HEDWIG』。ラストでの救済に救われた一方で、「実のところどのような立ち位置で観れば良かったのか?」とか「また、この世に生を受けた身体の性別や服装で違和感なく生きておりロックスピリットにも乏しい自分は、本当にこの物語を堪能できたと言えるのだろうか?」とか余計なことを考えてしまい、肝を今ひとつ掴みきれなかった演目でもあります。ただ、ロックやLGBTを重要なモチーフとはしていますが、物語の大きいテーマはもっと広い意味での人間を抑えつけるあらゆるくびきからの救済と解放であったと解釈しています。

ビッグ・フィッシュ』。初演よりもミニマムな12名出演版による、若干初演からカットされた場面もある再演でしたが、幻想的でありながら地に足のついた感があり品格のある演出は、変わらないどころかブラッシュアップされていて安堵しました。やはり観た後に温かい気持ちになることができて好きな演目です。

そして『ダンス・オブ・ヴァンパイア』。こちらについてはこれを書いている今も今期の上演が継続中です。舞台は生もの、まだもっと現在の圧倒的な存在感の山口伯爵で観たい、と抑えがたい欲望を抱えながら、いずれは主演役者の世代交代も覚悟して観劇に臨んでいます。年明けに大阪公演を見届ける予定です。

明けて2020年は前述したTdV大阪遠征のほか、『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』、『天保十二年のシェイクスピア』、『アナスタシア』のチケットを確保済みです。

山口さん出演作は6月に日本版初演の『ヘアスプレー』、12月に新作『オトコ・フタリ』の上演が予告されています。前者は「え? 新しい劇場の座席、微妙なの!?」、後者は「全く新作なの? これから執筆されるの?」とそれぞれドキドキ要素もありますが、どちらもぜひ観に行きたいところです。

観劇は自分や家族や肉親の体調、そして余暇に割ける時間の確保という条件が整ってこそ実現できる贅沢な趣味なので、2020年もその辺りがぜひ息災でありますよう願いつつ、2019年を見送りたいと思います。皆さまも良いお年をお迎えください。

 

 

『ロカビリー☆ジャック』感想(2019.12.7 17:00開演)

キャスト:
ジャック・テイラー=屋良朝幸 ビル・マックロー=海宝直人 ルーシー・ジョーンズ=昆夏美 テッド・ロス=青柳塁斗 魔女=岡千絵 サマンサ・ロッシ=平野綾 悪魔=吉野圭吾

シアタークリエにて上演中のミュージカル『ロカビリー☆ジャック』を観てまいりました。

物語の時代背景は1950年代末期から1960年代初期。ロカビリーに魅せられてミシシッピの田舎からラスベガスに乗り込んだジャックと、彼を慕い崇拝する弟分ビル。しかしジャックの音楽活動は、歌で愛を語れないという致命的欠点のため鳴かず飛ばずで、腐って酒色に溺れるばかり。ついにプロモーターのサマンサと彼女の部下テッドにも見放され、マネージャーたるビルにも置き去りにされると知り、絶望のあまり命を断とうとしたジャックの前に悪魔と称する男が現れ、成功を約束するのと引き換えに、ジャックが「愛」を獲得すると同時に「命」とともに頂戴する契約を結ぶ。1年後、ミュージシャンとして見違えるように成長したジャックとビルはニューヨークで栄光への階段を駆け上り始めていたが、そこへジャック達を何とか蹴落そうとするサマンサ達のスカウトした美少女歌手ルーシーが現れ……。というのが大まかなあらすじです。

この演目、2幕の展開をネタバレすると面白さが半減すると思われますので、その辺りは寸止めにしますが、最後まで観て「これ、完膚なきまでにハッピーなラブコメ!」「あまり細かいことを深く考えてはいけない」と思いました。

開演後は、まずキャストの皆さま、特に屋良ジャック、昆ルーシー、実は個人的に初見だった海宝ビル、そして最早東宝ミュージカルを背負う屋台骨になりつつある平野サマンサの迫力ある歌とダンスに引き込まれました。

屋良ジャックは、一見無鉄砲で自堕落ですが実は繊細で漢気と秘めた優しさのある青年にぴったりはまっていました。このおとぎ話の中で自らの葛藤に立ち向かい束縛を断ち切っていく過程を、リアルに演じていたと思います。

昆ルーシーは、序盤のぽっちゃりさんで口下手な女の子ぶりが一途で愛らしくも不器用で、そっと抱き締め保護したくなる印象を与えており、あれは確かに魔女も何とかしたくなる! と納得の仕上がりでした。一方でラストシーンの後が最も気がかりな人物でもあります。魔女も「彼女なら大丈夫」と見込んでのあの契約だったのだろうとは思いますが……。うん、やはり細かい点は気にしないことにします!

海宝ビルは評判通りの美声と爽やかな美貌が光っていました。赤ちゃんの頃からジャックの歌を子守唄代わりに育ったビルが、ジャックを兄貴分として以上の崇拝を込めてわんこのように慕う気持ちが伝わってきて(わんこは別にいましたが)、好演だったと思います。ただ、今回は準主役ということで仕方ないと分かってはいますが、海宝さんの実績に比べて若干、役が不足していた印象は否めません。

それから平野サマンサ。裏社会の大物の娘という権力を傘に着て、主人公チームを何とか妨害すべく悪事を働きますが心底悪になりきれない複雑な人物で、あれは部下のテッドが気の毒過ぎるなあ、と考えながら観ていました。性格はほぼジャイアンですが、良くも悪くもここぞと言う時は自分に正直に行動する彼女を憎めない存在にしているのは、平野さんの演技力あってこそと思います。

……しかし何よりも衝撃的だったのは、吉野圭吾さん演じる「悪魔」です。某仮面の怪人のパロディのような音楽に合わせて登場し、Y字バランスが決めポーズのこの「悪魔」。バックダンサーを従えて妖艶かつ激しいダンスを繰り広げるだけで、あっという間に場をかっさらって行きました。

なお「悪魔」の詳しい人物像についてはネタバレになるので書けませんが、2幕では彼の全く異なる一面が明らかになります。こちらの彼は妖艶と言うよりは、極めて可愛らしく、そしてヘタレ。1作品で圭吾さんの魅力が2つ堪能できて大変お得になっております。そしてどのような姿でも、圭吾さんの妖しい美しさは健在。今年初めの『レベッカ』で拝見した時よりだいぶスリムになられたような気がするのは気のせいでしょうか?

また、この演目にはジャックとビル、サマンサとテッド等数々のペアが登場しますが、中でも昆ルーシーと岡魔女のペアは、観ていて『デスノート』のミサとレムを連想しました。彼女らのたどった運命こそミサとレムとは全く異なりますが、恐らくは契約により果たされる約束の旨味以上に、少女を救いたいという思いが強かったという点に相通ずるものを覚えております。そしてそれは、前述した昆ルーシーの一途さと、岡魔女の長く生きた人生の大先輩としての、妖しくも温かい心意気漂う人物像あってこその印象であると思っています。

 

この演目、「なぜここで盆回し演出をパロる?」とか、「あれではテッドが全く報われないのでは?」とか、「結局あの悪魔ダンサーズは悪魔さんの専属でラストでも一緒に成り上がったのだろうか?」とか、ツッコミ所がないわけではないのですが、やっぱり忙しくて心がギスギスしがちな年の瀬ぐらいは笑って頭を空っぽにしてハッピーな気持ちになりたいし、たまにはこういうのも良いよね! と受け止めている次第です。今のところリピートする予定はありませんが、再見するときっと新たな発見があるような気がしています。