日々記 観劇別館

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『AKURO』感想(2006/10/28マチネ)

キャスト:安倍高麿=坂元健児、アケシ=彩輝なお、謎の若者=吉野圭吾、イサシコ=駒田一、坂上田村麻呂今拓哉、オタケ=平澤智、ヒトカ=藤本隆宏
池袋のサンシャイン劇場TSミュージカルファンデーションの『AKURO』を観てきました。ほぼ1ヶ月ぶりの観劇です。
時は平安初期。征夷大将軍坂上田村麻呂の命を受けた青年軍人高麿が、蝦夷の隠れ里で鉄鉱の豊かな「鉄の谷」の探索を命じられ、大和方に服従した元蝦夷の家来達を道案内に旅立ちます。鉄の谷を発見できないまま(実は家来達の攪乱工作によるもの)60日が経過したある夜、枕元に現れた謎の若者の導きでついに高麿は鉄の谷に到着しますが、そこで彼は今なお虐げられ、大和への服従を潔しとしない蝦夷達の真実を知り、やがて葛藤しながらも蝦夷と大和の架け橋になるべく上官田村麻呂との戦いに身を投じていく――というのが主なストーリーです。
高麿の坂元さんは初見でしたが、真っ直ぐで理想に燃えていて、でも人間的な弱さもたくさん抱えた若者を好演していました。どちらかと言えば小柄な役者さんなのだけど、声量もたっぷりあって聴かせてくれる歌声で良かったです。主君に対する思いや自らの弱さを乗り越えて最終的に自ら選び取った生き方を貫くために最期の絶望的な戦いに挑む時の歌声の力強さなど、かなり泣かせてくれました。
それから、田村麻呂を演じた今さん。レミゼやエリザのCDで歌声だけは聴いていましたが、実演を観たのは初めてです。出番は非常に少なく、しかも心の弱さ故に悪鬼と化してしまう役柄でしたが、凛とした立ち居振る舞いと堂々とした歌声で、登場する度に場を支配していました。さすが山口さんの事務所の役者さん(褒めポイントがそれ違う)。こんなに凛々しい将軍様が、保身や権力欲に流されてかつての妻や実の子すら裏切ってしまうほどに、人の業とは何と深いのか、と考えさせてくれる人物でした。
そして謎の若者役の吉野さんと、イサシコ役の駒田さん。これまで観てきた作品から、器用で自分の役の果たすべき役割をきっちり把握した上で演技に投影できる役者さんだということは分かっていましたが、今回も期待に違わない舞台を見せてくれました。謎の若者はミステリアスで華やかで、所作も人間ばなれしていて、でもどこかに志半ばで潰えた者の哀愁を帯びていましたし、イサシコはあえて敵に屈服して身を投じる強かさと、リーダー格ならではの懐の深さのある、いい具合に肩の力の抜けた演技とが最高でした。
アケシこと鈴鹿御前役の彩輝さんは――語るのを止めておこうかとも思いましたけれど、少しだけ語っておきます。役柄的には一度は田村麻呂の妻となり子まで成しながらも恐らくは保身の為に捨てられ、視力まで失った悲劇の美女で、ラストでは蝦夷と大和の血を受け継ぐ重要な役割も果たすヒロイン、の筈なのに、あまりその役を背負い切れていないように見えました。『AKURO』の登場人物は基本的に男性ばかりで、女性はアケシとその娘(幻影として1シーンのみ登場)、それに鹿の精霊(私の脳内別称では『鹿ダンサー』または『鹿の人』)だけなのですが、鹿ダンサーより影が薄いヒロインってちょっとどうだろう?と思いました。役柄的には多分、儚さの中に地に足の着いた強さと生命力を秘めた美女、というのが正解なのかも知れませんが、何か儚いままで終わっちゃったなあ、という感じです。

以下は全体を通しての感想です。
TSの公演で一番楽しみにしていたのは実はダンスでした。実際に目にしたダンスはしなやかでパワフルで、ダンサー達の技術も確かで期待以上のものでした。蝦夷達の強靱な精神や土の香りまで伝わってきて大満足!です。
演出面では、客席降りが何度かありました。最初の高麿の登場シーンと、謎の若者と高麿の旅立ち、戦場に向かう大和の兵士達などなど。隣の席の女性が、客席を役者が通る度に「うわぁ」「きゃあ」等いちいち驚いて感激していましたが、個人的にはTdVの客席降りで慣らされてしまったのか、ふぅん客席降りあるんだあ、という程度の感慨しかなく…汚れたな、自分。
場面として印象深かったのは、やはり最期の戦いです。戦いが絶望的な結果になると悟りながら、自らの信じたものの為に蝦夷達が1人ずつ軍勢に挑み無残に討たれていく様は、飛行機でツインタワーに突っ込んだり、時限爆弾を背負って繁華街に飛び込んだりしたあのテロリスト達の心境にもなぞらえたのではないか、と思わせるものがありました。ただ一つ大きく異なるのは、蝦夷達は相手の兵士は殺傷したかも知れないけれど、無辜の民を道連れにはしなかったと言うことです。

少し肩透かしだったのは、謎の若者の扱い。正体が明かされた後に直接姿を現すことはなく、最期の戦いでも歌声はすれど影絵映像のみ。もうちょっと出張らせても良かったような気がします。
また、蝦夷vs大和の戦乱と田村麻呂の野望の終焉とを一言のナレーションのみで表現する手法には、賛否両論あるかも知れませんが、私はくどくどやられるよりむしろ、あの表現で良かったと思っています。ただし、新しい生命が芽吹いたラストを締めるのがもっとオーラのある女優だったならば!くどいようですが本当に惜しいことです。

結局、演出の謝先生のパンフでの言葉通り、アケシと高麿の子孫が蝦夷達のリーダーとして東北に王国を築くとしても、そこにも前九年の役後三年の役という血で血を争う戦乱が待ちかまえており、更に数十年後には王国は滅びる運命にあるわけです。そして、蝦夷達の物語から1200年以上が経過した現在に至っても、貧困も差別も一向に消える気配がありません。でもそんな中でも、生きる希望、そして、情勢に振り回されず自分自身を信じる心というのは決して失ってはならないのだと考えさせられた舞台でした。再演があったらまた観てみたいです。できればアケシは違う役者さんで(しつこい)。