日々記 観劇別館

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『スウィーニー・トッド』感想(2007/1/28マチネ)

スウィーニー・トッド市村正親 ミセス・ラヴェット=大竹しのぶ 乞食女=キムラ緑子 ジョアンナ=ソニン アンソニー城田優 ターピン=立川三貴 ビードル斉藤暁 トバイアス=武田真治 演出・振付=宮本亜門

日生劇場で『スウィーニー・トッド』を観てきました。
妻に横恋慕したターピン判事の陰謀で無実の罪を着せられて島流し、戻ってみたら妻は判事に辱めを受けて服毒、一人娘は判事の養女になっており、復讐の為次々と殺人を犯す床屋のトッド。そして犠牲者をミートパイにしてトッドの手助けをするミセス・ラヴェット――それ以上の予備知識をほとんど持たずに観劇に臨みました。
カミソリ殺人に人肉パイという題材から、一見ホラーのようにも見受けられましたが、実際はホラーというより良質のサスペンス・ドラマとして楽しめる演目でした。主演トッド役の市村さんは舞台での存在感が際だっており、ひたすら復讐に燃える男を力強い歌声で演じきっていました。しかし今回凄かったのは大竹さん。トッドに一途に尽くし続けるミセス・ラヴェットの、ずる賢い強かさと乙女な可愛らしさの同居する複雑な人間性を、毒々しくかつコメディチックに演じられていて、それでいて一切嫌らしい後味が残りません。ああ、こういう人を天才役者と言うんだ、と実感いたしました。
ネガティブな意味で歌声が印象に残ったのはソニンちゃん。彼女の歌声って甲高く金属的でしかもビブラート利かせまくりで、個人的にはどうにも生理的に受け付けられません。しかし、今回のジョアンナという、閉じこめられて恐らくは人との触れ合いもほとんど断たれて腺病質に育った、言ってみればラプンツェルのような役柄には不思議なほどにマッチした声だったと思います。先日の『タイタニック』の松岡さんの声に感じた印象に近いかも知れません。
ジョアンナの思い人、アンソニー役の城田くんも巧かったです。また違う作品でも見てみたい役者さんです。
それから、武田さん演じる、少し頭の弱い青年トビー。歌はちょっと、うーん、ですが(笑)、子犬のようで可愛らしく真っ直ぐな男の子を好演していました。最後に割と美味しい所も持って行く役です。

舞台装置は、大きい竈と金属ダクトの張り巡らされた、いかにも産業革命当時のロンドンの工場っぽい空間。この雰囲気、どこかで観たぞ、と思ったら、映画『ブラック・レイン』でした。もちろんあの映画のようなアクションが展開されるわけではありませんが、19世紀のイギリスのわい雑さを映し出すには格好の空間だと思いました。
ターピン判事は憎たらしい奴ではあるのだけれど、どす黒い欲望と信仰心との間で苦しみ、自らを鞭打ち十字架を胸に突き立てて懺悔するような、単純悪ではなく業の深い人物として描かれていました。そこまで苦悩しても、結局ジョアンナとの結婚願望を押さえきれずに悪徳の道をまっしぐらに進んでしまうのですが。ちなみに演じられた立川さんは、1981年の『スウィーニー・トッド』の日本初演時にアンソニー役だった方だそうです。
一幕終盤の、牧師から判事まで、社会のあらゆる階級の人間のミートパイ化を夢想する、トッドとミセス・ラヴェットのデュエットナンバー「牧師はいかが?」では、「ケーキ職人!」「期限切れ!」という時事ネタのアドリブの掛け合いがありました。こういう時事ネタって使い方によっては場が寒くなりそうで難しいと思いますけれど、芸巧者のお二人なので、素直に笑わせてもらいました。
二幕では復讐が実現に近づけば近づくほど、トッドとラヴェットが次第に追いつめられて行きます。同時に若い二人の逃亡計画も進行します。物語の結末は、何だかギリシャ悲劇を思わせるものでした。一幕から度々現れ、ちょろちょろと目障りに動き回っていた乞食女の存在が、実は大いなる伏線であることが明らかになった瞬間の衝撃は忘れられません。あの瞬間、物語はホラーでブラックなサスペンスから怒濤の人間ドラマに変貌していきました。
考えてみたら、乞食女があの時一瞬「何か」を思い出しさえしなければ、多分トッドの復讐劇は苦もなく完遂されて万々歳だったことでしょう。しかし、ミセス・ラヴェットとトッドの関係はあくまで共犯者同士として築き上げられたものだったので、復讐が終わってはいめでたし、という訳には絶対いかなかったでしょう。
一方、乞食女が思い出さなければ思い出さないで、今度はトッドは娘と知らずにジョアンナを手にかけていたような気もするので、そういう意味ではトッドにとってまだましな結末だったとも言えそうです。ジョアンナが事件の真相を全て知ってしまったらそれはまた悲劇なのかも知れませんが、それでもきっとアンソニーと力強く生きていくのでしょうね。出来ればそうあって欲しいです。

最後に、本日のカーテンコールであったスペシャルハプニングのお話です。何と本日は市村さんのバースデイ!ということで、ろうそくの立ったバースデイケーキが舞台に運ばれ、市村さんから火を消したところで「8歳になりようやく大人の仲間入りをしました(笑)」「再演もあるかも?まだスタッフは決めていない」等々のご挨拶がありました。きっと、この人は還暦の時も舞台に立っているような気がしてなりません。