日々記 観劇別館

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『ビッグ・フィッシュ』感想(2017.2.18マチネ)

キャスト:
エドワード・ブルーム=川平慈英 ウィル・ブルーム=浦井健治 サンドラ・ブルーム=霧矢大夢 ジョセフィーン・ブルーム=赤根那奈 ドン・プライス=藤井隆 魔女=JKim カール=深見元基 ヤング・ウィル=りょうた ジェニー・ヒル鈴木蘭々 エーモス・キャロウェイ=ROLLY

日生劇場で上演中の『ビッグ・フィッシュ』を観てまいりました。

元はティム・バートンの映画で、映画の脚本家がこのミュージカルの脚本も手がけたとのことです。
若き日の壮大で不思議な冒険譚を一人息子に語り続けるが、どこかで息子と正面から向き合おうとしないエドワード。いつしか父親の言葉に耳を傾けることを止め、お喋りでいい加減な父親として疎む息子のウィル。ウィルの披露宴でエドワードは息子との約束を破ってしまい、大げんかになるが、その後エドワードと妻サンドラが隠していた病がウィルと新妻ジョセフィーンの知るところとなったのをきっかけに、ウィルは父親の真実を何も知らないことに気づいて……というのが、この舞台のストーリーです。

妖しげに予言を告げる魔女、恐ろしげだが心優しい大男、あこぎだが意外と誠実な狼男。舞台上に描き出されるエドワードの冒険譚は、ミステリアスで美しくもどこか見世物小屋のようにごてごてと飾り立てられた作りもの感を醸し出しています。とりわけ、キッチュな幻想の極みであるサーカスの光景と、そこで歌い踊る少女サンドラと双子(?)の少女の美しくもチープな可愛らしさよ。
「パパの話に登場する美女は、いつもママなんだ」という2幕でのウィルの言葉のとおり、踊るサンドラが夢想の産物なのか、実際にエドワードが目にしたものなのかは分かりません。ただ、全くの作りものではなく、一片の真実が含まれていたのだろうと思います。

エドワードは夢の冒険譚ばかりを語り続け、肝心の真実は一言も話さない。ウィルと同じく、途中までは私もそう思っていました。
しかし、エドワードの冒険譚にはある重要な真実のヒントが隠されていました。ウィルが真実を辿る2幕の展開が、とてもドラマティックで、それまでのキッチュなファンタジー場面が見事に現実へと繋がって行きます。

この真実へウィルを誘導するキーマンの役割を果たすのが、蘭々さん演じるジェニーです。
失われて二度と戻ることのない、大切な宝石。しかし希望を持ち新天地を得ることにより守られた、かけがえのない大事なもの。たくさんの美しい幻想に包まれ守られてきた、隠された財宝。それらの存在をウィルに伝える重要な人物を、蘭々さんが好演されていました。2幕の3分の1以上は、彼女がかっ攫っていったように思います。

そして、真実を手に入れたウィルは、かつてたくさんの夢の冒険譚を聞いた者として、父親の若き日に魔女が予言した光景を実現させるために最初で最後の手助けをします。
エドワードからウィルへ、ウィルからその息子へと、バトンリレーのように繋がれて行く夢。この辺り、ちょっと『フィールド・オブ・ドリームス』的だと思いました。
舞台上の空間に、何度かホログラフの巨大な魚(ビッグ・フィッシュ)がゆったりと泳ぐ場面がありましたが、物語の冒頭で見たビッグ・フィッシュと、ラストに泳ぐビッグ・フィッシュとでは、全く印象が異なります。夢を抱いた者の肉体が消滅しても、それ(夢)を受け継ぐ者がいる限りはビッグ・フィッシュはどこまでも泳いでいくのです。

振り返るとこのお芝居、実はミュージカルでなくても良いのかも、という気もする一方で、慈英さんの地に足の付いたペーソス溢れる歌声と、少年期から老年期まで、様々な時代を瞬時に行き来する快活でポジティブな演技、そして浦井くんの要所要所を締める力強くも温かい歌声と徐々に解けて行く心の表現とがなくてはならないものとも感じたので、やはりミュージカルである必然性はあったのだろうと考えています。

そして、舞台上に表現されるキッチュな香り漂うファンタジー場面や、対照的に温かい光に満ちながら沈み行くエドワードの故郷、透明感溢れる湖水を湛えたウィルの故郷の美しさといった場面。これらの場面演出は見どころのひとつになっています。

最後に、あまりこういう話を身の回りの現実と結びつけるのは野暮かも知れませんが、日本ではここ数年、災害や事故により故郷の風景が失われる悲しい出来事が続いています。
ビッグ・フィッシュ』のエピソードは災害でも事故でもないので、単純に一緒くたにできるものではないかも知れませんが、故郷を失っても人は、別の居場所を見つけてでも、優しく輝く宝石を心に抱いて生きていく力を持っているのだ。そう思わせてくれる、哀しくも温かい、人が夢を抱いて生きる力を信じさせてくれるミュージカルだと思いました。

蛇足な付け足し。浦井くんと子供の並びって、実にしっくりと似合うと思います(^_^)。