日々記 観劇別館

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『王家の紋章』プレビュー初日感想(2016.8.3ソワレ)

キャスト:
メンフィス=浦井健治 キャロル=新妻聖子 イズミル宮野真守 ライアン=伊礼彼方 ミタムン=愛加あゆ ナフテラ=出雲綾 ルカ=矢田悠祐 ウナス=木暮真一郎 アイシス濱田めぐみ イムホテップ=山口祐一郎

先月、こちらにて近況を報告させていただいてから約半月が経とうとしています。まだ体力も足の状態もとても万全とは行きませんが、それでもステッキの助けを借りながら、短距離ずつであれば歩けるようになりましたので、勇気を出して『王家の紋章』プレビュー初日のチケットを手に、帝劇へ出かけてまいりました。

『王家』の上演時間は休憩時間も含め3時間15分。正直、じっと客席に腰かけていることが体力的にきつくなかったかと言えば嘘になりますが、無事にカーテンコールまで見届けることができました。
ああ、ついに念願を果たしたよ、おめでとう私!……で終わらせたいところですが、実はお芝居そのものについての感想は少々辛口です。

音楽はリーヴァイさんの流麗で複雑な旋律が素敵ですし、役者さんはその旋律をきちんと歌いこなせて聴かせてくれる方ばかりです。歌の訳詞も、某ベスのように意味を通そうとする余り日本語の流れが不自然になるようなこともなく、原作漫画の世界を損なわない言葉で紡がれていると感じられます。
演出も、目まぐるしい場面転換を、客席に繋ぎ目を意識させることなく処理していくのは、ああ、流石オギーさんだと思いました。
各場面の構図やアクションも、とても綺麗に作られているという印象です。特に2幕の戦闘シーンの群舞や殺陣が、宝塚に通じるシャープさと華麗さを兼ね備えていて、観ていて爽快感を覚えました。

しかし、そうした美点がたくさんあるにもかかわらず、プレビュー初日の『王家』にはまだ作品として一つのうねりを作り出すようなまとまった力がないな、という印象です。
この作品には2.5次元ミュージカルの特性として、原作漫画のビジュアルを大きく裏切れない、物語として結末を迎えておらず独自解釈で締めくくるのが難しい、などの制約があるので、もしかしたらそれらが作品に縛りを加えているのかも?とも考えました。
ただ、実際にはそういう縛りのせいではなく、単純に一つ一つの見せ場が丁寧に作り込まれすぎたが故に、却ってそれらの見せ場を貫く勢いのようなものが弱くなってしまったのではないか?という気がしています。……抽象的にしか物が言えなくてすみません。

また、これはどなたかがTwitterで呟いていて、確かに!と思ったのですが、このミュージカルの主役たる王様メンフィスは、まずヒロインのキャロルが引き起こす事件を受けた上で、初めて行動を起こして個性を発揮する存在なのですね。つまり、キャロルがいないと輝けなくて、自ら物語を動かして行く存在ではないと申しましょうか。
しかも物語には、弟メンフィスを愛する*1アイシスの重たい愛と激しい嫉妬もどこまでも絡みついてくるのでした。
更には隣国のイズミル王子の復讐心と、未来への希望と英知の象徴たる「ナイルの娘」へのただならぬ執着心という大きい見せ場まであり……。やはり、見せ場はたっぷりとお腹いっぱいに用意されているのに、それらに一つの奔流になって客席を巻き込む力がまだ足りないように思われます。今後プレビューから公演を重ねることで、もっとうねり感のある演出になってほしいと願っています。

以下は印象に残ったキャストと場面の感想です。

浦井メンフィス。とにかく綺麗な王様です。マント捌きの美しさもたっぷり堪能できます。
メンフィスは大変に気性の激しい王様という設定なのですが、浦井メンフィスの場合は気性が激しいと言うよりは、王族としての強い責任感と誇り高さとを燃料にして、心が熱く燃え盛っている若い王様という印象です。
メンフィスの熱く真っ直ぐな性格を表現するのに、浦井くんの持ち味である心地良い響きの歌声に漂う何とも言えない清潔感は、大きい武器の一つとなっていると思います。

新妻キャロル。原作の熱烈ファンを自認するだけあって、キャロルの意志と感情に忠実過ぎるあまり「面倒くさい女」化する性格までこと細かに再現しているのは凄いです(誉めてます)。しかも歌唱力は申し分ないときています。
ただ、原作のキャロルには意志の強さと裏腹な、何とも言えずふんわりと甘いビジュアルが備わっているのですが、新妻キャロルにはふんわり感は少ないかな、と思います。この辺り、Wキャストの宮澤キャロルがどのように仕上げているか気になるところです。

濱田アイシス。……メイクなどの見た目も、ドスの利いた歌声も、アイシス様そのもので怖いです。
アイシス様は初っ端から色々過激な行動をやらかしてくれるので、物語上で恐ろしい女としての印象の方が強まってしまい、弟との恋愛が成就しない哀れな女としてのイメージが若干弱くなっているのが、少し残念です。

宮野イズミル。初見でしたが、登場した時のビジュアルと歌が期待以上に良く、おお!と思いました。ただ、演技の押し出しはかなり濃くてしつこいです。復讐心と執着心とでどこまでもねちねちと押しまくるので、観ていて時に疲れを覚えることもありました。

伊礼ライアン。劇中で全く報われないのが可哀想過ぎる……。開幕前の伊礼さんのコメントの随所に、劇中数少ない現代人役としての必死感が漂っていましたが、実際に観てその気持ちを理解できたように思います。少しだけ終盤のネタバレをしますと、金銀砂子が舞い、大変に煌びやかな場面が展開されるのですが、その中で1人だけ妹への思いに耽るライアン兄さんが誠に不憫でなりません。
役どころとしては多分、兄妹(姉弟)愛の観点でアイシス様と対比される存在だと思うのですが、その辺りの関係性が演出でもう少し強く見えてくると良いのかな、と思っています。

愛加ミタムン。印象に残ったというよりは、1幕で一旦退場した後幻影として意外と多くの場面に登場したのでちょっとびっくりしました。出番だけで言えば宰相様より多いかも?半焦げになった姿で踊らされるのは、もちろんイズミルの怒りを象徴した姿だとは思いますが、ライアン兄さんとは違う意味で不憫でした。

そして山口イムホテップ宰相様(何故ここだけ様が付く?)。キャロルが王宮に入れられた後に外遊から帰国するという設定なので、1幕での出番はかなり遅いです。しかも貢ぎ物を従えて若干挙動不審気味(^_^;)。
宰相様の出番は全体にそれほど多くありません。ソロは2曲程度だったでしょうか。おじいちゃんは今回は若者達の叱咤激励と応援と祝福に徹しています。
しかし、贔屓目抜きに宰相様が登場すると途端に場面がぐっと引き締まるのは不思議なことです。2幕前半でアイシス様に跪き、どうかお心をお鎮めになってください、と諫める場面や、ヒッタイトに出陣する主君に冷静沈着な助言を贈る場面などでの存在感は、この若者達がメインで動く作品にはなくてはならない芝居であると思います。
カーテンコールでもメインの若者達の温かいサポートに徹されていました。
なお、ファンとしては、山口さんのお声の調子が良さそうなことに安堵し、1ヶ月公演、どうぞご無事で!とただ応援するのみです。

カーテンコールで登場した帝劇初単独主演の浦井くんは……いつもの浦井くんでした(^_^)。彼の真面目で天然で温かな言葉を耳にして心なごんだ観客は、きっと私だけではなかった筈です。久々に観劇して身体に感じていた疲れが吹き飛びました。

ところでこのプレビュー観劇から2日後、正式な初日公演の後に早速、来年2017年4月の帝劇再演と翌月の大阪公演が発表されました。今回の公演が全日程即日完売とは言え、そんなに早く決めてしまって大丈夫なのだろうか?と少し心配を覚えていたりします。まあ、まんまと観に行くとは思いますが。

*1:古代エジプトなので近親結婚自体はタブーではありませんが、近親結婚が王家の血を弱めている事実は認識されているという設定です。