日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『タン・ビエットの唄』感想(2008/2/10ソワレ)

フェイ=安寿ミラ ティエン=土居裕子 トアン=畠中洋 ハイン=吉野圭吾 ミン=宮川 浩 ビン=駒田一 ゴク=戸井勝海

TSミュージカルファンデーションの標記公演を、池袋の東京芸術劇場中ホールまで観に行ってきました。芸術劇場に入るのは初めてでしたが、なかなか綺麗な建物でした。座席は1階M列のセンターブロックど真ん中だったこともあってか、かなり見やすかったです。
以下、核心には触れないよう感想を記してみます。
ベトナム戦争中にある村で起きた大虐殺(ソンミの虐殺*1がモデルらしい)の生き残りで、虐殺の証言のため祖国を離れ、そのままイギリス人の養女となっていた女性フェイが、20年前に生き別れた姉のティエンを探すためベトナムに戻り、かつて命を救われ身を置いていた解放民族戦線の小隊の5人の男達を訪ね歩く過程で、彼らとティエンを襲った過酷な運命が明らかにされていく、というのがストーリーの骨子です。私は実際に観たことがないのですが、展開や人物設定は映画『舞踏会の手帖』(Wikipedia解説)のそれがかなりモティーフになっているようです。もちろん戦争を素材にしたタン・ビエットの方が遥かに重くハードなストーリーではありますが。
1幕冒頭で白いドレスの女*2が出てきて華麗すぎるバレエを披露し、以前に観たTSファンデの『AKURO』の白鹿の踊りを思い出しました。ついでに『ウーマン・イン・ホワイト』まで連想したりして。今回の白装束の女性は多分、物語の大きいテーマである「希望」を象徴していたんでしょうね。
白装束さんだけでなく、ベトナムの民族衣装をまとった男女4人ずつのダンサーズによるバレエダンスが、物語のインターバルで度々挿入されて、重くなりがちな物語に癒しをもたらしていました。
でも個人的に圧倒されたのは、解放戦線の隊員達が棍棒を手に土地を開墾する場面でのダンスでした。力強く希望に満ち、男女混合なのに何故か男臭い群舞。特にプリンシパルの5人の男性なんて、それぞれにソロパートをこなしながらバリバリ踊らないといけないのでかなり大変だったのではないかと思います。

次に物語について。フェイの辿る足取りとともに、解放戦線の5人の顛末が語られていくんですが、誰1人として現在満ち足りて過ごしている人間がいないというのが何とも重たかったです。ティエンは5人にとっての「お姫様」で、いわば騎士として彼女を守っていた頃が一番幸せだったんでしょうね。
過去を克服出来ずに祖国を捨てたフェイを、昔の苦悩を思い出させる存在として5人の誰も心からは歓迎しなかったけど、いつかは再会しないといけない運命だったのだと思います。フェイが運命の糸にたぐり寄せられるがごとく祖国に帰らねばならなかったのと同じように。
ティエンの辿った運命はあれが最適だったとは間違っても言いたくありません。でも少なくとも彼女自身は一個も後悔していなかったわけで、そこは救いです。それ故に皆が背負った苦しみを思うと複雑だったりしますけれど。特にビン。父親がああなったのはティエン以外にも原因があったとしても、ティエンの行動が無ければビンが罪を負うことは無かったわけですし。
リアルな物語の中で結末のみ何故かファンタジックで唐突な印象を受けました。あんなにあっさり見つかっていいのかよ!と。でも前を向いて生きていく為の希望の大切さを謳う舞台においては必要な結末だと納得。願わくば彼女達があの解放戦線の仲間達と再会し、彼等に背負わされた重すぎる運命を動かしてくれている事を祈りたいと思います。
不要と感じたのは、仮面のダンサーズが客いじりしながら日中韓、特に日本人を揶揄する場面です。ベトナムアメリカや中国との間に抱えている問題は決して他人事じゃないぞ、と言いたかったのかも知れませんが、そこは駄目押ししなくても観客が自分で考えるから大丈夫なのに、とちょっと思いました。

最後に登場人物について。
フェイを演じた安寿さん、宝塚の元トップという以外にほとんど予備知識も持ち合わせず期待もしていませんでしたが、立ち居振る舞いが美しく、歌声も土居さんの美しいソプラノと綺麗にハモっていました。土居さんも、ティエンという優しさと激しさ、神々しさと人間味を持ち合わせた役を演じきられていました。
実は今回の舞台は4割方土居さんの歌声目当てに観に行ったようなもので、彼女のソロナンバーがある毎に拍手したかったんですが、タン・ビエットはめちゃめちゃ場面展開が早いので拍手する時間、まるで無し(笑)。カテコでまとめて拍手を贈らせていただきました。

5人の仲間の中では、ミンを演じた宮川さんの屈折に満ちた演技が良かったです。彼はフェイの来訪により辛い過去の封印を引っぺがされてしまうわけですが、過去の重さに耐えきれず逃れたという意味ではフェイと全く立場が一緒だと思うので、出来れば後から現在の姿でもう一度出て来て、フェイと一緒に希望を手にしてもらいたかったです。
駒田さんの七変化には相変わらず驚かされました。ビンとその父親の演じ分けが見事。本当に安寿さんを殺すかと思いました。にしてもこの親子の顛末は悲しすぎます。
戸井さんのゴクもフェイを真相に近づける重要な役でしたが、他の4名に比べるとどうしても影が薄くなってしまったのが残念。
シクロドライバーのトアン役の畠中さんについては、あまり細々書くとネタバレになってしまうので避けますが、円熟味溢れる確かな実力で物語を最後まで転がしてくれました。こういうしっかりした脇役の存在って大きいです。
そして吉野さん。実は本役のハイン以外にも1幕でアンサンブルに混じってご飯食べてたりしてましたが、見せ場は2幕にたっぷり。現代での姿で登場した瞬間、周り中で(私自身のも含めて(^_^))オペラグラスが一斉に上がったのを見逃しませんでした。
畠中さんと互いに思いの丈をぶつける掛け合い場面では、ツバをシャワーのごとく飛ばしあってガチンコ勝負してました。ハインというのは心に絶望と後悔を抱えつつもしたたかに生きている、吉野さんの本領である華やかさは全くない役でしたけれど、絶妙な肉体の存在感で強烈な印象を残していきました。

見終わった後も、土居さんと安寿さんが歌うテーマ曲「タン・ビエットの唄」とホールに漂うお香の匂い、そして随所に登場する蓮の花がいつまでも脳裏を離れません。文字通り、五感に訴える舞台でした。
また、こんなに実力者揃いの舞台ってのもなかなか無いと思います。ちなみに出演者に元マリウスが2人と、元アンジョルラス、現テナルディエが各1名。豪華なものを観させてもらいました。

*1:1968年3月16日に発生した米軍によるベトナム人虐殺事件。

*2:藤森真貴さんという方だそうです。