日々記 観劇別館

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『貴婦人の訪問』プレビュー公演書き足し感想(注意:ネタバレあり)

先日の『貴婦人の訪問』プレビュー公演の感想で、どうも消化不良で書き切れなかった所がありましたので、以下、少し書き足してみました。
今回の書き足し感想では、物語のラストシーンに詳細に触れていますので、ネタバレを知りたくない方はお読みにならないことをお薦めします。
また、一応ミュージカルなのに、楽曲や演出、構成の感想を全く語っていません。そういう視点で語ることのできる専門的知識を身につけたいとは思うのですが、できていません。すみません。

『貴婦人の訪問』。人間のエゴというのはできれば直視したくない現実だと思いますが、これは劇作品という作られた物語であると分かっていても、直視せざるを得ない内容でした。ギュレンの町の人々がクレアの策にはめられ踊らされていくさまが、戯画的に描かれれば描かれるほど、エゴと集団心理の暴走の怖さがリアルに感じられると申しましょうか。

特に、アルフレッドの友人達が、金目当て目的がもちろん大きいですが、何より過去に彼の背信行為を庇ったという事実をカバーするために、彼から離れていく様がリアルでした。
マティアス市長は自らの妻子を含む保身のために、ゲルハルト署長は法と正義を守る立場故に、ヨハネス牧師は恐らくアルフレッドの過去の行為が徹底的に神に背くものであったがために。

しかし、友人達の中で、唯一クラウス校長は最後まで葛藤を抱えていたような印象を受けました。
以下は校長の心境を勝手に妄想したものです。

ルフレッドのクレアへの仕打ちとそれによりもたらされた結果は確かに非人道的で、クレアの望みも荒唐無稽かつ鬼神の如き所業ではあるが、クレアが受けた責め苦に比すればある意味無理なきこととも言える。この町の人々は自分も含めエゴの塊だが、良心と未来を信じる心を持った幼子もいる。この町を救うためにはクレアの助けが必要だし、アルフレッドは断罪せざるを得ない。では自分は同罪ではないのか?でも同罪となることは現状で即ち死に繋がる。この町でまだ自分は生きてすることがある。自らが死なないためには我が友に一身に罪を負わせるしかない。そう、我が友の罪と動機は本当に許しがたいものなのだから!

……以上、あくまで妄想です。校長はきっと生涯葛藤を抱え続けるのだろう、と思います。そもそもあの20億ユーロをもらっても、あの町の人々が変わらない限り、第2、第3のクレアやアルフレッドが生まれ続けそうですし、町の他の人々の選択に同意し受け入れた時点で「自分だけは違う」と言うことはできなくなってしまったわけなので。残酷なことです。

共感、まではいきませんが、登場人物の中で最も気になったのは、アルフレッドの妻マチルデの心理についてです。
マチルデは、夫が金目当てに自分に近づいたこと、そして夫の心が無自覚のうちに偽りに覆われていたことを果たして知らなかったのでしょうか。
否、もしかしたら疑念は彼女の心のどこかに小さく巣くっていたのかも知れません。ただ、夫は申し分なく地元で信頼も得ているし、子供達も健康に育ってくれたし、店の経営も順調だし、と波風なく人生を過ごせていたので気づかないふりをしてたのではないか?という気がとてもしています。

マチルデは、夫に真実を告白されても、例えば、
「クレアを愛していた貴方と、彼女への裏切りと引き換えに手に入れた現在の貴方も、どちらも紛れもなく貴方だし、たとえ貴方の私への愛情が嘘偽りだったとしても、現在の貴方が全否定されるいわれはないわ」
と言うことだってできたと思うのです。
でも、多分、夫に「愛情はクレアにある」と言われた瞬間に、自分で自分を誤魔化し、夫の深層心理に向き合わず、見ないふりをしていたことに気づいてしまったので、彼女が内面で築き上げてきた「夫への愛と信頼、そしてそれらへの夫からの見返りを求める思い」が一気に冷めて崩れてしまったのではないでしょうか。

重たすぎる終幕の後、自分を陥れた者達への復讐と自分の辛い過去の清算とを存分に達成しながらも恐らくは虚無を抱えて生きることになるであろう、クレアのその後の人生ももちろん気になりますが、同じくらいにマチルデのその後も気になっています。
恐らく、町の人々からは「背信行為を働いた夫に数十年騙され続けてきた可哀想な妻」として扱われることになるのだろうとは思いますが、あのどうしようもなく流されやすく無反省な街の人々のことなので、もしかしたら表向きは丁重に扱いつつも、町がまた上手く行かなくなったら「カネのために夫を積極的に売った妻」というスケープゴートにされかねないのでは?などとも想像しています。
どちらにしても、マチルデも心に大きな虚無を抱えて生きざるを得ないことには変わりないわけですが。

振り返ってみますと、あの物語の中で最も納得の行く形で人生を全うできたのは、やはりアルフレッドであったように思います。
死の宣告を受けて散々じたばたこそしましたが、クレアへの「謝罪」を拒絶されただけでなく、町の人々に過去の所業を恥さらしと糾弾され、その代償として生け贄となることを求められるという極限状態で自身の真実を静かに見つめ直すに及び、
「何だかんだでクレアのことは真に愛していた。その気持ちが真実であることさえ彼女に伝われば、彼女が許してくれるかどうかはどうでも良いし、思い残すことは何もない」
という達観した心境に至り、最終的に理不尽な要求を受け入れたわけですから。

物語のラスト。クレアの「人殺し!」という叫びは、策を弄した自分を棚上げにして、手を下した町の人々に何言ってやんでえ、という見方もできますが、復讐心の中で無意識に求めていた真実の愛を手にしながらその相手の命を奪うという既定路線を変更できなかった自身に向けられた糾弾の言葉でもあると捉えることもできるかと思います。

最後に、前の感想にも書きましたが、クレアは果たして、町の人々に殺された「凶暴な黒豹」(あれ、アルフレッドの運命の暗喩なわけだし、もう少しリアルなぬいぐるみにできなかったのか?とは思いますが……)のほかに、「愛しい黒豹」も一緒にヘリに乗せて連れ帰ったのでしょうか?個人的には連れ帰っていて欲しいですし、ヘリの爆音とばらまかれる札束は、ギュレンの町で命を落とした者達への挽歌と鎮魂……だと思いたいところです。