日々記 観劇別館

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『二都物語』感想(2013.7.20マチネ)

キャスト:
シドニー・カートン=井上芳雄 チャールズ・ダーニー=浦井健治 ルーシー・マネット=すみれ マダム・ドファルジュ=濱田めぐみ ドファルジュ=橋本さとし ドクター・マネット=今井清隆 バーサッド=福井貴一 ジェリー・クランチャー=宮川浩 サン・テヴレモンド侯爵=岡幸二郎

新演出レミゼからほぼ2ヶ月ぶりに帝劇へ出かけ、『二都物語』を観てまいりました。

以下、極力ネタバレを避けつつ感想を記します。でもお話の性質上、結末に関連する事項には触れざるを得ませんのでご容赦を。

まず、1幕まで見終えた時、
「この作品を、帝劇の夏興行に持ってきて本当に大丈夫だったの?」
とふざけた考えを抱いていたことを白状しておきます。
だって……時代背景も展開も……重いんですもの。しかも1幕はかなりの分量のストーリーが詰め込まれている上、どうしてこの人物が裏切るの?背景説明あったっけ?という巨大な疑問符がついたままで幕間に突入してしまったので、
「この調子で2幕も展開されたら……私、今回は何とか頑張れても、次回リピートできる自信がない!」
と思ったのが正直な所です。
しかし。2幕が始まって程なく、先程の自分の印象が浅はかであったと気づきました。裏切った人物の事情がかなり早いうちに判明し、すっきりしたというのが最大の理由ですが、その後も1幕から示されてきたいくつものエピソードが全て回収されて一本に束ねられて、一気に畳み掛けるような怒涛のクライマックスを迎え、ラストは気づいたら泣いていました。
そう言えば「フランス革命」「無辜の民の理不尽な死」「民衆の暴走と残虐」「ギロチン」というキーワードだけ見ると、この作品、クンツェ&リーヴァイの『マリー・アントワネット』(M.A.)と似ているのですね。でも、何故か終幕後の感想は爽やかです。明らかに大量の人死にが出ているのに。
多分、
「愛を知らず、自堕落で刹那的に日々を過ごしてきた孤独な人間が、愛を教えてくれた誰かの幸福を守るために自らを捧げることで、自らの生涯において最大の幸福を全うする」
というテーマが明確で、そこに向けてあまりに迷いなく冷静に物語が突っ走って行くからだと思います。
個人的には、自己犠牲的精神はどちらかと言えば好きではないのですが、『二都物語』にはあまり犠牲的精神というのはありません。少なくとも「彼」自身はあの結末を選んだことで至福を得たわけで。
ラストシーンの演出も、壮絶に美しいものとなっています。

キャストの感想にまいりますと、、今回の井上くんを観て、彼、本当に上手くなったなあ、と感じました。演技も歌も。前半の投げやりに日々を送っているシドニーが、人を愛する心に目覚め、命に代えても守りたいかけがえのないものを得ていく過程が説得力を持って伝わってきたのは、紛れもなく彼の演技の力だったと思います。
しかも、ダメ人間が突然愛に目覚めたのではなく、恐らくは元々正義感が強すぎるが故に酒池肉林に浸らないと厳しい現実を生きてこられなかっただけ、という点までが、何となく伝わってきました。脚本の巧さと表現者の力が綺麗にマッチした瞬間とでも申しましょうか。

浦井くんのチャールズは、一歩間違えると非常に損な役どころだと思いますが、彼もまた、「愛されるに値する」人物を的確に作り上げていました。優しくて愛情深く、正義感も強い、しかし馬鹿強情な性格であるがために、物語の前半でも後半でも窮地に陥ってしまうわけですが、それでも「この人なら守ってもいい」と説得力を持って思わせてくれるというのはなかなかないです。
チャールズが結婚して幸福な家庭生活を送る場面で、幼い娘と戯れる笑顔が、本当に甘くとろけそうなのですね。そんな彼の姿を見ていたからこそ、シドニーがチャールズの妻とのいきさつをさて置いて、彼ら一家を丸ごと愛することになったわけで……。
また、聴くところによれば、クライマックスでのチャールズの言動は、原作よりも数段男ぶりが向上したものになっているようです。と偉そうに言いつつ原作は未読なわけですが(^_^;)。この場面も、シドニーの行動にとても説得力を持たせるものでした。
本当に、井上シドニー、浦井チャールズのどちらが欠けても今回の演目は成立しえなかったと思います。

一方、すみれさんのルーシーは……はい、長身で舞台映えする容姿で、地の台詞回しも割と綺麗でした。歌も音を外さずきちんと歌えているかと。でも、綺麗に歌おうとすると発音が時々くぐもるのと、一番の聴かせどころであるソロナンバーで結構ブレス音がしていたのとが聞こえてきて、ああ、もう少し頑張ってね、と思いました。
ルーシー、脚本上で素敵な台詞もたくさんあって、おきゃんで正義感も強くしかも愛情深く寛容、という、シドニーの人生の扉を開く鍵になるに相応しい人物、の筈なのですが、すみれさん、まだその役どころを完全にコントロールするには至れていないような気がします。とは言え、中堅の井上くんや浦井くんと比べるのは酷だと分かっていますし、新人さんでよくこの難しい役をくじけずに、崩さずに頑張れてるなあ、と応援したい気持ちではあるのです。

他の主要人物の皆様。この脚本、登場人物が一貫して緊密さを保っていないと破綻してしまうという印象ですが、諸悪の根元、とことん冷酷な悪役の侯爵岡さん、善玉ですが正義感の強さ(この作品、基本、侯爵を除いて皆正義感が強いです)故の過去の発言を逆手に取られて利用されてしまうルーシーパパ、ドクター・マネットの今井さん、妻の秘密を知り、妻の復讐心の激しさにたじろぎつつ、それでも内助の功的に支え尽くそうとするドファルジュさとしさん、そして壮絶な過去と関係者への復讐心(含む逆恨み)を押し殺して生きてきたマダム・ドファルジュ濱田さん。とにかく、素晴らしかったです。
特にマダム・ドファルジュ、1幕終盤での鬼女への豹変ぶりには相当戸惑わされました。2幕序盤で彼女の過去と正体が明らかになります。もう本当に報われない悪役なのですが、きっと彼女はこういう風にしか生きられなかったのだろう、と思うと、濱田さんの激しくも哀しい歌声も相まって、かなり切なかったです。
シドニーとチャールズを繋ぐ隠密的存在の1人、宮川さんのクランチャー。墓泥棒で甦り請負人にして用心棒、という彼のお仕事が複雑過ぎて実は良く理解できていないのですが、逞しくて頼りになる力持ちで、この方も本当、作品ごとにがらりと印象が変わるなあ、と感じ入りながら観ていました。ハリー・ポッターのハグリッドにちょっとだけ似ているかも?と今思いました。
もう1人の隠密、バーサッドは福井さん。どうしようもない悪役かと思いきや、強かで彼なりの気骨を持って生きている人物でした。M.A.のロベスピエールよりも数段良い役だと思います。2幕に井上くんとのちょっとした見せ場になる掛け合いがあり、福井さんの(そして井上くんの)上手さに感服しました。

音楽についてあまり書けていませんでした。繊細で複雑、所によりダイナミックな節回しはヨーロッパ製っぽいのに、展開はどちらかと言えばジェットコースターなのに、エピソードの積み重ね方自体は周到で綿密。一体どこ製?と思ったら、何とアメリカ製。BW産ではないようですが、少し意外感を覚えました。テキストと楽曲が全て1人の作家の手になるもの(一部ワイルドホーンさんの手は入っているらしいですがどこかは不明)というのはアメリカらしくて魅力的です。確か『RENT』も単独作家の作だったように思います。

カーテンコールでは、最後2回程、井上くんと浦井くんペアでのお出ましあり。V字足上げ合戦とかターン合戦とかしていたような気がします。ここにStarSのもう1人、育三郎くんがいないことがちょっとだけ不思議でした。

まだまだ書き足りないこともたくさんありますが、この演目はもう一度観る予定ですので、今回はこのぐらいにしておきます。