日々記 観劇別館

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『ちぬの誓い』感想(2014.3.30マチネ)

キャスト:
不動丸=東山義久 松王丸=相葉裕樹 達若=良知真次 五郎丸=藤岡正明 獅子丸=上原理生 常世丸=渡辺大輔 信佐=照井裕隆 夜叉丸=橋本汰斗 勘太=吉田朋弘 月丸=千田真司 秦東儀=戸井勝海 陰陽師(安倍泰氏)=今拓哉

TSミュージカルの新作『ちぬの誓い』を池袋の東京芸術劇場へ観に行ってまいりました。
時代は平清盛の治世。大輪田泊造営に携わる若い見習い武士達のプロジェクトX的なドラマ、なのですが、そのプロジェクトがあまりにもグダグダなために起きる数々の起こらなくても良い悲劇。……という説明は、あながち間違いではないと思います。

いや、いくらトップダウンでいかなる状況でも下々が主上に絶対服従に決まっている平安時代とは言え、あり得ないだろ、あそこまで工程がなってなくて、その上現場判断に成否が委ねられている事業。少なくとも、緊急突貫工事中に人足が満潮に呑まれないよう、海の潮の干満ぐらい計算しておけよ、と説教を喰らわしたくなりました。
ストーリー的には、
「どんな苦境でも諦めず、団結して前向きに物事に取り組むことの大切さ」
「現代の基準から見た行動の是非はさて置き、多数の人々を救うために自らの生命を差し出す美少年の心根の尊さと美しさ」
「特殊能力を持つミステリアスな悪役」
などのドラマを彩る要素満載で、加えて、後述しますがダンスミュージカルとしても良くできていて、どちらかと言えば好みの演目の筈なのですが、どうも働く社会人としてはプロジェクトのだめさ加減が引っかかってしまったわけで。
また、少なくとも若者達は清盛の野望を希望に満ちたものとして受け止め、自らの夢に転換して理想の実現に励もうとしているのに、清盛との媒介役である陰陽師が、星の理しか信じていないジャベールライクな人物の上、下賤の者の心情にはとことん酷薄な人物なので、その辺りの噛み合わない加減が何だかなあ、な感じで最後まで隙間を埋められませんでした。

ただ、松王丸の「死者の声を聴ける」設定というのはかなり重要で、それゆえに死者の思いを受け継いで生者が強かに生きるという設定や、誰かを生かすための彼の選択が説得力を増していたと思います。
そう言えば、どこかで自分は確かに、松王丸のように前向きに毅然と命を捧げる生き方を見たぞ、ともやもやしていましたが、思い出しました。『二都物語』のシドニーです。

その意味で、松王丸と同様の能力を持つと思しき、敵役・陰陽師の性格は、脚本上もう少し掘り下げることができただろうに、と思います。演じる今さんがもう本当に妖しくて冷厳でミステリアス、そしてほんの少しお茶目な陰陽師のキャラクターを作り込んでいたので、終盤の松王丸との対話場面以外では物語上キャラクターの魅力が十分活きていなかったのが惜しいです。
ちなみに陰陽師、あの2本の指を揃えて伸ばしてちらちら動かし霊力を発揮するさまが、観劇後1日経っても呪いのように脳裏に刷り込まれてしまっています(^_^;)。もしかして、見習い武士達が権力に抗い過酷な状況に呻きつつも、何だかんだで結局最後まで職場放棄せず事業を完成させたのは、あの2本指の力だったんじゃないかという気もしますが、ちょっとそれだけは否定したい所です。

全体に、泊の工事を巡る群像劇に仕上げようとして、人物造型とエピソードを盛り込みすぎて視点がばらけてしまったような印象もあります。例えば秦東儀ら渡来人にまつわるエピソードは、TSならあれだけで1本作れたような気がしないでもありません。物語の中心になっている不動丸と松王丸、彼ら2人の心がばっちり交差し共鳴し合う瞬間が意外に少なかったのも、細かいエピソードが大きなうねりに繋がらなかった一因のように感じます。

……と、こういう書き方をすると、まるでこの演目が嫌いに見えるかも知れませんが、決してそういうわけではありません。むしろどちらかと言えば好きな方です。ああいう骨太なテーマでミュージカルを作れるのはTSならではだと思います。

それに、やはりTSの激しく力強いダンスは随一のものです。特に今回、1幕前半の木箱を使ったダンスがいかにも難易度が高そうで、これ、1ヶ所振りを間違えたら総崩れする!と緊張しながら観ていました。
あのストーリー展開と男臭いダンスシーンに何の脈絡があるんだ、という感想もTwitterでは見ましたが、あのダンスがなければTSではない所もあるので、そこは許してあげて欲しいと思います。
キャストの中では、東山くんのしなやかで力強いダンスの存在感が随所で際立っていました。だからこそ、不動丸が特に後半、物語の核を成すよりは狂言回しに徹している感があったのが惜しいです。

幕切れは重いものでしたが希望を残したものであり、それを示すようにカーテンコールはとても明るいものでした。
全体にあまりバランスが良くないと感じた演目ですが、ダンスシーンの出来など、不思議と「捨てがたい」演目でした。