日々記 観劇別館

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『風を結んで』感想(2011.6.12マチネ)

キャスト:
片山平吾=中川晃教 田島郡兵衛=藤岡正明 加納弥助=小西遼生 橘静江=菊地美香 捨吉=山崎銀之丞 橘右近=大澄賢也 大林由紀子=大和悠河 佐々木誠一郎=照井裕隆 新畑伝四郎=小原和彦 栗山大輔=俵和也 齋藤小弥太=加藤貴彦

TSミュージカル初のシアタークリエ公演。舞台を観ながら考えさせられたことがたくさんありすぎて、それを書ききれるかどうか分からず、観てから1週間放置してました。

時代は明治初期、西南の役より少し前の頃。廃刀令が出て、長きに渡った侍の時代が終焉を迎えようとする最中、斜陽の道場主橘右近との勝負でまぐれ勝ちしてしまい、果たし合いをする羽目になった平吾、田島、弥助のお笑い3人組。果たし合いを止めるために買収した巡査に払う金子がなく、窮地に陥った彼らに手を差し伸べ、刀を用いた大道芸一座の結成を持ち掛けたのは、洋行帰りという謎の美女由紀子とその従者捨吉。但し一座結成は右近の加入が絶対条件。右近の勧誘を命ぜられた3人組は、右近の妹静江が200両と引き換えに岡場所に売られかけていることを知る。事情を知り、何故か静江の借金を肩代わりした捨吉の意図は?そして3人組と右近、また、様々な思惑や事情を抱え一座に集まった若い士族達の運命は?というのが物語の骨子です。

まず、真っ先に言わせてください。かなり久しぶりにアッキーこと中川くんの歌を舞台で聴いたわけですが。彼の歌声はやっぱり「神様からの貴い授かり物」だと実感しました。ただ音程通りに歌うだけではない、何とも言えないオーラのある歌声なのです。
藤岡くん、小西くんはコメディーリリーフな役どころでした。特に藤岡くん。達者な台詞回しと絶妙な間。一見ボケキャラなのに実は色々考えている子。大和さんとの会話場面で大和さんが一瞬素で吹き出していたように見えたのは、気のせいでしょうか?お歌は言わずもがな。彼の歌声は聞いている者を安心させてくれます。
小西くんは決して美声ではないけれど、以前彼の歌を聴いた時に感じた「一本調子」な印象は今回あまり覚えませんでした。弥助、可愛かったです。
格好良かったのは大澄さん。歌はどうしてもダンスより弱い部分があるのは否めませんが、とにかく姿勢が綺麗。武士らしくピンとした背筋で、殺陣をイメージしたダンスを軽々かつ力強くこなされていました。
そして山崎銀之丞さん。この方を観るのは『天翔ける風に』以来2回目でしたが、洒脱さと陰翳とをディープに溶け合わせる加減が上手い方だと思います。
貴重な女性キャストの1人、大和さん。宝塚の男役3番手の時に一度拝見しただけで、その後久しくご無沙汰してましたが、今回登場した瞬間の第一印象は「首が長い!」(すみません(^_^;))。アメリカ留学帰りの由紀子の衣装は終盤を除き洋装でしたが、襟の高いドレスが大変に似合っておりました。
もう1人の女性キャスト、菊地さん。彼女の歌声は可愛くて澄んでいて、中川くんの声とかなり合っていたと思います。

音楽は、一緒に観に行った友人が「コード進行がM!に似てる」と言っていましたが、実際、楽曲の盛り上げ方がリーヴァイさんの曲のそれにかなり近いものがありました。パンフで作曲家の方のコメントを読むと「70年代歌謡曲風」に作ったとあり、そう言えばリーヴァイさんの曲もよく歌謡曲風味とか評されているなあ、と納得。
特に平吾のナンバー。別に中川くんのために作られた曲ではない筈なのですが(初演の平吾は坂元健児さん)、彼の歌声の良い所が際だって引き出されていると感じられました。

さて、ストーリーの感想ですが……。
1幕が一座の結成過程をひたすらテンポの良い笑いで描いたのに対し、2幕は一座の面々が直面する時代の激動をこれでもかと見せるハードな展開でした。

(以下、軽いネタバレを含みますので、未見の方はご注意!)
会津の残党である複数の面々が一座に関わっていたことで、元々会津とは無関係だった筈の右近や3人組も時代の渦に巻き込まれます。
右近が、自分とは異なる考えを持つ平吾の言葉を素直に受け止め、自分が信じてきた武士としての誇りは、もしかしたら愚かなものに過ぎないのでは?と自覚しながらも、それでもあえて武士として人生を全うする道を選んだのは、すんなり納得がいきました。

しかし、田島と弥助はどうしてああいう人生を選んでしまったのか?というのが、脚本上(あくまで脚本上)ついにすっきりと理解できずじまいでした。1週間寝かせておけばすっきりするかも?と思いましたが、時間を経てもその印象は変わっておりません。
彼らは先祖伝来の武具が二束三文にしかならなかった時点で、自分達武士が何百年も守り抜いてきたものが簡単に無意味になる虚しい思いをしています。
しかも、その空虚さを埋めることを目的の1つとして結成に奔走し、裏方に芸の修練にと全てを捧げてきた一座が、右近も関わったとある事件により崩壊してしまったわけで……。
結局の所、そうした空白を埋め、激動の世のために働き、自分達が今ここにいる意味を見出すために、彼らはそれぞれの道へと向かったのだろうというのは容易に想像できます。
しかし、悲しいかな、一座が壊滅した後の展開が端折られすぎていて、その辺りの心境の変化があまり細かく掬い取れていないように見受けられたのが残念です。
それに、3人の絆は変わらないのだろうけれど、一座の復興に拘ろうとし、妻も娶った平吾(武家の当主)と、最初から家という拠り所のない冷や飯食いの彼ら(二、三男坊)とは、やはりどこかで方向が違っていたということなのだろうか?と思うと、寂しさが込み上げてきて仕方ありません。

平吾が物語のラストで選んだ道というのは、他の2人、そして捨吉が平吾に望んだ方向性とは微妙に違っているように感じられます。シンプルにしてあまりに自分に厳しすぎる無謀とも言える決意で……。
そんな平吾に、静江がかけた言葉が、彼の行動をただの無謀から救っています。「風を結んで」というのは、劇中で3人の大きい絆の結びつきを意味する言葉でしたが、これは「不可能を可能にする」ことも指しているのではないかと感じさせてくれました。

蛇足かも知れませんが、あと由紀子と静江、それから捨吉について。
2人の女性については、観劇直後には「男性が書いた女性だ!」という印象しか持っていませんでした。あまりにも彼女らの内面描写が少なかったので。
ただ、時間が経ってみると、「心理描写が足りない」のではなく、「あえてそれらを描いていない」だけであると思えるようになりました。彼女らの、花の種類は全く違えど、打ちのめされても凛と咲き続ける花としての強さが、どれだけ物語に救いをもたらしていることでしょうか。

最後に捨吉について。
200両の出所など、終盤に彼の秘密と正体、そして屈折に富んだ生き方が明かされますが、山崎さんの達観した演技も相まって、平吾=中川くんに次いで強烈な余韻を残してくれる役どころでした。
ちなみにこの作品の初演では、この役は鈴木綜馬さんが演じられたそうです。山崎捨吉の「風を結んで」リプライズの歌声も渋くて哀感を帯びていて良かったのですが、綜馬捨吉だと、きっともっと、捨吉という人物が悲哀と同時に抱く希望を、歌声そのもので語ってくれたに違いない、とつい思ってしまいました。山崎さんごめんなさい……と言いつつ、山崎捨吉の、色々含みのあるオトナの男の背中も印象深くて好きです。

――と、かなり五月雨式な感想となってしまいましたが、何だかんだで『風を結んで』、面白かったです。
作品の良さもさることながら、自分として、ここ3ヶ月ほど、レミゼ等、既に粗筋を知っている舞台を観ることが多く、全く白紙の状態で観る舞台は今回が久しぶりだったというのもあるかも知れません。
そして自分は中川くんの歌声が、実はかなり好きなのだと実感中です。と言っても、ミュージシャンとしての彼や、ストプレ作品での彼を追うつもりはさほどなく、専らミュージカル舞台での彼の歌声の輝きに惹き付けられているのみではありますが。2011年(今年)10月にグローブ座でミュージカルに出演するらしいですが、チケを取るかどうかは考え中です。近い時期にTSミュージカルの新作上演もありますし……迷います。