日々記 観劇別館

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『エリザベート』感想(2010.10.9マチネ)

キャスト:
エリザベート瀬奈じゅん トート=山口祐一郎 ルイジ・ルキーニ=高嶋政宏 フランツ・ヨーゼフ=石川禅 ゾフィー杜けあき ルドルフ=浦井健治 ルドヴィカ=春風ひとみ マックス=村井国夫 少年ルドルフ=小宮明日翔

4日ぶりに帝劇に詣でてまいりました。ちびルドくん以外は10月5日の時と同じキャスト組です。
明日翔くんは初めて観る?と思ってましたが、帰宅後に確認した所、8月12日(山口トート初日&通算800回上演回)のちびルドが彼でした。演技が印象的なちびルドだったので、後で少し書きます。

瀬奈シシィ。やっぱり強いです。で、強い割に「私だけに」ではあまり強さが弾けた歌い方をしていません。瀬奈さんの「強さ」は神経質にピリピリした「強さ」ではなく、もっと凛とした「強さ」なのだと思います。凛と自分の意志を押し通すけど、内面はひとりぼっち、というのは十二分に伝わってきます。
ただ、彼女のシシィは「黄泉の帝王」からの自身の心の隙間に絶妙にはまった誘惑と強引な愛に惹かれてはいるけれど、「死」という概念そのものに惹かれているようには実はあまり見えなかったりします。瀬奈シシィが愛しているのは「黄泉の帝王」であって「死」ではないのではないかと。「黄泉の帝王」という役名を振っているのは日本の演出家なので、だから「黄泉の帝王」に恋する、というのは全く間違いではないのですが、何か釈然としないものが……。上手く語れませんのでこの辺にしておきます。

山口トート。今日も美しいだけでなく、その抜群の存在感に惹き付けられておりました。
特に1幕のハンガリー訪問〜狙撃〜闇が広がるまでの一連の場面。トートは岸エルマーを匿い、そして動きを封じる演技を除いては、ほとんど客席に背を向けて真っ直ぐ立っているだけなのに、すっかり舞台上の空間が彼に包み込まれ支配されているのは、凄い、を通り越して恐ろしいです。ちなみに他2人のトートではそこまでの印象を抱くには至っておりません。

一方、本日の山口トートの歌声を聴いて、あれっ?と思ったのですが、声の溜め方や伸ばし方がどこか全開の歌声ではない印象を抱きました。決して不調というのではなく、声はいつも通り艶々(*^^*)なのですけれど。
いつも山口さんの歌でブレス音が聴こえることはめったにありませんが、今日は1幕「私だけに(リプライズ)」の三重唱で一瞬それが聴こえてきてどきっとしました。お誕生日の時の方がベストコンディションだったような気がします。
もっとも、演技やダンスからはいつも通り熱さが伝わってきていました。独立運動ダンスも力強く踊っていましたし。多分自分の考えすぎで、単にお誕生日が通常以上にフルスロットルで飛ばしていただけなのでしょう。
あ、でも、「エリザベート泣かないで」でシシィに拒絶された後のアクションは、お誕生日の時の方が悔しそうだったと思います。今回は派手に悔しいというよりは「がっくし」な感じの振る舞いに見えました。
余談ながら今回、羽根ペンを投げた後、ミルクの場面に替わる時の大道具転換がやや遅れ気味で、ルキーニや民衆が既にセンターで演技し始めているのにまだトートが立ったまま机と一緒に運ばれてました(^_^;)。トート、下手に動くわけにもいかないし困ったでしょうね。

今回ホットだったのは何といっても禅さん。1〜2幕前半は通常通りだったと記憶しますが、2幕後半、「夜のボート」から「悪夢」にかけて、歌も演技も情感たっぷりで、何があったの?という感じでした。
特に「悪夢」。山口トートへの我が妻だ!の訴えかけが殊の外激しくて、それに釣られたのか山口トートまでが、与えられる、自由を!♪と火傷しそうな絶叫で応え、いつも以上に勝ち誇った笑みでヤスリを弄んで投げていました。禅さん、素敵な場面を見せてくれてありがとう!

そして浦井ルドルフ。
独立運動に参戦してしまう程の国への熱い思い。それとは裏腹の父上との心の噛み合わない孤独さ、そしてママの愛への渇望感。これらの複雑な思いを、全部矛盾無く同居させているルドルフを、今回も好演していました。
浦井ルド、間の取り方が絶妙だと思います。聞く所によると前日のトークショーでも言及があったらしいですが、フランツが「処分は追って沙汰する」とルドルフに告げ、踵を返して何歩か立ち去るまで、浦井ルドはただ立ち尽くし、父上の退場間際にようやく「父上……!」と吐き出すのですね。
印象に残ったのは「僕はママの鏡だから」。シシィに向き合って語りかける表情も歌声も本当に熱くてママへの思い入れたっぷりなのですが、どこか諦観――もしかして彼は初めからママに見捨てられることを分かっていたのではないか?――を漂わせていました。
そう言えば1幕でちびルド明日翔くんがお祖母様に「ママに会わせてください」と訴えた時。明日翔くんは他のちびルドの子より少し年長だからというのもあるのか*1、本当は大人の事情も分かっているんだよ、という目をしていて、それでも切々と自分の思いを伝えようとしていました。
浦井ルドも同じ健気な目をしていたと思います。理解してもらえないと分かっているけど、それでも相手に伝えずにはいられない。そして、ママが立ち去った後、随分間を置いてから「ママも僕を見捨てるんだね」と呟きます。トートダンサーに堕落させられなくても、心はもうこの時点で「死」の側に移っているんじゃないか?と思わせられる、静かな静かな呟き。トートダンサーには流されるままに蹂躙されているだけ(この場面の浦井ルドのダンスが綺麗で大好きです)。
そして山口トートが不本意ながらという表情で(自分が仕組んだことなのに何故不本意?)、儀式のようにルドに与える死のキスとピストル。今回の浦井ルドはあまり微笑んでおらず、もっと涅槃、と言うと仏教になってしまいますが(^_^;)、無の境地の表情を浮かべながら死んでいきました。

カーテンコールでは、浦井ルドへの拍手が一番大きかったように聞こえました。その次に山口トート。山口さん仰る所の「貴重な声」を手に入れた浦井くん。彼のルドルフを観られるのは今年が最後なのかも知れませんが、もっともっと、大きい役者さんになって欲しいですし、彼ならなれる。そう思います。

*1:小学4年生。他のちびルドは小学2〜3年生です。