日々記 観劇別館

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『アルジャーノンに花束を』感想(2014.9.27マチネ)

キャスト:
チャーリィ・ゴードン=浦井健治 ハロルド・ニーマー教授/ギンピイ=良知真次 アルジャーノン/アーニィ/白痴のウェイター/チャーリィ(子供)=森新吾 ヒルダ/ファニィ/ローズ(回想)/ノーマ=桜乃彩音 バート・セルドン/フランク/リロイ=高木心平 フェイ・リルマン/ジョー秋山エリサ ルシル/エレン/ミニィ/ノーマ(回想)=吉田萌美 ジェイ・ストラウス博士/アーサー・ドナー/マット=宮川浩 アリス・キニアン/ローズ(幻想)=安寿ミラ

天王洲銀河劇場にて、ミュージカル『アルジャーノンに花束を』の前々楽を観てまいりました。

上演時間は、1幕85分、休憩20分、2幕70分。計2時間55分と結構長め。実際、エピソードがぎっしり詰め込まれていて、長さに少々疲れた感もあったのは否定できません。
しかし。自分は普段、お芝居を観てどんなに感情移入してもあまり泣かない方なのですが、今回のアルジャーノンでは随分と涙が出てきて困りました。

以下、思い切りネタバレありな感想ですのでご注意ください。

先程も書いたとおり、とにかく最初から最後まで涙腺が緩みっぱなしでした。何せプロローグで研究所を訪れたチャーリィが、拙い言葉でドアの外から、安寿さん演じるアリスと対話する「声だけ」の台詞を聴いただけで既にうるっときていたような体たらくで。そこへ純真無垢なチャーリィそのものの浦井くんの笑顔が現れ、「ぼくわかしこくなりたい」を子供発声(でも音程はきちんと合っている)で歌い始めただけで泣けてきた時には、さすがに「いや、まだ早いだろ!」と自己ツッコミを入れていました。
何しろチャーリィのことが、登場した瞬間から本当に愛しくて仕方がなくなってしまったのです。更に、この子が賢くなった後でたどる運命のことを考えただけでもう泣けて……という状態でした。

この演目は僅か9人のキャストで演じられています。序盤の研究所の場面でほぼ全員が出揃います。1人で研究者、パン屋等何役も演じるので、結構お召し替えが大変だったと思われます。迅速な場面転換―と言ってもこのお芝居にはほとんど大道具の移動はありませんが―がなされる場面では、生着替えなんてのもあったりしました。
安寿さん、宮川さん、良知くんとお歌のしっかりしたキャストばかりでしたので、その点では割と安心して観ていられました。ただ、実はチャーリィのソロ以外のナンバーはあまり記憶に残っていなかったりします。

そして、望んだこととは言え、被験者として過酷なテストを強いられ駄々をこねるチャーリィの前に現れるのが、副主人公とも言えるアルジャーノン。真っ白くてほわほわお耳の、作られた天才である小さなねずみ。この、森さん演じるアルジャーノンがまた可愛いのです。最初はチャーリィにライバル扱いされて、やがてかけがえのない親友となるこの子もまた、登場しただけで泣ける存在。軽やかで体重を感じさせないダンスのまた愛おしいこと。

物語は進みます。脳手術を受け、急速に知能と知識を獲得しながら精神的には子供のままのチャーリィ。賢くなることで人々の愛を受けられる筈だったのに、現実はあまりにも残酷に彼の理想からかけ離れて行く。知らない方が幸せだった真実に気づき、正義と信じた善意が、心が子供であるが故に裏目に出て罵られるチャーリィの苦悶。遂に天才の域に達した彼は、自分とアルジャーノンを改造した研究者らが達することのできなかった域に達してしまい、自分達の能力が恒久的なものではない可能性に気づき、1人と1匹で研究所を離脱する、という所で1幕終了。
浦井くんの、無垢→知識欲のカタマリ→純粋培養故に傲慢で空気の読めない天才への変貌の過程があまりに自然過ぎる演技の力と、叙情的ながら容赦なく人の残酷さと絶望とを掴み出す演出の力の相乗効果に、ただひたすら圧倒されていました。

2幕前半では、大都会ニューヨークに移り住んだ1人と1匹が新しい出会いを手に入れます。
……で、この辺りの一連のエピソードが、実は少々冗長なように感じられました。
ただ、チャーリィは幼い頃のとある事件から、母親に女性に対する強烈で悲しすぎるトラウマを植え付けられており、しかもその記憶が彼の家族との悲劇と密接に結びついてしまっています。そのトラウマから彼が解放されるには、フェイとのあの一連のエピソードが必要不可欠なので、やはり削るのは難しいだろうと思います。もしアリスとの関係が、単に「好きすぎて相手に触れられない」ならどんなに幸せだったことでしょうか。

2幕後半は、恐れていたアルジャーノンの変化を受けて、チャーリィは再び元の研究所に戻り、自らを生み出した研究プロジェクトのリーダーとして活動します。何とか親友を救うべく寸暇を惜しんで尽力し、離散した家族とも再会を果たしますがやがて……と、書くのはたやすいですが、またこの辺りから私の涙腺がうるると(^_^;)。
チャーリィが家族と再会する際、その時は既に天にいる筈のアルジャーノンと手を繋いで会いに行くさまが、何故か凄く気に入っています。アルジャーノンは回想のちびチャーリィも演じているので当然と言えば当然なのですが、肉体が失われてもずっとチャーリィと親友なのだね、という感じが伝わってきて良かったです。

終盤、知識と知能を日々失っていくチャーリィが、愛するアリスに膝枕で見守られている辺りから、かなり涙腺ぼろぼろに。チャーリィだけでなく、安寿さんの凛として理知的で、それでいてどうしようもなく「女」で、チャーリィとの関係に葛藤しつつ最後は黙って温かく受け容れて見守り続けるアリスにも心を寄せずにはいられませんでした。

元の知能に戻ったチャーリィが、かつて暮らしたパン屋に帰る選択をした所で込み上げ、ラストの
「どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください。」
とたくさんの花束、そしてアルジャーノンとチャーリーの満面の笑顔でとうとう完全に決壊してしまいました。

チャーリィは、身につけた知識を理解する知能を失う過程で、それらを獲得した自身の「死」により元のチャーリィに身体が返されるのだ、と語ります。

でも、それらが失われても、きみは一貫してきみのままだったよ。
きみは昔のきみに戻ったようでいて、異なる人生を経験して、家族の痛みも知って、以前とは違うきみになっているよ。
そして、エピローグでまた、きみの先生に戻ったアリスの言葉どおり、きみは天才でいる間は失っていた笑顔を取り戻しているよ。しかも、以前以上に素敵な笑顔だよ。

……と、ラストシーンの彼に客席から心の中で語りかけておりました。