日々記 観劇別館

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『SE・M・PO』感想(2008.4.5ソワレ)《ネタバレあり》

杉原千畝=吉川晃司 杉原幸子森奈みはる トニー/ノエル=今拓哉 エバ=彩輝なお ビル/ニシュリ=泉見洋平 ジョセフ/ソビエト将校=水澤心吾 カイム=沢木順 エリーゼ=井料瑠美 節子=辛島小恵 グッシェ=田村雄一

東京は初台の「新国立劇場」まで、連れ合いと2人で『SE・M・PO』を観に行ってきました。以下、多少ネタバレもありますので、未見の方はご注意ください。


『SE・M・PO』は題材からしてシリアスで重い物語でしたが、歌える人が多かったですし、あまり多くはないダンス部分もしっかり作られていました。また、変に現代を風刺せずにあくまで当時の社会状況下で人々がいかに反応し動いたかに焦点が絞られていたので、変に気取っていなくて分かりやすい内容に仕上がっていたと思います。演出・脚色は大谷美智浩さんなのに不思議です*1。そんなわけで、終演後にどっとストレスがたまることもなく、爽やかに劇場を後にすることができました。
舞台の上には階段の付いた2階建ての盆が作られていて、そこで領事館や登場人物の家、酒場、果ては険しい旅の行路まで、ほとんどの場面が表現されていました。吉川さんを初めとして長身の役者さんが多い作品なのに、盆の1階部分のドアの高さが結構低く、皆良く頭をぶつけないものだと気にしなくても良いことが、変に気になって仕方なかったです。

また、今回この作品のチケットを取った理由のひとつに、中島みゆきさんがPeter Yarinさんとの共作とはいえ作曲担当の1人に数えられているというのがありました。全体的にこのお2人の曲(と、吉川さん作曲の1曲)は齟齬を来すことなくバランスが取れていたと思いますが、やはりみゆきさんの曲が始まると、明らかに「これはみゆきさんの曲だ」と丸分かりでした。みゆきさんの作曲は7曲分位ありましたが、個人的には「愛が私に命ずること」(ノエル、エバのデュエット)と「掌」(千畝のソロ)がお気に入りです。

吉川さんは初ミュージカルとのことでしたが、声量もあり良い歌を聴かせてくれていました。ただ、時々千畝ではなく「ロックミュージシャンの吉川」として歌っていたっぽいのが気になった位です。
また、1幕での千畝はなかなか歌いません。怜悧で有能な外交官で諜報活動での役割を期待されていた彼が、リトアニアで迫害されるユダヤ人の実態を見せつけられて影響を受けていく様子はありありと描かれていましたが、彼自身のナンバーは全く無し。一体いつ歌うんだ?と思っていたところ、1幕最後にようやく彼のソロナンバー「光と影」で締めとなりました。いずれにしても、1幕は当時の時代背景や千畝の立場の説明にかなり時間を割いていたので、ちょっと長かったように思います。幕間に、
「きっと2幕は1時間ビザにハンコ押しまくって歌わずに終わるに違いない」
等と連れ合いと冗談を言ってましたが、2幕では目覚めた千畝が能動的に動き、ソロもたっぷりあり、ちゃんと主役していました。でもハンコは確かに1時間ずっとではないけど20分位押しまくりでした(笑)。

今回千畝の妻を演じるはずだった愛華さんが病気で降板されたことで、千畝の妹の節子役を当てられていた森奈さんが代役を務められていましたが(節子役は辛島さんに変更)は、全く違和感なく好演されていました。というか、これだけちゃんと歌える人なのに、ソロパートがあるのが1曲しかない節子役だったというのが、私的には謎です*2。男役だった愛華さんとはキーも声質も異なる筈なので、曲のキー調整など大変だったのでは?と察しております。
今さんは、冒頭の1968年の場面(ユダヤ人達が千畝の消息を突き止めた年)に登場するトニーと、千畝に救われるユダヤカップルの片割れノエルを、恋人エバ役の彩輝さんと共に熱を込めて演じられていました。このカップルが1幕で初登場する時、あまりにも可愛く若々しく爽やかに追いかけっこなどしながら青春していたもので、こっそり吹いてしまいました。でも、この爽やかカップルが劇中生き別れとなり、再び巡りあうまでには辛く長い試練の道を辿るので、全体を通すとつかの間の平和で幸福な一時だったのですけれど。引き裂かれた2人が互いを思い合い歌うナンバー「愛が私に命ずること」が心に染み渡りました。
エバの両親について、娘を生き延びさせる為にまず父親が身体を張って犠牲となり、それから母親エリーゼが逃避行の中で病に倒れ、娘の足手まといにならないよう無理やり置き去りにさせるというのがそれぞれ切なかったです*3

それから、元四季の田村雄一さん(初見)が演じられていた千畝の秘書グッシェ*4ですが、妙にホモくさかったです(笑)。最初千畝が「領事代理」なのにかたくなに「領事」と呼びつつ、ユダヤ人達に揺り動かされる千畝を止めようと表向きクールに頑張ってるんですが、千畝がビザ発行に全てをなげうとうとする姿を目の当たりにして、ついには自ら進んで共犯者になっていく様子など特にもう。
泉見くんのニシュリは……出番はとても少なかったです。個人的には千畝と彼を捜していたニシュリとの再会をナレーションで済ませるのではなく、実際に場面が設けられていても良かったように思いますが、そこを詳しく描写していたら上演時間が延びまくりそうなので、あまり欲張ったことは言わないことにします。

あと歌唱力を遺憾なく発揮されていたのは沢木さん。千畝に助けられたユダヤ人の1人で、ある種狂言回しのような役割で、キーポイントに必ず現れていましたが、あまりアクの強い役柄ではないためか、やや印象が薄くて残念。
それから、ナチスの親衛隊を演じられていた3人組のうち、センターを務めていた人の声がむやみに大きくてびっくりしましたが、帰宅してパンフと比べても3人のうちどなただったのか名前が分からず。福永吉洋さんだったかな?と思いましたが自信なし。

ちなみに今回一緒に観た連れ合いからは、作品そのものの感想の他に、
「(1幕の日・ソ・独の国家関係を戯画化した、美女達の応酬場面での)小道具の銃器類が、ドイツ美女のものはちゃんとドイツ軍仕様のものが使われているなど、考証がしっかりしている」
「机やハンコもちゃんと現地の記念館のもの*5をリアルに再現できてる!」
「2幕でセットの盆が途中でうまく回らず、正式な黒子以外の誰かがすっ飛んできてやっと回せていた場面があった」
等々の感想をもらいました。いずれも私1人では全然気づかなかった部分です。連れ合いと舞台を観に行くのは1年ぶり、2度目でしたが、時にはこうして複数の視点で観ることも楽しく、そして新鮮で大事なことであると思いました。

*1:大谷さんが脚本を担当した『タン・ビエットの唄』で蛇足と思える社会風刺がちらほら見受けられたので……。

*2:節子のソロも「歌える」人じゃないととっても無理なものではありましたが。

*3:この時エリーゼがエバに託すペンダントが物語のキーアイテムとなります。

*4:スパイとしてドイツとも通じていた、というのをパンフを見て初めて知った、鑑賞力の無い私……。

*5:パンフに写真が掲載されてます。