日々記 観劇別館

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『貴婦人の訪問』東京千穐楽感想(2016.12.4マチネ)

キャスト:
ルフレッド・イル=山口祐一郎 クレア・ツァハナシアン=涼風真世 マチルデ・イル=瀬奈じゅん マティアス・リヒター=今井清隆 クラウス・ブラントシュテッター=石川禅 ゲルハルト・ラング=今拓哉 ヨハネス・ライテンベルグ=中山昇

『貴婦人の訪問』東京楽を観てきました。
クリエに向かう途中で山手線が、秋葉原駅での乗客線路立ち入りや品川駅でのモバイルバッテリー発火騒ぎで一時運転見合わせになり、慌てて京浜東北線に乗り換えるも有楽町駅は通過する時間帯のため、結局東京駅で下車し、日比谷まで20分ほどかけて、ステッキを突きつつ歩く羽目に。何とか無事開演に間に合いましたが、少しだけ『貴婦人』の終盤でやはりステッキを突いて市民裁判の会場に駆けつけるクレアの気持ちが分かったような気がします。

東京楽の座席は、3列目の下手サブセン。キャストの生声が伝わってくる良席でした。

今回観ていて、アルフレッドとクラウスとの対話に何とも言えない悲しみを覚えました。
ルフレッドは1幕〜2幕の序盤では周囲の変貌にすっかり怯えきっていて、クラウスの思いやりの言葉さえも策略と信じて心を閉ざしています。2幕の雑貨店で市民に罵られた後の対話でやっとクラウスの優しさと、善い人が故の苦悩と絶望に気づくのですが、時既に遅し、でした。
それはたとえ集団心理の前で2人が無力であったとしても、もっと早く分かり合えていればもう少し展開が違ったのではないか、と、大変に悲しいエピソードです。しかし恐らくこの2人の対話があったからこそ、次の場面、マティアスとゲルハルトの裏切りを経て、アルフレッドの諦めと決意に結びついたのではないか、と、千穐楽でようやく思い至りました。
禅さんの演技からは毎回、クラウスの「どうしようもない心持ち」が伝わってきていましたが、この千穐楽ではそれが際立っていたと思います。
また、万感の思いを込めて去りゆく友に手を振る山口アルフレッドの背中も、何とも静謐でありながら、果てしない切なさを漂わせていました。

今季初めて怒りを覚えたのは、1幕で瀬奈マチルデが貴方を守るわ、と山口アルフレッドに語りかける場面でした。
ジェスチャーで感謝らしきものは示しているものの、マチルデの温かい言葉に返事を返すこともせずただ黙って甘えるばかりで、なのに2幕最後には妻を打ち棄てるアルフレッド。私、滅多に山口さんの役に腹を立てることはないんですが、急にむらむらとタコ殴りにしたい衝動にかられました。瀬奈マチルデがひたすら奥ゆかしく可愛らしく夫を信じて尽くそうとしているのに、まるで豆腐に針を刺しているようで、ちょっといらっとくるのです。

そして、東京楽という場ゆえでしょうか。山口アルフレッドと涼風クレアの演技の反射とぶつかり合いも、鬼気迫るものがありました。
特に1幕終盤。相手を撃ち損ね、撃たれ損ねたアルフレッドとクレアは、この時互いへの激しく深い愛を確信したのだと受け止めています。ただし、クレアのそれは、あの時アルフレッドの裏切りで失われた純愛を取り戻し昇華させるには、やはり彼を赦さず断罪し息の根を止めねばならぬ、というものであったと思いますが……。
あと、涼風クレアと、若クレア飯野さん。2幕の「世界は私のもの」での表情、感情のシンクロぶりが半端なかったです。2人のクレアから、彼女の受けた心と身体の痛みが二重に伝わってきて、息詰まる思いでした。
その傷ついてどん底に落ちて、大富豪の老紳士の死後に7人夫を取り替えても癒えることなく元カレと故郷への復讐心を燃やし続けてきたクレアが、アルフレッドと新たな人生を生きることではなく、やはり復讐の成就によってしか救いを得られなかったのは、何とも皮肉で苦過ぎる展開です。

ルフレッドが死を受け入れた――彼女に命を差し出す決意をした――ことにより生まれた、愛という名の永遠の命は無論尊いものではありますが、クレアは心のどこかで自らの陰謀が覆ることを望んでいたのかもしれない、と、最後のクレアの「人殺し!*1」の叫びと壮絶な微笑みを眺めながらどうしても考えずにはいられませんでした。

カーテンコールでは、楽ということで、瀬奈さん、涼風さん、山口さんの順番でご挨拶がありました。
瀬奈さんのご挨拶には、
「毎回酷い捨てられ方をして、毎回魂を揺さぶられる作品でした」
という一言が。この「酷い捨てられ方を」のくだりで、捨てた夫・山口さんが捨てられた妻・瀬奈さんにペコリとお辞儀してました(^_^)。

瀬奈さんの挨拶が終わり、涼風さんにそのまま振るのかと思っていたら、何故か振らず、山口さんが軽くあわあわしながら涼風さんに振っていました。
涼風さんは「昔妖精、今妖怪」のいつものフレーズの後に、昔から、馬、かぼちゃ、妖精*2、宝塚に入ってからは男性を、退団後は女性に戻って、様々な役を演じてきましたが、と前置いて、
「クレアは、私の一番の女性です」
「命続く限りクレアを演じたいと思います」
と言っていました。
「プロデューサーの岡本さん、服部さん、アルフレッド役の山口祐一郎さま、そして愛する共演者の皆様のおかげでクレアを演じることができました」
とも。はい、祐一郎さま別格(^_^)。
最後の山口さんのご挨拶は「いつもの」でしたが、何故か先に共演者の皆様と手を繋いでから、
「皆様とひと時を過ごすことができました。本当にありがとうございました」
と言っていました。観客のみならず共演者への温かい感謝の念も込められていたのでしょうか。

その後は何回か全員お出ましがあった後に、山口さんと涼風さん2人だけでお出ましが3回くらい。
2回目くらいに、演出の山田さんをはさみ打ちで拉致してきてご挨拶。途中で山田さんを舞台前方に無理やり押し出しもあり。
そして、3回目には涼風さんが軽くターンした後、何と山口さんが一回転ジャンプしていました。ああっ、もう還暦なのだからご無理なさらず!と心で叫びながら、でも嬉しかったです。

瀬奈さんや涼風さんがご挨拶でも触れていましたが、これから福岡、名古屋、そして大阪へと貴婦人カンパニーの巡演の旅はまだ続きます。しかし、私自身の貴婦人との旅は、東京楽が最後。今、ちょっと、腑抜けになっております(^_^;)。
どうかまた、涼風さんの言葉のとおり、クレアとアルフレッドにまた出会える日が巡ってきますように。

*1:この「人殺し」にはクレア自身も含まれていると解釈しています。

*2:かぼちゃと妖精は忘れていたのでTwitterのフォロワーさんに教えていただきました。シンデレラの舞台でしょうか?