日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『Calli』感想(2008.6.7マチネ)

カルメン朝海ひかる ガルシア=天宮良 ジャン・ピエール=今拓哉 ビゼー=戸井勝海 スニーガ=宮川浩 ドン・ホセ=友石竜也 ヘンリー=野沢聡 ダンカイーレ=平野亙 レメンダード=良知真次 オマール=東山竜彦 ファニト=三浦涼介

天王洲銀河劇場までTSミュージカルファンデーションの『Calli』を観に行ってきました。
ロマ族(所謂ジプシー)の工員にして実は密輸団の工作員でもある女性カルメンと、彼女を巡る、兵士ドン・ホセを初めとする男性達との人間模様を描いた物語、とだけ書くと、小説やオペラで世間に良く知られているお話なのですが、そのお話を小説版の作者メリメの息子であるジャン・ピエールと、オペラ版の作者であるビゼーの視点で客観的に(と思わせておいて実は違ったわけですが、そこを書くとネタバレになるので書きません)読み解き、カルメンの真実の姿を浮き出させていく、というのがちょっと新しい趣向かと思います。
映像を駆使していることもあって、終演後は一編の映画を見終えたような印象でした。TSの舞台を観るのは3本目ですが、今回もフラメンコをベースにしたダンスシーンの迫力に引き込まれました。
テーマは、一見爽やかそうなエンディングに見えて、大変重かったです。劇中でカルメンの台詞として、
「犬と狼は一緒にはなれない」
と繰り返されるのですが、その台詞の真の意味は、カルメン達ロマ族とホセ達パイロン(白人)とではそれぞれの民族としての生活習慣だけでなく、生まれついた血(種族)からして違う以上、所詮この世では幸せに結ばれ得なかったのだ、ということであったと最後に明かされます。これに対して、観ている側として
「そんなことはない。違うよ」
って言いたいのだけど、じゃあ、全ての人が民族性とか血とかへのこだわりを捨てれば幸せになれるのか?というとそれも違うと思うので、かなり割り切れない絶望感みたいなのが心の底に澱として残ってしまっているのでした。

さて、以下は個々の役者さんレベルの感想です。お好きな方には申し訳ありませんが、特に主演2人に対して辛口になってしまっております。
カルメンを演じた朝海さんは初見でしたが、前評判に聞いていたとおり、ダンスは本当に華があって力強くて綺麗だったと思います。
ただ、まだ男役時代の所作や台詞回しが所々抜け切れていないのでは?と思わせる場面がちらほらありました。カルメンは確かに男前な気質の持ち主でもあるのだけど、ホセのようなダメ男を好きになってしまうような、女としてのどうしようもなさもたっぷり兼ね備えている人物なので、もうちょっと女性としての崩しが欲しかったような気がします。
また、歌声については、声量もあるし、声質も地声は低めだけど通りが良くて決して悪くないと思うのですが、1幕の間中何か違和感を感じて仕方ありませんでした。これについて幕間に同行の友人の意見を尋ねた所、
「音がこちらで『通常ならこう来る』と想定しているものとはどこかずれたもので返ってくるんだよねえ……」
という答えが返ってきました。それを頭に入れて2幕のカルメンの歌声を聴き、そういうことだったのか!と大変得心がいった次第です。ついでに、ホセとのデュエットでここは綺麗に決めて欲しい、という所で見事に音を外してくれていたので、客席で1人こっそりグーパンチを作って震えてました。
というわけで、今年の『エリザベート』の朝海シシィ登板がかなり不安になっております。一路さんも今にして思えば高音部でかなり無理して声が潰れている感があったけど、音はもうちょっと取れていた筈なので。でも、一体どんなことになるかという関心はあるので、多分1回は観に行くと思います。シシィがそういう条件の時に山口トートがどう受けて立つかという興味も多少はあったりしますし。

それから、ホセを演じていた友石さん。声量もありすぎる位あるし、声質も別に不愉快ではないのだけど、大きい声さえ張り上げれば良いってもんじゃないんだよ、と言いたくなりました。元劇団四季で、『ライオンキング』のシンバも演じたことがあるということは、多分若手の看板役者のお一人だったと思われますが、四季、どうしたんだろう?そんなに人材不足なのか?とか真剣に悩んでしまっております。
1幕では、ホセって確かにKYでおバカまっしぐらな役どころだし、まあ、多少歌がアレでもどっちでもいいか、と思いかけてましたが、2幕の展開が進んでいくと、逆にホセがKYな上に綺麗に歌えもしないのか?と許せなくなりました。

そんなわけで、2幕終盤で、これまでひたすら物事の表面しか見ていなかったホセが、観客はとっくに察していた「カルメンの真実」を今更のように悟り、浄化されていく場面の主役が戸井勝海さん演じるビゼーに引き継がれた時には、やられたー!と驚くとともに胸をなで下ろしました。どうしてビゼーに?といういきさつは書きませんが、あの場面の緊密感と癒しは戸井さんと亡霊達と、そして今さん演じるジャン・ピエールといったベテラン勢の息詰まる駆け引きがあってこそ成り立ったものと思っております。

カルメンに関わったが故にホセに殺され、亡霊となった男性陣も、それぞれに良い感じでした。
宮川さんは今回はホセの上官スニーガ中尉を演じてましたが、いかにも狡猾で品性下劣な感じで良かったです。歌の声色まで完璧に嫌らしい男に化けてました。
カルメンの夫にして密輸団の実質的リーダーであるガルシアを演じた天宮さんは、舞台では初めて観ましたが、今まで舞台活動が少なかったのが勿体ない気がします。元タップダンサーだけあって、フラメンコのステップも力強くて見映えがして、かつ男臭いガルシア像を見せてくれていました。
野沢さんの演じたヘンリーは、いかにもスケベそうなヒゲを生やした、コントに出て来そうなイギリス軍人でした。一見軽佻浮薄だけどホセよりは遥かに空気も読めて、実は人としての器も大きかったというのが、私にはカルメンの真実より余程意外でした。

そして、今さんのジャン・ピエール。1幕序盤のナレーションがいきなり今さんで、同行の友人(今さんファン)と声に出さずに騒いでおりました。レミゼのジャベール役のドスの利いた台詞回しとは全く違う、今さんの地声による軽妙だけど真摯な朗読の声はかなり好きです。
ジャン・ピエールは、父親が書いたカルメン像に愛とこだわりを持っていて、カルメンの奔放な一面だけを強調したオペラ版のカルメンが気に入らないというだけで、ビゼーをわざわざスペインまで呼び出してしまうという、大人しそうだけど純粋で熱い役どころでした。小説を手に持ち、ぱらぱらページをめくる姿が堂に入っていて、素顔が読書家であるという今さんにぴったりの役だったと思います。
そして先にも書いたビゼーと亡霊達と激しくぶつかり合って対話していく場面。この純粋なジャン・ピエールだからこそ、亡霊達は(そしてカルメンも?)彼をホセに真実を伝えるメッセンジャーとして選んだのだろう、と心から納得することができました。

最後に。ロウソクの炎を見つめ、祈りを捧げるように顔の前に両手を合わせているパンフの今さんの写真は、あくまで素の「今さん」であって役になってるわけではない筈なのだけど、どこか、『Calli』の物語が終わった後のジャン・ピエールの姿に見えます。カルメンとホセが実在した、というのはこの物語の上での設定ではあるのだけれど、2人の魂に思いを馳せて、一緒に祈りを捧げたいような気持ちにさせてくれる写真です。