日々記 観劇別館

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『貴婦人の訪問』感想(2016.11.20マチネ)

キャスト:
ルフレッド・イル=山口祐一郎 クレア・ツァハナシアン=涼風真世 マチルデ・イル=瀬奈じゅん マティアス・リヒター=今井清隆 クラウス・ブラントシュテッター=石川禅 ゲルハルト・ラング=今拓哉 ヨハネス・ライテンベルグ=中山昇

『貴婦人の訪問』(2回目)を観に、再びシアタークリエに出向いてまいりました。

この作品に関する思いは、もっと気の利いた言葉で語りたくて、でも自分の文学的素養や知性ではとても太刀打ちできない所があり、また、舞台の隅々まで目も行き届かず、たまにTwitterなどで秀逸な感想や鋭い観察を見かけると「ちくしょー!」と羨望と悔しさにまみれたりしています。相変わらずの乱筆乱文となりますことをお許しください。
※ネタバレあります。

オープニングでギュレンの市民がとことん先の見えない不況にあえぎ、かつてぼろ雑巾のように社会的に抹殺したクレアにすがろうとしている姿を見るといつも、
「おまえ達の中で罪を犯したことがない者だけが、この女に石を投げよ」
というフレーズが脳裏に浮かんできます。市民のクレアやアルフレッドに対する所業についてだけでなく、観客として市民に対し、さて、石を投げられるだろうか?と考えてしまうのです。

今回、クラウス校長の指揮で市民合唱団が歓迎の歌を披露する場面で、アルフレッドがひっくり返った音程に驚いてめまいを起こし、ヨハネス牧師に倒れかかっていたことに気がつきました。山口さんのアルフレッド、1幕ではこの他にも、警察署に駆け込む場面でのゲルハルト署長との掛け合い漫才など、結構笑いで攻めています。
1幕でアルフレッドのお芝居がコントであればあるほど、黒豹の死以降の展開がより重たく胸を打つように思います。
特にゲルハルト署長。クラウス校長以外の友人3名は1幕で既に物欲に走っていますが、うちマティアス市長は市の平和と自ら保身のために、ヨハネス牧師も市民の幸せと正義のためにそれぞれアルフレッドとの友情を切り捨てているのに対し、ゲルハルト署長は友情を維持することと、自ら信じる正義の下に友人に引導を渡すこととをどちらも矛盾無く両立させています。*1それ故に、「永遠の友達」のデュエットで歌われる篤く美しい友情は、観ていて心底ぞっとします。曲と2人のハーモニーにはあんなに堪能させられるというのに。

黒豹の死は、正義と街の平和のためなら命を奪うことは赦されるという既成事実を市民に与える分岐点になっています。
でも、アルフレッドは単にクズかっただけで、市民の命を脅かしたわけでもないのに、罪人として黒豹ちゃんのように死を悼んでもらえないのは、何だか不条理ですね。

1幕ラストの「愛の嵐」で思ったのは、アルフレッドは所業だけ見ると本当にクズ男なのに*2、それでもキスされてクレアが一瞬でもぐらついてしまうのは、クレアが憎悪と表裏一体な濃厚な愛情を抱くに値する何らかの魅力を彼が有していたからなんだろうな、ということです。それでも、残り火で塞がるには傷はあまりにも深すぎたということでしょうか。傷の深さは2幕の「世界は私のもの」で徹底的に語られ、息切れしない涼風さんにいつも感嘆しています。

2幕の前半は、私的には観ていてかなりつらい展開です。「元気でアルフレッド」から「モラルの殿堂」を経て、ゲルハルト署長が引導を渡しに来るまでの場面(除く「世界は私のもの」)。もちろんアルフレッドが市民や友人に対して色々と諦め、気持ちを固めるには必要な展開だと分かってはいるのですが、それまでの間のクラウス校長の葛藤がどこまでも辛くて演じる禅さんの歌声もか弱く負け犬感たっぷりで、市民や友人達の行状はこれでもかとえげつなさ過ぎるので。

それだけに、アルフレッドのソロ「もう恐れない」は実に甘く心に染みいるのです。それまで罪ともかつての恋人とも、そして共に暮らす妻とすら正面から向き合ってこなかった男の声色も目つきも、死を前にして水を得た魚のように生き生きしていくのは皮肉なことです。その代わりにマチルデのある意味自業自得とは言え報われなさ加減が際立つわけですが。

ルフレッドとクレアが迎えた結末。普通であればどちらかの死は2人を分かつものですが、この愛は死により永遠が約束されたのだと思います。しかも片割れの死によってしか成就し得なかった愛。
元彼と故郷に対し、策略を巡らして巧妙に復讐を完成させたのは他ならぬクレアであり、彼女にまんまと踊らされた街の人々が導いた状況でもあります。

復讐によってもたらされた結末の凄まじさと裏腹に、成就する愛の構図があまりにも美しすぎるのは、本当に皮肉です。
ルフレッドとクレアの哀しくもしっとりと大人の愛を歌い上げるデュエット「愛は永遠に」の、山口さん&涼風さんの滋味と深味のある歌声。そして、終盤で時が止まったような現在の2人の頭上で幸福そうに抱き合い駈けていく若い2人の輝くような姿。

ストーリーだけ見ると正に2chまとめなどでよく見かける「後味の悪い話」ですし、ラストにクレアが「人殺し!」と吐き捨てたり、マチルデに凄みのある微笑みを向けたりもしますが、やはり自分がこのミュージカルは「愛の成就の物語」であると感じるのは、上に記したような描かれる構図の美しさ故であると思いました。

……ああ、やはりまだ思いをすっきりと語り切れません。この演目、あと1回しか観るチャンスはないのですが。ちなみにクリエ楽がマイ楽になります。

なお、カーテンコールで腕を組んで登場する山口さん&涼風さんが本当に可愛らしくて、オタク用語的意味合いで「尊い」です(「尊い」の参考記事)。あと1回しかこの2人を観られないのが本当に残念で、香水の瓶に詰めて取っておきたいぐらいです(それは違う作品)。

*1:この辺りはゲルハルト役の今さんも作品パンフで言及しています。

*2:あの所業について、彼の人間の器が小さかった以外の拠ん所ない事情があったのかどうかは劇中では一切説明されないので不明です