日々記 観劇別館

観劇(主にミュージカル)の感想ブログです。はてなダイアリーから移行しました。

『WE MUST GO ON』

ご無沙汰しております。

今年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡がりという「流行」を飛び越した「災害」に伴い、2月末から演劇が次々に上演中止に見舞われています。

あっという間に事態は悪化し、私が3月以降に観に行く予定だった演目も次々に上演中止となりました。本業にもじわじわと様々な影響が出て心身ともにしんどさが増す状況下、これまでなら観劇で気持ちを奮い立たせてきたのにそれが叶わないという、なかなかに心が折れる日々が6月上旬現在もなお続いております。

そのような中、この演劇界の非常事態に最前線で直面している役者さんやスタッフの方々のインタビュー本の企画がクラウドファンディングで立ち上がっていることを、発起人のお一人でいらっしゃる平野祥恵さんのツイートで知りました。普段自分がクラウドファンディングに乗らせていただく際には、ある程度の資金を投じることもありかなり吟味あるいは逡巡しますが、この企画への投資は即決! でした。

そして先週、上記の経緯で制作された書籍『WE MUST GO ON』が手元に届けられました。石川禅井上芳雄、伊礼彼方、上口耕平、ソニン中川晃教……インタビューを受けられた役者さんのお名前や、「よくぞOKを!」というスタッフさん方のお名前を見ただけでもこの書籍を企画された皆さまのご尽力がしのばれます。詳述はいたしませんが、この辺りのご苦労は同封の小冊子でも紹介されていました。

個々のインタビューに関する細かい感想は省略しますが、事態がここまで深刻になる前の時期のインタビューも含まれているとは言え、役者、プロデューサー、振付家などの立場の別を問わず例外なく、意外な程に演劇界の、そして各々の活動の今後についてポジティブかつ強靭に向き合っていることに心を打たれました。

個人的には伊礼くんの初々しかった頃のルドルフを観ているので、現在二児の父親でもある彼が強かに逞しくショービズ界を泳ぎ渡ろうとしている姿に、勝手に姉のような心持ちになっています。

また、東宝で今回急遽上演が打ち切られた『天保十二年のシェイクスピア』の今村プロデューサーのインタビュー。元々東宝Twitterでレポートされたお稽古の様子からも天保カンパニーの一体感は伝わってきていましたが、千穐楽直前の上演打ち切り、無観客でのDVD・Blu-ray用映像収録という過酷な状況に直面したカンパニーの底力とエネルギーとが強烈に伝わってくる内容であったと思います。

この書籍を読み、 「日本のミュージカルは、演劇は、このままでは終わらないし、終わるわけがない」と確信しました。

エンターテインメントは、地震津波、火災や水害と言った他の災害とは全く性質の異なる感染症という災禍においては、最も不要不急で容易に折られる存在であることが、今回のCOVID-19で身にしみています。復活は簡単ではないかも知れませんが、演劇界にはぜひ乗り越えてもらいたいと願っています。また、自分自身においても、時に喝采を送り、たまに文句をたれつつもわくわくしていたあの日々が徐々にでも少しずつ取り戻せることを心待ちにしつつ、引き続き今日から生きていきたいと思っています。

 

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング感想(前編2020.2.15、後編2020.2.29上映)

キャスト:
(前編)
ナウシカ尾上菊之助 クシャナ中村七之助 ユパ=尾上松也 ミラルパ=坂東巳之助 アスベル/口上=尾上右近 ケチャ=中村米吉 ミト/トルメキアの将軍=市村橘太郎 クロトワ=片岡亀蔵 ジル=河原崎権十郎 城ババ=市村萬次郎 チャルカ=中村錦之助 マニ族僧正=中村又五郎
(後編)
ナウシカ尾上菊之助 クシャナ中村七之助 ユパ=尾上松也 セルム/墓の主の精=中村歌昇 ミラルパ/ナムリス=坂東巳之助 アスベル/オーマの精=尾上右近 道化=中村種之助 ケチャ=中村米吉 第三皇子/神官=中村吉之丞 上人=嵐橘三郎 クロトワ=片岡亀蔵 チャルカ=中村錦之助 ヴ王中村歌六

こんにちは。演劇界隈に新型コロナウイルス禍のため厳しい逆風が吹き荒れています。

自分が3月に観に行こうとチケットを確保していた『アナスタシア』の当該上演回も公演中止になってしまいました。その後東京公演は再開されましたがこれから取り直すことも難しく、大阪公演を追う余裕もなく……ということでどこか鬱屈した思いに囚われ続けています。

だからというわけでもありませんが、1ヶ月ほど前に近所のシネコンに観に行った歌舞伎版『風の谷のナウシカ』の感想を思い出し書きすることにいたしました。以下、お付き合いいただけましたら幸いです。

 

2019年12月に上演された歌舞伎版ナウシカ。これまで歌舞伎鑑賞にご縁が薄かったのと、昼夜通し狂言計6時間という長丁場に腰が引けたのとで、気になりつつも生の舞台を観る機会を逃していました。

そんな折、ちょうど近所のシネコンで前後編各3時間ずつに分けて上映があり、また、伝え聞く舞台の評判も良さそうでしたので、思い切って2回に渡り観に行くことにしました。

歌舞伎版ナウシカ、想像以上にあの世界を再現しており、予想以上にきちんと歌舞伎でした。キャラクターの装束は和装で、ナウシカレクイエム等の劇中音楽の演奏も和楽器ナウシカ王蟲の対話も日本舞踊。更に遠景に飛ぶ小さなメーヴェに乗るナウシカは子役。といった具合で、歌舞伎に詳しくない自分のような者でも分かるような歌舞伎の約束事は一通り守られていると感じました。

同時に、前編・後編ともに口上役や道化役による、物語世界のモチーフが描かれた緞帳を使った前口上であの瘴気に満ちた世界に観客を引き込む工夫がなされており、また、キャラクターの装束も原作のイメージを損なわないよう巧みにデザインされていたので、観ていて全く違和感を覚えませんでした。

主演を張る菊之助さんは開幕直後に負傷したため、立ち回り場面は大幅に減らされていたらしいですが、それでも主演としての見せ場はたっぷり確保されていたと思いますし、全く不満は感じませんでした。舞姿で披露された体幹の確かさと身体の柔らかさに驚愕! そして節目節目で登場するテトと交流する姿なども可憐でした。

なお、このテトのぬいぐるみが実にかわいらしかったです。黒衣さんの操演が見事だったのも大きいですが、後編にてナウシカの腕の中で悲劇的な最期を迎えた時には、涙が出そうになったぐらいです。あの世界が生き物の生存環境として過酷であるという現実を改めて突きつけられた瞬間でもありました。

そして、七之助さんのクシャナ殿下が舞台に最初に登場した瞬間、凄絶なまでの美しさにすっかり息を呑んでおりました。

七之助さんには失礼ながらごく最近まで、お若い頃のどこか振る舞いの危なっかしい印象しか抱いていなかったのですが、大河ドラマ『いだてん』で彼が演じた三遊亭圓生師匠のぞくぞくするような色気に仰天して以来、気になる役者さんの1人になっています。

七之助クシャナ、登場するだけでそのセリフ回し、居住まいから、ただの姫君ではなく、自ら危険を顧みず陣頭に立ち、多くの将兵の畏敬を集め、スパイであった筈のクロトワをも寝返らせるカリスマ性を持つ存在であることが、映像からもこれでもかと伝わってきていました。いずれ他の歌舞伎演目でもぜひ七之助さんを見てみたいです。

ほかにこの演目で気になった役者さんは、土鬼(ドルク)の皇弟ミラルパほかを演じた巳之助さん、そしてアスベルとオーマの精を演じた右近さんでしょうか。

ミラルパのイメージは原作とイコールではないのですが、超常的でただならぬ佇まいと威圧感が終始全身から漂っていたと思います。そしてミラルパをあっさり殺めた後登場する皇兄(ミラルパと二役)が顔はそっくり同じなのに超常性はすっかり消えて俗物感満載で。まだお若い筈なのにあの切り替えは見事! と拍手したくなりました。

右近さんのアスベルは男雛のように美しく、それでいて冒険小説のヒーローのような勇気と強さとを兼ね備えた少年に仕上がっていました。でも「森の人」ことセルム以上にはナウシカの心を強く惹きつけることはなく、何となくケチャと組むことが多くなりいつの間にかフェイドアウトしてしまう所は、まあ、アスベルだなあ、と。

右近さんは後編のクライマックスではオーマの精として朱塗りのメイクで登場。戦闘の舞が実に健気かつ華麗で、そう言えばこの方も菊之助さんや七之助さんと同様、六代目の系譜に名を連ねる役者さんであったなあ、と思いながら見入っておりました。

逆に「もう少し行けるんじゃないか?」と思ったのは松也さんのユパでした。何せユパなので無双の剣士だし、前編の大量の水が降り注ぐ中でのバトルシーンもアスベルとともに身体を張って立派にこなしていたし、何より後編では壮絶な最期を遂げるしで、見せ場は本当にたっぷりあるのですが……うーん、もう一振り何かのスパイスがあってもいいなあ、と思ってしまうのは何故でしょう。

最後になりますが、原作のナウシカが過去の人類の壮大なプロジェクトの礎となることを拒否してプロジェクト破壊の道を選ぶあのラストには、見届けた者の心にずしりと重いものを被せて放さない何かが備わっているとずっと思っておりました。しかし歌舞伎版の幕が下りた後には厳粛さと同時にどこか華やぎもあり、「これで良かったのだ」という気持ちにさせられたのは不思議です。これが、歌舞伎の力なのでしょうか。その「歌舞伎の力」を確かめるために、いずれ必ず歌舞伎の生舞台を観に行こう、と考えはじめています。今は、少しでも早いコロナウイルス禍の解消と、全ての劇場の、エンターテインメントの正常化を願うばかりです。 

『天保十二年のシェイクスピア』感想(2020.2.16 12:30開演)

キャスト:
佐渡の三世次=高橋一生 きじるしの王次=浦井健治 お光/おさち=唯月ふうか 鰤の十兵衛=辻萬長 お文=樹里咲穂 お里=土井ケイト よだれ牛の紋太/蝮の九郎治=阿部裕 小見川の花平=玉置孝匡 尾瀬の幕平衛=章平 佐吉=木内健人 浮舟太夫/お冬=熊谷彩春 清滝の老婆/飯炊きのおこま婆=梅沢昌代 隊長=木場勝己

日生劇場にて、祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』を観てまいりました。

井上ひさしさんの戯曲は本当に饒舌過ぎるくらいに台詞の情報量が多く、しかも無駄がない! 更に、晩年の達観したような作品とは異なり、1960年代から70年代の作品はとにかく猥雑で凄惨、下ネタもどんどん繰り出され(いわゆる「エロ・グロ・ナンセンス」)、息つく間もない展開でした。

元々の上演時間は4時間(!)で、再演のたびにカットや改稿が行われてきたようですが、音楽も再演ごとに異なる作曲家が新たに作り直しているのは、ミュージカルではなく「音楽劇」であるがゆえでしょうか。

今回の上演版の演出は蜷川さんに演出助手として師事されていた藤田俊太郎さん。善人悪人を問わず登場人物が次々に命を落としていく血まみれな物語でありながら、端正さとどこかに温かみの保たれた舞台であったと思います。

とは言え、主に1幕において、舞台上でほの暗い日本家屋が、人の血しぶきを浴び、欲望を飲み込みながら次々に組み変わっていく様子は、暗がりに息づく生き物のようにも見えました。あるいはあの舞台装置は、人々に疎まれる姿形と裏腹な弁舌で人の心を操り、望み通りの栄誉を手にしながらも、本当に愛されたい者たちからは拒まれる、必死の詐欺師三世次の哀れの象徴だったのかも知れません。

また、2幕で打って変わって開放感溢れる華やかな場面において、最大の惨劇が展開されるのが凄まじいのです。

音楽は宮川彬良さん。ハードな展開の中、楽曲に通底する明朗さに救われた感がありました。

三世次と王次については、事前インタビューでは2人が同じ場面に登場することはない、と言う話でしたが、厳密には直接絡むことがないというだけで、同じ場面には存在していました。まあ、あの2人が差しで会話すると濃すぎるのでちょうど良い案配ではあります。

一生さんは舞台で見たのは初めてでした。映像の世界でも大活躍している方ですが、やっぱり本拠地は舞台の人なんだなあ、と実感。声にも肉体にもポテンシャルがあり、板の上から劇場中に強烈な存在感が響き渡っていました。そして色気もあり。

このように舞台人ならではの存在感を放っていたのは浦井くんも、そして井上作品でおなじみの大ベテラン、木場さん、辻さん、梅沢さんらも同様です。特に語り部でもある木場さん。口上からあっという間に観客を世界に引き込んでいく語り口、居ずまいとともにさすがです。

あと実は今回、かなり前方の座席で見ていたところ、浦井くんのおみ足の美しさに感動! つるつるしてますね……。また、結構客席降りのある作品なので、目の前をキャストが行き交って楽しかったです。ただ、舞台両袖上に場面名や歌の字幕が出ていたんですが、前方席過ぎてほとんど見えず。また、クライマックスが舞台上方で展開されるのですが、そちらもあまり見えませんでした。

今回、e+の貸切公演ということで、カーテンコールにて一生さんと浦井くんのご挨拶がありました。浦井くんのご挨拶の内容は、人が皆あっけなく死ぬ物語の中で三世次だけが生き延びてて、でも醜い三世次が(必死に生きようとする姿が)最後には美しく見えて、生きることは大変だけど素晴らしいと思った、というものでした。この言葉、観劇から日が経つほどに、じわじわと心に染みてきています。ハイレベルな作品にどんどん起用されて場数を踏みステップアップしているのに、今もなおこういう繊細で温かい言葉を真っ直ぐに口にできる浦井くん。どうかいつまでもそのままの彼でいられますように。

 

『シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ』感想(2020.1.26 17:00開演)

キャスト:
三浦悠介=井上芳雄 折口佳代=咲妃みゆ テムキ/フジ=畠中洋 マスター=吉野圭吾 春江/ウメ=濱田めぐみ 早瀬/ゼス=上原理生 里美/レポーター=仙名彩世 ミラ=内藤大希 清水=藤咲みどり 久保=照井裕隆 ピア/キク=土居裕子


シアタークリエにて、ミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』を観てまいりました。

元々音楽座の作品であることだけは知っていたのですが、それ以外の予備知識はゼロの状態で、公式サイトの解説やキャストのコメントにもほとんど目を通さないまま観劇に臨みましたので、1988年に土居裕子さんをお佳代のオリジナルキャストとして初演されたこと、今回の出演者のうち音楽座出身のキャストが6名いらして(土居さん、畠中さん、吉野さん、濱田さん、藤咲さん、照井さん)、照井さんを除く5名の方がかつてこの作品に出演されていたことは全く存じませんでした。今回に限ってはもう少し予備知識を持って観た方が楽しめたと不勉強を悔やんでいます。

以下、結末には触れないようにしますが、内容に言及していますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。

親に捨てられた上にヤクザでスリの親玉でもある義父に育てられ、スリを生業として裏社会で生きてきたお佳代。気弱で貧しく不器用だが音楽の才能と周囲の人間に恵まれ、独学で学んだ作曲で身を立てようとしている「ゆう兄ちゃん」こと悠介。この2人が偶然出会ったことから物語は展開していきますが、実はお佳代には本人も自覚していないある秘密があり……というのがこの作品の基本の物語です。

物語の舞台は一応現代ではあるようですが、少なくとも前半は遊園地の迷路アトラクションや地上げ、黒電話といった、2020年にはレアと化している事物が登場しますので、恐らくこの作品が初演された頃、昭和末期のバブルの時代がモデルでしょう。ただ、SFファンタジーの要素の強いお話ですので、あまり具体的な時代を深く考える必要はないと思います。

ゆう兄ちゃんとお佳代、序盤では住む世界があまりに違いすぎて、本当見ていてイラッとするぐらいに噛み合わないのですが、逆にそれゆえに、そんな2人の心がお佳代の悲しい過去の告白等を経て次第に強く結びついていく様子を、ごく自然に受け入れることができました。そう言えばその告白の場では、観察者も含めて少々きわどい台詞のやり取りがありましたが、一見気丈なお佳代が心に抱えた闇を理解するために必須な場面とは言え、客席にいた小学生ぐらいのお子さんは大丈夫だったんだろうか? と要らぬ心配をしております。

この2人を吉野さん、濱田さん、土居さん、畠中さんらベテラン勢が脇に回り、役どころの上でも温かく見守りサポートしていくのが良かったです。

なお自分は途中まで、土居さんと畠中さんを個体識別できておりませんでした。これは下調べしなかったからではなく、単なるボケです😅。いくら皆様のコスチュームの事情があったとは言え、あんまりだろう、自分……。

ストーリー展開は結構何回か急展開やどんでん返しがあり、初見ゆえに緊張しながら見守りました。あまりにどきどきしすぎて、実はあまり楽曲の記憶がありません。しかしそのような中でも、ゆう兄ちゃんがとある事情で離れ離れになったお佳代にリモートで語りかける歌は本当に聴いていて切なくて、印象に残っています。また、ラストの合唱も素晴らしかったです。

最後の最後まで緊張感溢れる展開ではありましたが、トータルではちょっぴりユーモラスで大変にハートフルでハッピーな後味のミュージカルでした。タイトルだけの印象から悲恋を連想していたので、なおさらそう思いました。

お佳代の「ゆう兄ちゃん」呼びも良いですね。「ゆう」にこっそり「祐」の漢字を当てると妙に嬉しくなるのです(何を言っているのか)。

ただひとつ疑問が拭えないのですが、終盤の「10年待てますね?」は、あれ、10年待つ必要はあったんでしょうか? いや、ウラシマ効果で生まれた年の差の帳尻を合わせたかったのかも知れませんが、良い人達だけれどもポンコツな香りもするあの異星人さん達、もしまた何かのアクシデントできっちり時間通りに戻せなかったらどうするつもりだったんだろう? と考えると眠れなくなりそうです。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』大千穐楽感想(2020.1.20 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=東啓介 サラ=神田沙也加 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=森山開次

ダンス・オブ・ヴァンパイア』の大千穐楽を、友人の厚意により大阪は梅田芸術劇城にて無事見届けてまいりました。

何度観てもそのたびにストーリーが変わるなんてことはなく、いつ観ても楽しいけどカオスな内容だと思いながら観ているわけですが、舞台は一期一会、「次も同じキャストで上演され、また同じように観ることができる」とは決して思わないことにしています。特にTdVの日本版は、上演時期の旬の若手俳優をその都度起用してきたという以上に、山口祐一郎という稀代の(と、あえて言わせていただきます)ミュージカル俳優の輝きあってこその演目であると思うわけでして。

今回、久しぶりに、と言っても2ヶ月も経っていないのですが、色彩豊かに様々な顔を見せる伯爵ボイスーー例えばウィスパーボイス、人外感溢れるボイス、そして大人の男性の渋い低音ボイスーーにたちまち心を絡め取られてしまいました。声の持つ力だけで客席を取り込む空気を作り出し、舞台空間を支配できる唯一無二の方だと考えています。

山口さんよりも歌の技巧や演技に秀でた役者や、容姿に優れた役者は他にもいるかも知れません。また、今後の成長が期待される若手や伸び盛りの中堅どころの方もたくさん控えている筈です。しかしどうしても、日本で彼以外の誰かがクロロック伯爵を演じる姿を想像することができずにいます。あえて誰かが演じるならば、全く別物として一から再構築が必須な役だと思います。

……という印象は劇城では全て横に置き去り、ただ頭を空っぽにして、幸せな音とダンスのシャワーを受け止めていました。ああ、楽しかったなあ。

 

以下、感想とレポートが混在してしまいますが、順不同で記してまいります。

大楽にして初見だったのは、帝劇、御園座では休演されていた、サラの化身役ダンサーの花岡麻里名さん。少女っぽく愛らしい雰囲気を漂わせながら、清楚でしなやかでアクロバティックなダンスを見せてくれて好感が持てました。森山影伯爵との息もぴったりだったと思います。

その森山影伯爵。確かTdVに初出演した頃祐一郎ボイスを「彼の歌声は背中から響く」と評していて、あのダンスは難易度も高そうだけど、あの声を背中側で聴きながら踊れるっていいなあ、と羨んだことを、今回「抑えがたい欲望」のシンクロ度最高の伯爵様と影伯爵様を観ながら改めて思い出していました。

神田サラ。何だかんだでサラは彼女のはまり役、当たり役になったと思っています。特に今季、桜井サラが無垢ゆえに怖いもの知らずなイメージでしたので、それとの対比としても神田サラの好奇心いっぱいの天然小悪魔キャラは生き生きとTdVワールドで息づいていたと感じられました。

東アルフ、今回は霊廟でのアドリブが長かったです。箒に乗った魔法使い状態で助けを求める教授に「手を貸せ!」と言われて右手ですか、左手ですか、指だけですか、貸したら手がなくなるじゃないですか、等とごねていて、お前は「不良少女白書」(さだまさし作詩・作曲)か! と思いましたが、結局は教授に「ひとりでやれ」と申し渡され、できないと逆ギレしてました。実は歴代アルフで精神年齢は最年少ではないでしょうか。なお東アルフ、霊廟で上に上がってきてからも教授を助ける前にアドリブを仕掛けてましたが、教授、「もういい!」と弟子の手を借りず自力で復活していました😅。

禅教授。アルフのアドリブを活かしつつ、進行の手綱を握るのは本当大変に違いない、と特に今回強く思った次第です。見せ場では1幕のソロでの超音波ロングトーンをいつもより少し長めに決めて、ショーストップ。伯爵との対面シーンではいつもよりも余計に名刺をプルプル振り、それに応えて伯爵もいつもより力強く名刺を奪い取っていました。

植原ヘルベルト。今日は何だか声が宝塚の男役さんみたいに聞こえました。そしていつもよりたくさんの水でアルフと戯れていたような。凛々しいのに残念なイケメンくんです。なお教授に追い出された時の最後のアルフへの愛の叫びが印象的でした。父上とも随分良い関係が築けた様子で、教授一行のお出迎えでは背中で擦り合い、舞踏会では歓喜し合っていました。

駒田クコール。幕間のクコール劇場もついに千穐楽を迎えました。淡々とモップで掃除を済ませたクコールがぱっとプラカードを出すと「クコール劇場 大千穐楽」、裏返すと「再演希望」の文字が! 駒田さん、スペインからトランシルヴァニアに飛んでの連続登板お疲れ様でした。

コングシャガール。実はコングさんの歌声の伸びの良さ、結構好きだったりします。伯爵の寝間着が紫のスケスケ〜とか細かい笑いを入れつつ崩し過ぎず暴走しないのは、いつもさすがと感服していました。

阿知波レベッカ。1幕で芝居を締める役目を果たしているのは多分この方。ダブルキャストだったシーズンもありますが、私は阿知波さんのママがやはり良いです。

 

カーテンコールでは伯爵様から観客やスタッフへの温かくて深い謝意を示すご挨拶が。感謝しなければならないのはこちらの方です、と思いながら耳を傾けておりました。

伯爵様の「さあ諸君、舞踏会の時間だァ……」のコールを合図に、すっかり手慣れたヘルベルト先生の振付指導による客席参加のヴァンパイア・ダンスがスタート。クコールがことのほかノリノリでした!

そしてキャストの退場と呼び戻しが3回ぐらい繰り返された後だったでしょうか。幕が上がると何と伯爵様が1人きりで舞台のセンターに佇んでいました。一瞬だけですぐに他のキャストを呼び出していたとは言え、レアな瞬間だったと思います。

今季のTdV、素晴らしい内容の大楽まで見届けることもできて、本当に大満足、悔いはない! という気持ちでいっぱいですが、一方でクコール劇場のプラカードに深ーく同意してしまう抑えがたい欲望に満ちた自分もいて、その辺りは結構複雑です。しかし、今年はあと4ヶ月半待てば教授と伯爵様がパパとママになって戻って来るわけで。少し先ですが、その間に気持ちを切り替えゆっくりと次のステージを心待ちにしたいと思います。

 

2019年観劇振り返り

2019年ももうじき暮れようとしておりますので、今年1年の観劇を振り返りたいと思います。

今年の観劇リストは次のとおりです。

観劇は計17回。例によりほとんどが山口さんまたは浦井くんの出演作(『笑う男』はダブル!)でしたが、2月の『パリのアメリカ人』と12月の『ロカビリー☆ジャック』のみ例外です。

『パリのアメリカ人』は何年ぶりかの劇団四季でした。ストーリー的には若干もやっとする内容でしたが、舞台上のパリの風景の鮮やかさとバレエの美しさが印象に残る舞台でした。

『ロカビリー☆ジャック』は本当に馬鹿馬鹿しくて、でも観た後の爽快感がたまらないラブコメだったと思います。もう1回ぐらいリピートしても良かったかも知れません。

 以下、なるべく時系列順に。

レベッカ』は全ての「わたし(Ich)」を観ていて、千弘Ichの成長の細やかさ、平野Ichの臆病さに秘めた強さ、そして桜井Ichの守りたい健気さにそれぞれ惹かれました。もっと観ておけば良かった、と思ったのは平野Ichでしょうか。

ミセス・ダンヴァースについては、涼風ダニーには再演時にあまり良い印象を持っていなかったのですが、今回はレベッカと一体化し過ぎている姿の恐ろしさと、一角が崩れた時の脆さとの二面性とが心に残っています。しかし、知寿ダニーに漂っていた「魔性の女と関わりを持ったが故に普通の人間に芽生えてしまった狂気と妄執」についても捨てがたいところです。

なお、ここまで書くのが照れくさくて書いていませんでしたが、無論山口マキシムのスタイリッシュな上流紳士ぶりと、人間としての弱さ、優しさ、全部まとめて今も愛おしくてたまらないのでした。

『笑う男』。日本初演に当たり、日本向けに脚本や演出にかなり手を加えていたとは聞いていますが、それでもどこかすっきりしない感じの残る演目でした。

とは言え、曲は良いですし、山口ウルシュスと浦井グウィンプレンの義理の父子のデュエット「幸せになる権利」を聴けただけでも、劇場に通い、北九州遠征までした甲斐はあったと思います。ウルシュス父さんの一見ぶっきらぼうで無神経にも聞こえる言葉の裏に込められた、養い子達への太くて深い愛情が良いのです。

『HEDWIG』。ラストでの救済に救われた一方で、「実のところどのような立ち位置で観れば良かったのか?」とか「また、この世に生を受けた身体の性別や服装で違和感なく生きておりロックスピリットにも乏しい自分は、本当にこの物語を堪能できたと言えるのだろうか?」とか余計なことを考えてしまい、肝を今ひとつ掴みきれなかった演目でもあります。ただ、ロックやLGBTを重要なモチーフとはしていますが、物語の大きいテーマはもっと広い意味での人間を抑えつけるあらゆるくびきからの救済と解放であったと解釈しています。

ビッグ・フィッシュ』。初演よりもミニマムな12名出演版による、若干初演からカットされた場面もある再演でしたが、幻想的でありながら地に足のついた感があり品格のある演出は、変わらないどころかブラッシュアップされていて安堵しました。やはり観た後に温かい気持ちになることができて好きな演目です。

そして『ダンス・オブ・ヴァンパイア』。こちらについてはこれを書いている今も今期の上演が継続中です。舞台は生もの、まだもっと現在の圧倒的な存在感の山口伯爵で観たい、と抑えがたい欲望を抱えながら、いずれは主演役者の世代交代も覚悟して観劇に臨んでいます。年明けに大阪公演を見届ける予定です。

明けて2020年は前述したTdV大阪遠征のほか、『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』、『天保十二年のシェイクスピア』、『アナスタシア』のチケットを確保済みです。

山口さん出演作は6月に日本版初演の『ヘアスプレー』、12月に新作『オトコ・フタリ』の上演が予告されています。前者は「え? 新しい劇場の座席、微妙なの!?」、後者は「全く新作なの? これから執筆されるの?」とそれぞれドキドキ要素もありますが、どちらもぜひ観に行きたいところです。

観劇は自分や家族や肉親の体調、そして余暇に割ける時間の確保という条件が整ってこそ実現できる贅沢な趣味なので、2020年もその辺りがぜひ息災でありますよう願いつつ、2019年を見送りたいと思います。皆さまも良いお年をお迎えください。

 

 

『ロカビリー☆ジャック』感想(2019.12.7 17:00開演)

キャスト:
ジャック・テイラー=屋良朝幸 ビル・マックロー=海宝直人 ルーシー・ジョーンズ=昆夏美 テッド・ロス=青柳塁斗 魔女=岡千絵 サマンサ・ロッシ=平野綾 悪魔=吉野圭吾

シアタークリエにて上演中のミュージカル『ロカビリー☆ジャック』を観てまいりました。

物語の時代背景は1950年代末期から1960年代初期。ロカビリーに魅せられてミシシッピの田舎からラスベガスに乗り込んだジャックと、彼を慕い崇拝する弟分ビル。しかしジャックの音楽活動は、歌で愛を語れないという致命的欠点のため鳴かず飛ばずで、腐って酒色に溺れるばかり。ついにプロモーターのサマンサと彼女の部下テッドにも見放され、マネージャーたるビルにも置き去りにされると知り、絶望のあまり命を断とうとしたジャックの前に悪魔と称する男が現れ、成功を約束するのと引き換えに、ジャックが「愛」を獲得すると同時に「命」とともに頂戴する契約を結ぶ。1年後、ミュージシャンとして見違えるように成長したジャックとビルはニューヨークで栄光への階段を駆け上り始めていたが、そこへジャック達を何とか蹴落そうとするサマンサ達のスカウトした美少女歌手ルーシーが現れ……。というのが大まかなあらすじです。

この演目、2幕の展開をネタバレすると面白さが半減すると思われますので、その辺りは寸止めにしますが、最後まで観て「これ、完膚なきまでにハッピーなラブコメ!」「あまり細かいことを深く考えてはいけない」と思いました。

開演後は、まずキャストの皆さま、特に屋良ジャック、昆ルーシー、実は個人的に初見だった海宝ビル、そして最早東宝ミュージカルを背負う屋台骨になりつつある平野サマンサの迫力ある歌とダンスに引き込まれました。

屋良ジャックは、一見無鉄砲で自堕落ですが実は繊細で漢気と秘めた優しさのある青年にぴったりはまっていました。このおとぎ話の中で自らの葛藤に立ち向かい束縛を断ち切っていく過程を、リアルに演じていたと思います。

昆ルーシーは、序盤のぽっちゃりさんで口下手な女の子ぶりが一途で愛らしくも不器用で、そっと抱き締め保護したくなる印象を与えており、あれは確かに魔女も何とかしたくなる! と納得の仕上がりでした。一方でラストシーンの後が最も気がかりな人物でもあります。魔女も「彼女なら大丈夫」と見込んでのあの契約だったのだろうとは思いますが……。うん、やはり細かい点は気にしないことにします!

海宝ビルは評判通りの美声と爽やかな美貌が光っていました。赤ちゃんの頃からジャックの歌を子守唄代わりに育ったビルが、ジャックを兄貴分として以上の崇拝を込めてわんこのように慕う気持ちが伝わってきて(わんこは別にいましたが)、好演だったと思います。ただ、今回は準主役ということで仕方ないと分かってはいますが、海宝さんの実績に比べて若干、役が不足していた印象は否めません。

それから平野サマンサ。裏社会の大物の娘という権力を傘に着て、主人公チームを何とか妨害すべく悪事を働きますが心底悪になりきれない複雑な人物で、あれは部下のテッドが気の毒過ぎるなあ、と考えながら観ていました。性格はほぼジャイアンですが、良くも悪くもここぞと言う時は自分に正直に行動する彼女を憎めない存在にしているのは、平野さんの演技力あってこそと思います。

……しかし何よりも衝撃的だったのは、吉野圭吾さん演じる「悪魔」です。某仮面の怪人のパロディのような音楽に合わせて登場し、Y字バランスが決めポーズのこの「悪魔」。バックダンサーを従えて妖艶かつ激しいダンスを繰り広げるだけで、あっという間に場をかっさらって行きました。

なお「悪魔」の詳しい人物像についてはネタバレになるので書けませんが、2幕では彼の全く異なる一面が明らかになります。こちらの彼は妖艶と言うよりは、極めて可愛らしく、そしてヘタレ。1作品で圭吾さんの魅力が2つ堪能できて大変お得になっております。そしてどのような姿でも、圭吾さんの妖しい美しさは健在。今年初めの『レベッカ』で拝見した時よりだいぶスリムになられたような気がするのは気のせいでしょうか?

また、この演目にはジャックとビル、サマンサとテッド等数々のペアが登場しますが、中でも昆ルーシーと岡魔女のペアは、観ていて『デスノート』のミサとレムを連想しました。彼女らのたどった運命こそミサとレムとは全く異なりますが、恐らくは契約により果たされる約束の旨味以上に、少女を救いたいという思いが強かったという点に相通ずるものを覚えております。そしてそれは、前述した昆ルーシーの一途さと、岡魔女の長く生きた人生の大先輩としての、妖しくも温かい心意気漂う人物像あってこその印象であると思っています。

 

この演目、「なぜここで盆回し演出をパロる?」とか、「あれではテッドが全く報われないのでは?」とか、「結局あの悪魔ダンサーズは悪魔さんの専属でラストでも一緒に成り上がったのだろうか?」とか、ツッコミ所がないわけではないのですが、やっぱり忙しくて心がギスギスしがちな年の瀬ぐらいは笑って頭を空っぽにしてハッピーな気持ちになりたいし、たまにはこういうのも良いよね! と受け止めている次第です。今のところリピートする予定はありませんが、再見するときっと新たな発見があるような気がしています。

 

 

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』帝劇千穐楽感想(2019.11.27 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=東啓介 サラ=桜井玲香 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=佐藤洋介

ダンス・オブ・ヴァンパイア』の帝劇千穐楽、舞踏会に参加してまいりました。

平日無理やりお休みをいただいて、当日も予定が目白押しでしたが、どうにか開演ぎりぎりに劇城に滑り込むことができました。

座席は1階補助席のすぐ後ろのA席最前列(S列サブセン)。通路際なので、伯爵ほかキャストが舞台から捌けていく時や一周回って舞台に戻るさまを大いに堪能できて、たまにヴァンパイアさんが目の前を駆け抜けて行くのも楽しめる、なかなか美味しいお席でした。

東京千穐楽と言うことでキャストの皆さまの演技も通常よりも若干アドリブやお遊びが入り気味に。例えばレベッカさんは教授のソロで登場する謎の妖精さん方にあんた達誰? と突っ込む時に「どこの事務所? 後で私の部屋まで来て!」などと言っていましたが、いつもは「事務所の力?」ぐらいしか言っていなかったような……。ただTdVは今期4回しか観ていないので、もし他の日にも見られたアドリブでしたらすみません。

あと、台詞は一字一句変えなかったにもかかわらず笑わせてくれたのが伯爵と教授の1幕クライマックスでの掛け合いです。教授が伯爵のモノマネで笑い声をたてた時に伯爵が露骨にしかめっ面をしてみたり、教授が名刺をパタパタさせるのを伯爵がしばし指で弄んだ後でおもむろにむしり取ってみたり、伯爵が「私は夜型なので、昼間は、何もできません」と口にする時に歌舞伎の女形の幽霊のような震え声を出してみたりしていました。

また、これは前から同じようにしていたか記憶が曖昧ですが、伯爵が「夢は、成長すれば叶うはず」の後で少しだけ背の高い東アルフをやや見上げ気味にしながら(「見上げ」は山口さんにはレアなシチュエーションです!)向き合い、一瞬手を伸ばして掌で胸元に触れてから、おでこをつついていました。あれは人間であるアルフの体温と若い鼓動に懐かしさを覚えたのかも? というのは単なる私の妄想に過ぎません。

強烈だったのはクコール。2幕の朝の場面でアルフに悲鳴を上げられてブチ切れ、お玉でポットからお湯をすくってアルフにかけまくった末に、自らポットのお湯を頭の上からぶちまけて「熱いっ!」「イヤーッ!!」と叫んで駆け去っていきました。その後も何事もなかったように雑事をこなし、騒々しいヴァンパイアカップルの棺を軽く投げ飛ばすたくましいクコール。しかしラストではあんなことに……😢。初演以来実は毎回TdVを観るたびに、あの後伯爵城の雑事はどうなるのだろう、と気になって仕方ありません。

なお、TdV名物「クコール劇場」は、千穐楽仕様で「蛍の光」の生オケ演奏とともにクコールが静かにお掃除を進め、最後に「クコール劇場千穐楽」、裏返して「名古屋に続く」のプラカードを掲げて去っていく、という内容でした。帝劇でのクコール劇場についてはTogetterで、観劇した皆さまの関連ツイートがまとめられているようなので、御園座公演も同じようにまとめが作られることを期待しています。

それから、この演目毎回恒例のアドリブと言えば、やはり2幕の教授とアルフの霊廟での二人芝居でしょう。千穐楽の東アルフは、教授が遭難しかけて助けを求めた際になぜか棺の陰に隠れて教授に「上から見えてるぞ!」と突っ込まれてみたり、屁理屈をこねたりしたあげく、上によじ登って教授に手が届きそうになった瞬間に、教授から「ひとりでやれ!」と言い渡され、「え? ここまで来たのに!」と文句を言いながら再度階下に降りていました。そして、失敗して教授に罵倒されるとやはり「でもできない!」と床に転がるなどして逆ギレする東アルフなのでした。

それにしても、改めて観ると、あの「魔法使い」(東アルフ談)の姿勢であの長い場面の掛け合いをこなす禅さんはやはり偉大だと思います。

ここまで書いていて気づいたのですが、そう言えばサラにはお遊びが全くないですね。多分、物語の軸となる役柄なので、動きの中に遊びを入れる余地もなく、そうすることを許されていないのだとは思いますが。

サラの動きについてもう1つ。2幕クライマックスで追い詰められた時、桜井サラが一瞬だけ、抵抗して伯爵のもとに駆け寄ろうとするそぶりを見せていて、「あれ? 今までも抵抗していたっけ?」と疑問だったのですが、きっと過去のサラ達も同じようにしていたのに私の視界に入っていなかっただけだと思われます。

というわけでアドリブ(的な何か)ばかりに触れてしまいましたが、東京千穐楽ということもあってか、全体に熱気に包まれた公演でした。

伯爵の我こそがお前が待ちわびた天使とうそぶきつつのサラ誘惑はより力強く、桜井サラはひたすら綺麗で愛らしく、そして東アルフは素直な一方、結構な駄々っ子で、でもサラにはまっすぐな本物の思いを手向けていました。

初日の頃はどこかに試行錯誤感のあった植原ヘルベルトも、すっかりTdVワールドに溶け込み、波打ち際の戯れをアルフに仕掛けてしまう、可愛いけれどちょっぴりコミュ障で暴走がちな息子さんをカーテンコールまで演じきっていました。

そして、1幕から2幕前半までひたすらコメディタッチで突っ走るTdVを一気に引き締めてくれるのが、やはり「抑えがたき欲望」です。千穐楽の伯爵は、佐藤影伯爵とともに、天使でも悪魔でも、そして人間でもない端境に、虚無と渇望と諦観と達観とを全部抱えて立っている存在であるように感じられました。ただただ、あの劇場全体を包む歌声にひれ伏すばかりで、伯爵様、貴方のどこが「虚しい存在」なんですか!? と問いたい気持ちです。

自分の筆力の乏しさが恨めしくなってきましたので、本編の感想はひとまずここまでにします。

カーテンコールでは、恒例の客席参加ダンスの前に伯爵から、

「さあ、諸君……。ディナーの時間だァ……。」

の口調で、

「さあ、諸君……。舞踏会の時間だァ……。」

のコールがありました。

しかも、続けて、

「一度やってみたかった……。」

の一言付き。これはテンションが上がらない方が無理というものです。

そして、狂乱の宴が終わったその後には、もう一つ大きなプレゼントが。

伯爵がセンターに全キャストを集結させたかと思うと、おもむろに両手で「ハート」の形を作り、それをふうっと客席に吹きかけて、投げキス拡散! 客席にヴァンパイアウイルスならぬ「LOVE❤️」が蔓延する状態になっていました。

もちろん、「LOVE❤️」をしっかり受け止めさせていただきました。伯爵様、ありがとう!

そしてもう一つ、千穐楽当日に、来年12月に山口さんと浦井くん、そして知寿さんが出演する舞台『オトコフタリ』が上演予定との情報が! これでまた、あと1年生きていく理由ができました。でもまずその前に、TdVの公演が無事大阪大楽まで挙行されること、そして『ヘアスプレー』の製作発表及び上演を待ちたいと思います。

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』感想(2019.11.23 13:00開演)

キャスト:
クロロック伯爵=山口祐一郎 アルフレート=相葉裕樹 サラ=桜井玲香 アブロンシウス教授=石川禅 ヘルベルト=植原卓也 シャガール=コング桑田 レベッカ阿知波悟美 マグダ=大塚千弘 クコール=駒田一  ヴァンパイア・ダンサー=佐藤洋介

今期3回目、2週間ぶりのTdV観劇のため、帝国劇城に出向いてまいりました。初・桜井サラ及び佐藤影伯爵です。

まず、桜井サラについては何となくか細いイメージを事前に抱いていましたが、実際には箱入り娘で何も知らないがゆえの強さが際立つサラに仕上がっていました。沙也加サラが自分の若さと美貌が武器になることを伯爵に教えられる前から自覚して振る舞っているように見えるのに対し、自らの武器を無自覚に駆使しておりしかもそれが受け入れられて当たり前と思っている怖さが、桜井サラにはあります。歌声は線の細い所も見受けられましたが、かなり善戦していると思いました。

また、佐藤影伯爵。ダンスにどこか端正な香りがして、疾風のごとき開次影伯爵よりもだいぶ人外感が薄いような印象を受けました。ちょっと例えが難しいのですが、開次影伯爵が、彼が泣き叫んで暴れようとするのを抑えながら伯爵が内面に密かに飼い慣らしており、時に抑え切れずに解き放たれ、永遠にもがき苦しむ魔性だとすれば、佐藤影伯爵はかつては人間であったかも知れない伯爵の心の奥底に普段はひっそり黙って棲息している存在であり、時々自らの宿命を呪って慟哭するのを黙って伯爵が見つめているようなイメージを抱いています。全く違う個性を持った存在でありながら、それぞれに伯爵の影として見事にシンクロしている点に妙味を覚えました。

以下、他に印象に残ったことを綴ってまいります。

初日以来の相葉アルフ。初日にはまだ微妙に個性が薄い感じでしたが、だいぶ彼の色が出たアルフになっていました。

「彼の色」とはすなわち、学問はそこそこいけて(多分教授にもある程度評価されていて)彼自身もその自覚を持っていますが、どうしようもなくトンチキ、というものであると思っています。ちなみに2幕の霊廟の場面はTdVの公演が進むごとに、遭難しかけた教授と救出を試みるアルフの掛け合いのアドリブバリエーションが増えていくのがお約束になっていますが、今回は教授に「お前はジャンプしかできないのか?」と言われた相葉アルフは「実は僕は超能力も研究しているんです。超能力で助けます」と言って突如瞑想を始めた挙げ句に「あと2時間かかります」とほざき、結局教授に「ひとりでやれ!」と言われる流れになっていました。まさに「スットコドッコイの役立たず!」(誉めてます)。

それから、植原ヘルベルト。彼も、2週間前と比べかなり「長いこと友達との出会いが少なすぎたのと生来の純情おバカゆえに、愛があらぬ方向に暴走するが、父親には意外と甘やかされている美貌のドラ息子」な雰囲気を生成していました。

ドラ息子さん、1幕の初登場場面では伯爵から「我が息子も、嬉しいでしょう」と優しく歌いかけられた瞬間に、両手を胸の前で握り締めて「きゅん❤️」というポーズをしていました😊。

2幕での相葉アルフとの場面では、お風呂場で片足だけ素肌を見せて脚線美を披露。更に浜辺で戯れるカップルのようにパシャパシャとお水の掛け合いを試み、教授に逆襲された後もなぜかパシャパシャして反撃を試みていました。植原ヘルベルトはビジュアルを初代ヘルベルト寄りに仕上げているので、どうしても初代と比べられがちな所があり気の毒ではありますが、このままいい感じで彼の存在感を確立できれば良いと思います。

そして、上記のアルフやヘルベルトのチャレンジを果敢に受けて立つ、禅教授。フィナーレ直前まで芝居を回していくとても重要な役どころです。恐らくアルフに次いで他の登場人物との絡みが多いのではないでしょうか。あの妖精さんまで召還するマッドぶりも人間くさい俗物ぶりもひっくるめて愛すべき人物ですが、今期公演ではラストのあれがどうも遺影に見えてしまいまして……。最終的に教授がどうなったのかは知らない方が幸せなのでしょうか?

アドリブが充実していたと言えばシャガールパパ。劇中、マグダ襲撃直後の台詞によれば、日頃ガーリックを摂取していたからまだ人間の心が残っていたらしいです。でも2幕ではすっかりマグダとともに雑魚ヴァンパイア化していました。それにしてもヴァンパイア化したマグダのあの見た目はやはり怖いです😰。

最後に、祐一郎伯爵。初日の頃に比べてメイクが薄めになるのと反比例して、お芝居は全体に濃く、メリハリが増していると感じました。例えば1幕でのサラを誘う場面! あれだけ力強く熱烈に煽りまくりながら誘惑されたら、大抵の恋に恋する娘さんは落ちて当たり前だと思います。

あと1幕の教授とアルフの入城時に「ようこそ……こんな出会いを待ち続けた♪」と伯爵が歌う声が、尋常でなく人外感に溢れていて背筋がぞくぞくしました。

「抑えがたき欲望」では佐藤影伯爵との組み合わせは初見でしたが、前述のとおり伯爵が心の奥底に押し込めている無声の慟哭、そして深い悲しみと諦念が2人で1人の伯爵により描き出されていました。

自分が山口さんの舞台を見始めた十数年前は、人外感溢れる超然とした役どころが多かったのですが、最近は人間味の強い役どころを演じることが増えてきていたので、実のところクロロック伯爵のように前者に該当する山口さんを観るのは久しぶりのことです。そのためか、伯爵の超越者的な面が人間性に裏打ちされることにより、一層魅力的に見えて仕方ありません。

 

なお幕間のクコール劇場は、今回はまずクコールから、勤労感謝の日に働く自分への応援お手伝いありがとう、のお礼の言葉が。そしておもむろに流れだした「僕こそ音楽」(『モーツァルト!』)のインストルメンタルにのせて、クコールが白いカツラを被り目隠しをしておもちゃのピアノっぽい何かをガシャガシャと弾き、「このままのクコールを、愛してほしい~♪」と朗々と歌い上げるというものでした。TdVでは普段はせっかくの駒田さんの美声が聴けずもったいないので、たまにこういうネタがあると嬉しいてすね。

カーテンコールはヘルちゃんの振付指導ありのもので、赤いハンカチを忘れず持ち歩いていて正解でした。

次にTdVを観るのは帝劇楽の予定です。どうか無事にお城に行って見届けられますように。

 

『ビッグ・フィッシュ』感想(2019.11.18 12:00開演)

キャスト:
エドワード・ブルーム=川平慈英 ウィル・ブルーム=浦井健治 サンドラ・ブルーム=霧矢大夢 ジョセフィーン・ブルーム=夢咲ねね ドン・プライス=藤井隆 魔女=JKim カール=深見元基 ヤング・ウィル=佐田 照 ザッキー・プライス=東山光明 人魚=小林由佳 ジェニー・ヒル鈴木蘭々 エーモス・キャロウェイ=ROLLY

シアタークリエにてミュージカル『ビッグ・フィッシュ』(おけぴ観劇会)を観てまいりました。

2017年に日生劇場で上演された演目の再演ですが、今回は“12 Chairs Version”ということで、キャスト12名のみでの上演版でした。パンフレットの演出家白井晃さんのコメントによれば、初演のキャストは22名とのこと。10名少ないキャストで、しかもキャパシティも小さい劇場で上演。初演にて、日生劇場の広い舞台を惜しみなく使った水辺の風景や、空を泳ぐ光り輝く「ビッグ・フィッシュ」がとても印象に残っていたので、今回はイメージががらりと変わるかも? と思っていましたが、さにあらず、今回もため息の出るような美しさと癒やしに満ちた空間が出現していました。

この演目は、2年前の初演観劇時の感想にも書いたとおり、父エドワードを演じる慈英さんのペーソス溢れる歌声とポジティブな持ち味の活かされた役どころ、そして息子ウィルを演じる浦井くんの抑制をきかせつつ真摯さと温かさに満ちた演技と歌声とがなくてはならないものです。

今回、この2人のデュエット曲が新たに追加されていました。初演にはあった西部劇にまつわる冒険話の場面が今回はなかったので、恐らくデュエットと差し替えになったと思われます。この曲追加により、父子がそれぞれに対し抱く葛藤と思いとがより深く伝わるようになっていたと思います。

そして、ウィルの母サンドラと妻ジョセフィーン、真相解明へのキーとなる人物であるジェニー、といった女性達のそれぞれのエドワードへの向き合い方が印象に残りました。自分が何一つ父親のことを知らぬ、と動揺し葛藤するウィルに対し、彼女らはそれぞれに揺るぎない愛情と信頼をエドワードに向けると同時にウィルの心をも支えるのです。

サンドラは今回ソロ曲も追加されています。初演から続くエドワードのサンドラへの強いリスペクトに加え、サンドラがエドワードに寄せる思いもより深く伝わってくるようになりました。

ジェニーの物語は……やはり切ないです。ただ、1人ではありますが決して孤独ではなく、心にかけがえのない温かな光を抱く、彼女自身が宝石のような存在で、エドワードもウィルも救ってくれてありがとう! と心から思いました。

なお物語の展開上、どうしてもサンドラとジェニーに注目しがちで、ジョセフィーンに関しては、初演時はさほど気にならなかったのですが、実は彼女の役どころも非常に重要だったのではないかと、今回気がつきました。彼女は職業がケーブルテレビのニュースキャスターということで、職業柄、すぐ目の前に見えるものだけが全てではなく、相手と向き合い掘り下げることにより真実は見えるのだと身をもって知っていたのだと思います。そんな彼女だからこそ、義父に向き合って信じ、夫と義父との和解に向けて後押しできたのではないでしょうか。ねねさんの浦井くんとの息もぴったり合っていたと感じました。

それから、2幕の例の水没場面ですが、重ねてはいけないと思いつつ、どうしても8年前に3.11のニュース映像で繰り返し見たあの風景とだぶってしまい、ジェニーを初めとするエドワードの故郷の人々への思いも重なり、泣きそうになりました。新天地に移転しても、人々の心の中に残る故郷の風景や故郷での掛け替えのない思い出があればそこを新たな故郷として生きていける、というこの場面に込められたメッセージは、クライマックスでエドワードが愛する家族とともに最期に見たであろう幸せな光景につながっていると思います。

つながる思い、つながる命……。今回もまた、この演目を観て癒やされ、心が洗われた気持ちになりました。ミュージカルになじみのない人にもぜひ観ていただきたい舞台です。