日々記 観劇別館

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『Garantido』感想(2010.2.20マチネ)

キャスト:吉村/関川カツオ=吉野圭吾 紀元/山田アキラ=坂元健児 畠野上/ゲンゾウ=畠中洋 千里/桐野ヒデミ=樹里咲穂 根岸/山田ノボル=岸祐二 伊藤/イチロウ=伊礼彼方 西尾/タダオ=西村直人 知田/ミノル=良知真次 川上/ヒロシ=川本昭彦 平林/ヒデオ=平野亙 島/ヨシゾウ=島田邦人 田口/シュウ=上口耕平

前日に東京芸術劇場にて幕を開けた『Garantido』を観てきました。
元の主催者が亡くなり、新主催者の吉村の下に、第二次世界大戦直後のブラジル日系移民達を描く追悼公演『Garantido』の稽古に集った劇団員達。仲間を信じ切れない吉村、心がまちまちの方向を向いている劇団員達、脚本家兼客演役者として居合わせる紀元、やはり客演役者だが元劇団員でかつての退団を悔やむ千里、それぞれのドラマが、戦後ブラジル人社会での信頼を取り戻すために苦闘する日系移民達を描く劇中劇と同時進行で展開される……というのが今回の物語です。

まずは誉めどころから。
『Garantido』の作曲兼音楽監督林アキラさんでした。この方の曲、ご本人が歌ウマなのと無関係ではないと思いますが、半音が多く音階もかなり複雑であるように聞こえました。役者さんの苦労が偲ばれます。
しかし皆さん見事に歌いこなされていました。特に坂元さん。『AKURO』の時も思ったのですが、澄んだ声質も相まって、複雑なメロディを真正面から清廉に歌われるのが好ましいです。
今回驚かされたのは岸さん。日本の敗戦を認めず神国の権威を信じて、敗戦を受け入れた同じ日系人へのテロを続ける「勝ち組」(というらしいです)の一員を演じられてましたが、悪役のど迫力に、とりわけ終盤に圧倒されました。レミゼのアンジョルラスでしか観たことがありませんでしたが、こういう、今さん辺りが演じても似合いそうな黒い役どころもできる方だったのですね。クライマックスで歴代アンジョルラス(吉野さん、岸さん、坂元さん)がそろい踏みしたのには笑いました。
また、吉野さん、畠中さん、樹里さんといったベテラン陣が登場し、ソロを歌うだけで場面が引き締まるのは流石だと思いました。
吉野さんはとてもこの作品の直後に『レベッカ』の色悪ファヴェルを演じるとは思えない、重荷を背負いつつ誠実に逆境に立ち向かう男達(吉村そしてカツオ)を熱く演じてました。ちなみにこの作品の終幕で合唱されている曲『Garantido』を、先月吉野さんが大浦みずきさんの追悼公演『なつめの夜の夢』で歌われていたそうです。
畠中さんの安定感は言うまでもありません。何せサンバ調黒田節まで見事に踊り歌いこなしてましたし(^_^)。樹里さんは出番はさほど多くないのに、特にヒデミとして登場する度に強いインパクトがありました。闇から這い上がりようやくつかんだ幸せの絶頂から突如絶望の底に突き落とされたヒデミの無念さは、樹里咲穂という役者の明るい持ち味あってこそ、強いコントラストを持ってより衝撃的に表現されていたと思います。
それから、現実世界と劇中劇の両方でハーフの青年役を演じ、実はご自身のお父様も南米移民でいらしたらしい伊礼くん。髪をばっさり短くしていたこともあり、最初登場したとき一目で彼と分かりませんでした。歌にはまだ少々不安定さが残りますが、現実世界の生意気な劇団員と劇中劇の2つの祖国に悩める若者とがしっかり別人になっていて、その点は良かったです。あと彼には失礼ながらあまり機敏なイメージがなかったのですが、カポエイラの場面で意外に軽やかなアクションを見せてくれていました。

以下は、ちょっと「うーむ」と首をひねってしまったところです。
今回の演目ですが、恐らく、劇団とブラジル、それぞれの世界で発生する別々のドラマがいつしかシンクロし、クライマックスで融合して昇華するのを狙っていたのではないかと思います。ところがクライマックスまでの伏線がほとんど張られておらず、専らとある人物の説明的台詞のみによりそれまでのエピソードや人間関係のパズルのピースが唐突に繋ぎ合わせられ完成に至る、という展開がなされていたので、かなり残念でした。本当は最初の台本はもっと長かったけど上演用にカットしちゃったのかな?等と要らぬ勘ぐりをしてみたり。特に「彼」の、血の繋がらない祖父と結果的に同じような役目を果たすという役割は結構面白いものだった筈なのですが。
伏線の少なさは途中においても同様です。例えば劇中劇におけるカツオとヒデミの関係。孤児となり日系人コミュニティを飛び出し、生活のため娼婦まで身を落とし、心を閉ざしていたヒデミ。その彼女を日系社会の正式な一員として復帰させるためだけに結婚という形式で身元を引き受けたカツオ。この夫婦の間の信頼(garantido)と愛情が本物になっていく過程をもっと観たかったと思いました。あと現実での吉村はどうして別の仕事と掛け持ちさせてまで千里に拘って引き戻そうとしたの?とか。いえ、単に他にヒデミを演じられそうな女優が劇団にいなかったからかも知れませんが。
山田兄弟の兄、ノボルの描写にもやや不満が。実は彼もある特定の誰かの未来のために信念を持ってテロ活動を続けていた、という伏線を物語前半のどこかにちらつかせてくれていれば、彼の悲劇のやり切れなさも、遺された者が選んだ生き方の重みも、より一層深く伝わってきたのではないでしょうか。
もう一つ、最後の劇団員達の結束について。確かに「彼」の一言で劇団員達が、自ら望んで仲間のために歯車になろうともしなかった自分達のエゴに気づいたわけですし、そうした意味で「彼」も仲間と認め、その存在は重要だったと思うのです。加えて、敬愛されていたであろう前主催者、そして「彼」の2つの死を経て固い絆が生まれたのも確かですが、逆に命が喪われなければこういう絆で結ばれることはなかったのではなかろうか?と思うと少し複雑な気持ちです。自分が単に天の邪鬼なだけかも知れませんけれど。
また、これは後から友人に言われて気づいたのですが、「彼」の代役は本番で一体誰が演じたのだろう?というのが最大の疑問です。劇団員の誰かが急遽二役を演じたのかも知れませんが、結構重要な役だったでしょうに、代役も、演出家も相当苦労したに違いない、とかなり気になっています。

で、TS作品のカーテンコールはいつもアットホームで楽しみなのですが、今回は明治座天璋院篤姫』との強行マチソワであったため、カンパニーの皆さんごめんなさい!と心で平謝りしつつ、終幕後早々に失礼してしまいました。後ほど、『天璋院篤姫』のレポートも記させていただきます。