日々記 観劇別館

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『ラブ・ネバー・ダイ』感想(2014.3.22ソワレ)

キャスト:
ファントム=市村正親 クリスティーヌ=濱田めぐみ ラウル・シャニュイ子爵=田代万里生 メグ・ジリー=笹本玲奈 マダム・ジリー=鳳蘭 グスタフ=松井月杜

ここのところ、諸事情で少し観劇を減らし気味にしていますが、これは話の種に観ておこう、と日生劇場に行ってまいりました。

観劇後の印象を一言でまとめますと、
「この作品の正編の『オペラ座の怪人』よりは凄くないけれど、それなりに豪華で、色々凄い。でも正編と比べると少々観客には納得行かない所もあるので、『作曲家が納得することのできるこういう別の時間軸もあり得た』ぐらいに解釈しておくのが、この作品を楽しむコツ」
と言ったところです。とにかく舞台装置と衣装が本当に豪華絢爛でした。今回は1階席での観劇でしたが、照明もとても幻想的で、2階席だと2倍楽しめるに違いありません。そして正編を知っている人のツボを押しまくりの舞台装置もちらほら。
音楽は、歌+オーケストラが調和してしっくり美しく響くように作られていて、ああ、この、人を感動させようと狙ったあざとさというものが一切ない(あるいは狙った計算が目立たない)のに、人の耳と心を鷲掴みにする音はロイド=ウェバーだなあ、と思います。

で、この演目、実のところ展開は、結構タルいです(笑)。2幕2時間25分(休憩込み)の劇中で経過する時間が恐らく僅か2、3日程度である上に、1場当たりの時間が長く、また、展開されるドラマが昼メロチックに細かい会話(歌)の応酬で成立していますので。
しかし、その展開のタルさがほとんど気にならなくなるほど、キャストの皆さまの迫力が素晴らしかったです。とりわけ、のっけから観客を物語世界に引き込む市村ファントムに圧倒されておりました。私はそれなりに歳を喰っているわりに市村ファントムは劇団四季のCDでしか知らない世代ですが、CDでさんざん聞き返してきたあのファントムそのものがそこにはいました。あまりにもはまりすぎていて、Wキャストの鹿賀さんのファントムが全く想像できずにいます。
その鹿賀さんが21日から体調不良で休演*1と言うことで、市村さん、2日間で連続4公演登板されている筈ですが、それを全く感じさせないのは流石です。
歌声が素晴らしかったのは、濱田クリスティーヌ、そして万里生ラウルでした。声質の良さ、声域の広さもさることながら、オペラ歌唱が求められる場面や役どころでそれがこなせるのはやはり強みだと思います。濱田さんのソプラノボイス、最強です。
クリスティーヌの息子、グスタフ*2を演じた月杜くんもなかなか良い仕事をしていたと思います。演技力と歌唱力の両方が問われる役なので、かなりハードなのではないかと。
鳳マダムと玲奈メグもかなり熱演でしたが、役が、役が……。

と言うわけで、ネタバレせずに感想を記す技術も時には必要だとは思いますが、どうもこの作品は私にはネタバレしないと上手く語れなさそうなので、以下、一部の重要なネタバレありでまいります。未見の方はご注意ください。

さて、この作品の最大のネタバレ、グスタフの出生の秘密は、観る前から既に存じておりました、はい。
このグスタフ、登場する早々に、思い切り音楽の天才性を発揮してくれているので、これで「やっぱりラウルとクリスの子供でした」というオチだったらどうかと思いますけれど。
1幕後半、ファントムがグスタフを地下の怪しいコレクション部屋(?)に案内する場面で、そこだけ音楽がロック調に変わるのが面白かったです。大喜びのグスタフを見ながら「オタクの子はオタク」「オタクの血は争えない」というフレーズが頭をぐるぐるして困りましたが*3(^_^;)。
この演目前半の白眉は、やはり市村ファントムと濱田クリスとが愛の日々を回想するデュエットですが、この2人の関係が、どっぷりと深い情で結ばれつつ、実際には子供まで産まれているのに何故か下世話にならず純度が高かったです。魂同士で清浄に結びついているような不思議な感じに作り込まれていました。

ただ、どこかで彼らの関係を斜めに見てしまう所が自分にはあるようです。
正編の物語のラスト、ラウルを拘束したファントムをクリスが抱擁しキスをするエピソードで、ファントムがクリスを抱き締めようとしてぐっと堪え、クリスから身を引く場面がありますが、今回の作品のラストにも、ある重要人物がファントムを抱き締める場面があります。その場面で、ファントムは最初堪えようとして結局堪えきれず、正編では果たせなかった「大切な相手」との抱擁を叶え、正編の結末と相まって観客の感慨を呼ぶわけですが、そこで、
「……ここで抱擁が成り立とうが成り立つまいが、ファントムとクリス(+グスタフ)の愛って成就してるよな。ラウル立場ないよな。けっ、ファントムのリア充め」
と、ついひねくれた視線を送ってしまう汚れた大人なのでした。
あとファントム、クリスに「グスタフに本当のことは言わないでくれ」と頼みつつ、酒浸りで借金まみれ、クリスを傷つける自分に苦悩するラウルに、あの子がお前の血を受け継いでいると思うか?と挑発的台詞を投げかけるのは、ちょっと人間が小さいんじゃないかと……と思いましたが、考えてみたら正編の方でもファントムの人間が小さかったが故に一連の事件が起きてしまったとも言えるので、まあ、仕方ないか(^_^;)と考えることにしました。
でも、情けないラウルにまるで常識人のように説教するさまは「お父さんみたい」と思いました。ラウル同様「お前に言われたくない」とも感じましたが。

それから、観ていて辛かったのは、ジリー母子のファントムに対する一連の葛藤です。
下世話かつ直球で彼女達の境遇を説明しますと、実はファントムの才能にぞっこん惚れ込んでいたジリー母子が、オペラ座のあの事件の後にファントムを匿い一緒に合衆国に流れ着き、そこでメグが嫌々ながら枕営業に励んだ見返りとして見世物小屋の興行権を手に入れ、そこでファントムがプロデューサー、マダムが振付インストラクター、メグがダンスチームのリーダーとしてレビューを興行して暮らしている、という状況です。
そんな状況下で、ファントムが、もう一度、私が愛した最高の歌姫に私の作品の上演を!とクリスを騙して合衆国に呼び出したばかりか、自分の才能を受け継いだ息子に「全てを譲る」とか言い出したら、まあ、そりゃ焦るしマジギレするやろ、と思います。
最初1幕のマダムが雄叫びするラストを観て、
「おや?マダムが精神的に、正編の時代のファントム化して2幕で暴れる?」
と思いましたが、実際に精神崩壊していたのは娘の方で、終盤の大事件を引き起こすという展開が待ち受けています。この終盤のメグを、玲奈ちゃんが好演していました。
2人ともファントムなんかに味方したが故の因果、と言ってしまえばそれまでですが、気の毒ではあります。でも、どうもこの2人の人間性の描写がファントム以上に小さくて、何だかなあ、という思いが拭えません。
もしかして、男性(ロイド=ウェバー自身)の身勝手に振り回された女性達への贖罪の思いが込められているのかも?と推し量ってみましたが、その割にジリー母子は全く救われていませんし、加えてファントムとラウルの双方に情を持ち続けたクリスは、それを罰するかのようにあっさりと殺されてしまいますし、その辺りの男心の機微はちょっと良く分からないものがあります。

そして、最後の最後に気になったのは、
「ラウルの借金って、結局どうなったの?」
という点でした。もしかして、ファントムの財産を受け継いだグスタフが返してあげたのでしょうか(^_^;)?謎です。

物語のラストは重たいものでしたが、その分カーテンコールは華やかで明るく、とても和やかで盛り上がるものでした。土曜ソワレなこともあり、劇場の終演アナウンスがかかってからも拍手は止まず、もう一度お出ましがありました。
辛口なこともたくさん書きましたが、『オペラ座の怪人』がお好きな方で、この記事の冒頭に記したような割り切った解釈ができる方は、一度観ておいて良い作品だと思います。

*1:YTVのニュース記事によれば「(復帰まで)そんなにかからないと思います」と鹿賀さんのマネジメントサイドでコメントしたようですが、ちょっと心配です。

*2:何でフランスの子供なのに「ギュスターヴ」じゃないん?とどうでも良いツッコミをしていたのは自分です。

*3:そんな歌詞はこの作品のどこにもありません、念のため。