今を去ること2ヶ月前、1月の大雪の日の早朝から帝劇に並んでチケットを確保したミュージカル『レ・ミゼラブル』。月日は巡り、とうとう上演日である4月13日がやってきました。
4月に替わったばかりの業務が落ち着かない最中に、また、
「独身時代を含めて、俺との約束でも平日はめったに休まなかったのに」
と連れ合いに嘆かれながらも休みを取って、実家の母親を連れて日生劇場に向かいました。
客席に入れた時刻は、正式な開場時刻から20分ほど遅れて12:50頃でした。出演者に何かあったかと勘ぐってしまいましたが、おおかた舞台装置のトラブルとか原因はそんなところかと推測。開演はほぼ時間通りでした。
主役の一人であるジャン・バルジャンを演じる山口祐一郎さんのお声の調子も良好でした。
逃亡者であることの後ろ暗さや苦悩よりも、神の御心を信じて己の道を歩む者としての高潔さと強さが印象に残るバルジャンだったと思います。
養女コゼットの思い人であるマリウスを守るために自ら学生達の戦いに飛び込み、つかの間休息するマリウスを前に歌う情感たっぷりの「彼を帰して」は泣けます。
実はレミゼは子供の頃ジュブナイル版レミゼを読んだきりで、未だに完全版は未読というていたらくです。その頃はバルジャンの「罪」が何であったかというのが今ひとつ理解できずにいました。ファンテーヌを救えなかったという「罪」はともかく、法的な観点での「罪」についてさえも、どうして何もしていないのにいつまでもジャベールに追っかけられなければならないの?と思っていた始末。
今回の観劇でようやく彼の罪状――仮出獄許可証を破棄の上失踪、偽名を使い実業家を経て市長に就任、身元が判明して再度逃亡――というのを理解した次第です。たぶん、彼の行動に全て人道的にやむを得ない理由があったが故に、脳内で「あれは犯罪ではない」と変換されていたんでしょうね。そして、そんな犯罪にこだわり追いかける運命に落ちてしまったジャベールに思いを馳せることも当時はほとんどありませんでした。もしかしたら蝿ぐらいにしか思っていなかったかも(ひでぇ…)。
他の方のバルジャンで見てないので1点だけ気になったのは、砦の場面で手足をもてあまし気味に昇降してるのは、老人の演技なのかそれとも素なのかということでした。ここは「演技」であると信じたいところです。
体技にちょっと「?」なところがあるが故に、山口さんを「歌と容姿だけの大根」呼ばわりする向きもあるようですが、筆者としては決してそのようには思っておりません。少なくともバルジャンについては、役の人物の温かさも高潔さも強かさも全て汲み取っている「適役」であると思っています。
リトルコゼット抱き上げ大回転を見る限りは「踊れない」「動けない」という評価は全面的には正しくないとも感じるのですが(ぼそっ)。
他の役で目立ったのは駒田一さん演じる悪党テナルディエ。
レミゼは全体に重たい物語であり、舞台照明もどことなく薄暗いのですが、そんな舞台を華やかに活発に引っかき回す役割を見事に演じていらっしゃいました。神も地獄も関係ねえよ!という感じ。
特に駒田さんは2月に「屋根の上のヴァイオリン弾き」で、気弱で誠実な仕立屋という正反対の役の演技を見ていたので、俳優さんの役に化ける演技ってすごいな、と改めて感心しました。
マダムテナはモリクミさんの評判が高いようですが、田中さんもマダムの物の怪チックな面が上手く出ていて悪くはないと思いました。
小さな大役のガブローシュは子役の大久保君。文字通り命と引き替えに奪った敵方の弾薬入りカバンは大変良いタイミングで学生役の方の手に届いていました。
アンジョルラスは東山義久さんでした。動きが若々しく切れがあって良いです。砦で撃たれて反対側に落ちて逆さづり状態で息絶えるのですが、落ちてから舞台が回って砦の反対側が現れるまでにかなり間があるので、どの時点からスタンバイしてるのかとそういうくだらないことが気になってしまいました。何故か逆さづりに拍手が起きてましたし(^^;)
あと注目したのは笹本玲奈さんのエポニーヌ。
弱冠二十歳という若さもあって、諸先輩方を飛び抜けて秀でているかと言うと確かにまだ彼女は発展途上ではあるのかもしれませんが、エポニーヌの報われないひたむきさを前面に出した演技が印象的でした。
そしてジャベール。当日のキャストは鈴木綜馬さんでした。
バルジャンの罪にこだわり続け、彼を捕まえ司法に委ねることで自らの正義を全うできると信じている刑事。ファンテーヌの臨終の病室での対決を経て、学生闘争の後、下水路でバルジャンを追いつめながら、「重傷のマリウスを救うための猶予をくれ」というバルジャンの願いを受け入れて逃がしてしまった彼が入水自殺を遂げたのは一体何故だったのか?
司法的には正しくないけれど人道的には正しい、そして神の御心に照らしても恐らく間違ってはいないであろう行為を黙認したことで、彼の中の確固たる信念が崩れてしまった。彼はその信念に殉じるために…というのはたぶん解釈の一つにすぎないでしょう。あるいは自分が信じてきたものは星の巡りと同じく神の摂理であった筈なのにそれに裏切られてしまい、じゃあ神って一体何なんだ?という矛盾に駆られてしまったのか?一度の観劇ではとても全てを見透かすことはできないのだと思い知りました。
ただ一つ確かなのは、ジャベールが「まっすぐな人」であったということ。そして、そのまっすぐさを綜馬さんが見事に演じきられていたということ。それだけです。
ちなみに一緒に観劇した母には綜馬さんの演技が好評でした。
今期のレミゼ観劇は残念ながらこの1回のみ。またチャンスがあったら再見して、今回見切れなかったディテールを堪能したいです。他のバルジャンも見てみたいように思いますが、きっとまた山口バルジャンを見てしまうんだろうなあ。