日々記 観劇別館

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『それからのブンとフン』感想(2013.10.5マチネ)

キャスト:
フン(大友憤)=市村正親 ブン(オリジナル・ブン)=小池栄子 ピンク色の尻尾のかわいい悪魔ほか=新妻聖子 ト連ブン一号ほか=山西惇 アサヒ書店主ほか=久保酎吉 クサキ・サンスケ警察長官ほか=橋本じゅん さとうこうじ 吉田メタル 辰巳智秋 保可南 あべこ 角川裕明 北野雄大 富岡晃一郎

天王洲銀河劇場で上演中のこまつ座『それからのブンとフン』を観てまいりました。
上演時間は2幕で2時間40分。でもスピード感としんみり感が絶妙な呼吸で組み合わせられていて、あまり長さは感じませんでした。
随分昔に戯曲を読んだ時には、原型となった小説『ブンとフン』の物語に付け加えられた後日譚的な部分に慄然としたものです。小説であんなに痛快なブラックユーモアオチで終わっているのだから、何もこんなに絶望に満ちた重たい展開にしなくてもいいだろうに、と。
……まあ、単に子供だったので、ラストに込められた、パンドラの箱の底に残ったような「希望」に目が行かなかったのですね(^_^;)。今観ると、絶望の暗闇の中にしっかりと光が差し込み、再生と芽吹きを予感させるエンディングになっていたと思います。
それにフン先生は、ブン達の造り主としての落とし前をいつかどこかで付けなければいけなかったのだと、今なら分かります。彼がブン達を生み出していなければ、ブン達が罪(あれを罪と言って良いのかどうか微妙ですが)を犯すこともなく、その超能力故に悲劇を迎えることもなかったわけで……。
私には、ラストのブン達が、人類の原罪を一身に背負って永遠にそれらを償い続ける存在に見えてなりませんでした。そして、フン先生は、強い意志と純粋さと同時にエゴも弱さも併せ持つ1人の人間として、原罪の救いを求めて戦い続ける存在。

キャストについては、上のキャスト表に書いた役は、役柄が1つのみの市村さんと小池さんを除いてはごく一部に過ぎません。しかも多すぎて書くのが面倒なので、6人ブン、じゃなかった、6人分しか書いていません(^_^;)。
プロローグで登場した市村さんの、いかにも偏屈で「書きたい物が書けさえすれば他はどうでも良い」フン先生。基本のビジュアルイメージは原作者の井上先生だと思いますが、チラシの裏で原稿用紙を手作りするフン先生には、2013年10月5日付けの朝日新聞デジタルの記事によれば、市村さんご自身のお父様(地方紙の発行人でいらしたそうです)のイメージも重ねられているらしく、それもあってか、不潔になるぎりぎりのラインで妙なリアルさが醸し出されていました。
市村さんの巧さは周知の通りですが、中でも独り芝居の時のポテンシャルと言うか、客を引き込む場を作り出す力が、半端なかったです。ちなみに、市村さんのストプレを観るのは今回が初めてでした。

場を作り出すと言えば、橋本じゅんさんも強烈な磁場を作り出していたと思います。物語前半のコミカルなエリート警察長官が、更に上の権力者に追い詰められて次第に変貌していく様は、ぞっとしました。
そして何と言っても新妻聖子ちゃん。セーラー服やスクールメイツ風ミニスカ衣装で登場した時も度肝を抜かれましたが、「悪魔」が登場した時に「そんなもんで驚いてるんじゃなかった!」とちょっと悔やみました。姿も結構驚きだったのですが、それ以上に何しろ歌の迫力がただ事ではないので。
このコンビが本領を発揮するのは2幕の後半でしたが、もう完全に主役2名を喰っていました。黒い悪の華万歳。

小池栄子さんは、観客としてややなめてかかっていたかも知れません。実は舞台でも通用する器用な役者さんなのだと初めて知りました。オリジナル・ブンの女性体の元のイメージは若尾文子さんで、小池さんのイメージは少しそれとは違うのですが、強くてしとやかで一途、という和装の超人美女にしっくりはまっていたと思います。

他のキャストの皆様もそれぞれに際立っていましたが、あと自分が気になったのは山西惇さん、そして飯野めぐみさん辺りでしょうか。このお2人、要所要所で「巧い!」と思い、目立って光っていました。

恐らくは演出側(演出は栗山民也さん)が意図的にそういう空気を残したものと思われますが、全体に、テキストが昭和40年代後半の香りが強烈に漂うものなので、もし20代の観客がいたら理解しづらいパロディもあったのではないかと推測します。
ただ、ラストシーンに込められたメッセージなど、今の時代にも全く古びていないという事実には感嘆するしかありません。本当は、あのメッセージを「陳腐であり得ない」と笑い飛ばせるような世の中が来てくれた方が幸せなのですが。