日々記 観劇別館

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『レベッカ』感想(2010.5.8ソワレ) : 舞台編

涼風ダンヴァースの変貌ぶりへの衝撃があまりに強かったので、前記事で文句をたれてしまいましたが、気を取り直して舞台全般の感想を記させていただきます。

座席は1階C列上手サブセンのセンター側通路寄りでした。サブセンは『レベッカ』を観るには割と死角が少なくて良い場所だと思います。上手寄りなので2幕のキスシーンもばっちり見えましたし(^_^)。

前回(4月20日)は休演日明けだったこともあってか、マキシムの声がちょっと硬く聞こえたのですが、今回は2公演ある日のソワレということもあり、マキシムに限らずキャストの皆様の十分暖まった歌声を堪能することができました。
特に歌が素晴らしいと思ったのはちひろちゃん。特に、こちらが前方席だったからかも知れませんが、ヒロインとベアトリスとのデュエット「女は強くなる」で、マイクを通した声よりも生声の方が立体的に綺麗に響いて聞こえてきたので、思わず聞き入ってしまいました。
対して涼風ダンヴァース。彼女のことばかりあまり書くのもあれなので最小限に留めておきますが、彼女のナンバーをソロで聴くと、音楽単体としては十分聴くことができます。しかし例えば複数ある「わたし」とのデュエット曲では何だか男役っぽい声が生硬な感じに聞こえて、ちひろちゃんの声とあまり化学反応できていないのです。
但し、ファヴェルとの掛け合いは別です。当然、傍若無人な侵入者に自分の世界を荒らされるのが嫌でたまらない、という心理が大前提にはあるのですが、幼い頃より知る相手からフェロモン大全開放出で甘えかかられて必死に拒むミセス・ダンヴァースという解釈は、かなり面白いと思いました。それが本当にミセス・ダンヴァースらしいのか?男性の愛を心底軽蔑している人の態度がそれで良いのか?という疑問はともかく。

それにしても吉野ファヴェル。いつ見ても高水準のエロティシズムとテンション、それに程良い品性の下劣さを保っていて、しかも物語進行の邪魔になることがありません。あれはもっと評価されるべきだと思います。

あと今回改めて恐れ入ったのはフランクのソロです。「わたし」に貴女も素敵な人だ、と言い聞かせる場面で一言発するごとに、その言葉の裏側にあるレベッカ像(主にマイナスイメージ)が組み立てられ、ソロの最後では巨大なレベッカ像が確かに彼の背後に現れていたように感じられました。侮り難し、禅さん。

そして、山口マキシム。
彼はやはり1幕では大変に浮かれております。
特に初演時と比べるとマキシムの心理描写のミステリアス度が数割減となり、「幸せの風景」など歌って、初っ端からヒロイン激ラブな所を観客に見せつける演出に変わっているので、尚更にマキシムの青臭さとか若い娘さんへの媚びとかいった「何だこいつは」感が際立っております。
しかし、これは初演の時も思ったのですが、マキシムのあらゆる振る舞いに青さ、至らなさ加減を感じ取ってしまうのは、自分がマキシムとほぼ同世代(ぶっちゃけて言えばアラフォー)である故であって、もしかしたら年少の世代はそんなに「青さ」を感じることはないのかも知れない、と考えております。自分が「わたし」と同世代だった頃を振り返ると、周囲の男性はどんなバカなことをしでかしていようと、30代以上は皆ひとくくりに「大人のオジさん」でしたので。もっとも、その印象には、当時の自分のメンタリティが年齢よりかなり幼かったこともかなり影響しているような気がします(今も決して精神年齢が高いとは言えません)。

それはともかく山口さん、「幸せの風景」でまた歌い方を少し変えていました。本来音譜上は「守りたいとー」のように長く伸ばす部分も全く伸ばさない、台詞に音階が付いただけのような、「わたし」に対し愛を明確に語りかける歌い方をしていました。とは言え、この歌で愛情の存在がいくら観客には丸わかりであっても、「わたし」に聞こえる言葉では全く口にしていないという不器用さが、後にすれ違いを招いてしまうのですけれど。

ヒロインと初めて仲違いした後の「こんな夜こそ」にも今回かなり聞き入りました。歌詞の上ではマキシムは現れるレベッカの悪夢を振り払おうとしているのですが、それ以上に、言いようのない寂しさをひしひしと訴えていて、秘密を一人で抱えたこの人の視野には、親友の思いも姉の心配も本当に入ってこないんだなあ、という、マキシムという男の哀れさを際立たせるような、そんな歌い方でした。
ふと気づいたのですが、フランクの思いはラスト近くのマキシムとの「自殺だったんですね」のやり取りでかなり報われていると思いますが、ベアトリスは全く報われていないのですね。しかも原作だとお邪魔虫と化していますし。これはあんまりだ(泣)。

そして観てくる度にしつこく書いてますが「凍りつく微笑み」のマキシムの狂乱ぶりが実に怖かったです。
特に2幕最初の「レベッカIII」で涼風ダンヴァースがヒロインを追い詰める場面で、盲目的な冷酷さよりもサディズムが上回っていて全然怖いと思えなかった反動もあってか、余計にあのマキシムが虚空に幻のレベッカを見つめるような目つき、そして何気ない仕草にじわじわと悪女の姿が具現されていく様子に怖気が来ました。
まあ、ボートハウスでレベッカと対面するくだりで、胸の辺りに掲げたマキシムの手が微揺れしていて、ああ、歌い出しのリズムを取ってるんだなあ、と、そこら辺は大変微笑ましいわけですが(^_^)。そしてあれだけ演技が堤防決壊していても歌詞が一言一句しっかり聞き取れるのは凄いぞ、とも感心してみたりして。
毎回、あの狂乱に立ち会うために劇場に出向いていると言っても過言ではありません。

で、今回エピローグの老いたマキシムの歌声を聴いて、この人は所謂レベッカの呪縛からは解き放たれているだろうけれど、彼女の記憶から解放されることはその命を終える日までは決してないのだと実感しました。
レベッカは生き続けることを強く望んでいたのだろうけれど、記憶を刻むという意味でマキシムを「道連れ」にすることには結果的に成功したんだなあ、と。でもそれが「レベッカの勝ち」かと言うと何か違うような気もするのですが。

今後、『レベッカ』を観るのは少なくともあと2回の予定です。Wダンヴァースで各1回ずつ。良い舞台でありますように。