日々記 観劇別館

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『レベッカ』前楽感想(2010.5.23マチネ)

キャスト:「わたし」=大塚ちひろ マキシム・ド・ウィンター=山口祐一郎 ダンヴァース夫人=シルビア・グラブ フランク・クロウリー石川禅 ジャック・ファヴェル=吉野圭吾 ベン=tekkan ジュリアン大佐=阿部裕 ジャイルズ=KENTARO ベアトリス=伊東弘美 ヴァン・ホッパー夫人=寿ひずる

2週間ぶりの帝劇、そして前楽。お天気は「わたし」が初めてマンダレイを訪れた時ほどの土砂降りではないものの、雨模様でしっとりした空気に包まれていました。
しかし、キャストの皆さん、そしてオケの皆さんともに雨も何のその、予想を遙かに上回る熱気を終始発し続け、実に密度の濃い公演であったと思います。

今回帝劇楽を迎えたシルビアダンヴァース。彼女には長らく「体温の高い、内側に真っ赤な炎をめらめらと燃やしているミセス・ダンヴァース」というイメージを持っていました。
ところが本日のダンヴァースにはもっと無機物的な印象を抱きました。決して金属のようには冷たくはなく、人間の魂も有しているものの、暖かみはない。言うなれば、荒削りで天然の岩石の体を残した石像のようなイメージ。レベッカとその遺した世界以外の何者にも関心がなく、「わたし」は偶然異物として混入したからロックオンして排除を試みているだけ。
石像と書くとまるで「大魔神」のようですが、ちょっと違います。変身後の大魔神ほど怒りに燃え盛ってはおらず、変身前の顔のまま目だけが力に満ちていると申しましょうか。……これ以上書くとギャグになりそうなので止めておきます。東宝さん的にはゴジラにしておきたい所でしょうし*1
ちょっと筆が暴走しましたが、それくらい今回のシルビアダンヴァースは凄かったと言いたかったのです。
その石像に、二度目のキューピッド破壊で感情の亀裂が入り、終盤の真相判明で彼女の世界が音を立てて崩壊していく。シルビアダンヴァースの歌声がまさにその崩れゆく音そのもののようで、息を呑みました。

シルビアさんだけでなく、ほかのキャストの演技、歌ともに実にディープでした。ハプニングと言えば2幕でベアトリスが軽く台詞を噛みかけた位で、そのベアトリスも歌では実に力強く高音もしっかり聴かせてくれていました。
特に禅さんと吉野さん。2幕でフランクがファヴェルにウィスキーを注ぐ場面では、通常の倍近くの時間睨み合っていたように感じられました。
フランクは、2幕終盤のマキシムとの受話器を置いた後のやり取りでも、たっぷり間を取って感情込めまくりで会話していました。それを受けるようにマキシムも台詞をためにためて、いつもより「泣き」の強い泣き笑いをしているように見えました。
ファヴェルの品性下劣さ、どす黒さにもますます磨きがかかっていたように見えました。シルビアダンヴァースにいくら鉄壁に否定されようと、全くめげることのないレベッカへの愛とか、あの図々しさとかが憎めないのです。

そしてマキシム。これまで、1幕前半では若い娘さんに浮き足立っているイメージがありましたが、今回はしっとり落ち着いた上流紳士な雰囲気でした。デートでのお手振りも控えめで「幸せの風景」もウィスパーボイス気味。ミセス・ヴァン・ホッパーとの掛け合い口調もおとなしめな感じでした。
そんな上流紳士がキューピッド事件で妻を思わず突き飛ばしてしまい、「こんな夜こそ」でもそのことを一応後悔してはいるのですが、彼の目の先にあるのはレベッカの影。この人はこの時点では妻を見つめるよりレベッカ影との戦いの方が大事なのだ、ということがひしひしと伝わってきました。
「神よなぜ」でも同様。本当に追いかけるべきは妻なのに、彼の目には自分自身とレベッカしか映っていないのです。だから、舞踏会でのコスプレダブり事件でも妻の気持ちなんて考えず、そこに被らせたレベッカに爆発してとっとと立ち去れるんだろうな、と納得。

1幕ではそんな風にある意味エゴイスティックながらひたすら抑制された立ち振る舞いを見せていた山口マキシムでしたが、2幕で大爆発してくれました。
告白シーン、初っ端の「許す?」からテンション高めで、おっ?と思わせてくれましたが、「凍りつく微笑み」の最初からテンション上げまくりの、自分を苦しませたレベッカへの激しい愛憎を体現するかのような歌いっぷり。これほど全身全霊を投入したこの歌を聴いたのは初めてです。ボートハウスのドアを閉めた時、そのまま建物が壊れるんじゃないかと心配になるくらいでした。そしてマキシム、歌の最後までハイテンションのまま走りきりました。
で、告白の後初めて、山口さんの目線がまともにちひろちゃんに向かいます。それまでレベッカに縛り付けられ、自分しか見えておらず、妻も「守りたい」と言いつつ愛玩対象としてしか見ていなかったのに。そして、妻に縋り付くマキシムは泣き顔……の筈なのですが、その場面でほとんど顔が見えませんでした。自分はやや後方ですがセンターブロックで観ていましたので、何かの影になって見えなかったわけではなく、あれは確信犯で見せなかったのだと思います。
審問会から真相究明までの一連の場面まではひたすらマキシムは台詞よりも仕草で葛藤の演技を続けるわけですが、個人的にはファヴェルから、「お腹の子供の父親が自分ではないことを誰よりも知っている男」と名指しされた時の苦悩の表情が好きです(変なピンポイント(^_^;))。この人上流紳士じゃなければ身をよじらせて「やめろぉー」と叫ぶか、ファヴェルをたこ殴りにしてるだろうな、と想像したりして。
「夜を越えて」ではやっぱり何故か山口さんとちひろちゃんの歌声が微妙に融け合わない印象。でも2人とも力強い歌声であったと思います。
「炎のマンダレイ」の最後で、今や絶唱せんとする夫を置いて妻が立ち去ってしまうのは、初演から納得いっておりません(^_^;)。友人と「火事場でいきなり歌い出すから逃げてるのよ」と冗談で言ってはおりますが(それはそれで納得(笑))、本当はウィーン版と同じく、最後まで一緒にいて欲しい、と思っています。
エピローグの場面のマキシムは、今回、何だか悟りの境地に至っているように見えました。過去の苦しみとか今の幸せとかはどっかにすっ飛ばして、とにかく浄化されているイメージ。背後に見える冷え冷えとした美しい星空の助けもあって、ますますそう見えました。

そして山口さん仕切りで特別カーテンコール開始。前置きは、「夢のような」「天国のようなひととき」というお約束のフレーズこそありましたが、きちんとしたご挨拶でした。「火を吹くゴジラのような圧倒的歌唱力」という紹介でシルビアさんのご挨拶。以下、うろ覚えですが、
「初演のクリエからお陰様で(この演目を)続けさせていただいています。皆様のご声援をいただけましたらまたお目にかかりたい」
「東京のマンダレイから一足先に大阪のマンダレイで、メイド服を着てお待ちしています」
という内容でした。いや、シルビアさん、素で十分メイド服は似合うと思うのですが。

さて、本日、ありがたいことに楽日を観ることができます。昨日以上に皆さん熱い演技を見せてくださるのか?それとも涼風ダンヴァースモードでねっとりと攻めてくるのか?と心待ちにしている所です。
いずれにしても、終演後にはまたエネルギーを吸い取られそうな気が大変にしております。

*1:参照:カテコの山口さんのご挨拶