日々記 観劇別館

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『Diana』感想(2010.10.23ソワレ)

キャスト:エレン=姿月あさと ルーナ=湖月わたる テスピアンA(アルファ)・トーマス=今拓哉 テスピアンB(ベーター)・ジョージ=平澤智 テスピアンO(オミクロン)・医者・警官=水谷あつし 小さいディアナの声=藤田千咲 小さいルーナの声=皆川友花
演奏:シンセサイザー飯野竜彦 ヴァイオリン=たまきあや

TSミュージカルの新作『Diana』を観てきました。
劇場はこじんまりした東京芸術劇場小ホール。セットは天井からぶら下がった十数本の金属ポールと2台のベッドのみ。舞台に現れるキャストはわずか5人。空間も内容も非常に濃密なお芝居でした。
ネタバレにならないよう多くは語りません。大半はルーナとエレンの2人芝居で展開されていました。男性3人は「テスピアン」と呼ばれるダンサー兼語り部として舞台上に存在し、必要な時に固有の役名を持つ主要人物に切り替わっていました。全員がかなりのエネルギーと細やかさを要求されるハードな役割をそれぞれに果たしており、肉体的・精神的にかなりの耐久力を要求されているだろうことが察せられました。
音楽は林アキラさん。シンセサイザーとヴァイオリンのみのシンプルな構成で奏でられる、でも音階はかなり複雑なメロディーが、緩急自在でありながら畳みかけられるように展開されていました。
TSの最大の魅力であるダンスについては、女性陣はもちろん、男性陣のダンスが皆体幹がとてもしっかりしていて、安定感のある美しい動きだと感じました。今さんがフルに踊ってるのは初めて観ましたが(四季時代やエルマー時代(笑)を知らないので)、やはり動きに無駄なぶれのない綺麗なダンスでした。

ヒロインの1人ルーナは、酒場で絡んできた男性を車道に突き飛ばし留置場に放り込まれた小さな事件の当事者として登場します。そして、何らかの事情で自暴自棄になっている彼女の前に現れたのが、もう1人のヒロインで、自らを「さすらい人」とのみ名乗る謎の女性エレン。彼女に向けて、ルーナが事件に至るまでの真相を語るのが1幕までの展開。ルーナが更に深い真相とエレンの正体の手がかりを知り、あえて留置場に戻って再びエレンと対峙し言葉を交わして行くのが2幕の展開でした。

湖月さん演じる黒髪ショートヘアのルーナが最初に登場した時の投げやりなきつい眼差しと全身にまとったトゲ。姿月さんが金髪巻き毛のエレンとして現れた時の暖かな眼差しとふわりとした物腰。何もかもが対照的なこの2人が語り合い、互いを受け入れ、裸の心をぶつけ合う姿に、1・2幕、休憩を除いて正味2時間、すっかり引き込まれっぱなしでした。
1幕中盤に示されたモチーフや、パンフに記された演出の謝先生の文章から、実はエレンの正体に関しては1幕後半辺りで予測がついてしまっていました。ルーナとエレンの関係の帰結についても、2人の絆からしてあれ以上の展開は考えられなかったと思います。
しかしそれでも、当初専ら傷を癒され慰められるばかりであった魂が、相手の魂がたたえる深い孤独と哀しみを知り癒す立場となることで傷を克服し、最後は2人の原点に立ち帰り再生していく展開には、ただ息を呑むばかりでした。

そんな2人のドラマの中、要所要所で重要な役割を果たし、場面を引き締めていたのが男性陣です。
特に今さん演じるトーマスが幼子からあるアイテムを受け取る場面では、溢れる涙を抑えることができませんでした。罪深き者の魂はあの時点で救済されたも同然だと思います。否、取り返しの付かない罪の十字架を背負ったまま神に与えられた命を全うしようと決意することにより、魂の赦しへの道を歩み始めた、と言う方が適切でしょうか。この場面は墓地でのエピソードであるため、天井から下がる金属ポールがこの時だけ十字架に変わっていたこともあり、とても神聖な光が見えたような気がしました。
また、平澤さん演じるルーナの父ジョージの存在も大きいと思います。彼の妻や子への揺らぐことのない、麦畑を照らす夕陽の光のごとく温かに輝く愛情、そして憎しみと悲しみの連鎖を断ち切る意志の強さとがなければ、どの登場人物も救われなかったわけですし。
付け足しの様になってしまって申し訳ないのですが、水谷さん(多分初見)も骨太で良い演技をされていたと思います。ちょっとルーズで職務中にDSなぞプレイしてしまっているいかにもアメリカンな警官と、ルーナに真相の一端を告げる医者、そして物語を回すテスピアンの3役演じ分けが見事でした。パンフによれば東京キッドブラザースにいらした方とのことで、演技の骨太さに納得です。

この物語では、
「命のアラーム」
「『運命』とは納得の行かないことを受け入れるための言葉」
「私はあなたの悲しみの中にだけある存在」
などの台詞も印象的でした。とにかく、神様に与えられた命を生きること。生まれた命を無条件に愛すること。そしてこの世に生を受けることのできなかった者も含めて全ての魂が救い・救われること。それらが丸ごと肯定されている、それだけに重くて濃い作品でした。
自分的に観劇後にちょっと悩んだのは、この物語があえてギリシャ神話をモチーフにしている意味です。
確かに作品名も月の女神である『Diana』(ある登場人物の名前でもあります)ですし、ルーナにもギリシャの血を引く娘という設定がなされており、また、作品中のエピソードに含まれる横恋慕、嫉妬、近親愛、通常ではない出生というキーワードはギリシャ神話の重要な構成要素でもあります。
でも、登場人物の直面する葛藤や赦し、救いはむしろキリスト教的なモチーフなんじゃないの?あえてギリシャ神話を持ってくる必要はあったの?と考え込んでしまったわけです。

しかし、よく考えてみると、ギリシャ神話は、絶大な能力を持ちながらも感情は人間のそれと相違ない神様達が、罪も欲望も包み隠さず全て受け入れ認め合いながら生きている物語。一見皆が好き勝手にやっているようですが、家族の無茶苦茶に容赦ない鉄槌を下す一方で果てしない愛を互いに注いでいます。
そういう点が、この演目のメッセージと共通しているのかも、と今では考えています。

最後に本編とは全く関係ありませんが、この演目のパンフに、キャスト5人の方の幼い頃の写真が載っていました。
皆さんそれぞれに可愛いのですが、1歳半ぐらいの今さんの写真が、赤ちゃんなのに妙にきりりとしていて笑ってしまいました。
姿月さんによれば、産まれた時大きかったという今さんと産まれた時の体重を「言いあいっこ」した所、ご本人が4,350g、今さんが4,080gだったそうで。特に姿月さん、貴女デカすぎ(笑)。
最近私の知り合いに、第1子が4,000g超、第2子も頑張ったけど3,900g台だったという人がいましたが、本当にお腹が大きくて大変そうでした。お腹の中でとっても大きく育ったお子さんがきちんと無事に産まれて、こうしてお2人とも舞台で元気に活躍されているのは、本当に喜ばしいことなのだと、しみじみ思います。