日々記 観劇別館

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『シェルブールの雨傘』感想(2009.12.27マチネ)

ギイ=井上芳雄 ジュヌヴィエーヴ=白羽ゆり マドレーヌ=ANZA エリーズ=出雲綾 カサール(宝石商)=岸田敏志 エムリー夫人=香寿たつき

友人の誘いを受け、日生劇場で12月28日まで上演中の『シェルブールの雨傘』を観てきました。これが2009年の自分の観劇納めとなります。

まず、舞台装置が青を基調とした幻想画のような柔らかい色合いで、そこからすっかりフランスの地方の港町の世界に引き込まれました。謝珠栄先生振付のダンスもひたすらしなやかで叙情的で(主人公ギイが働く自動車整備工場の整備士達のダンスまでもが!)、この物語は近現代の身近な悲劇を描きつつもファンタジーなのだ、と高らかに宣言しているかのようでした。

しかし観る側にはあまりファンタジー属性がなかったので、以下、とても即物的な感想となりますことをお許しください。

全編を観た印象でこの物語を一言でまとめますと、
「若さ故の激情と浅薄さに満ちた小娘の、若き日の思い出のカードの1枚として引き抜かれ流された純朴な青年の再生の物語」
と言ったところでしょうか。
はい、告白します。自分より二周り以上若いとは言え、同じ女性の筈のジュヌヴィエーヴに、今回全く感情移入することができませんでした。
いえ、彼女の選択は多分最も現実的で、彼女だけでなく苦労しまくっている彼女の母親もお腹の子供も皆が穏やかに暮らせる最良の手段であったと思います。
また、子供の父親とは言ってもつかの間の出会いであったギイに比べると、目の前にいる、オジさんだけど優しくて人生経験もあり懐も深くかつ財産もありそうなカサールに頼りたくなる気持ちも分からないでもありません。それにいつの時代でも若い者は、愛情が言葉や文字といった形にして目の前に提示されないと信じられないものですし。
ただ、あまりにも受け身過ぎる生き方。
「アンタ本当にそんなに楽な方に向かう人生で良いわけ!?」
小一時間問い詰めたい気持ちが、ラストの6年後にギイと再会する場面に至るまでずっと消えませんでした。
まあ、あのお母さんの苦労を見ていてああはなりたくない、と考える心理も痛いほど分かりますし、また、20歳のギイも出会って早々にダンスしながらいきなり「(君の)子供が欲しい」とか口にするような若造ですし*1、「出征するならこんな激情にかられた小娘との間に作るな!*2」と思わないでもありません。ただ、戦地で彼女と幻の子供だけを心の支えに地獄を見て帰ってきた男が、空っぽになった雨傘店の前に立ってどんな感情を抱くかは、いくら小娘でも分からないとは言わせないぞ、コラ!と、特に2幕半ばの結婚式シーンの辺りから煮えくり返りながら見ていました。
……と、ここまで書いて思ったのですが、この感情はもしかしたら美しいお姫様に対する継母后の醜い嫉妬と同じ種類のものでしょうか?
ラストでギイもささやかながら貴い幸福をつかんでいて、それに対しては心から良かったねえ、と祝福を送ることができたのですけれど。まさに、男はロマン、女は現実に生きる、をそのままパッケージにした作品だったと思います。

……これ以上暴れるのも美しくありませんので、キャストについても語っておきます。
白羽ゆりちゃんは初めて観ましたが、予想以上に歌声が綺麗で声量もあり、良く通っていました。問題は、ペアを組む井上くんの声量が尋常ではないので、彼との数少ないデュエットでゆりちゃんの歌声が井上くんのそれにかき消されて聞こえなかったという点でしょうか(^_^;)。井上くん、もう少し合わせてあげれば良いのに、と妙な老婆心を働かせてしまいました。
辛口なことを言いましたが、井上くん、『ロマンス』以来1年ぶりに観て、歌も演技もレベルアップした、という印象を抱きました。やはり他流試合で揉まれることは役者さんを強くするのだと思います。
香寿さんの演じたジュヌヴィエーヴの母親は、美しかったです。何でカサールはこのお母さんを選ばず、娘を選んだの?やはり若い方が良かったの?という汚れた気持ちを抱いてしまい、ちょっと自己嫌悪*3
カサールと娘の成婚に向けてプッシュしまくる、一歩間違えると人身売買になってしまいそうな行動でしたが、一貫して優しく誠実な語り口なので、あくまで心から娘の幸せを願った善意の行動なのだと理解できました。実は私、あの全てを見透かしたような母親の言動を見て、ジュヌヴィエーヴも亡くなった旦那様の子ではないのでは?と疑っていたりします。自分だけかも知れませんが。
ミス・サイゴン』の初代クリス、岸田さんのカサール。それってロリ(略)とも感じましたし、また、あの母子の逆境に巧まずして付け込んだという印象も拭えませんが、やっぱりどこまでも誠実で暖かい歌声の善意の人でした。
ギイの伯母様を演じた出雲綾さん。出番の全て、椅子に腰掛けているおばあさんの役でしたが、歌声も暖かく(この作品、脇にそういう人ばかり見事に揃ってました)、この人が出てくるだけでそこだけほっこりと空気が癒され、長く宝塚で活躍されたベテラン娘役の底力を見た気がしました。
その伯母様の介護ナースで終盤ギイと結婚するマドレーヌ。『月刊ミュージカル』でギイの苦境に付け込んだような言い方を(冗談混じりに)井上くんからされていましたが、実際に作品を観たら、「何だ、いい子じゃないの」という印象でした。若いのに身寄りもなく苦労した故に、ジュヌヴィエーヴと違って最初からこの娘さんは大人なのですね。ANZAさんの歌い方も丁寧で聴きやすかったです。

プリンシパル以外の脇役も、松澤重雄さんやKENTAROさんといった、ベテランの実力派で固められていました。それから男性ダンサーの中にひときわダンスがしなやかで目を引く、1人見たような長身イケメンが混じっている、と思ったら東山竜彦くんでした。人に覚えてもらえる実力と見た目ってやはり大事です。
観終わって疑問だったのは、物語の節目節目に登場して街角に佇んでいた、松澤さん演じる老人のこと。物語内の6年間という時の経過を示すための存在なのかも知れませんが、私には、彼が2009年現在の老いたギイであり、過去を幻想的に思い起こしているのがこの作品であるように思えてなりませんでした。

と、色々文句も書きましたが、実の所観ている間、1幕最後のギイの出征の場面や、2幕でギイが荒れた帰還兵から脱却して復職する場面、ラストシーンでジュヌヴィエーヴの車が去った後に妻と子*4と降り積もる雪の中戯れる場面などで、何度かうるっときました。あれは物語の展開はもちろんですが、何よりも、指揮の塩田さんの「さあ泣かせるぞ、これでもか!」と言わんばかりの音の盛り上げ方が凄かったのが最大の原因だと思いました。

*1:「うぅん、フランス男子だ!」と思いました。

*2:何を、とはあえて言いません(^_^;)。

*3:別に母親がカサールに恋愛感情を抱いていたわけでは1個もありません。多分。

*4:ちなみにジュヌの娘がフランソワーズ(舞台には登場しない)、ギイの息子がフランソワで、お互いにかつて誓い合った名前を付けているというオチ。