日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『モーツァルト!』感想(2007/12/02ソワレ)

ヴォルフガング・モーツァルト井上芳雄 コンスタンツェ=hiro ナンネール=高橋由美子 ヴァルトシュテッテン男爵夫人=香寿たつき コロレド大司教山口祐一郎 レオポルト市村正親 セシリア・ウェーバー阿知波悟美 アルコ伯爵=武岡淳一 エマヌエル・シカネーダー=吉野圭吾 アマデ=野本ほたる

観劇後3日経って記憶が薄れ始めてきているのですが、覚えている範囲で2日ソワレの感想です。
井上くんのヴォルフを観るのは初めてでした。9月の『ロマンス』の時も思ったのですが、井上くん、声がかなり太く朗々と通るようになっていました。以前のM!のライブCDでは金切り声で叫んでいるような印象があったので、初演の頃と比べるとさぞ雰囲気が変わって大人になったことであろう、と思わせてくれました。でも色気は中川くんのほうがあると思うのですけれど。井上くんは少年でこそ無いけれど、かといって大人の男男した雰囲気も薄い気がします。
それから、ヴォルフの性格描写について、当たり前ですが中川くんと目指すところは一緒でも、表現はかなり違っておりました。同じ天才でも中川ヴォルフが天衣無縫で本能を抑え切れず飛び立とうとする天才なら、井上ヴォルフは自分の才能に合わせ背伸びしようとしてうまくいかずにもがいている天才といった感じがしました。

一幕の猊下とヴォルフの決別場面では、井上ヴォルフは猊下の手をぺしりと音を立てて払いのけた上、白いカツラを猊下の股間方向にぶん投げてぶつけてました。また猊下がそれを受けて「うぅ……」とかうめいたりするので笑えるのですが、井上ヴォルフの猊下に対する拒絶はかなり激しいですね。

今回のM!では吉野さんが絶好調です。一幕のザルツブルクの酒場で初登場する場面では、宝塚の男役スターのようにセンターを仕切り、鮮やかなステッキ捌きを見せつつバリバリ踊ってくれます。舞台に花が咲く、というのはベタな表現ですが、シカネーダーが出てくるだけで本当にぱっと華やかになるのです。
そしてソワレでも、今回不調な筈の市村さんのパパに惹きつけられてしまいました。ヴォルフが成功すればするほどに我が子の足元の危うい一面ばかりが目についてしまう上、自分の手に収まる範囲の遥か上空に息子が飛び立たんとしていることに対し複雑な感情を抱いているパパ。ヴォルフはパパと方向が違っていても、ひたすらパパに誉めてもらいたくて音楽活動をしているだけなのに。互いへの愛情は深すぎるぐらいに深いにもかかわらず、噛み合わない2人の姿が悲しかったです。

井上ヴォルフ、どうしても中川ヴォルフに比べると危うさや破天荒さが薄めなのですが、二幕の「魔笛」以降、終幕に至るまでは井上くんの方が印象深いです。2005年に観た時はただ、才能という悪魔や家族のしがらみから解放され得なかった天才の孤独な死としか思えませんでした。しかし今回は、ヴォルフは家族とは愛を分かち合えなかったものの、「魔笛」を書くことで自らの権力(=父親)からの解放を試み、更に「レクイエム」を書いて極限状況に追い込まれることにより生まれて初めて裸の自分自身と向き合うことができて、自ら命を絶つという最期ではあったけれど実は幸せだったのではないか?という感想を抱きました。背伸びしっぱなしだった井上ヴォルフ、最期に等身大の自分を受け入れて、満足して召された感が強いと思いました。