日々記 観劇別館

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『ビリー・エリオット』プレビュー公演感想(2017.7.22ソワレ)

キャスト:
ビリー=木村咲哉 お父さん=吉田鋼太郎 ウィルキンソン先生=島田歌穂 ビリーのおばあちゃん=久野綾希子 トニー=藤岡正明 ジョージ=小林正寛 オールダー・ビリー=栗山廉 マイケル=城野立樹 デビー=夏川あさひ バレエガールズ=久保井まい子、大久保妃織、佐々木佳音、高畠美野、新里藍那 トールボーイ=小溝凪 スモールボーイ=岡野凛音

7月19日から赤坂ACTシアターでプレビュー公演が始まった(本公演は25日から)、日本版『ビリー・エリオット』を観てまいりました。

まさかここまで子役が、主役のビリーだけではなく、助演の少年少女達もセンターで本格的にハードに歌い踊る演目だなんて! というのが今回の最大の感想です。

物語の設定は1980年代前半のイングランドの炭鉱街。鉄の女・サッチャー政権下、不況にあえぎ、荒くれ炭鉱夫どもが雄叫びを上げ、労働争議が勃発している街の、閉塞し鬱屈した、しかし皆が必死に生きようとする、煮えたぎる闇鍋のようなエネルギーが、開幕の初っ端から舞台上にむせかえるほどに溢れていました。
街の労働者階級の人々の訛りは全て北九州訛りで表現されていました。恐らく日本の筑豊辺りのイメージを投影しているのだと思います。余談ながら、個人的に、元北海道民としては炭鉱のイメージは九州一色ではなく、夕張や歌志内辺りも混じっていたりするわけですが、やはり一般的に炭鉱と言えば九州なのでしょうね。

そんな沈み行く街で、無教養で不器用で頑固親父な炭鉱夫の父ちゃん(数年前の朝ドラでは炭鉱王だった鋼太郎さん!)や、若者の粗野さの陰に暖かさを宿した兄さんのトニー、時々物忘れするけど、内には若き日と変わらぬ熱いハートを秘めたおばあちゃん(久野綾希子さんの佇まいが良い!)、そして、恐らくあの時代ではまだ十分に理解を得られなかったであろう、ある秘密を持つ親友のマイケルらとともに、街の鬱屈した空気をやり過ごすように生きている少年ビリーの運命が、偶然にウィルキンソン先生のバレエレッスンに出会ったことで動き始めます。

歌穂さん演じるウィルキンソン先生の指導は実にエネルギッシュですが、鬱屈した夫、バレエの才能に乏しい娘のデビー(デビーもまた、薄汚れた街で悪態をつきながら強かに健気に生きている子供のひとりです)、そして場末でくすぶっている自分……やはり心のどこかにこの街で生きていく上での屈託を抱いているように見受けられました。
綺麗事だけではない人生の苦みを噛み締め、諦観を漂わせながら、ビリーのバレエの才に気づいて光の当たる場所へ送りだそうとする先生に、あまりに歌穂さんのダンスも歌唱力もはまり過ぎていて、Wキャストのもうお一方(柚希礼音さん)の想像が付かずにいます。

全体に、明るい未来や希望というものがとことん見当たらない世界の中で、とにかく子供達のダンスが大変なポテンシャルと瞬発力を持って、まさに「炸裂」してくれています。特に1幕はハードで華やかなダンスが手を変え品を変え繰り広げられるので、舞台上に視線を釘付けにし続けざるを得ません。

今回のビリーは、長期にわたるオーディションを勝ち抜いた最強の5人のうちの最年少、10歳という咲哉くん。名門バレエ学校を目指して意志を貫く、というストーリーから事前に想像していた以上に、バレエだけでなく、タップ、アクロバットと、ビリーの揺れ動く心を象徴するような荒々しさに溢れながらも技術の確かな安定したダンスを見せてくれて、決して客席を飽かせることがありませんでした。

とりわけ素晴らしかったのは、2幕の大人になったビリー(Kバレエの栗山廉さん)とペアを組んでのバレエです。2人で舞う「白鳥の湖」の美しさと言ったら! それまでの抑圧された魂の叫びのようなダンスの対極にある、泣きたくなるほどの優雅さに満ちていました。
これまでいくつかのミュージカルでバレエを取り入れた場面を見たことはありましたが、
「こんなに美しいのなら、いずれ本物のバレエの公演を観たい」
と思ったのは今回が初めてです。
このペアのバレエシーンの後にビリーの運命は急速に回り始めるわけで、だからこそこのバレエは究極に美しくなければならないのだ、と終演後に思いました。

ビリーの父親が労働争議に背こうとする理由を知った街の人々が、ビリーに抱いた思いの正体は一体何だったのでしょうか。「希望」……というほど甘いものではなさそうですし、「人情」と呼ぶのも何か違う感じがします。
私は、きっと街の人々は、仕事や生活の未来に何一つ確かに約束されたものがない最中に、何かを強く信じたかったのだ、と思っています。

少年は街を出て行きます。未来が見えなくとも、それでもいつものように逞しい背中を見せて坑道に下っていく大人達を見送り、幼年期に別れを告げて、厳しい学びと修練の世界に飛び込んで行くのです。
終盤、ウィルキンソン先生が、これからは自分のことも、自分が教えたことも忘れなさい、と、自身が赴くことが叶わなかった新しい世界に出て行くビリーに言い聞かせる場面が心に響きました。

なお、プレビュー公演は「スタッフが看板で指示したタイミングでカーテンコール撮影OK」でしたが、私、カーテンコールのキャストの皆さまの群舞に見とれて拍手を贈るのに精一杯で、結構ぎりぎりまで、スタッフさんが撮影OKのプラカードを出しているのに気づきませんでした。折角のチャンスに惜しいことをしたとは若干思っていますが、あのダンスを息をつく暇もなく堪能できたのだから、と全く後悔はしておりません。
……余談ですが、カーテンコールに登場した歌穂さんを見て、「あ、ロビンちゃん」と思ってしまいました。そんなことを考えるのは、きっと私だけ……ですよね(^_^;)。

ちなみに『ビリー・エリオット』のチケットは今回のプレビュー公演分しか手持ちがありません。
ビリーを残り4人全員とは言わないまでも、もう1人か2人ぐらい別のビリーで観たかった、と思う一方で、結構エネルギーを吸い取られる演目でもありますので、このぐらいにしておいた方が良いのかも知れない、と今は思っています。

最後になりますが、ビリー達も、他の子役さん達も、そして大人キャストの皆様も、無事に千穐楽まで舞台を勤め上げられることを願っております。