日々記 観劇別館

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『ロマンス』感想(2007/9/8マチネ)

オリガ・クニッペルほか=大竹しのぶ マリヤ・チェーホワほか=松たか子 壮年チェーホフほか=段田安則 青年チェーホフほか=生瀬勝久 少年チェーホフほか=井上芳雄 晩年チェーホフほか=木場勝己 ピアノ演奏=後藤浩明

東京・三軒茶屋の劇場「世田谷パブリックシアター」(以下、『世田谷PT』)まで井上ひさしさんの新作戯曲『ロマンス』を観に行ってきました。実は私、大学の卒業研究が井上さんがらみで、当然ご本人にはお会いしたことなどないのですが、氏の膨大な作品の上演歴を調べたり、国立国会図書館大宅壮一文庫まで出向いて著書やマスコミ記事の調査をしたことがある位には、井上作品に思い入れがあります。今ならオンラインでかなりの所までは調べられる内容ですが、十数年前の貧乏学生は自分の足でデータを集めるしかありませんでした。よき思い出。
閑話休題。今回の演出は栗山民也さんでした。昨年末から今年前半にかけて『マリー・アントワネット』の殺伐とした演出と、あまりに簡素で殺風景な舞台装置とで多くのミュージカルファンを敵に回したあの栗山さんです。で、この『ロマンス』の舞台装置も、基本コンセプトは笑える位に一緒でした。プロジェクタでモノクロ字幕を映し出すという手法まで同じで、あの帝劇の思い出が蘇ってきてちょっとだけ「うげっ」となったりして。
でも、芝居が始まってみるとこの舞台装置、このわずか6名の役者によって世田谷PTのような中規模の劇場で紡ぎ出される物語には実におあつらえ向きだと分かりました。栗山さん、あなたやっぱり帝劇に同じやり方を持ち込んじゃいけなかったんだよ、と改めて思った次第です。
世田谷PTには初めて入りました。座席は2F席最後列のやや上手側。日生劇場グランドサークル席のような感じで、座席も段が高くて(踏み台のように1段上に昇る)大変観やすいお席でした。唯一、足元にスペースが無くて荷物を置けなかったのが残念。1Fロビーではちゃんと飲み物販売もあって、キャロットジュース等という健康的な飲み物があったので、思わず幕間に飲んでしまいました。値段は300円。ちょっと高。

さて、『ロマンス』は主人公たるロシアの文豪チェーホフの生涯を8景の短いオムニバスストーリーで綴った2幕物。一応ストプレなんですが、劇中歌がたっぷり盛り込まれていて、芳雄くんや松さんのソロナンバーもあり、普段あまりストプレを観ないミュージカル好きも比較的入りやすい演目だったかと思います。作者井上さんによれば、こういう歌あり笑いありの短編軽演劇で構成された形式はロシアのボードビルを意識したそうですが、そもそも自分は元ネタのボードビルをよく知らないので、そこは予備知識としてのみ留めておくことにしました。
ストプレ経験の少ない芳雄くんも含めて、演じる役者さん全員が実に良い演技をされていたのですが、中でも印象に残ったのは生瀬さんと大竹さん。
生瀬さんはテレビの『サラリーマンNEO』で毎週コントは観ていたのだけれど、舞台を観るのは初めてでした。笑わせどころではしっかり笑わせてくれるし、動きの一つ一つが細かくて決して演技ポイントを外さない上手さに引き込まれてしまいました*1
大竹さんは今年1月の『スウィーニー・トッド』以来。1幕では芳雄くん演じる少年チェーホフを自宅に届ける警官の1人や、貧乏で人の良い町医者チェーホフを手玉に取る老婆、2幕ではチェーホフ夫人となるオリガを、それぞれの役の色合いの違いを出しながら見事に、そして軽やかに演じていました。
松さん演じるマリヤとオリガとの掛け合いにも笑わせてもらいましたが、特に2幕の後半、壮年チェーホフのもとを生瀬さん演じる文豪トルストイが訪れる「愛称」の場面は、ほぼオリガとトルストイの独壇場であったと言っても過言ではありません。もちろん、他の4人の息のあった演技により作り出された絶妙な空気を孕んだ場があってこその演技でしたが。
今回、芳雄くんの演技も注目ポイントのひとつでしたが、普段ミュージカルを演じてる時より良かった、と言うと、ファンに怒られてしまうでしょうか。ちょうど観劇後に待ち合わせた友人とも話したのですが、やっぱりストプレ経験が豊富な実力派ばかりのカンパニーで揉まれたのが幸いしたのだろうと思います。ただ、1幕の少年チェーホフはボロ服をまとい、以降の役替わりもマリヤに求婚するダメっぽいボンボンとか解剖で倒れてしまう見習医師、チェーホフにぼろくそにけなされる若い演出家(チョビヒゲ)とか、ヘタレっぽい役がほとんどなので、これまでの二枚目王子様な彼を好きなファンがどう思うかは別問題です。

次にストーリー自体への感想。1幕と2幕のそれぞれラスト近くに、さんざん笑わせられた隙をついてほろりとさせる展開が挿入されていて、しまった見事にやられた!という感じでした。また2幕の「愛称」の場面の話になってしまいますが、病身のために愛妻との別居を強いられ、その事実が妻と妹の葛藤を生むことに苦悩していたチェーホフが、楽天主義トルストイとのやり取りの後一転、例え別れて暮らしても、それにより次に会う日を楽しみに出来る、また愛情あふれる手紙をやり取りすることが出来る、とオリガと転げ回って笑いながら語り合う姿に感動させられると同時に、チェーホフが一生涯求め続けた「笑い」の本質を突いているのではないか、でも彼は演劇では多分そうした本質を得ることはなかったんだろうな、等々考えさせられました。

そのチェーホフについては、彼の作品を観たり読んだりしたことがないので予備知識ゼロ。優秀な医師でもあったとか、実は少年時代からボードビル好きで演劇にボードビルの要素を盛り込む野望があったとか、遺言で遺産から複数の図書館に寄付を行ったとかなんて、この芝居を観て初めて知りました*2。パンフにチェーホフ夫妻の往復書簡の一部が紹介されているのですが、そのラブラブっぷりが実に微笑ましいです。実際のマリヤとオリガの写真も載っていますが2人とも美人!何て羨ましいんだチェーホフ!……と、こんな具合に、今まで文豪としか認識していなかった彼がちょっとだけ近い存在になった気がします。恐るべし井上戯曲。

*1:はてなキーワードを見たら、「餓狼伝説2」にニューバルジャンこと橋本さとしさん、新感線の橋本じゅんさんともに声の出演をされていたそうです。何その(今から見ると)豪華なメンバー。

*2:ちなみにチェーホフ没年44歳。何その業績の充実ぶりに似合わない若さ。でもどう見ても44歳以上の木場さん、壮年チェーホフのイメージにぴったりでした。