日々記 観劇別館

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『サンセット大通り』感想(2012.6.23マチネ)

キャスト:
ノーマ・デスモンド=安蘭けい ジョー・ギリス=田代万里生 マックス=鈴木綜馬 ベティ・シェーファー彩吹真央 セシル・B・デミル浜畑賢吉 シェルドレイク=戸井勝海 アーティー=矢崎広

赤坂ACTシアターで『サンセット大通り』を観てきました。
まだ『エリザベート』の公演期間中、しかも同じ日のソワレは山口トートだと分かってはいましたが、今年のエリザについては予定していたチケットを増やすほどの情熱はないので、本日の観劇はこのサンセットのみです。

元になったのはビリー・ワイルダーの名作映画。音楽はアンドリュー・ロイド=ウェバー
「サンセット・ブールバード」という曲は知られてるのに、何故日本版舞台はなかったんだろう?そんなに面白くないの?と思っていましたが、全くそんなことはありませんでした。

物語は、ハリウッドのあるお屋敷に警官隊が突入し、庭のプールに浮かぶ死体を発見する所から始まります。死者の名は若手脚本家のジョー・ギリス。セリから浮かび上がったジョーの魂が事件の数ヶ月前に遡って経緯を語り出します。

まず、序盤で脚本の仕事にあぶれ、愛車を差し押さえようとする借金取りに追われるジョーの台詞「この街(ハリウッド)では車がないのは足がないのと同じだ!」を聞いて、思わず「つくば?」と連想してしまった自分(^_^;)。ハリウッドって田舎?と思いましたが、別にそういうわけではないと思います。

そしてジョーは、借金取りから逃れて迷い込んだ屋敷で、ペットのサルの死を嘆き悲しむ女に出会います。彼女の正体が往年の無声映画時代の女優ノーマであることに気づいたジョー。彼が脚本家であることを知ったノーマは忠実な執事マックスに命じ、ジョーを屋敷に軟禁し、報酬を約束した上、自作の脚本(ジョー曰く「うわごとのような脚本」)のチェックを強要するのでした。

万里生ジョーの歌声は力強く、そして非常にドラマティックでした。事件の発端を語るナンバーはかなり早口での語りを強いられており、そこの台詞のみ若干聴き取りづらい所はありましたが、後は歌をメロディーのある台詞としてきっちり聴かせてくれていました。

中でも、2幕序盤の「サンセット・ブールバード」が、早くこの場所から解放され認められたくてはやる血気、仲間に置いてけぼりにされる焦燥感、ノーマへの義務感と共依存との入り交じった複雑な気持ち、そして金づるを捨てきれないずるさとで揺れ動く若者の心を表現しきっていてとても良かったです。
なお、私は同じ曲を昨年夏に今井清隆さんの歌で聴いていますが、今回はその時よりもかなりテンポが速く、急く感じで演奏されていました。

思い起こせば2010年1月。再演版『ウーマン・イン・ホワイト』のハートライト役として初めて万里生くんを観ましたが、その時は初演の別所さんと比べての影の薄さばかりを嘆いてしまっていました(当時の感想)。
その後の『エリザベート』の熱血ルドルフ以来、彼を観る機会に恵まれませんでしたが、今回、段違いに成長したという印象を受けました。
もっとも、今にして思えば『ウーマン・イン・ホワイト』は、初演版と再演版でハートライトと主人公姉妹との関係性が多少異なっていたのが、万里生ハートライトの印象に繋がってしまったのかも知れません。

ちなみに万里生くん、安蘭さんをお姫様抱っこして階段を昇る場面なんてのもありました。まだお若いので当たり前と言えば当たり前なんですが、スリムとは言え割と上背のある安蘭さんを軽々と抱き上げて歩むのを見て、ひたすら眼をぱちくりしてしまいました(^_^;)。

その安蘭さん演じるヒロインノーマは、ピークを過ぎて忘れ去られた女優にして、狂気にとりつかれ、その上自分だけはまだ若いと思い込んで老醜をさらしまくる女性です(書いていて自分に刺さる……)。そんな役を実際はまだ艶々してお美しい安蘭さんが無事務めきるのだろうか?と、振り返ると失礼なことを考えていましたが、心配無用でした。
安蘭さん、とにかくノーマが取っ替え引っ替えする派手濃い衣装が、何を着てもビシッと似合っていました。そのビシッと感と、精神の均衡を失ったノーマの痛さ加減、そして孤独感とのギャップが絶妙でした。もちろん、歌は言うことなし。

今回観て、ノーマというのはかなり複雑で難しい役どころだと感じました。もちろん痛々しい狂気と独善は必須要素ですが、それだけではなく、関わる男性達に「可愛い」と思わせる要素がどこかに備わっていないと、ノーマの芝居は成り立たないわけで。
特に2幕でのノーマは、自らの望みを実現させ、更にはは恐らくジョーを繋ぎ止めるために、必死に美しさを取り戻そうとすればするほど、可愛らしさと滑稽さの両方が剥き出しになるので、そのバランスを取るのは大変だろうと想像しますが、安蘭さんは見事にノーマの「怖いけどどこか憎めない、でもやはり怖い」キャラクターを体現していたと思います。

そして、何と言っても要所要所を引き締めていたのは、執事マックスこと綜馬さんの存在でした。
女主人ノーマに心酔し、全てを捧げる忠実な執事。主人同様、必死に任務を遂行しようと振る舞えば振る舞うほどににじみ出る滑稽さと哀れさを、確かな歌声とともにきっちり演じられていたのは、流石だと思います。
2幕でマックス自身の口から語られたノーマとの真の関係は、事前にネタバレとして知っていたにも関わらず、綜馬さんの厚みのある歌声と存在感もあって、相当に衝撃的でした。
少女ノーマに最初にスポットライトを当て、女優としても、そして恐らくは女性としても磨き上げた人物。ノーマに心酔するあまり、自らの夢も才能も全てなげうった人物。実はこの物語の影の主人公は彼なのではないか?と思えるほどに、綜馬さん、好演されていました。

実際、芝居のエピローグは、マックスの捧げ尽くす愛が半分近く持っていった気がいたします。屋敷の階段上の玄関に現れたノーマに迫る警官隊を、これまでのマックスが見せることのなかった気迫で止めて放つ一言が、泣けました。
そして観ている者の感情を、もう半分以上、ごっそり持っていったのはノーマ。白いドレスで文字通り全身真っ白に、スポットライトを浴びて最高に光り輝くノーマに、本気で鳥肌が立ちました。

それから、出番は少なかったのに強い印象を残したのは、浜畑さん演じるデミル監督です。ノーマが今のハリウッドでは通用しないのを知りつつも、彼女を狂気に追いやったハリウッドという世界の厳しさも、彼女のかつての輝きも身をもって理解しているが故に、あえて彼女を温かく紳士的に迎える人です。ノーマが最後にこの人の名を呼ぶのが強烈に印象に残っていまして。
今にして思えばマックスの恋敵だったのかも知れません。というか、マックスの正体を知っていた筈の人でもあるので、彼がマックスに気づく素振りがあったかなど、もう少しきちんと見ておけば良かった、と悔やんでいます。

最後まで見終わって、これが『サンセット大通り』のテーマだと思ったのは以下の2つです。
1つは、ハリウッドにおける「夢」と「野心」。
若者世代に取ってのそれらは、叶えることで幸せをもたらすと信じられている対象として描かれています。
しかし、ノーマやマックスら壮年世代に取ってのそれらは、叶えた後で既に破綻したにも関わらず、いつまでもしがみつく、あるいはまだ破綻していないように取り繕う対象として専ら描かれています。
これら若者と壮年との対比が、1幕終盤のニューイヤーパーティーの場面でありありと描写されていました。若者達が一日も早くハリウッド社会に認められたいと明るく希望を歌い上げる一方で、背後では、夢の跡で狂乱するノーマと、彼女に翻弄されるマックスとが阿鼻叫喚の場面を繰り広げているというこの場面に、かなりぞっとさせられました。

もう1つは、様々な「愛」の姿。
この物語には、ジョーとベティ、そしてマックスとノーマとの愛のエピソードが存在します。
前者のジョーとベティについては、ジョーがいくら懸命に回避しようとしても運命の糸にたぐり寄せられるように近づいてしまい、それが悲劇への舵取りとなってしまうのを、やり切れないなあ、と思ってひたすら重苦しく眺めていました。
そして後者のマックスとノーマ。マックスが守り続けたノーマとの生活そのものが、マックスの手になるノーマの主演作品であった、というのは穿ちすぎでしょうか?
ただこれは、原作映画を観ていたらまた違う感想になったかも知れません。実は劇場を出た後、原作映画のDVDを買ったので、近いうちに見比べてみるつもりです。

ところで、今回は終演後に、客席を対象とした抽選会がありました。
出演者の小原和彦さん(だった筈)が進行役で、ゲストは綜馬さんと万里生くん。
クジ運のよろしくないことに定評のある自分は、今回も何も当たらず(^_^;)。
しかし、日生劇場での『ウェディング・シンガー』初演以来数年ぶりに見た綜馬さんが、「万里生くんと演技のキャッチボール♪」等と口にしながらお茶目ステップしたり、ワゴンを押しながら膝を後ろに折り曲げるポーズを取ってみたりと、良い意味での変わらなさ加減が嬉しかったので、それだけでもう、充分でっかいプレゼントを貰った気持ちになれ、爽やかに劇場を後にすることができました(^_^)。

以下は、全くの余談です。
2幕の途中、ジョーが「マックス・フォン・マイヤーリング!」とマックスのフルネームを呼ぶ場面がありました。この名前について事前に聞いてはいましたが、どうしても『エリザベート』のマイヤーリンクを思い出さずにはいられなくて、妙にどきどきしてしまいました。何しろ、時期は違うものの、綜馬さん、万里生くん、お2人とも出演されていた作品ですし。
無理だろうと認めつつも、もう一度、綜馬フランツ、万里生ルドルフを見てみたい、とちょっと思っています。