日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

宝物のような時間

最近はてな界隈で話題になった、「39歳にして萌えオタの看板を下ろすことにしました - G.A.W.」を読んで色々と考えさせられました。
最初の印象ははてブの方にコメントしましたが、書き足りないのでこっちでも。

自分は上の筆者の方のように、まあ二次元も好きですが、近年は舞台という二.五次元あるいは三次元物にどっぷりはまっている者です。
ですから、最も美しい真実は自分の中にしかない、というのは痛いほど分かります。その真実を更に肉付けし美しく磨き上げるために、自分は舞台に通い続けているのだと自覚しています。

但し……但しですね、三次元というのはアニメや漫画、ゲームの中の人物のように時を止めたままではいてくれません。
次に観に行く時に今回と同等以上の感動を味わえるとは限りません。
また、ある演目で一度観た役者が気に入ってリピートしたとしても、同じように演じてくれるとは限らず、しかも違う演目だと肌に合わない演技をしてくれたりします。
更に、好きな役者であってもいつでもベストの演技を見せてくれるとは限らないのです。

何せ相手は三次元なので、いつでも期待通りの世界を見せて欲しい、という期待は所詮観客のエゴに過ぎません。それでも、世界を作り上げる人々から、そうした期待に応える世界に少しでも近づこうとする熱気が感じ取れると、観客として喜ばしさを覚えることもたまにあります。

最悪の場合、好きになった役者をもう一度観たい、と思っても、二度とお目にかかることが叶わなくなった、という場合もあります。
例えばなつめさん*1。初めて彼女を観た『イーストウィックの魔女たち』の作品自体はそんなに好みというわけではなかったけれど、なつめさんの演技とダンスが観られるなら再演を観に行きたい、と思ったぐらい惹き付けられました。でももう、なつめさんの生舞台を観ることは叶いません。

実は二次元の世界でも上と同じような事実に遭遇することはあります。同じアニメシリーズであっても演出、脚本、作画監督、作画スタッフ、出演声優によって、不思議なほどに出来映えが異なったりして。
私の中のルパン三世は山田ルパンのまま時を止めました。あえてクリカンが苦難の道を選んだことを評価したい気持ちはあります。でもルパンの新作をチェックしなくなってから、もう随分長い年月が経とうとしています。

昔、家族ぐるみでお付き合いしていて、当たり前のようにすぐ近くで過ごしていたおばさまがいました。そのおばさまはとあるニュースキャスターのファンでしたが、長い闘病生活の末その方が若くして他界されたある日、おばさまは当日我が家を訪れる筈だった約束をキャンセルし、自宅に引き籠もって過ごされました。それを聞いて若かった私は、「何故?どうしてテレビの中の人にそこまでできるの?」と訝しんだものです。
そのおばさまも亡くなってから数年が経った現在。今ならおばさまの悲しみが実感を持って理解できるどころか、自分に置き換えて想像しただけでとても辛い心持ちが押し寄せてきます。

そうしたことを思い起こすにつけ、二次元、三次元どちらにおいても、大好きな作品(演目)、大好きな音楽、そして大好きな役者が存在し、リアルタイムに邂逅できるこの限られた時代に生まれたこと*2への感謝の気持ちが止みません。邂逅するつかの間の限られた時間を決して疎かにせず、大切さを忘れぬようにしながら日々を過ごせるならそれで良い、と願っています。

*1:大浦みずきさん

*2:軽く、山口祐一郎さんの言葉のパクりです(^_^;)。