日々記 観劇別館

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『ミス・サイゴン』感想(2008.8.2マチネ)

エンジニア=市村正親 キム=知念里奈 クリス=原田優一 ジョン=岡幸二郎 エレン=シルビア・グラブ トゥイ=泉見洋平 ジジ=池谷祐子

帝劇まで母と2人で『ミス・サイゴン』を観に行ってきました。帝劇での観劇は昨年12月の『モーツァルト!』以来。サイゴンは私は初観劇ですが、母は日本初演本田美奈子さんのキム、笹野高史さんのエンジニアで観ています。

ストーリーの感想ですが、あの結末(有名なのでネタバレにもならないと思いますが、息子のタムをクリス夫妻に引き渡したキムの自殺で終わります)がどうしても割り切れない、という一点に集約されてしまいます。
キム自身のアメリカン・ドリームはクリスとの愛なくては成立しないものだったけど、タムの未来はそれとは違うこと、そしてベトナムでの貧しい暮らしではタムに夢を見せることは到底できないということをちゃんと分かっていて、だから半分脅迫にも見える強い意志で、タムを実父のクリスに託したのだと、私は解釈しました。キムの1人の母親としての、自分の人生よりも息子の人生を優先させたいという気持ちは理解できますし、見上げたものだと思います。
でも、自分の命を絶つという選択は、見ようによってはエレンとの愛を選んだクリスへの当てつけにも見えてしまいました。また、クリスにタムを渡すことで、タムの輝ける未来に自分の命を託したから、キム自身の人生はここで意味がなくなり、終わってもいいってこと?それはないんじゃない?という疑問を抱いてしまいました。キムのソロナンバー「命をあげるよ」の歌詞とこの顛末を重ね合わせて考えると、どうも悲しい気持ちになってしまうのです。
あと、貧しくて踏まれても蹴られても、キムをベトナム人として自分の手で逞しく育てるという選択肢もあったわけで。サイゴン観劇後に観劇仲間の友人と会った際に、今年2月に再演された日本製ミュージカル『タン・ビエットの唄』との比較になりました。『タン・ビエット』は、ベトナムの解放戦線(ベトコン)の部隊に身を置いていた少女が、ベトナムでの辛い生活、そしてただ1人の姉を捨てて、アメリカン・ドリームに身を投じましたが(彼女が暮らしたのはイギリスですが広い意味での『アメリカン・ドリーム』ということで)、長い年月を経てまたベトナムに還り、姉の忘れ形見と共に生きていくという物語でした。また、『ミス・サイゴン』では悪役として描かれていたベトコンの兵士達の戦中戦後の苦悩が、『タン・ビエット』ではストーリーの骨子であったことからも、どうしてもネガポジの関係で結びつけざるを得ません。あれを観てしまうと、どうもキムの選択が「ベトナム人として生き延びることを捨てた」ように思えてしまい、余計に割り切れなくなってしまうのです。

キャストの中では、やはり市村さんのエンジニアが別格でした。他人を利用しつつ戦中戦後を強かに生き延びるコメディ・リリーフとしての確かな演技も、「アメリカン・ドリーム」の指先まで神経の行き届いたダンスも、実に素晴らしかったです。
岡さんのジョンは、あまり深い感情描写や見せ場こそないのですが(ソロは多分2幕冒頭のみ)、だからこそ生半可な役者さんではできない役だと思いました。戦いの最中にも、戦後にも決して自分を見失うことのなかった沈着冷静な人なのだろうけど、キム達を探す努力には、キムとクリスの最初の出会いに関わったという責任感も多少はあったのかな、と思いながら観ていました。
原田くんのクリスも、期待通り、たっぷりの声量で迫力のある歌声を聴かせてくれました。演技についても、心からキムを好きだったのに、若さ故に色々と人生の岐路を間違えてしまう青年の揺らぎをリアルに演じていたと思います。クリスという役は「あんたさえ間違えなければ、キムは死ななくても良かったかも知れないのに」という責めを負う役柄なので、今ひとつ感情移入できないのが唯一の惜しかった点です。
感情移入という点では、シルビアさん演じるエレンに一番肩入れしながら見ていました。観客としてはもちろんキムとクリスに幸せになってもらいたかったとは思うのだけど、エレンの夫への深い愛情と、夫婦の絆を守りたい、という気持ちも大変良く理解できるので。まあ、観ていて行き着くところは「クリスのバカー!」だったりするのですが。
追記。シルビアエレンは8月2日が初日だったようです。ダンヴァース夫人と同一役者とは思えないアメリカンなお姉さんになってました。

それから、泉見くんのトゥイにもかなり肩入れ。婚約者だったキムをクリスに持ってかれてしまったのはもう運命の悪戯というより他に言いようがないし、タムを殺そうとしたのは確かにいただけないのだけれど、彼は彼でベトナムを守るためにベトコンとして戦っていただけだし、戦後も懸命に軍人として出世してからキムを迎えに行ったわけだし、本当に純粋バカだっただけなのに、とかなり可哀想でした。泉見くんの熱い演技で、またその純粋さが際立っていたと思います。

最後に知念さんのキムについて。彼女を昨年のレミゼでエポニーヌで観た時よりは、ずっと良い印象を受けました。ただ、知念さん、どうしても私の個人的評価では、容姿、歌、演技とともに、パーフェクトにあと一歩届いてくれません。
割と小顔でほっそりした顔立ちなので表情の変化が分かりづらいとか、歌も上手・下手の区分けでは「上手」の部類に入るけれど、出ない高音部を技巧ではなく無理やり叫び倒すことでカバーしてるとか、演技も下手じゃないけど「おお?」と思わせてくれる瞬間がほとんどないとか、そういう所がどうしても目に付いてしまい、全体に何だか薄い感じがしてしまうのです。サイゴンは今の所は他にチケットは取っておりませんが、他のキムでもう一度見直してみたいような、そんな気持ちになり始めています。

ちなみにほぼ15年ぶりにサイゴンを観た母の感想を箇条書きで記しておきますと、
「キムはどうしても本田美奈子を重ねて観てしまう」
「エンジニア、市村さんも良いけれど、今にして思えば笹野さんも良い演技をしていたね」
「クリスの人は歌は上手いけど、背が小さいのが勿体ない」
「シルビアさんは意外と背が高くない」
「ジョンの人が大きすぎる」
半分以上背丈ばっかりかい(笑)。
でも、今回観たメンバー、確かに岡さんが1人で平均身長を上げていました。エンジニアが長身の別所さんやさとしさんだったらまた印象が違ったのかも知れませんね。