日々記 観劇別館

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『ロカビリー☆ジャック』感想(2019.12.7 17:00開演)

キャスト:
ジャック・テイラー=屋良朝幸 ビル・マックロー=海宝直人 ルーシー・ジョーンズ=昆夏美 テッド・ロス=青柳塁斗 魔女=岡千絵 サマンサ・ロッシ=平野綾 悪魔=吉野圭吾

シアタークリエにて上演中のミュージカル『ロカビリー☆ジャック』を観てまいりました。

物語の時代背景は1950年代末期から1960年代初期。ロカビリーに魅せられてミシシッピの田舎からラスベガスに乗り込んだジャックと、彼を慕い崇拝する弟分ビル。しかしジャックの音楽活動は、歌で愛を語れないという致命的欠点のため鳴かず飛ばずで、腐って酒色に溺れるばかり。ついにプロモーターのサマンサと彼女の部下テッドにも見放され、マネージャーたるビルにも置き去りにされると知り、絶望のあまり命を断とうとしたジャックの前に悪魔と称する男が現れ、成功を約束するのと引き換えに、ジャックが「愛」を獲得すると同時に「命」とともに頂戴する契約を結ぶ。1年後、ミュージシャンとして見違えるように成長したジャックとビルはニューヨークで栄光への階段を駆け上り始めていたが、そこへジャック達を何とか蹴落そうとするサマンサ達のスカウトした美少女歌手ルーシーが現れ……。というのが大まかなあらすじです。

この演目、2幕の展開をネタバレすると面白さが半減すると思われますので、その辺りは寸止めにしますが、最後まで観て「これ、完膚なきまでにハッピーなラブコメ!」「あまり細かいことを深く考えてはいけない」と思いました。

開演後は、まずキャストの皆さま、特に屋良ジャック、昆ルーシー、実は個人的に初見だった海宝ビル、そして最早東宝ミュージカルを背負う屋台骨になりつつある平野サマンサの迫力ある歌とダンスに引き込まれました。

屋良ジャックは、一見無鉄砲で自堕落ですが実は繊細で漢気と秘めた優しさのある青年にぴったりはまっていました。このおとぎ話の中で自らの葛藤に立ち向かい束縛を断ち切っていく過程を、リアルに演じていたと思います。

昆ルーシーは、序盤のぽっちゃりさんで口下手な女の子ぶりが一途で愛らしくも不器用で、そっと抱き締め保護したくなる印象を与えており、あれは確かに魔女も何とかしたくなる! と納得の仕上がりでした。一方でラストシーンの後が最も気がかりな人物でもあります。魔女も「彼女なら大丈夫」と見込んでのあの契約だったのだろうとは思いますが……。うん、やはり細かい点は気にしないことにします!

海宝ビルは評判通りの美声と爽やかな美貌が光っていました。赤ちゃんの頃からジャックの歌を子守唄代わりに育ったビルが、ジャックを兄貴分として以上の崇拝を込めてわんこのように慕う気持ちが伝わってきて(わんこは別にいましたが)、好演だったと思います。ただ、今回は準主役ということで仕方ないと分かってはいますが、海宝さんの実績に比べて若干、役が不足していた印象は否めません。

それから平野サマンサ。裏社会の大物の娘という権力を傘に着て、主人公チームを何とか妨害すべく悪事を働きますが心底悪になりきれない複雑な人物で、あれは部下のテッドが気の毒過ぎるなあ、と考えながら観ていました。性格はほぼジャイアンですが、良くも悪くもここぞと言う時は自分に正直に行動する彼女を憎めない存在にしているのは、平野さんの演技力あってこそと思います。

……しかし何よりも衝撃的だったのは、吉野圭吾さん演じる「悪魔」です。某仮面の怪人のパロディのような音楽に合わせて登場し、Y字バランスが決めポーズのこの「悪魔」。バックダンサーを従えて妖艶かつ激しいダンスを繰り広げるだけで、あっという間に場をかっさらって行きました。

なお「悪魔」の詳しい人物像についてはネタバレになるので書けませんが、2幕では彼の全く異なる一面が明らかになります。こちらの彼は妖艶と言うよりは、極めて可愛らしく、そしてヘタレ。1作品で圭吾さんの魅力が2つ堪能できて大変お得になっております。そしてどのような姿でも、圭吾さんの妖しい美しさは健在。今年初めの『レベッカ』で拝見した時よりだいぶスリムになられたような気がするのは気のせいでしょうか?

また、この演目にはジャックとビル、サマンサとテッド等数々のペアが登場しますが、中でも昆ルーシーと岡魔女のペアは、観ていて『デスノート』のミサとレムを連想しました。彼女らのたどった運命こそミサとレムとは全く異なりますが、恐らくは契約により果たされる約束の旨味以上に、少女を救いたいという思いが強かったという点に相通ずるものを覚えております。そしてそれは、前述した昆ルーシーの一途さと、岡魔女の長く生きた人生の大先輩としての、妖しくも温かい心意気漂う人物像あってこその印象であると思っています。

 

この演目、「なぜここで盆回し演出をパロる?」とか、「あれではテッドが全く報われないのでは?」とか、「結局あの悪魔ダンサーズは悪魔さんの専属でラストでも一緒に成り上がったのだろうか?」とか、ツッコミ所がないわけではないのですが、やっぱり忙しくて心がギスギスしがちな年の瀬ぐらいは笑って頭を空っぽにしてハッピーな気持ちになりたいし、たまにはこういうのも良いよね! と受け止めている次第です。今のところリピートする予定はありませんが、再見するときっと新たな発見があるような気がしています。