日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『モーツァルト!』帝劇初日感想(2018.5.26 17:45開演)

キャスト:
ヴォルフガング・モーツァルト=山崎育三郎 コンスタンツェ=平野綾 ナンネール=和音美桜 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=涼風真世 セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=武岡淳一 エマヌエル・シカネーダー=遠山裕介 アントン・メスマー=戸井勝海 コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 アマデ=大河原爽介

井上芳雄くんがヴォルフ役を卒業してから初めての、新演出版と銘打っての『モーツァルト!』2018年公演の帝劇初日を観てきました。
「新曲あり」「一部場面のカットあり」以外の事前情報はあえて仕入れずに参戦。以下、変更点を中心にレポートします。例によりネタバレありですのでご注意ください。

メインのステージセットはピアノを模したものに変わっていました。『エリザベート』や『レディ・ベス』と同様に階段がたくさんあって高低差が激しく、客席に向けて真っ正面ではなく、盆回りで止まる時ちょっと角度をつけて奥行きを深く見せる感じのセットです。加えて背景などの映像をプロジェクターで投影して見せる場面も増えていました。

人物の動線やアクションもこまごまと変わっています。大階段や銀橋を活用した演出が大幅に増えた印象です。
例えばコロレド猊下は、元々高所からばばーん!とヴォルフ達庶民を見下ろしながら登場することが多かったので動線の変化は少ない方ですが、それでも馬車のシーンで以前より高い位置で揺られていたり、「神よ、何故許される」の立ち位置がこれまでのセンターから上手の階段の途中に変更されたりしていました。
また、コンスタンツェのソロ「ダンスはやめられない」ではコンスがステージセットを上下に忙しく移動しながら歌っていて、「大変だなあ」と思いながら聴いていました。

懸案の、新曲が増えたことでカットされた場面は、覚悟していたためか意外と多くはありませんでした。例えば市場でナンネールがアルコ伯爵にいじめられた後に市場のおばちゃん達がフォローする場面。猊下の馬車移動時のおトイレ場面。これらがカットされたために、ナンネールは市場でしょんぼりなままですし、馬車は馬に水を補給しても猊下はトイレには行けません。いや、別に猊下はトイレを我慢しているわけではないのでいいんですが。

もう少し細かい所では、プラター公園の場面の「並の男じゃない」のアレンジが少し変わり、時間も少し短くなっていたようです。ほかにも細部が変わっている可能性がありますが、DVDを復習しないと良く分かりません。
なお、内心「ここは削られるかも?」と覚悟していた猊下の「お取り込み中」シーンは残っていました。ただ、以前あった、壁の向こうの出来事をシルエットで匂わす演出が好きでしたので、それがないのは少し残念です*1

メインキャストにも変更がありました。ドクトル・メスマーとシカネーダー。
この演目におけるメスマーの存在感なんて考えたこともなかったのですが、今回、プロローグの墓場から天才アマデの登場に一気になだれこむ時の戸井メスマーのコールの声が実に滑舌良く力強く響いておりまして。実は観客を物語世界に引き込む鬨の声を担う重要な存在だったのだと初めて認識しました。
逆にシカネーダー。ルックスも良く、歌も歌えてダンスも綺麗です。なのに、何かが足りない、と感じました。
シカネーダーの居酒屋でのソロ場面はヴォルフに
「芸術は特権階級が独占するものではなく、大衆のものであり観客のものである」
という思想を身をもって知らしめ、以後のヴォルフの芸術家としての生き方を決定づける極めて大事な場面です。なので、この場面におけるシカネーダーには、彼自身が最高のエンターテイナーであり、ショーを自在に操り盛り上げ、観客の熱狂を呼ぶ存在であってほしいとこれまでは当たり前のように期待してきたのですが……。どうもそのような観客の身勝手な期待に応えるのは2代目シカネーダーには早すぎたようです。いずれ時間の流れと新キャストの成長が解決してくれることを期待しています。

また、キャストの衣装も新調され、一部は細かいデザインが変更になっています。例えば猊下の2幕の黒い衣装の上着は、左右の身頃がアシンメトリーなデザインに変更されていました。左身頃に細かいプリーツが寄っていて、大きな十字架の意匠が施されているなかなかオシャレなデザインです。
大人ヴォルフの登場時の赤いコートや、猊下の赤いコートとマントは変わらず健在です。今回のパンフレットに載っている小池先生のメッセージによれば「赤いコート」はご自身の演出上どうしても外せないポイントのようです。おかげでこちらとしては猊下の初登場シーンの見事なマント捌きを引き続き堪能できてありがたい限りであります。

そして今回の新演出の最大の目玉である新曲「破滅への道」については、2幕の後半で披露されました。
歌詞の細かい内容については省きますが、猊下のヴォルフへの飽くなき執着と、誰かに支配される人生へのヴォルフの最終的な訣別を描いたデュエットナンバーです。これまで蓄積されてきたコロレド大司教の人物像に微少な変化をもたらす1曲でもあります。
猊下とヴォルフはそれぞれが水と油のような存在で、決して歩み寄って相互に理解しあうことこそありません。しかし猊下は、ヴォルフという理不尽な天才の存在に激しく葛藤しつつ執着し愛しているがゆえに、ヴォルフの進む道の先に待ち受けるものを見通すことができてしまっています。恐らくはヴォルフの父レオポルトが血の繋がりに邪魔されて見ることができなかったものまでも。
これは自分の勝手な思いに過ぎませんが、今回の新曲を聴き、
「もしヴォルフの父親がレオポルトではなく猊下であったなら、ヴォルフにはまた違う運命があったのではないか?」
と埒もないことを考えてしまいました。猊下にはヴォルフの望むクリエイターとしての生き方は永久に理解できないとしても、少なくとも天才が背負った宿命の重さとそれがもたらす苦しみはそのまま受け入れて愛することができたのではないか、と。エピローグで合唱する時の猊下のお顔が殊の外寂しそうに見えたのは決して気のせいだけではない筈です。

まだまだ書きたいことはたくさんありますがそろそろまとめに入りますと、以上のように変更点への戸惑いや驚きはありましたが、初日(カテコでの小池先生のご挨拶によれば通算507回目の公演だったようです)のキャストはびっくりするほどレベルが高く申し分のない舞台を見せてくれていたと思います。
今回の公演は何故だか全然チケットが取れなくて、帝劇公演の手持ちの残りチケットは6月2日マチネのみ、後は名古屋大楽までお預けになる可能性が大、という状況です。何とかそれまでに香寿たつきさんの男爵夫人を見ておきたいのですが……。

おまけ。小池先生のカテコご挨拶によれば507回通し出演者は市村さん、山口さん、阿知波さんのお三方だそうです。市村さんはミュージカル界の人間国宝、山口さんはキング、ということでした。個人的には阿知波さんには「ビッグマム」などの称号を授与したいと勝手に思っております。

*1:シルエットが削られたのは、「星から降る金」の前のヴォルフの色事も同様ですね。