日々記 観劇別館

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『ヘアスプレー』名古屋大千穐楽感想(その2)(2022.11.20 12:00開演)

キャスト:
トレイシー・ターンブラッド=渡辺直美 “モーターマウス”メイベル=エリアンナ リンク・ラーキン=三浦宏規 シーウィード・J・スタッブス=平間壮一 ペニー・ルー・ピングルトン=清水くるみ アンバー・フォン・タッセル=田村芽実 コーニー・コリンズ=上口耕平 ウィルバー・ターンブラッド=石川禅 ヴェルマ・フォン・タッセル=瀬奈じゅん エドナ・ターンブラッド=山口祐一郎


『ヘアスプレー』大千穐楽感想の続きです。

2幕の「ビッグ・ドール・ハウス」で皆が放り込まれている監獄は女性看守の台詞では「女子刑務所」となっているけど、どう考えても拘置所だよね、と考えながら聴いていました。

この場面で皆を颯爽と……ではなくいつものさりげない感じで救いに現れるウィルバーがカッコいいです。娘の救出には失敗してしまいましたが。

雑貨屋閉店のピタゴラスイッチはラストの今回も見事に成功していました。そしてそこからの「ふたりはいつまでも」。これ、ウィルバーとエドナの相愛というテーマも、音楽としても大好きなナンバーなのですが、演じているお二人の間に漂う信頼もひしひしと伝わってきて良かったです。

舞台で役を演じる祐一郎さんについて、観ていてたまに「この人、今、虚実のちょうど境目に立っている!」と思う瞬間があります。今回、いつもの地味なワンピースから鮮やかな赤いドレスに早変わりした瞬間の幸福なエドナの笑顔に、それを感じました。

そこにいるのは間違いなくエドナなのだけど、同時に祐一郎さんでもある。決して素に戻っているのではなく、でも祐一郎さんがいてこそのエドナのかわいらしさと美しさ。現あってこその夢。夢あってこその現。語彙が貧困で、この感覚をうまく説明できなくて申し訳ありませんが、おお、今回もこの瞬間に立ち会えたぞ! と、歌い踊る2人を眺めながら1人で喜びをかみしめておりました。

この物語の登場人物は、男女や社会的立場、善玉悪玉を問わず、皆しっかりと「こうしたい」という明確な意思を持って行動していることに好感を持てます。

ママに縛り上げられ閉じ込められたペニーを、王子様感満載で窓辺から救いに現れるシーウィード。無事脱出できると分かっていても、そんなにいちゃついていたらママが戻ってきちゃうよ! とついはらはらしてしまうのはなぜでしょう。それにしてもくるみペニーは鳥のようにふんわりと身体が軽そうでうらやましいです。

同じく囚われのトレイシーを救い出すリンク。この2人のカップルも見ていて楽しいですが、なぜだかそんなに長続きする感じがしないのです。最終的には相手への愛よりも自分の夢を優先しそうな気がして……。いや、あれだけお互いに散々愛の鐘を鳴らして妄想しまくっていますし、そんなことはないとやはり信じることにします。

脱獄したトレイシーたちを迎えるメイベルのコミュニティ。コリンズショー全米中継突入作戦への再挑戦をためらい、一度は自分は降りると言って立ち去ろうとする、名もない黒人の少女がいます。最終的には、メイベルにリベンジの理由を問われたトレイシーの「みんなといっしょに踊りたいから!」というシンプルな望みと、メイベルの力強い戦う意思(エリアンナさんの歌声が本当に頼もしい!)とに共鳴して仲間に加わりますが、こういう細かい描写が良いですね。

そんなこんなで突入するクライマックスの「ビートは止められない」(You Can't Stop the Beat)ではもう盛り上がるしかありませんでした。トレイシーたちのいる時代は1962年。ほどなくトレイシーの台詞にも出てきたジャクリーン・ケネディの夫君は暗殺され、更にアメリカはまたつらい戦争の時代に突入する筈なので、『ヘアスプレー』におけるハッピーは決して永遠ではないと分かってはいますが、この痛快な展開には心が沸き立ちます。東京公演の感想でも書きましたが、踏んだり蹴ったり、でも棚からぼた餅もあって複雑な心境の悪役のヴェルマやアンバーもさあ一緒に踊ろう! となるのが気持ち良いのです。

ラストのエドナのサプライズも、繰り返し観ていても、登場すると思わず「ほう……」と自然にため息が出てきました。夢を叶えたエドナさんが美しく輝いていたのは、決して銀色ドレスのきらめきの効果だけではなかったと思います。うっかり1幕の感想で書き忘れていましたが、ほぼ家の中だけで過ごしていたエドナがミスター・ピンキーデザインの衣装に着替えて現れた時の艶やかさもただごとではありませんでした。疑いなく、この物語のもう1人のヒロインはエドナです!

カーテンコールでは、直美ちゃんからご挨拶がありました。涙をこらえつつもお稽古からの長い日々を支えてくれたキャストや観客への感謝の言葉を語るうちに、ついに言葉に詰まって号泣。そこへ素早くエドナママが駆け寄り、「かわいい……!」と口にしながら娘さんをハグ! いや、そんな貴方がかわいいし尊い! これは鼻血出そう! と客席で打ち震えておりました。

その後、娘さんから突然挨拶のバトンを渡されたエドナさん。
渡辺直美さんには(Instagramの)フォロワーが1000万人いますので、全員が観るには35年かかります。その時には私は100歳になっていますのでそこにいられるかは分かりませんが、それまでこの『ヘアスプレー』が続いてほしいと思います」
というような内容でご挨拶されていて、おお、久々にチャーミングとか夢のようなひとときとかいうフレーズのない普通の内容だ! と驚いておりました。

なお、「1000万人が観るには35年かかる」は本当なのか? と帰りの新幹線で同行の友人と計算したところ、1公演1000人、年間300公演(休演日抜き)と仮定して、
1000×300×35=1050万
となったので、確かに! と納得しました。

ただ、よく考えると年間300公演は相当に過酷なので、実際は1公演2000人、年間150公演ぐらいにしておきたいですね。

カーテンコールに戻りますと、ご挨拶の後も何度かキャスト退場→スタオベ→お出まし→スタオベ→退場→スタオベ→お出まし、が繰り返され、ついに名残惜しくも本当に終演の時を迎えました。

整列退場の案内アナウンスが流れ、静かに退場の順番を待っていたその時、舞台の奥からキャストとスタッフの三本締めの手拍子の音が聞こえてきました。客席の誰ともなく、一緒に三本締めの手拍子を始め、満場で舞台裏の皆さまに感謝の思いを伝えていました。改めて、大千穐楽の公演が無事完走できて良かったと思った瞬間でした。

『ヘアスプレー』、開演前や幕間にも客席での撮影が完全に禁止されているなど、版権はなかなか厳しいという印象ですが、願わくば、いつかまた再演で観たい作品です。その時は、色々と難しい所はあるかも知れませんが、ぜひターンブラッド家の皆さまは同じキャストでお願いできれば、と思います。