日々記 観劇別館

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『雪やこんこん』初日感想(2012.2.19)

キャスト:
中村梅子=高畑淳子 久米沢勝治=金内喜久夫 秋月信夫=今拓哉 明石金吾=村田雄浩 三条ひろみ=山田まりや 光夫くん=宇宙 女中お千代=高柳絢子 立花庫之介=新井康弘 佐藤和子=キムラ緑子

日比谷や汐留で盛り上がるミュージカル演目を後目に、新宿の紀伊國屋サザンシアターまで、こまつ座『雪やこんこん』の初日を観に行ってまいりました。
物語の舞台は昭和20年代末期。素敵な座長、中村梅子を頭にいただきながら、ストリップ等の娯楽に押され斜陽気味な大衆演劇一座が、上州のとある温泉場に巡業に訪れるも、大雪で公演は延期となり、貧乏一座の宿命としてドロン(逐電)する者も続出する中、若手役者の不満もくすぶり、加えて元女剣戟スターにして今回の芝居の興行主である若女将も何やら思いを抱えているようで……。というのがこのコメディの骨子です。

ネタバレは避けますが、いくつものエピソードが、耳に心地良い日本語で彩られた言葉遊びとともに笑いもシリアスも細やかに積み重ねられ、更にエピソードの数だけどんでん返しが起こり、と次々に繰り出される仕掛けの見事さと言ったら、ただこちらとしてはあっと驚き、固唾を飲み、爆笑させられるばかりでした。喩えて言うなら、ゲーム「ぷよぷよ」で小さな連鎖を積み続け、最後に仕掛けた大連鎖が成功して一気に大得点を稼ぎ出してエンディングを迎え、後味すっきりな感じでしょうか。
まさに、
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことをいっそうゆかいに」
という井上先生の座右の銘にぴったりな演目だったと思います。

また、ここまでキャストが全員芸達者揃いで、観ていて小気味の良いお芝居もなかなかないのではないでしょうか。
全員について記すと大変なので特に印象に残った人だけに留めますが、まず、何と言っても気っぷの良さに、実力に裏打ちされた誇り高さを兼ね備えた女座長を演じた高畑さんの上手さ、格好良さ、そして器の大きさが光っていました。旅芝居特有の、口立てで剣戟芝居を作り込んでいく台詞回しも見事。よくぞラスト近くまで観客を手玉に取ってくれたな!と拍手を送りたいです。
対する若女将役、キムラ緑子さんの緩急付けた演技も気持ち良かったです。キムラさんは確か市村さんの『スウィーニー・トッド』の物乞い(実は物語のキーパーソンでもありました)が初見でしたが、かの役とは大幅に異なる、日本的な屈託を背負いつつ一途で明るい若女将にぴったりとはまっていたと思います。
村田さん演じる、国鉄労組出身で何かとストライキを口にする不細工な女形の金吾*1と、金吾と犬猿の仲の、今さん演じるちょっと嫌味な二枚目役者信夫の、どつき漫才状態なコンビもかなり息ぴったりでした。この2人に更に山田さん演じる娘役ひろみ*2が加わったトリオで、ひたすら旅役者の懐の貧しさを嘆き、小銭に執着する姿が本当にせこさ丸出しで切なくて、それでいて可愛くて可笑しくて仕方がなかったです。そして今さんの着流しの似合うこと!明治座の上様役を観た時も思ったのですが、本当、和物の出で立ちが似合いすぎるぐらいしっくりくるお方です。
この演目は、3月の東京公演前楽も観に行くので、それまでにまた化学変化してくれるのでは?という期待を抱いております。また、実は今回、眼鏡を自宅に置き忘れたまま観劇に臨むという大失敗をし、折角の前方席(前から3列目、センターブロック)だというのに役者さん方の表情を見分けるのがやっと、という状態で舞台を観る羽目になったので、次回はそれだけはやるまい、と肝に銘じております。

以下は蛇足です。
この戯曲のタイトルに関して、Twitterで友人達とやり取りした会話の内容が、このまま埋もれさせるにはちょっともったいないので、ざっと流れを書き留めておきます。
まず、唱歌の「雪」で使われているフレーズは、「雪やこんこ」であって「雪やこんこん」ではなかったりします。「こんこん」は誤用と思われるのに、何故井上先生はこれをタイトルに使ったの?という何の気為しのツッコミが友人αさんからありました。
そりゃあこの戯曲は、元の唱歌本歌取りするつもりで書かれたものじゃないしそこまで考えていないだろう、と思った所で友人βさんから、著名な国語学者大野晋先生が「雪やこんこん」の語源は「雪や来む来む」、つまり「雪よ、もっと降れ」という意味だと言っていたという蘊蓄が寄せられました。
大野先生は雪国の人じゃないから*3、そういう「もっと降れ」なんてことを言えるんだよねー、雪国の東北人たる井上先生のこの作品の雪の描写はうんざり感満載だよねー、というやり取りがしばしあった後、はたと気づきました。案外あの物語では反語的な意味で「雪よ、もっと降れ降れ」が正解なのかも?と。
もしあの温泉宿で雪が降り続けてさえいなければ、中村梅子一座が足止めを食わずに済んだのは確かです。しかし、宿に着いた時点では、度重なる試練で一座の皆の心はばらばらになっていました。雪に閉じ込められた空間において数々の小事件に見舞われたからこそ、一座はあの心温まるエンディングを迎えることができたとも言えるわけで、そういう意味ではまさに一座に取って雪さまさま、「雪や来む来む」=「雪やこんこん」という言葉がふさわしい状況だったのではないか?と思った次第です。
まあ、この辺については、件の友人達に賛同を得られているわけではないので、所詮は独りよがりな考えに過ぎないのかも知れません。ただ、終盤近くの場面の、雪が止み晴れ渡った夜空の星の美しさは、「これを書いたのは雪国の夜の、つかの間の晴れ間の貴さと美しさを知っている人だ」ということを十二分に分からせてくれるものであったと、自分としては思っているのでした。

*1:この辺の設定はいかにも井上キャラです。

*2:ちなみに、この子を信夫さんは「ひろみさん」と呼びます……皆まで言うまい(^_^;)。

*3:東京のご出身だそうです。