日々記 観劇別館

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『ヘアスプレー』東京千穐楽感想(2022.10.02 12:00開演)

キャスト:
トレイシー・ターンブラッド=渡辺直美 “モーターマウス”メイベル=エリアンナ リンク・ラーキン=三浦宏規 シーウィード・J・スタッブス=平間壮一 ペニー・ルー・ピングルトン=清水くるみ アンバー・フォン・タッセル=田村芽実 コーニー・コリンズ=上口耕平 ウィルバー・ターンブラッド=石川禅 ヴェルマ・フォン・タッセル=瀬奈じゅん エドナ・ターンブラッド=山口祐一郎

2020年の無念の上演中止から2年、満を持して日本初演となったミュージカル『ヘアスプレー』(東京公演:東京建物Brilliaホール)。チケットが別日になかなか取れず、東京千穐楽まて待つことになりましたが、ようやく観ることができました。

さて、こけら落とし以降、座席配置問題などで色々言われてきたブリリアですが、私の今回の座席は1階の真ん中あたりのセンターブロック。元から問題なく改修対象外だったようで普通に見られました。客席と距離が近い感じは良いですね。

音響は、OPナンバーで歌詞が聞き取りづらい所があったので、最初役者さんの声量の問題? と思っていましたが、その後別の方が歌った時も時々聞き取りづらかったです。なので、少なくとも他の劇場より音響が素晴らしい、という感じではなさそうです。

ということで、公演本編の感想に入ります。

まず、渡辺直美ちゃんのトレイシー。舞台に登場した瞬間に客席から拍手が起きていて、あれ? ここ宝塚だったっけ? と若干の戸惑いがありましたが、大変失礼ながら、正直、ここまで好演してくれているとは思いませんでした。学校で先生方からの受けはいまいちで、見た目にハンデあり、しかしダンスやファッションのセンスは抜群なトレイシーのイメージが直美ちゃんのパーソナルイメージにぴったりなのも大きいと思います。

舞台は1962年のアメリカ。母エドナの反対どこ吹く風、大好きなテレビ番組「コーニー・コリンズ・ショー」の出演者オーディションに挑み、見た目差別でプロデューサーのヴェルマに門前払いされても、級友でヴェルマの娘の金髪少女アンバーにいけずをされてもめげることなく、アフリカ系の級友シーウィードの助言や厳格な母親を持つ親友ペニーの応援を得て、ついに番組への出演権を獲得するトレイシーはまさに不撓不屈です。

ということで、最初はペニーのママと同じく小言を言って娘を止めようとしていたエドナママ。彼女が登場した瞬間もまた拍手が起きていました(私もした)。とにかく、かわいい😍、かわいいんですよ! 

地のお顔が綺麗である以上に、エドナの、反対していたけれど娘がテレビに出たら出たで、結局一番のファンになって応援してしまう温かい心根とか、ミスター・ピンキーのデザインの衣装をまとった時の嬉しそうな笑顔とかが本気でかわいくて……。中の人の地の声を自然にキャピっとさせたハイトーンボイスでの語り口もまた良し。

娘以上にビッグサイズでお家中心に生きてきたというエドナが専業主婦ではなく、クリーニング店という職業を持っているのがいかにもアメリカらしいと感じましたが、そんな彼女も娘を応援しているうちに昔の夢を思い出したりしてどんどんステップアップし、最後にあっと驚く美しい姿を見せてくれてとても幸せな気持ちになりました。

実は祐一郎エドナ、もっと見るたび笑ってしまう感じになるのでは? と事前に思っていたのですが、あまりにもごく自然に、かわいらしい、夫に永遠に変わらぬ愛を捧げ、それでいて娘のためならどこまでも戦える強い女性になっていたので、また一つ役者さんとしての評価が爆上がりしている所です。

なおエドナママ、ダンスもセンターポジションを務める場面がありましたが、きちんと踊れていました。これはちゃんとできていたというだけで嬉しいですし、人はいくつになっても向上できるのだと実感しました(普段の中の人へのダンス評価どれだけ……)。

禅さん演じるパパ、雑貨店主で発明好きのウィルバーもまたいい味を出していました。この妻子への愛と信頼が海よりも深く、修羅場でもにこやかにしなやかに立ち振る舞える人がいなければ、多分この演目は成立しないでしょう。

2幕で彼が披露する閉店の「仕掛け」(Twitterピタゴラスイッチと呼ばれているのを見て膝を打ちました)が面白かったです。成功した時に大拍手が起きていましたが、あれ、もしやほかの日に不発だったこともあるのでしょうか?

この仕掛けの後に突入する妻エドナとの愛のデュエットがまた良い曲で、確か同じ曲を同じ歌い手で5月のトークショーMSMSでも聴いていますが、あの時の何十倍も素敵に心に沁み入りました。

『ヘアスプレー』という演目は、人種差別や見た目差別をとことん批判しながらもそれだけで終わることなく、かつ勧善懲悪でもなく、散々トレイシーを目の敵にしていたヴェルマ、アンバー母娘ら敵役にも何らかの形で救いがもたらされるという点に、非常に好感がもてます。

ヴェルマ、やっている差別的行動は本当えげつないのですが、演じる瀬奈さんの持ち味もあってか、しっかりカッコ良さと愛らしさを備えていてどこか憎めない感じがありました。

ただ、現実には『ヘアスプレー』という作品が作られた1980年代から作品のテーマが現代でも色褪せていないどころか、逆にマイノリティへの配慮が時に行き過ぎと思われる場合(一時期存在した『ヘアスプレー』をアジアンキャストのみで上演できないかも知れない問題など)もあったりしますので、ヴェルマの複雑なハッピーはどうも他人事ではないぞ、とも思えてなりません。

とは言え、『ヘアスプレー』は決して重い話ではなく、青春ドラマとして楽しく観ることができました。

エリアンナさんの熱く力強く包容力たっぷりなメイベル(歌ウマ!)、平間さんの優しく温かいシーウィード、清水さんの健気なペニー、三浦さんの軽妙なリンク、上口さんのフラットで決して信念がぶれないコーニー……そして書き切れませんがアンサンブルの皆さまも含めて全員が一丸となって高い実力で、社会性と娯楽性との両輪に支えられたこの青春冒険活劇の世界観を支えていると思います。

なお、三浦リンクの、一見王子様、実は苦労人で恋とチャンスの間で葛藤しつつも保ち続けられるあの軽妙さはどう表現すべきだろう? と思っていたら、後日『キングダム』の制作発表で祐一郎さんが「三浦くんには重力を感じない」と発言されていて、大いに腑に落ちています。

私としては、平間シーウィードのダンスアクションも激推しします。公演パンフレットの座談会で清水さんが指摘しているとおり、メイクに頼らず身のこなしだけでトレイシーが憧れる「黒人のリズム」を表現するのは地味に大変と思われるので、そこを評価したいです。

カンパニーの一体感は、カーテンコールからも感じられました。直美ちゃんが何度目かの呼び戻しで感極まって涙で言葉に詰まった時に祐一郎ママと交わされた熱いアイコンタクト。それを見守るキャストの皆さまの温かい眼差し。

初日が2日遅れ、また序盤での欠席を余儀なくされたキャストもいましたが、その分一層カンパニーの結束も増したのかも、と思います。

このまま、大千穐楽まで無事にこのグッドカンパニーが駆け抜けられることを心から願うばかりです。