日々記 観劇別館

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『天翔ける風に』感想(2013.6.23マチネ)

キャスト:
三条英=朝海ひかる 才谷梅太郎石井一孝 三条智/おつば=彩乃かなみ 三条清/おみつ=伊東弘美 甘井聞太左衛門=岸祐二 溜水石右衛門=吉野圭吾 都司之助=浜畑賢吉

シアタークリエで上演中の本作を観てまいりました。
今回から主演の三条英役が香寿たつきさんから朝海ひかるさんに交替ということで、自分の中の英のイメージが変わることに若干の恐れを抱きつつ劇場へ。ちなみに前回2009年は、英=香寿さん、才谷=山崎銀之丞さん、溜水=今拓哉さんでの観劇でした(当時のブログ記事)。
結論。良い意味で変わったと思います。美しかったです、朝海さんの英。香寿さんの英よりもっと頑なで、色々なもの――自分の理想や誇りを貫くため、そして家族を守るために自分を押し殺して必死に突っ張っている青臭いイメージでした。その頑なな英の心が紆余曲折、数々の葛藤を経た末、2幕で解放されるさまは、やはり安堵します。
また、英のソロを聴いて、数年前に観た某作品の時より各段に耳に心地良い歌声になっていたと感じました。相当に、努力を積み重ねられたのではないかと思います。

前回観た時には特に何とも思わなかったのに、今回妙にうるっと来たのは、英と、彩乃さん演じる智の姉妹の対話場面でした。
才気煥発で男達に伍する突っ張った生き方を貫こうとする英が、智に語りかける時だけは優しいお姉さんの顔と口調になっているのですね。それを見て、英にとっての智は、才谷とは全く異なる意味で、自分の中の愛情と優しさをねじ曲げることなく真っ直ぐに注ぐことのできる、とても大切な存在だったのだと、今回初めて気づかされました。
その思いを抱くには、可憐でしなやかで、包容力のある彩乃さんの歌声もかなり功を奏していたような気がしてなりません。智は一見受け身でありながら、複数の人物の心の支えになっているキャラクターなので、歌声の包容力の有無はかなり重要だと思いました。

才谷は、前回はもう少し泥臭くギラギラしていたような気がしますが、石井カズさんの才谷は太陽のようにキラキラしていました。「ギラギラ」ではなく「キラキラ」。別にカズさんの汗がキラキラしていたわけでなく……いえ、汗もいつもの通りハンパなかったですが(^_^;)、目的実現のための迷いや障害ができても、常に心に確固たる理想が輝いているのでいつでもそこに立ち返れて鬼にも蛇にもなれる、あまりブレなさそうなキャラクターに仕上がっていたと思います。
カズさん才谷、それでいて温かいのです。「人殺しって、あったかいんだな」の台詞の力強い温もりに、その腕に抱かれた者がどれだけ救われたことか。
そして、この人は英のことが本当に大好きなのだという一点が、これまたキラキラと伝わって来るキャラクターでもありました。1幕の川辺で思わず英に下心を働かせてしまう場面が可愛いです。それをどちらかと言えばジェントルな石井さんが演じるのがまたおかしいのですけれど。

吉野さんの溜水は……今さんで溜水を観た時は、ニヒルな策士がただ一度真実の愛を抱いた故の悲劇、という印象でしたが、吉野溜水はちょっと今溜水とは別人で、ニヒルというよりは「ぼっち」なイメージを抱きました。誰にも心を許していない感3割増しな感じで。
吉野溜水にとって、幕府が倒れようが竜馬がどうなろうが本音ではどっちでも良くて、愛が欲しくてたまらなくて、それさえ手に入れられれば後は関係なさそう。だから、2幕で彼が辿った運命が本当に可哀想でなりませんでした。英と自分は似ている、と言っていましたが、ついに彼は誰の愛も手に入れられないままだったので。
そう言えば顔半分に傷跡があり前髪で隠している、という溜水の設定、今さんの時にはあったでしょうか?当時のブログを読み返して思い出しても、そういう扮装の記憶がないのですが。

それから、岸さん演じる聞太パパ。前回観た時同様、その行動のもたらした状況の皮肉さに何とも言えない哀しみを覚えました。更に今回、あの父親の行動は「家族のため」に「自らの理想をねじ曲げて生きる」道を選んだ結果ということで、図らずも「自らの理想の正しさを証明する」ために罪を試した結果、要らない罪まで犯してしまった実娘の生き方と合わせ鏡になっているのではないか?という思いに至り、野田秀樹さんの作られた元のプロットの見事さに恐れおののいています。
そして岸聞太、若き志士達と対等に、長い旗竿の赤旗・白旗を振り回すダンスの見事さは、やはり元アンジョルラスゆえでしょうか。そう言えば前回聞太を演じていた阿部さんもかつてグランテールでした。あのダンスを、旗竿の向きが逆になることも、旗竿の先がどこかに引っかかることもなくこなす岸さんも、志士の皆様も凄いです……。

伊東さん、浜畑さんのベテラン勢もそれぞれに素晴らしかったです。
伊東さんについては、公家の出という設定でやや浮世離れはしているものの、ああした普通の武家の奥様役で観たことが個人的になかったので、目新しく拝見しました。2幕で半分狂い、立ち枯れた盆栽のようになってしまう姿にぞくっときました。
浜畑さんの役は、前回は若い戸井勝海さんで観ています。個人的には、司之助はこの人が英のお父さんなら良かったのに、と観ていて思ったので、今回のように年嵩の役者さんが演る方がしっくり来ました。

最後にこの作品全体について。以前観た時には、
「皮肉な結末。誰も幸せになれない物語」
だと感じました。でも今回は、
「ラストにやっと英は自分を偽らず、素直な心でこんなに満面の笑みを湛えているのだから、その後がどうあれこれはハッピーエンドだ」
と思うことができました。一体何故なんでしょうね、この感想の違いは。

おまけ。今回の公演では、志士の皆様との記念撮影に参加する抽選が行われており、何と開演前に何も考えず無欲に応募した所、当選してしまいました。
幕間に当選発表。終演後に当選者だけ残るよう(当選者以外の見学も禁止)アナウンスがありました。
前方上手側の座席に集合後、一度席番だけ確認した後、もう一度席番と名前を確認して料金(写真の送料)支払い。スリッパを渡されて履き替えてから1組10人ずつぐらいで舞台に上がり、前後列を志士の皆様に囲まれる形式での撮影でした。計3組が交替で撮影。自分の組は2番目でしたが、流石カメラマンの方も志士の皆様も、どうしても緊張しがちな場をほぐす術を心得ていて、自然に笑顔で撮ってもらうことができました。終了時に「ケガせず頑張って下さい」と志士の皆様にちゃんと言うことができたので、悔いはありません(^_^)。